閑話.ある日のララミーティア
この話は2人の出逢いをララミーティア目線で語る話です。
遠い未来に2人で寄り添いながら話しています。
窓の木製扉の隙間から射し込む光。
真っ直ぐに差し込む光は小屋の中の埃を星屑のようにキラキラと輝かせている。
季節は夏でも早朝はつま先が冷たくなる程度には冷え込む。
今日もいつも通りの変わらない朝がやってくる。
この小屋は私が転がり込んで来たその日から何も変わらない。
森で瀕死になって行き倒れていた私を拾い上げ、まるで本当の娘のように私を育ててくれて、とても不器用な無償の愛をくれたアリーが住んでいた家。
私の大好きな大好きなアリー。
アリーは既に千歳を越えている森エルフのお婆ちゃんだった。
もう何百年も暮らしていると言っていたこの小屋はきっと何百年も変わらずにここでこうして誰にも気付かれずひっそりと建っているんだろう。
私もいくつ歳を重ねても見た目が変わらず、まるで時が止まっているような空間。
アイテムボックスに入れておいた赤トマリスのスープを飲んだら、いつも通りの装備に着替えて早速狩りと採集に出掛ける。
いつもと何も変わらない日課。
外に出ると、朝露に濡れたままの森は朝の光を受けて全てがツヤツヤしているように見えた。
朝日が加速度をつけてあたりを明るくしてゆく。
まだ早朝と言うことで空気も凛としている。
色も味もないこの退屈な世界で生きている私にとって唯一好きな瞬間だった。
狩りに特にノルマは無かった。
何か気配がすれば倒しておくし、食べれない魔物の類だったら気配を消して放っておく。
倒しても旨味がないから。
私は自分の特性、いや呪いのせいで思い切り魔法を使えない。
アリーのお陰でこれでもある程度は気にせずに魔法が使えるようになったけれど、人一倍魔力を食って人一倍回復が遅い。
何かあったときの為に常に最小限で節約する癖が染み付いた。
遠くにウルフが単独で居るのが見える。
私は弓を構えて、矢に身体強化の応用のような魔法を付与してから矢を放つ。
そうすると遙か遠くへも一直線で加速しながら矢が飛んでいく。
獲物はとりあえずアイテムボックスに放り込んでおく。
毛皮や肉まで加工してしまうのか、内蔵をとるところで止めておくのかはいつも気まぐれだった。
気分が乗らなかったら最小限でやめておくし、やる気があれば全部やる。
どうせ全ては暇つぶしでしかない。
暫く採集しながら森を歩き回っていると、誰か人の気配を感じた。
私は身を潜めて息を殺した。
(また人族が来た…。適当なところで追い払おうかしら)
男は見たこともない奇妙な格好をしてウロウロ歩いていた。
まるで貴族か有力な商人のようなきっちりした身なり。
でもそこから先が妙。
首に赤いスカーフを巻いてきっちりした身なりの男が金色のショルダーガードやアームガードを装備して、腰や背中に太い枝みたいなものを持っている。
ブーツもベルトだらけのゴツゴツしたもので、今まで大陸中をあちこち放浪してきたけれど、ここまで可笑しな身なりの男は見たことが無かった。
(何者…?ここまで変だと予測が立てられないわ…、何か喋ってる…?感覚強化で…)
とてもではないが強くなさそうなので、余計な魔力を使わず、とりあえず喋っている内容を聞き取ることにした。
『えー、これ食べられないのかよ!すげー椎茸に似てるじゃん!』
『うわ、この禍々しい葉っぱ食えるの?状態異常になりそう…』
『空気うまいなぁ、この禍々しさがなかったら最高なんだけどな。』
『根菜ないのか根菜!あれ…、地中の鑑定ってそういやどうすんだ…?』
『何か歩いても全然疲れないなー、俺ひょっとして強くなってるんじゃない?これ!』
『キノコは外れ多いな…、まぁチキュウでもそうだったし、そんなもんなのかな。』
『これいつになったら目的地に到着するんだよ…、縮尺おかしくなってないかこれ?』
とにかく独り言の多い男だった。
男はまるで森へ遊びに来ているようにあっちへフラフラこっちへフラフラ。
寄り道をしながら何処かへ向かっているようだ。
(様子が変ね…、森に迷い込んだのかしら。でも目的地とか言ってたからやっぱり私が目当てかしら。でも、とても強そうには見えない…)
そうこうしているうちに小屋がある広場まで着いてしまった。
暫くすれば諦めて帰るかと思って様子を窺うと私は言葉を失ってしまった。
(嘘でしょ…、この短時間であのヘンテコな建物を建てたの?アイテムボックス?そんな手練れには見えなかったわ…、何?あの男は危険…、いや、本当に危険…?)
私は背中に嫌な汗が流れるのが分かった。
この異常な状況。
あのおかしな男。
どうすればいいのか全く判断出来ない。
(少しでも魔力は節約したい…、まだ見つかってないし、魔力視で見てみる?あっ…、あの白いヘンテコな建物に入ってしまった…。あれは何?あれはそもそも建物?)
暫く潜めて茂みの中から見守っていると、男がパッとヘンテコな白い建物から出てきた。
私は茂みの中からゆっくりと弓を構える。
その男は手の中から何かをボトボト大量に出し始めたので、私は手を止める。
(何だろう…、石?土?今度は何か透明な筒…?益々意味がわからない。ゴミだったら本当にやめてほしいわ)
やがて男は土のような物を口にしたり、透明な筒に口を付けて呷ったりしていた。
食事かと思って様子を見ることにした。
(あれ、食べ物なんだ…。得体が知れない以上関わりたくない…、早く諦めて帰ってくれないかしら…)
そのうち男は天を仰いで『天啓』と何の突拍子もなく連呼し始めた。
(魔法?いや、頭がおかしいのかしら…。ある意味怖い…。益々関わり合いたくない…)
この男は恐らく冒険者ではない。
この雰囲気や行動パターンからするに、人族かなんかの変わり者の学者の類なのかもしれない。
そう考えると私は少し納得が行って胸をなで下ろす思いだった。
こんな変な男が強いわけがない。
次の瞬間、男の手から杖のような物がぽろりと地面に落ちてきた。
いや、杖だ。
魔核が一瞬見えた。
(…っ!違う!騙された!こいつは魔術師!油断した…!私は馬鹿なの!?)
慌てて魔力視をした。
全身の毛という毛が逆立ち、膝が意志を持ったように震えだし、体が竦み上がるような息苦しさを覚える。
(な、何…、何で…何何何!?人族が持てる魔力量じゃない…、アリーより全然多い…、あんなのと対峙したら殺される…!!!)
全身が冷や汗でびっしょりと濡れてしまうのではないかと思うくらいに頭が全力で警鐘を鳴らしている。
その男の周りには強大で漆黒の魔力が渦巻いていた。
(こんなのに狙われたら…遅かれ早かれ間違いなく殺される…。隠れているのも分かってて泳がされているの?もうやるしかないんだわ…。アリー…、私を守って…)
弓を持つ手に力が入る。
(アリー、あの世で会ったら…今度はいっぱい甘えたいな…)
覚悟を決めて声を張り上げる。
「そこを動くな!貴様ここで何をしている!?」
男がバッと両手を上に上げる。
(魔法が来る!何か詠唱してる!?全力でやらないとやられるっ!)
私は魔力の事など気にせず全力で矢を放つ。
(少しズレた…っ!でも、多分脚を吹き飛ばすくらいは出来る…)
私は絶望した。
矢がまるで小石でもぶつけられたかのように男に当たってポロッと地面に落ちた。
男は落とし物を拾うように矢を拾う。
そこからは無我夢中で震える手で何度も矢を放った。
それでも男に一撃を食らわせる事もなく矢は無情にも男に軽く当たっては拾われる。
男は何か喋りながらこちらへ近付いてくる。
(やっぱり死にたくない…、死にたくない…、アリー、助けて…。私まだ死にたくない!)
何度矢を放っても男にダメージを与えられない。
嫌だ、死にたくない。
心の随にまで怯えに蝕まれてゆく。
このまま死んだらアリーに会えるかもという思いに目頭が熱くなるような奇妙な感覚を覚えた。
茂みに隠れて矢を放ちながら、私は思わず声を張り上げた。
少しでも時間稼ぎを。
「く、来るな!人族がここに一体何の用だ!」
「人族?あ、えーと、俺人間じゃなくて人族なんだっけ。あっ、そこの白くて丸い小屋?に今日…痛っ!引っ越して来ました、百草一樹と申します。いて!あの不審者じゃないっす!痛いんで一旦やめて下さい!本当!いててっ!マジで!」
どうせ死ぬなら最後に交渉に打って出るしかないと思った私は思い切って茂みから出て声をかけた。
私より魔力が多いならこの男は恐怖状態にならないはずと思ったから。
(交渉の余地はあるはず…!)
「…ほぁぁ…。」
男はぼーっとした表情で間抜けな声を出している。
(え…?脅威ではない…?私を狙うならさっさと殺しているはず…。何が目的なの?分からないわ…)
「貴様、何者だ。」
「あ、えーと名前がイツキで、苗字、あーいや家名かな?家名がモグサです。種族は人間?いや人族で男、年齢は38歳、独身恋人なし、今日さっき引っ越してきました。あ、これ矢、返しますね。」
「どうぞ」と片手に矢の束を持って私にニコッと笑いかけながら渡してきた。
あまりに見当違いな自己紹介。
しどろもどろになり始めたその男は自分の事をイツキと言った。
人がよさそうなその笑顔に私の心は得体の知れない胸の高鳴りを覚えた。
それが私と最愛の夫、イツキ・モグサとの出逢いだった。
振り返ってみて確信している。
イツキは、私の運命の人だった。
―――――――――――
「ははは、ごめん。笑っちゃいけないんだけどさ、俺相当間抜けだねー、アホ丸出しだ。ふふふ、何だかティアには悪い事しちゃったなぁ。いや、ははは。ごめんごめん。」
イツキが笑いながら私の肩を抱き寄せる。
私はイツキに抱き寄せられながら、イツキの胸をポカポカと軽く叩きながら頬をぷっくり膨らませる。
「もうっ!今でもあの時の死の恐怖が蘇るようよ。きっと何百年経っても忘れない自信があるわ。」
「えー?忘れてよー!そういやさ、この世界では両手をこうバッと上げたら抵抗の意志はありませーん!って意味では通じないの?」
イツキが両手を上に上げて「降参だぁ」とおどけてみせる。
ララミーティアはそんなイツキの様子を見てクスクスと笑う。
「少なくとも私は大袈裟な詠唱でも始めたのかと思うわ。だってイツキは纏っている魔力が桁違いだもの。魔法が飛んで来ると思うわ。」
「えー、俺ってそんな序盤から魔力垂れ流しだったんだね。何か嫌だなぁ。」
イツキには相手の魔力を見ることは出来ない。
魔法に長けたものや知性のある魔物がイツキに敵対しない理由の一つとして、イツキの周りには強大で漆黒の魔力が渦巻いているという理由がある。
敵対したときに己に向けられる激しい怒りで爆発しそうな荒々しい魔力。
そんな魔力を目の当たりにすると、本能的に死の恐怖に駆られてしまい、身体が言うことを聞かなくなる。
「そうね。とてもデカい魔力がもわもわーっと漂ってるわ。」
「嫌だなぁ。俺そんなもわもわした状態でウロウロ歩き回っているのか…。ティアはそんな俺の傍にずっと居て平気なの?出逢ったときみたいに怖くない?」
でも私は知っている。
「平気よ。イツキの魔力はいつでも私を守ってくれる暖かい魔力よ。」
この強大で禍々しい漆黒の魔力はいつだって私を全力で守ってくれる事を。
私は知っている。
イツキの肩に頭を預ける。
「いつでも私を優しく包み込んでくれるの。思えば矢を渡された時の笑顔で、私はイツキに恋したのね…。あの時の胸の高鳴り、今ならよーくわかるわ。」
「それを言うなら俺はティアが茂みからガサッと出てきた時だな。間違い無い。だって本当に美人だったんだもんな。とんでもなく凄い色っぽい美人キター!ってなるよそりゃ。ズルい、本当。」
私はあの時のイツキの惚けた顔を思い出してクスクス笑いがこぼれてしまう。
「ふふ、そうね。イツキったら変な顔して『ほぁぁ。』って言ってたもの。ふふ。」
「ほぁぁー!言うなーっ!」
イツキが私の両頬を優しくつまむ。
いつもの優しい笑顔を私に向けてくれる。
私の大好きな笑顔。
暖かい指先、愛おしくなって不意打ちでキスをする。
イツキは嬉しそうに私を見つめて微笑む。
私は溺れたい。もっとあなたに溺れたい。
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