165.成長と心配事
教国歴三年冬の期 29日
サーラは引き続きララミーティアを傍で支える生活が続いている。
最近ではララハイディも同じ超長命種という事で本邸で暮らしてサーラが纏めて面倒を見ている。
ララハイディは空腹になると気持ちが悪くなると言って隙あらば何かしらを食べていて、ララミーティアとはまた違う体調になっていた。
リュカリウスはランブルク王国に行っており、時折顔を出す程度だった。
ジャクリーンは教国軍の仕事があると言って引き続き首都ミーティアに残っていた。
当初はジャクリーンも本邸にくる予定だったが、全くと言って良いほど悪阻や体調不良が無く、手が空いてる住人が傍で手助けをするだけで問題は無かった。
「それにしても驚いた。妊娠したという事の次に驚いた。妖精族とダークエルフ族が生きながらえていたなんて。サーラには色々な魔法を見せて貰いたい。楽しみが出来て良かった。」
ララハイディは無表情のまま耳をピコピコさせてサーラに抱きついている。
抱きつかれているサーラは苦笑いだ。
「退屈するよりいいかもしれませんね。ずっと偽装して暮らしていたので、もう何百年も使っていない魔法もありますし。」
「ここにいると会う人も限られるし丁度良かったわ。」
「まぁハイジなら食いつくと思ってたけれど、これで心配ないね。」
ソファーに座ってララアリスとララルージュをあやしていたララミーティアとイツキがそう言って目を合わせてニコッとしてみせる。
しかしララハイディは耳のピコピコを止めて無表情のままで口を開く。
「心配はある。こんなに常に食べていて大丈夫かと心配になる。とは言えずっと何も口にしていないと気持ちが悪くなってくる。もどかしい。」
ララハイディが無表情のままひょいひょいとリンゴのドライフルーツを食べている。
「今更何の心配してるのよ、元々いっぱい食べてたじゃない。私から見たら今までと一緒よ。」
同じ皿からベルヴィアがドライフルーツを取って食べる。
ララハイディはお茶を飲んでのどを潤す。
やがてダイニングテーブルに置いてあるドライフルーツを食べる手が止まらなくなり、ララハイディとベルヴィアは席に着いた。
「余りに食べ過ぎてお腹の子供に悪影響があるのを心配してる。」
「あ、そっちね。」
「私だって馬鹿じゃない。それくらい心配する。食べる物だって健康的そうな物ばかりになってる。」
ララハイディはそう言うとガシッとリンゴのドライフルーツを掴んで一気に口の中に頬張る。
「モガモガ。モガモモガモガガ。」
「あはは、何言ってるかわかんないわよ。」
ベルヴィアが笑いながらお茶を飲む。
ララハイディは日中こうしてベルヴィアと過ごしている事が殆どだった。
どうやらベルヴィアとは馬が合うらしく、昼寝まで一緒にしている始末だった。
「そこまで心配する事はないですよ。変に気を使ってストレスをため込む方が身体に良くないです。」
「それなら遠慮せずにカツサンドを「それはダメです。」
サーラにピシャリと怒られるララハイディ。
口をへの字にしているララハイディの隣の席に座るサーラ。
ソファーでそんなやり取りを見ていたララミーティアがクスクス笑う。
「いくら太りにくいからってそんなボリューム満点な物をおやつ感覚で食べちゃダメよ。」
「確か妊娠中に太りすぎると良くないんじゃなかったっけかね。」
ララミーティアとイツキはソファーで赤ちゃん達をあやしつつ再び口を挟む。
「果物や野菜で我慢する…。これは果物の肉。今私は肉を食べている。」
ララハイディは引き続き無表情でドライフルーツを食べ続ける。
「イツキ、そう言えばいつもありがとうね。洗浄魔法。」
「え、どういたしまして…?っていつの話?」
ララミーティアのお礼の意味がさっぱり分からず首を傾げる。
「あら、とぼけちゃって。いつも洗浄魔法でお漏らしを綺麗にしてるでしょ?」
「アリーとルーの?それ俺じゃないよ?てっきりティアがやってるのかと思ってたけど…違うの?」
イツキの言葉にララミーティアは首を横に振る。
「私じゃないわ。じゃあサーラ?」
「え?いえいえ、私はお二人がいつもやってるのかと…。」
ララハイディの隣の席に座っていたサーラも肩をすくめて否定する。
ベルヴィアが手をヒラヒラ振る。
「私も違うよー。」
「それは知ってるよ。ハイジも最近来たばかりだから違うでしょ?じゃあ誰が…。」
「まぁ、何か害されてる訳じゃないし良いのかしら…。」
ララミーティアとイツキは目を合わせて肩をすくめる。
その夜、リュカリウスがいつも通りの穏やかな表情で本邸へ帰ってきた。
「ただいま戻りました。ハイジ!大丈夫だった?な、な、何か怪我とか…びょっ、病気はしてない?」
「おかえりリュカ。私はいつも通り。食べて寝て食べて寝てとても健康的に過ごした。」
「それは良かった。ハイジは本当に偉いね。偉いし可愛いね。可愛いよ。会いたくて会いたくて気が狂いそうだった。」
リュカリウスに抱きしめられたらララハイディがうっとりした表情のまま耳を激しくピコピコさせながら不健康自慢をしている。
リュカリウスは少しも咎める様子もなくララハイディを猫可愛がりする。
リュカリウスはララハイディが妊娠してからというものの輪をかけてララハイディを甘やかしていた。
「今はそれでも良いですが、安定したらちゃんと歩いたりして適度な運動はして貰いますよ。安定したからと言って肉ばかり食べるのは厳禁です。リュカリウスさんもこっそり餌付けしてはイケませんよ!」
「あー…、ははは…。気をつけます。」
リュカリウスは苦笑いを浮かべつつララハイディを横抱きにしてソファーに座る。
「大丈夫?今の振動で体調は悪くなってない?トイレは平気?」
「うん平気。悪くなるどころかこうされていると心が穏やかになる。リュカに甘えるのが私の健康法。この蕩けそうな気持ちが癖になる。」
「それはこっちのセリフだよ。ハイジがうっとりしている姿を見ていると幸せでどうにかなりそうだ。」
リュカリウスとララハイディのやりとりを見ていたベルヴィアがジト目でその様子を見ている。
「初めのうちは幸せをお裾分けして貰っているつもりだったけどさ、お裾分けを貰いすぎて貰った幸せが腐りそうよ…。こっちがどうにかなりそう…。」
「仲が良いのは良いことよ。きっと子供だって両親が幸せな方が良いに決まってるわ。いい教育よ。」
ララミーティアが抱き抱えているララルージュに「ねぇ?」と言って微笑みかける。
リュカリウスはニコニコしながらイツキとララミーティアを見やる。
「その通りです。その方が良いに決まっています。お二人は教育熱心ですね。おや、もう魔法を教えてるんですか?それは少々教育熱心が過ぎませんか?」
「え、流石に魔法なんて教えてないわ。ねえ?」
「いくら何でもこんな赤ちゃんに教えるのは無理だよ。」
イツキとララミーティアはそれぞれ腕の中にいるララアリスとララルージュを見る。
2人ともキョロキョロあちこちを見ている。
「今洗浄魔法を使ってましたよ?アリーの方です。」
「えー?いやー、流石にそれは無いと思うけどな…。」
イツキとララミーティアはララアリスをジッと見つめる。
ララアリスはキョロキョロしているだけだ。
やがてララミーティアに抱かれていたララルージュが泣き出して魔法の件は有耶無耶になった。
ララアリスとララルージュは時折夜泣きをした。
ララミーティアが母乳を与えれば大抵大人しくなったが、それでも泣き止まない時はイツキが結界魔法と重力魔法のいつもの組み合わせで空を飛んで見せた。
今晩はそんな泣き止まなかった夜だ。
「ふふ、2人して星空をキョロキョロ見てるわ。」
「こうして泣き止んでくれるなら助かるなぁ。」
ララミーティアは何か閃いたのか、悪戯っぽく微笑むと夜空に向かって『聖女の力』で光の花火を上げて見せた。
ララアリスとララルージュは「あー」「うー」と言ってご機嫌そうに夜空を彩る浄化の光を見つめる。
「綺麗だなぁ。お姫様達も御満悦かなー。」
「そうね。もう暫く夜空を満喫したら帰りましょう。」
本邸に引き返す頃になると、すっかり東の空の方が朝とも夜ともない薄明が夜空の星々を飲み込んでいく所だった。
「まるで夢の中に居るようね。」
「ああ、本当だね。…俺は今でもたまに夢の世界にいるんじゃないかと思うときがあるよ。」
イツキはそう言うと、抱き抱えていたララルージュの頬をそっと撫でる。
「夢のように幸せ、そうね。愛する人の子供がこうして確かに生きている。そして愛する人が側で笑ってる。もしも夢ならずっと覚めないで欲しいわ。」
ララミーティアはそう言ってイツキに寄り添う。
夜泣きによって夜の散歩に出掛けたイツキ達はそのまま昼前まで眠ってしまった。
ララアリスとララルージュの起き抜けの泣き声で目が覚めるララミーティア。
その泣き声を聞きつけてサーラも部屋へ入ってきた。
イツキは目をこすりながらのっそり起き出してボンヤリしている。
「昨晩はまた散歩に行ってたのですね。」
「そうなの。夜空を忙しそうにキョロキョロ眺めてたわ。」
よく見るとララアリスとララルージュはたっぷりお漏らしをしているようだ。
2人の下半身やベビーベッドが洗浄魔法により綺麗になってゆく。
「イツキありがとう。助かるわ。」
「んー?あー夜中の散歩?いいよいいよあれ俺も楽しいから。」
イツキが寝ぼけ眼でフニャフニャしながらそう言うとララミーティアがクスクス笑う。
「ふふ、何言ってるの。違う違う、洗浄魔法の方よ。」
「えっ?いやー…俺何もしてないよ?サーラさんじゃないの?」
ニコニコしながら見ていたサーラは急に話を振られきょとんとして首を横に振る。
「私何もしてないですね。てっきりイツキさんかと…。」
「…?」
ララミーティアが2人の赤ちゃんをジッと観察すると、互いが互いに洗浄魔法を掛け合っていた。
その光景に思わずカッと目を見開く一同。
「うおっ、凄いな!見様見真似で無詠唱魔法を使ってるのかー。超長命種の赤ちゃんってこんなものなの?」
「そ、そうなの?私赤ちゃんについてはどうなのか知らないわ。」
「異世界すげーなー。流石剣と魔法の世界だよなぁ。」
「超長命種って凄いのね。」
サーラは暫く呆然としていたが、我に返って首をブンブンと振る。
「いやいやいや!産まれてひと月程度の赤ちゃんが無詠唱魔法なんて使えるわけ無いじゃないですか!ス、ステータスはどうなってましたっけ…?」
サーラの慌てる様子に釣られてワタワタとステータス画面を確認する一同。
「産まれた直後から随分変わってるな…。」
「これ変だわ。だって2人とも歴としたダークエルフよ?…この特性…、これじゃあ森エルフじゃないの…。」
イツキとララミーティアの後ろからサーラがステータス画面を覗き込む。
「アリーは…、確かに製薬と高速詠唱を持ってますね。森エルフ以外で持っているなんて聞いたことが無いです。ルーは高速詠唱と『聖女の力』?これは…加護は授けられたのでしょうか…?2人とも洗浄魔法と上級治癒魔法、結界魔法も持ってますよ…。」
「魔法に関しては私達が使ってた魔法かしら…。でも『聖女の力』なんて加護を授かるときの追体験は相当過酷なハズよ。聖フィルデス様が赤ちゃん相手にそんな事するはずないわ。」
「んー…。とりあえずベルヴィアはこの世界の神様じゃないし、デーメ・テーヌ様辺りに聞いてみるか…。」
ララアリスとララルージュは大人達のやりとり等当然何も分からずお互いに手でペタペタ顔を触り合っていた。
『あー、それね…。あー、なる程ね…。そうなるかぁ。』
『凄いですねぇ…。』
天恵ウィンドウの向こう側でデーメ・テーヌとテュケーナが唸っている。
また別の画面の聖フィルデスはキッパリと告げる。
『私の加護については遺伝ですよ。加護という物は極稀に親から子へ、若しくは遥か遠い子孫へ、私が予期せぬところで遺伝する事があります。だから当然ルーは追体験等はしていませんし、例え名前をあやかって付けたとしてもベランルージュが転生した訳でもありません。偶然です。私のは。』
聖フィルデスの含みある言葉にイツキはデーメ・テーヌとテュケーナをジッと見つめる。
「何か隠してる事がありそうな流れですね。」
「もう隠し事もする必要ないみたいな事を言ってたのに変ね。」
「こういう時は何かあるね、ねぇ?ルーもそう思うだろ?」
「何かあるわね。アリーも同意見かしら。」
イツキとララミーティアの言葉に観念したデーメ・テーヌが口を開いて説明を始める。
『あの…実はね、私達ララアルディフルーのお願い事を聞いてあげたんだけれどね。…それが…、あなた達の子供として生まれ変わりたいってお願いだったの。ティアちゃんとイツキの普通の子供として…って。それで魂をちゃんと浄化して2人の子供として宿したんだけれど、双子になった上にララアルディフルーの特性を何故か色濃く引き継いじゃったみたいで…。』
「あら、それは変よ。だってアリーとイツキは会ったことがないわ。アリーが死んでからイツキはこの世界に来てるのよ?イツキの事を知ってるわけがないわ。私は今も一人ぼっちで寂しく生きていると思っているハズよ。」
ララミーティアは呆れ顔で天恵ウィンドウに意見をするが、テュケーナが賺さず質問に答える。
『方法までは言えないんだけれどぉ、実はあのおばあちゃんねぇ、2人が結婚した時まで私達の隣でずっと見守ってたのぉ。』
『ごめんなさい。本来であれば決して言ってはいけない類の話なんだけれど、ゆくゆく現地管理人になる予定の2人になら良いわ。ララアルディフルーは死後に自力でここまでやってきてるの。『あの子が幸せになるのを見るまでここから一歩も動かないよ』って。』
テュケーナとデーメ・テーヌの言葉にララミーティアは静かに涙を流しながら口をパクパクさせる。
イツキが替わりに質問をする。
「じゃあ手法こそ教えられずとも、アリーは自力でその方法に辿り着いてそちらで後ろから見守っていたんですか?」
『そうなるわ。今まで黙ってて本当にごめんなさい。こればかりは普通に生きている人格達には絶対に教えるわけにはいかなかったの。だってそうでしょ?死んだはずの人が天界に来れて、しかも世界に対してコミュニケーションを取れてしまう方法があるなんて…。それは普通では有り得ない事なの。初めてのケースだったから天界全体でも物凄い大事になったわ。』
『シミュレーション環境下にいる人格がこっちに乗り込んで来ちゃうヤバさ、分かりますかぁ?幸いあのおばあちゃんは本当にティアちゃんの幸せを見届けるためだけだったから良かったんだけどぉ。』
デーメ・テーヌとテュケーナの言葉にイツキは眉間にしわを寄せてしまう。
「それは…、確かに言えない…。生きてる者と死んだ者はお手軽にコミュニケーションを取ってはいけないし、そんな方法があると知られてしまったら、そっちの世界が滅茶苦茶になる可能性だって秘めてる。迂闊に伝えられないよ…。」
「…そんな事より、アリーは…アリーは最後なんて言ってたの…?」
ララミーティアが消え入るような声で天恵ウィンドウに尋ねる。
デーメ・テーヌが慈愛に満ちた優しい表情でゆっくりと語り出す。
『まずはイツキの事について。あんなに強くて、私の大切な愛娘を何よりも大切に想ってくれるなら文句はない。あの子も本当にいい男を捕まえたと。2人がテッシンの背中に乗っているときに空に向かってララアルディフルーに結婚の報告をしていたのもしっかり聞いていました。嗚咽を漏らしながら何度もうんうんと頷いていました。そして私達が最後に願いを聞いたら、もし生まれ変わるならばララアルディフルーという破滅の魔女ではなくて、普通にあの2人から愛される普通の子供として生まれ変わりたいと。最後は満面の笑みで良い人生だったと笑いながら光になりました。』
キョロキョロとしているララアリスとララルージュを見てララミーティアは涙を流しながら口を開く。
「アリー、ルー。沢山愛するからね…。あなた達は誰よりも愛されながら産まれてきたのよ。あなた達が目一杯幸せになれるように、これからも沢山愛するからね。愛してるわ、私の愛しい子ども達。」
「産まれてきてくれてありがとう。2人とも、愛してるよ。」
イツキとララミーティアの腕の中で「あー」「うー」と言ってキョロキョロしているララアリスとララルージュ。
天啓ウィンドウの向こう側では涙ぐむ聖フィルデスと、号泣しているテュケーナとそれを慰めるデーメ・テーヌが映っていた。
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