159.定例会4 後編
聖フィルデスはジャクリーンやウーゴにララハイディなどが映っている映像を手元に引き寄せる。
「『栄光の先導者』『明日無き暴走』『ララハイディ式限界突破』。ティアちゃんがこれを同時にやった上で特定の条件下になると世界が止まる恐れがあります。」
「と、止まる…?えーと…。」
ララミーティアは理解が追いつかないようでイツキに目をやるが、イツキは深刻な表情を浮かべている。
「何となく言わんとしている事が見えてきたぞ…。ティアが特例で強くなった。『栄光の先導者』にロクに検証されていない追加機能が千年前から隠されている。想定されていないおかしな身体強化の精度をハイジとリュカリウスさんとが何故か高めまくっている。俺とかいつぞやのさくらちゃんみたいな予め天界で処理してある例ではなく、この世界の人格であるティアが全部乗せをすると…。」
『その通りです。なのでイツキもティアちゃんもよく覚えておいて欲しいの。何も起きないかもしれないけれど、何か起きるかもしれない。何か起きてからでは遅いの。』
デーメ・テーヌの言葉にララミーティアはすんなり頷く。
「昔と違って今はイツキが守ってくれるから、私もう昔ほど強さを追い求めてないわ。寿命が延びるかと思って鍛えてただけよ。それ以外の思惑はないから安心して頂戴。話はイマイチ理解出来なかったけど、要するに今言ったそれに関わらなければいいのね。」
「ふふ、やはり直接お願いした方が早いですね。」
聖フィルデスはニコニコしながらハーブティーを飲んだ。
「他にも何かあったらいつでも言っていいですからね。俺もティアと幸せに暮らせればそれでいいんで、大抵のことは協力しますよ。」
「そうね。私もイツキと同意見。」
イツキとララミーティアは見つめ合って軽く微笑んでみせる。
『まぁ確かにこれまでヤキモキしてた物がすんなり解決したわ…。折角だからもう一つ。これはまだ全然具体的な話じゃないんだけれど、先日聖フィルデスの案内で行った塔があるでしょ?』
「あー、開発室ですか?」
先日聖フィルデスによって案内された例の巨塔についてデーメ・テーヌが尋ねてきた。
『そう。まだまだ先の話だけれどあれを含めてね、この大陸のエリアを限定してユーザに解放しようかという構想があるの。神聖ムーンリト教国は当初の計画通りの亜人の楽園になったわね。だから街やフィールドは攻撃禁止エリアにして、そこの広場に塔を建てて、そこで強敵と戦うみたいな…。』
「へぇ、まぁ住人達に被害が及ばないなら…ねえ?」
「そうねぇ、とは言え私達だけじゃ何とも言えないわ。」
イツキとララミーティアは「ねえ?」と言って頷き合う。
ベルヴィアが口を開いた。
「もう少し具体的な話になったら改めて天界側から2人に打診するつもりなんだけれど、2人にはそのエリアの現地管理人になって貰いたいと思ってるの。」
「「現地管理人?」」
イツキとララミーティアが声を揃えてそう言うと、聖フィルデスがベルヴィアの替わりに説明を始める。
「ええ、殆ど権限は持たないけれども、ちょっとした私達みたいなものです。私達はたまにやってきては暫く滞在するだけですけれど、現地管理人は文字通り現地に住み込みである程度の管理をしてもらう人のことです。」
「えっ!それって…!」
イツキが驚いて聖フィルデスに聞き返すと、ララミーティアが不安そうに怖ず怖ずと尋ねる。
「それになると私とイツキは神様みたいな事になるのね?…あの、そうなった時に子供とか…。」
『ふふ、心配しないで。勿論子供は作れるわ。当然住人達とも普通に交流も出来ます。』
デーメ・テーヌの言葉にイツキとララミーティアは肩の力が抜ける。
「なーんだ、良かったよ。」
「じゃあ別にいいかしらね。他に何かデメリットがあるの?」
『2人のステータスは変わらないんですけどぉ、先日のデーメ・テーヌ様やぁ、聖フィルデス様みたいに攻撃が一切利かなくなりますよぉ。その代わりこちらからも攻撃出来なくなりますねぇ。デメリットではないですかねぇ。』
テュケーナの答えにイツキとララミーティアは顔を合わせる。
「うーん…、みんなに何かあったら手出し出来なくなるのか…。」
「…なる程ね、神様は特定の国に肩入れする訳にもいかないものね…。」
「ま、そういう事。でも今だって頑なに2人の武力を借りようとしないじゃないの。」
ベルヴィアがハーブティーを呷りながらそう言うと聖フィルデスも頷く。
『とっくに畏怖の対象になってますからねぇ。んー、あっ!そうそう!後っ!後ぉっ!メリットとしてはぁ!寿命が遥かに長くなるのがデカい…『こら!本当に馬鹿!今それを…!』
「えっ!?そ、それならやりたいです!」
「やるわ!ってみんなそんな寿命が長いの?」
テュケーナのうっかり発言に食いつくイツキとララミーティア。
テュケーナはウィンドウ画面の向こうでデーメ・テーヌからキツく叱られている。
聖フィルデスは眉を八の字にしてがっくり肩を落とす。
ベルヴィアも「アチャー」と言わんばかりにばつの悪そうな顔をしている。
聖フィルデスがゆっくりとため息混じりに口を開いた。
「はぁ…、お二人にその点を伝えると何も考えずに二つ返事になるに決まっていますので、もうちょっとゆっくり考えてから答えを出して欲しかったのですが…。」
「そうですね…。イツキもティアちゃんも即答すると思ったもん。」
ベルヴィアがジト目でイツキとララミーティアを交互に見る。
「そりゃあね…。二つ返事にもなるよ。」
「そうよ。当然じゃないの。」
抗議するように口を開いたイツキとララミーティアに聖フィルデスは淡々と言葉を重ねる。
「私達、実は特定の肉体が無いんですよ。ティアちゃんにはちょっと難しいかもしれませんけれども『依り代』を色々乗り換えて暮らしているだけです。生きる希望を無くし疲れ果てた時に私達は初めて死というものが選べます。」
『流石に驚きましたよね…。テュケーナを叱りはしたけれど、現地管理人になるのであればいつかは話さないといけない事ではありました。私達の文明は発展し過ぎて、いつしか肉体なしでも生存出来るようになったのです。その状態を生きると言っていいのか分かりませんが…。それでこうして『依り代』を用意して、それに入って暮らしています。そうする事で寿命という物を克服したのです。』
「それでもお二人はそうなりたいと思いますか?『依り代』は限り無く精巧に作られた肉体です。皆さんと全く同じ物です。でもそれはあくまで偽物なんですよ。お二人はそれを聞いてもまだやりたいと思いますか?」
聖フィルデスの訴えかけにじっと見つめ合うイツキとララミーティア。
「いやいやいや!やりたいですよ。それでもやりたいと思いますよ。そもそも俺の今の肉体は『依り代』とは違うんですか?転生した時にベルヴィアの作業を横から見てたし、こないだのさくらちゃんの奴もベルヴィアの作業を見てたけど、多分同じ事ですよね?その理屈で言えば俺もステータスがおかしくて人族として設定した『依り代』ですよね?身体の乗り換えが出来ないだけで。」
『あー…、それもそうね…。忘れてた…。』
「そ、そうでしたね…。」
デーメ・テーヌが気まずそうにそう言うと、聖フィルデスもハッとした顔をして照れ臭そうに俯く。
イツキの出自を完全に忘れてカッコいいことを言った自分達に照れているようだった。
「私もそう思ったわ。だとしたら別にいいかなと思う。イツキはちゃんと胸の鼓動もしているし暖かい。泣くし笑うし、二人の間に子供だって作れるのよ?イツキとずっと一緒に居るからか、特に抵抗は感じないわ。」
『ふふっ!ぶっ!!『流石に驚きましたよね…』って!!私イツキちゃんが『依り代』だって忘れてたデーメ・テーヌ様に驚きましたよぉ!!『流石に驚きましたよね…』ぶっ!!』
『う、うるさいわね!!…なまじ言い返せないのが悔しい…!せ、聖フィルデスだって忘れてましたみたいな「ハッ!!」って顔してたじゃないの!!』
ウィンドウ画面の向こうでお馴染みの仲良しコントが始まる。
ベルヴィアも溜まらず笑い出してしまう。
聖フィルデスは顔を赤くしながらも苦笑いを浮かべる。
「ふふ、私もデーメ・テーヌもそそっかしいのは変わりませんね…。そんな訳で脅すような事を言いましたが、気持ちの問題だけで身体的な不都合は特にないんです。」
「そうですね、特に不都合はないですかねー。…イツキ、ティアちゃん。そんな訳だけど、今すぐ結論を出せって話じゃないからさ、とりあえずのんびり過ごしてていいわよ。それでもってたまに2人でじっくり話してみて。ね?」
ベルヴィアはイツキとララミーティアにウインクしてみせた。
その夜、イツキとララミーティアは寝室のベッドの上で向かい合って座っていた。
「今日の話、どう思う?」
「私ずっと考えてたの。もしイツキより先に私の寿命が来ちゃったらどうしようって…。」
ララミーティアはイツキの胸に顔を埋める。
イツキはララミーティアの背中を撫でながらゆっくりと口を開く。
「ティア1人だけが居ない世界、俺はそんなものは耐えられない。」
「同じ気持ちよ。離れ離れになるのは嫌。もう一人ぼっちになりたくない。だから話を受けないって選択肢は無いわ。」
イツキの胸に顔を埋めたままララミーティアはキュッとイツキの腕を掴む。
イツキはアイテムボックスからスケッチブックを取り出してララミーティアの肩をトントンと叩く。
「ん?あら、それはなに?」
「中身見てみて。」
イツキからスケッチブックを渡されたララミーティアは表紙を捲る。
「これ…!」
「ティアが寝てる間に描いててさ。」
「凄い!私だらけ!」
ララミーティアは興奮しながら精巧に描かれた自分が載っているページをゆっくりと捲ってスケッチブックを眺めている。
「ティア、ずっと一緒に居て欲しい。ティアが居ない人生なんて考えられない。愛してるよ。」
「ありがとう、私も愛してるわ。私からもお願い。ずっと一緒に居て。」
「次聞かれたときは決まりだね。」
「ええ。始めから決まってたようなものよ。」
イツキはララミーティアのお腹に手を当ててみる。
近頃僅かながら胎動を感じるようになってきた。
「双子だからもう少しするとあちこちで動いてるのが分かるみたい。今はまだそこまでは感じないわね。」
「楽しみだなぁ。あっ、動いた!」
イツキの無邪気な微笑みを見てララミーティアはイツキの頬に唇を落とす。
いつまでも寄り添い合ったまま二人の夜は更けていった。
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