162.家庭訪問 後編
「お互い好意を持っているのに…、もどかしいわね。」
「気後れしてるのかなぁ、こればっかりは本人の気持ちの問題だから何とも…だね。」
イツキとララミーティアは玄関広場のウナギの寝床に戻ってきていた。
サーラはアイセルを連れて戻ってきていたが、昼寝から漸く起き出して布団の上で未だボンヤリとしていたベルヴィアがアイセルを連れてどこかへと出掛けてしまった。
「自発的に目的を持ってその手の仕事をなさる方は誇りを持って働いていたりするのですが、ソナさんのように嫌々やらされていたり、それしか生きる道が無かったような方はどうしても交際や結婚に気後れしてしまうようですね。聖護教会でもよくその手の相談に乗っていましたよ。」
先ほどソナの家で出されたお茶を召喚して三人は再びお茶を飲んでいた。
サーラの言葉にララミーティアは反応して尋ねる。
「そういう時は一体どう返事をしてたの?」
「在り来たりな言葉ではありますが『どうか後悔だけはしないで下さい』ですね。その人がこれから歩む人生という長い道のりの向こうに居る将来の自分の為に物事を選んでみて下さいというような事を言いますね。」
イツキやララミーティアもかつてウーゴに告げたような内容だ。
ソナにも後悔はするなと伝えたばかりだ。
「そらそうだよなぁ…。結局のところ本人次第だもんなぁ。」
「私達もさっきソナにも、いつぞやウーゴにもそんなことを言ったものね…。私達で何とかしたいって思っても仕方のない話なのかもしれないわ。」
3人は溜め息混じりにお茶を楽しむ。
数日後、いつもの如くウナギの寝床でぼんやりしていると、物凄い速さで馬が目の前を駆けていった。
町中で馬を全力で走らせる事などまず無いので、テーブルでうつらうつらしていたイツキとララミーティアはビクッと体を起こす。
「あー驚いた…。」
「心臓に悪いわね…、一体何があったのかしら。」
奥で話をしていたサーラとベルヴィアは外へでてキョロキョロとする。
「行き先は冒険者組合ですかね…。」
「あれだけ急いでるんだからよっぽどの事があったんじゃないの?事件かしら!ちょっと見てこようかな…!」
どこかへ行こうとするベルヴィアを引き留めるイツキとララミーティア。
「おいおい、野次馬は邪魔だしみっともないから辞めなよ。立派な女神様のする事じゃないぞー。辞めとけ辞めとけー。」
「そうよ。イツキの言うとおり。ワクワクした顔で見に行くなんてみっともないわ。シリアスな事件だったらどうするのよ。」
「えー?何というドケチ!」
頬をぷっくり膨らませてブーたれるベルヴィア。
そこへアイセルの手を引いたソナがやってくる。
「こんにちは。さっきの馬、ビックリしましたね。」
「アイセル、あんな早くはしるおうまさん初めて見たよ!」
「あら、こんにちは。本当に何があったのかしらね。誰かにぶつかったら危ないわ。ま、そうなればまた私たちの出番ね。」
ララミーティアはウインクしてみせる。
やがて暫くしてダウワースを除いたお馴染みの冒険者パーティーが慌ただしく走って行く姿が見えた。
いずれも深刻な表情だ。
「待った待った!どうしたの?さっきの馬と関係があるの?」
イツキは気になって三人に声をかける。
イツキの声にハッとした三人は足を止め、ユスリィは手に持っていた紙をイツキに手渡す。
「ダウが新人冒険者の引率としてこの依頼を受けたのですが、どうやら集落を束ねる上位種の魔物がかなりの数混じっていたようでして…。」
渡された紙には大雑把な地図に×印がついている。
依頼の内容はゴブリンやコボルトなど所謂雑魚モンスターの駆除だった。
場所はアーデマン州の北に位置し、人里離れている事もあって未だ雑魚モンスターが時折見かけられる場所だった。
「お、ダウの要請を受けてこれから助太刀?」
イツキの言葉にユスリィは首を横に振る。
「上位種を見つけた時には既に気づかれてしまっていたようでして…、どうにか倒しはしたようなのですが、一人なら兎も角何せ大勢の新人を庇いながらなので…。」
「虫の息らしいんだよ…。ダウのやつ…。」
スライヤの言葉にソナが手に持っていた籠を落とす。
「…そんな…。ダウが…。」
「ティア、サーラさん。行きましょう。俺達なら…。」
イツキの言葉に頷くララミーティアとサーラ。
「すいませんが力を貸してください!一刻を争うんです…!」
痛切な表情でアーティカが頭を下げると、ユスリィとスライヤも続いて頭を下げる。
「わ、私も連れて行って下さい!」
ソナがイツキにすがりついてくる。
賺さずベルヴィアがアイセルの手を握ってウインクしてみせる。
「こっちは任せなさい。アイセル、私といいところ行こう!美味しい物を山ほど食べよう!」
「うん、アイセルいい子でまってる。ママはダウのところいってあげて?」
ベルヴィアとアイセルの言葉に目に涙を浮かべるソナ。
イツキとララミーティアもお互いに頷く。
早馬でやってきた遣いの者の話では、ダウワースが倒れたのはアーデマン州の最北に位置するロングホーストの森という場所。
新人冒険者達を連れて森の奥深くまで探索したところ、ゴブリンやコボルトが住む集落を発見したようだ。
ダウワースはすぐにピンと来て引き返そうとしたが、新人冒険者のうちの一人が早合点をして攻撃をしかけてしまったらしい。
ダウワースは新人冒険者達を守りながら魔物達の集落を殲滅。
どうにか辛勝した。
その集落にはどうやらゴブリン・ロバストという上位種が何匹も居たようで、ダウワース達のパーティー編成を考えれば気付かれないよう撤退して冒険者組合に報告するのが一般的らしい。
更に報告では左腕が一度切断されているようで、新人冒険者の中にいた治癒師見習いが必死に接合はさせたらしい。
ダウワースはアチコチに深い傷を追っており、集落の殲滅と共に意識不明の状態。
現在は最寄りの町ブールシオで治癒魔法が使える者が交代で治癒しているとの事だった。
イツキは移住者を運ぶときの要領で一行を運んでいる。
ララミーティアは折角だからとひたすら『聖女の力』と『豊穣の大地』で空の上から加護をばら撒いている。
「ダウ…、大丈夫だよね…?」
アーティカは誰となく尋ねるが、誰も口を開こうとしない。
やがてソナが自身の両手に顔を埋めて泣き始める。
「私馬鹿よ…。ダウ…、死なないで…。」
「…。」
「…。」
イツキとララミーティアはかける言葉が見つからず、黙ってそれぞれの役割を果たしている。
やがてユスリィがポツリポツリと語り始める。
「ダウワースという男は…、こんな所であっけなく死んでしまう男ではないんですよ…。ダウワースという男は…、どんなピンチの時でも何とかしてくれる、何とかしてしまう男なんですよ…。ダウは…、ダウは…。」
「きっと…、町に着いたら…、みんなの輪の中心に居てさ…『俺のパーティーメンバーなんだよ、ほらお前らこっちこっち』って…。」
スライヤが涙を堪えるように無理に笑ってみせる。
ソナの指の隙間からは次から次に涙がこぼれ落ちている。
「私…、ダウの想いに応えれば良かった…!もっと勇気を出して…!…ダウ…、死なないで…お願いよ…!!」
アーティカはイツキの隣に座って案内をしながら、視線を一行に向けないまま口を開く。
「あんなデタラメな男がこんな所でアッサリ死ぬわけないでしょ!ユスリィくらい器用で、スライヤくらい俊敏で勘も鋭くて、私やユスリィでも思い付かないデタラメな魔法の使い方をして!ピンチの時にヘラヘラ笑ってる変な男が、新人冒険者を守り抜いて!しかも愛するソナっていう女を残して死ぬなんて!そんな格好いい死に方をするわけが無いでしょ!」
アーティカの怒鳴り声に一同は静かになる。
「大体あの馬鹿、どれだけソナが好きだと思ってるの?色街でソナに惚れて『俺、この町に住むわ』って言って木にしがみついてギャンギャン叫びながら駄々を捏ねた男が!!十年ぶりに再会してウンザリするくらい舞い上がっていたあのダウが!ソナを置いて死ぬわけないでしょ!」
そう言い放つとアーティカは号泣し始めた。
イツキが頑張ったお陰でブールシオの町には陸地の移動では到底考えられない程あっと言う間に到着した。
空の上からパッと見て、野次馬がやたら集まっている建物でダウワースが治療を受けているなと一目見て分かる程にブールシオの町はこぢんまりとした町だった。
イツキが慎重に着陸すると、ソナが真っ先に弾けるように建物の中へ飛んでいった。
続いてユスリィ達と、最後にイツキとララミーティアとサーラが続いて中へ入っていく。
空から降りてきた一行の中にお腹の大きなダークエルフと黒髪黒眼の男がいた事で、住人達は「今治療を受けている冒険者は国の象徴が直々に駆けつける程大物だったのか」と噂がヒートアップしていったのは別の話。
イツキ達が部屋に入るとダウワースの顔色は真っ青。
今に息を引き取ってもおかしくないといった状況だった。
呼吸がとても弱々しい。
部屋の中には治癒師と思われる男が2人ぐったりとして転がっている。
廊下では初々しい新人冒険者という見た目のフレッシュな男女が5人沈痛な面持ちで立っている。
ソナがダウワースが寝ているベッドに顔を押し付けて号泣している。
ソナの後ろに立っている仲間達は俯いて涙を堪えていた。
息を引き取っていなかった事に心から安心したララミーティアが予告無しで『聖女の力』をダウワースに使う。
「はぁ、間に合ったわね…もうこれで「ダウ!!お願い!!死なないで!!私、あなたの事が大好きなの!!お願い!!戻ってきて!!もっと早く言わなくてごめんなさい!!」
ララミーティアの言葉を遮るようにしてソナがダウワースをユサユサ揺すりながら泣き叫ぶ。
「ダウ…、起きてくれ…。ダウが居ないと始まらないよ…。」
ユスリィが声を震わせながら俯いている。
スライヤは両手で顔を覆っている。
「あたし達をおいていかないでおくれよ…。あたし達のリーダーはダウしか居ないんだよ…、起きておくれよ…!」
「嫌だよ…、こんな最期絶対嘘だよ…!帰ってきてよ!!帰ってきて!!」
アーティカはスライヤにしがみついて号泣し始める。
ベッドでは状況が全く理解できていないダウワースがポカンとしていた。
イツキは慌ててダウワースの目覚めを伝えようとする。
「ちょっとみんな?ダウがね…「ダウ!!お願い!!帰ってきて!!あなたを愛してるの!!お願いだから帰ってきて!!愛してるわ!!また笑顔を見せて!!ダウ!!」
イツキの言葉など耳に入っていないのか、ソナと仲間達は大声で帰って来いと連呼する。
「帰ってきて!!」
「ダウ!!帰ってきとくれよ!!」
「あの…、帰るって首都ミーティアにか…?」
「今そんな事言ってないでしょ!!こんな時にふざけないで!!」
ソナが大声で怒鳴る。
ダウワースは頭の上に大量のクエスチョンマークを浮かべながらも謝る。
「わ、わりぃ…?」
「ダウ!!戻ってきてよ!!ダウが居ないと始まらないよ!!」
アーティカがスライヤと抱き合いながら天井に向かって絶叫する。
「おいおい、待ってくれよ。俺が居ねえと一体何が始まらねえんだ?」
「ダウはちょっと黙ってて!今ダウが死にかけてるのに!ダウが…?ダウ!」
暫く口をパクパクさせたソナがダウワースに抱きつく。
ダウワースの仲間達もハッと顔を上げ、ポカンとしているダウワースを見るや否やひざをついて歓喜の声を上げる。
まるで喜劇を見ているような気分になってイツキが笑い出すと、ララミーティアとサーラも釣られて大笑いし出す。
「アハハハ!ダウっぽい展開!!アハハ!!ごめんごめん!!アハハハ!!」
「ふふふ、ごめんなさい!だって、すぐに治さないとと思って治しちゃったの!アハハ!治ったって言おうとしたけれど、みんな聞く耳を持たないから!」
イツキとララミーティアが笑いながらそう言うとサーラも笑い泣きの涙を拭いながら息を吐く。
「笑っちゃいけないけれど…、ふふ、ポカンとしたダウワースさんが可笑しくて可笑しくて…!」
「だって…!部屋に入ったら今にも死にそうだったから…!私恥ずかしい…。」
ソナは顔を真っ赤にして俯く。
ユスリィが笑い出すと、つられてスライヤとアーティカも目を腫らしながら笑い出してしまった。
ダウワースは俯いているソナを抱き寄せて頭を撫でる。
「そうか、そうかそうか。俺、何とか勝ったぁと思って安心してぶっ倒れてたんだったなあ。新人がやらかしちまって、もうやるしかねえ!ってな。いやー、大変だったぜ本当!ゴブリン・ロバストがウジャウジャ居やがるの。あいつらゴブリンって呼ぶのはやっぱおかしいぜ。オーガだぞ?あれ。」
ダウワースがそういうとカラカラ笑う。
そして真面目な表情になってソナと目を合わせる。
「ソナよう、ソナの言葉、嬉しかったぜ。俺がソナとアイセル纏めて面倒見てよ、面白おかしーい生活を一生提供してやるからよ、是非俺と結婚してくれよ。な?損はさせねえ。」
「…素直になれなくてごめんね?ダウ、どうぞよろしくお願いします。」
ソナの言葉にダウワースはソナを横抱きにしてガバッとベッドに立ち上がる。
「やったぞーっ!!うおーっ!!やったやった!!死にかけて良かったぜ!!いやっほーい!!」
「…いやぁ、何だかドッと気疲れしましたね…。」
「まぁダウが生きてて良かったよ。あたしもう帰りたいよ…。」
「はは、ダウらしいエピソードの出来上がり、だね。」
ダウワースの仲間達はその場に座り込み、もう疲れたといった表情で笑っていた。
その後新人冒険者達が泣きながらダウワースに謝罪。
ダウワースは「罰として俺の大活躍からの復活劇をカッコ良く吹聴して回ってくれよ」とニイッと笑いながら言って新人冒険者達を許した。
ダウワースはすっかり全快していたので、イツキは一行を連れて首都ミーティアへすぐに戻った。
首都ミーティアではベルヴィアとアイセルがウナギの寝床で大量の食べ物とともに待っていた。
「おかえり!」
アイセルはソナを見つけるとパッと駆け出してソナに飛びつく。
「ただいま、アイセル。…実はね、アイセルに伝えなくちゃいけない事が…。」
「ダウがパパになるんでしょ?ベル隊長からきいたよ。『多分夫婦になって帰ってくるわよ』って!やったやった!ダウがパパ!」
アイセルはそのままダウワースに抱き付く。
「おっ!流行に敏感だなぁ!アイセルはもう知ってたかー!アイセルはそれでいいか?」
「うん!パパ!」
「やっぱりねー、イツキがすっ飛んでいってティアちゃんがちゃちゃっと治せば死ぬわけないんだから。丸く収まった!一件落着!みんな!パーッと食べましょう!!」
ベルヴィアがグッドサインを出してウインクをしてみせる。
イツキとララミーティアは寄り添いながら新しい家族の姿を暖かく見守った。
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