160.適度な運動
教国歴二年夏の期 30日
神聖ムーンリト教国の教皇テオドーラとウーゴの結婚式が執り行われた。
良く晴れた夏の日で、予め日程を知らされていたイツキとララミーティアは本邸の前の広場に出て、ララミーティアはいつまでも聖女の力で光の花を空に何度も何度も咲かせ続けた。
イツキも無詠唱魔法で何とか出来ないかと試行錯誤。
結果、単色ではあるものの花火によく似た火魔法と光魔法の組合せを編み出した。
ララミーティアとサーラはイツキが編み出した『なんちゃって花火』にすっかり夢中になった。
当初の目的を忘れかける程、競うようにして次々と花火を上げていった。
やがて日も傾きかけた頃、ベルヴィアが一同に声をかけた。
「デーメ・テーヌ様とテュケーナ様のスピーチがそろそろ始まるわよ。天界からじゃないから会場の様子は無理だけど、デーメ・テーヌ様とテュケーナ様のスピーチ映像くらいは手元に映せるからみんなも花火はお仕舞いにして一緒に観ましょうよ。」
「そうだなー、折角だから雰囲気だけでも楽しもう。」
「そうね。サーラも一緒に観ましょうよ。」
そう言ってララミーティアは遠巻きに立っていたサーラを手招きする。
サーラは肩をすくめつつ観念したと言わんばかりに近付いた。
ベルヴィアの手元のウィンドウ画面にはガチガチに緊張しているデーメ・テーヌといつも通りのテュケーナが映し出されている。
どうやらこちらの様子は見えていないようで、デーメ・テーヌは何度も挨拶の練習をしている。
「の、覗き見じゃないか…。これはいくらなんでもマズいよ…!」
「覗きはダメよ、流石に罪悪感が…。」
イツキとララミーティアは気まずそうにチラッとベルヴィアを見やる。
ベルヴィアはあっけらかんとしている。
「仕方ないじゃない、だって会場の進行度合いなんて分かんないもん。いつ喋るか分かんないから覗いてるの。仕方ないから良いの。」
「まぁ暫く様子を見てみましょう。」
サーラの言葉でイツキとララミーティアも悪いと思いつつもウィンドウ画面をジッと見守った。
『あー…緊張する緊張する…。テュケーナぁ…。』
『いつもの聖護教会向けの当たり障りないやつでいいじゃないですかぁ。ニコニコしていればそんなアレコレ喋る必要なんて無いですってばぁ。』
テュケーナは徐に座ったままガチガチになってしまっているデーメ・テーヌに近付く。
テュケーナはそのままデーメ・テーヌの頭をゆったりとした仕草で抱き寄せた。
『デーメ・テーヌ様がニコニコしている時ねぇ、とても綺麗ですよぉ。それだけで画になります。可愛い可愛いデーメ・テーヌ様ぁ。』
『…うん。』
イツキとララミーティアは予想外の光景に思わず顔を見合わせてしまう。
やがてイツキが呟くようにして口を開いた。
「…へぇ、意外な関係性だな…。裏ではあんなんなんだ?」
「いやぁ、私も知らなかった…。あんなデーメ・テーヌ様見たことないかも…。」
ベルヴィアは意外なものを見たという顔をしながら食い入るように見守る。
「いつもテュケーナ様が叱られている印象があるものね…。」
「意外な一面って奴ですね。」
一同は二柱の意外な関係性についつい興味を抱いてじっと見入ってしまう。
『テュケーナ…、いつものあれ…。ねえ…。』
『もうっ、とんだ甘えん坊さんですねぇ。』
『だってー…。』
『ふふ、はー可愛いんだからぁ。ほらほら、立ってくださぁい。』
テュケーナはそう言うとデーメ・テーヌを立ち上がらせる。
デーメ・テーヌは上目遣いのままヨロヨロと立ち上がると目を閉じた。
「ね、ねえ…。ちょっとこれ、見たらイケないやつじゃないの…?」
ララミーティアは不安そうな声を出してイツキと目を合わせる。
「何だか罪悪感が…。っていうかそろそろさ、何か変な雰囲気だよ?や、やめよう…?」
「何か雰囲気が妙よ…。ねぇ、ベルヴィア?」
イツキもララミーティアも眉を八の字にしつつも結局ウィンドウ画面を見てしまう。
ベルヴィアとサーラは黙りこくったままじっとウィンドウ画面を見守ったままだ。
テュケーナはデーメ・テーヌの背中に手を回して抱き寄せる。
『いつもごめんね?大好き。』
『ふふ、私もですよぉ。愛してます。デーメ・テーヌ様ぁ。』
テュケーナはそのまま顔を近づけ、デーメ・テーヌと濃厚な口付けを始めてしまった。
ベルヴィアは慌ててウィンドウ画面を消す。
「あばばばば………!と、とんでもない物を観ちゃった…。どどど、どうしよう…。これ一番見ちゃイケない奴だ…。先輩たちのド偉いところ見ちゃった…!ねえねえ、どうしよう…!?」
オロオロしながら隣にいたサーラの腕にすがりつく。
サーラも顔をひきつらせている。
「私達、確実に悪いことをしてしまいましたね…。…忘れましょう。私達はちょっとだけ遠くの空から幸せを願っていただけです。この後みんなでご飯を食べ、早々に寝るだけです。私達は何も見てません。」
「そうね…。見なかった。私達は何も見なかった。」
ララミーティアも自分に言い聞かせるようにブツブツと何度も復唱する。
「まぁ、人それぞれ色々だからさ。女は必ず男を好きにならなきゃいけないなんて決まりはない。逆も然り。ってな?兎に角さ…、覗き見はやっぱ良くないな…。」
「何かごめん…。」
ベルヴィアはしゅんとしながら本邸へ入っていった。
テオドーラとウーゴの結婚式の日だという事をすっかり失念したまま微妙な雰囲気の夜は更けていった。
教国歴二年秋の期 50日
段々と寒さが目立ち始めた秋の中頃。
イツキとララミーティアは首都ミーティアの玄関広場のウナギの寝床でダラダラと過ごしていた。
当然暇なベルヴィアもついてくる形で一緒に行動している。
以前と違うのは、ダラダラの仲間にサーラが居る点だ。
「少しは歩いたりして身体を動かした方がいいんじゃないかしら。」
ララミーティアはこれまでの人生の中でここまで安静に過ごす機会は無く、安静にし続けることに不安を覚えていた。
サーラは首を横に振る。
「適度な運動も悪くはないですが、今は無理せず安静にする事の方がよっぽど大切です。特に双子なのですよ?どうしてもというなら止めませんが、お腹にはりを覚えたら直ちにやめてください。」
「あー、双子を身ごもると早産になりやすいってうっすら聞いたことがあるかなー…。」
イツキが腕を組みながら思い出すようにぽつりと呟く。
ララミーティアは複雑そうな表情をしてその場で足踏みを始める。
「気持ち悪さが無くなると、身体がこう…ソワソワしてくるの。」
「私なんか安静にすることの方が大事なんて言われたらさ、もう喜んでゴロゴロしてるけどねー。」
ベルヴィアはウナギの寝床の奥に敷かれた布団の上でゴロゴロしながらそう言うと、大きなあくびを一つする。
イツキは呆れ顔でベルヴィアに向けて声をかける。
「誰にも言われなくてもいつもゴロゴロしてるでしょ。今更誰がそんな安静にしろなんて言うんだ…。」
「ふふ、そうですね。ベルヴィアさんは逆に適度な運動が必要そうですね。」
サーラはハーブティーが入ったカップを両手に持ったままクスクス笑う。
ベルヴィアは寝返りを打つ。
「これ以上はやぶ蛇ね…。はー眠い…。」
「少し散歩でもしましょう。調子が悪くなってきたら重力魔法で連れてかえってちょうだいよ。」
ララミーティアはゴロゴロしているベルヴィアを無視してイツキの腕にすがりつく。
イツキとサーラは目を合わせて肩をすくめると、観念したようにサーラが苦笑いを浮かべる。
「それじゃあゆっくり歩きましょうか。」
「そうですね。ベルヴィア、ちょっと行ってくるからね。」
そう言って既にウトウトしているベルヴィアを残して散歩に出掛けるララミーティア一行。
歩いているときのララミーティアは終始楽しそうにあちこちをキョロキョロしていた。
玄関広場に戻ってきて一番喜んだのはサーシャ、ホセ、アイセルの三人組だ。
今ララミーティアのお腹の中には2人の赤ちゃんが居ると各自の家庭で言い聞かせられているのか、怪我人を見つけても今までのように早くしろとせかすことはなくなっていた。
それどころか何故か以前より怪我人探しに消極的になっている。
「お腹に赤ちゃんが居るのに『負力』なんて奪ってていいの?お腹の赤ちゃんに悪い事はないの?心配…。」
「たいせつなときなのに、ケガとか病気とか人からうばいとるなんて心配だよ…。魔王はしばらくおやすみしてくれないの?戦わないほうほうはないの?」
サーシャとアイセルは心配そうな表情でリンゴジュースをチビチビ飲んでいる。
ホセもリンゴジュースが入ったカップを持ちながら独り言のように呟く。
「お腹の中に赤ちゃんが居るお母さんと、その赤ちゃんのお父さんが魔王と戦わなきゃいけないなんて絶対おかしいよ…、僕強くなりたいよ…。僕がいっぱい強くなって替わりに魔王をやっつけるよ…。」
ホセはカップをテーブルに置くと袖で目をグシグシと擦る。
サーシャとアイセルもホセの様子を見てグスグス鼻を鳴らし始める。
イツキとララミーティアは目を潤ませながら視線を通わせる。
ララミーティアは意を決したような表情でホセの頭に優しく手を置く。
「私達ね…、本当は魔王なんかと戦わないの。魔王なんてそんな人は居ないし『負力』なんて物もないわ。…今まで嘘をついていてごめんなさい。本当はね、怪我や病気で困っている人を助けてあげたくてこっそりやってたの。みんな魔王とか聖剣とか言った方が楽しいかなって…。騙すような真似をして本当にごめんなさい。みんなを思い詰めさせたかった訳ではないの。」
「3人ともごめん。俺とティアはこの国の象徴のイツキとララミーティアでしかないんだ…。みんながそんなに心配して思い詰めてたなんて知らなくて…本当にごめんなさい。」
ララミーティアは座ったまま、イツキは立ち上がり、静かに泣き始めた子供達に向かって深々と頭を下げる。
子供達はしばらくポカンとしてキョロキョロ顔を見合わせた後、声を上げて泣き始めた。
「良かったよぉ…!本当に良かったよぉ…!!僕、本当に良かったよぉ…。」
「アイセルたちが『ふりょく』あつめすぎたせいで、おなかの赤ちゃんが元気じゃなくなったらどうしようって…、どうしようって…!おーいおいおい…。」
「凄い怪我してる人ばかり見つけたから…!私達のせいでティアに何かあったらって…!ううっ…!良かったぁ…!!うわぁぁん!!」
子供達は暫くイツキとララミーティアに会えないまま日々を過ごし、誰にもいえないまま罪の意識に苛まれていたようだった。
安堵から子供達たちは泣きはらし、イツキとララミーティア、さらにはサーラとベルヴィアも貰い泣きしてしまい、ウナギの寝床からは暫く泣き声が聞こえてきていた。
後日その話を聞いたシモンが、アンとオチルに相談。
ミスリルで出来たお揃いのブローチを用意していた。
テオドーラとウーゴが子供達と各家庭を館まで招待し、『救済の薄明団』の印、そして神聖ムーンリト教国からの感謝の印としてシモンの用意したブローチを子供達にプレゼントした。
「みんなの優しい気持ち、誰かを救いたいって気持ち、私達神聖ムーンリト教国はあなた達をとてと誇りに思います。サーシャ、ホセ、アイセル。あなた達は神聖ムーンリト教国の秘密組織『救済の薄明団』の初代団員よ。これからも怪我や病気で困っている人が居たらイツキやティア、それに私達に報告して頂戴ね!」
テオドーラはしゃがみ込んで子供達と視線を合わせながらそう伝えると、子供達は満面の笑みで元気良く「はいっ!」と答えた。
「よーし、良い返事だ。三人ともこれからも活動を頑張ってくれ。期待してるぜ?もし何か困ったことがあったらいつでも俺たちでもその辺の兵士でもいいから頼るんだぞ?」
ウーゴが人懐っこく嗤笑いながら三人の頭を撫でる。
後日、三人の子供達は胸にミスリル製のブローチをお揃いで付けてイツキ達のもとへやってきた。
「怪我してる人見つけたよ!ゆっくりでいいから行こう!」
やってきて早々にサーシャが声を弾ませながらイツキの手をつかむ。
ホセとアイセルも「行こう行こう」とピョンピョン跳ねながらせがむ。
イツキとララミーティアは微笑みながら子供達の後をゆっくりとついてゆくのだった。
「今日はどんな怪我人かしらねー、今からワクワクしてくるわ!」
「そうですね。端から見てて中々癖になりますよね、治った瞬間の反応。」
ベルヴィアとサーラはクスクスとあれこれ意見を交わしながら後を追いかけている。
首都ミーティアでは今日もまたあらたな奇跡が起きようとしている。
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