閑話.適当に選ばれた女6
恐る恐る引き出しを開けて中に入っていたのは綺麗に並べられたら水晶玉のような玉。
一つ一つに十字に麻の紐のようなモノが巻かれていて、触ったら今にもボロッと朽ち果てそうな付箋紙のような紙がついている。
「ぴっ!!ぴっ!!」
フンワリちゃんが必死におててでお椀を作る仕草をしてみせる。
ん?これを持つのかな?
占いでもするの?
持ち上げた途端警報装置がピーピー鳴るとかないよね…?
「…っ占いとか出来ませんよ…?じ、じゃあ持ってみます。どれでもいいのかな…。」
ウッカリ落としてパリーンとならないように慎重且つ適当に選んで手のひらに乗せてみる。
綺麗な玉だなぁ、ガラスかな?
「…き、綺麗な玉ですね…。な、な、なんだろう…。」
壁一面にぼんやり8ミリフィルムのような映像が映し出されて思わず落としそうになる。
あぶな!落とすところだったよ!
これ、この玉が映し出してる?
ビデオみたいなもんかな?
ーーーーーーーーーー
銀髪の男がはにかみながらピンと背筋を正して立ってみせる。
どうやらこの部屋の映像のようで、ボロい家具は全て真新しく見える。
男は制服のようなかっちりした服を身にまとっている。
暫くモジモジ照れていた男がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
ぬっと近付いて来たかと思うと、突然画面が切り替わる。
画面に映されたのは栗色の長い髪に丸い耳を生やし、フサフサのボリュームのある栗色のしっぽを自身の両手で掴んでいる女だった。
男と同じテーマと思しき制服を身に纏っている。
女は頬を赤く染めてはにかんでいるように見える。
やがて女が扉の方を振り返る。
扉には女とよく似た少し歳の行ってる男女が立っている。
女の両親だろうか。
視点が両親の方に近寄ると再び画面が切り替わる。
先程の銀髪の男と女が仲良く並んで立っている。
2人とも左手を自身の右胸に当てて何か喋っている。
やがて男女は顔を見合わせてクスクス笑い出した。
ーーーーーーーーーー
「あ、あ、あの…。こ、これは…。まま、まさかフンワリちゃんっ!?みみみ耳としっぽが同じです…!ど、どういう事情かわかりませんが…。い、い、今映っていた女性は、フ、フ、フンワリちゃんという事でしょうか…。あっ、『はい』なら一回、いいい、『いいえ』なら二回鳴いて下さい…。」
「ぴっ…。」
フンワリちゃん、改めフンワリちゃんさんは力無く一回鳴く。
うーん、そうかぁ。やっぱりそうなのか。
っていうさん付けは呼びにくい。
いやぁ、そうだよなぁ。
なーんかそっちの方がすんなり受け入れられるよ。
だってさ、ヤッパリただの小動物じゃないもの。
フンワリちゃんの目からは涙が止めどなく流れていた。
やっぱりフンワリちゃんはただのリスでもネズミでもない。
例え異世界だろうとやっぱりリスはここまで賢くないし、文字の練習もしないし、何より見ず知らずの人のホームビデオを見てこんなに涙を流さない。
同じ人間だって他人のイチャイチャ映像を見ても泣かないよね…。
フンワリちゃんと呼ばれていた女の人は間違いなくフンワリちゃんだ。
「ふ、ふ、複雑な会話がき、聞きたいけれど…っ難しそうですね…。と、と、とりあえず暫くこ、ここで過ごしましょう…。」
「ぴっ…。」
私達はついに目的地に着いてしまった。
フンワリちゃんは完全に憔悴しているようだった。
ひょっとするとこの部屋で今も帰りを待つ恋人?がいるかもしれないと、僅かな希望に賭けていたのかもしれない。
そう考えたら胸がキューッとなるね…。
私、フンワリちゃんの希望を打ち砕いてしまった…。
映像には雪に埋もれる前と思われるこの街の映像や、あちこちの風光明媚な場所でのデートの映像、日常の何気ない2人のやりとりが詰まっていた。
この水晶玉のような玉の中で、フンワリちゃんと恋人?の男性はキラキラと輝くような青春を永遠に過ごしていた。
深く愛し合っているんだって事くらい恋愛ド素人の私でも見ればよく分かる。
フンワリちゃんはひたすら泣いていた。
それでも視聴を止めようとはしなかった。
段々私まで悲しくなってきて一緒になって泣いてしまった。
一体何があってこの星は大きな雪玉のようになってしまったのだろう。
いや、雪積もってない場所もあるかな…。
外がすっかり暗くなった頃。
キリの良いタイミングで私はフンワリちゃんを両手でそっとすくい上げて、その小さな身体に頬を寄せてみた。
「わ、私ずっと傍にいます。…っ恋人さんの替わりにはなれませんが、ず、ず、ずっと傍にいます。だだからそんなに泣かないで下さいっ!」
「ひぴっ…。」
フンワリちゃんは小さなおててで私にキュッとしがみつく。
私達は生きていこう。
寂しさを舐め合いながら、力強く生きていこう。
雪洞ビバークをしないのは初めてだった。
暖炉があったけど燃やすものがない。
そうだ、こんな時こそ魔法だよね。
どうせ魔力的なサムシングが減らないなら暖炉で火魔法を燃焼させ続ければいいよね。
暖炉で延々火魔法を展開させると、部屋の中はぼんやり明るくて暖かくなった。
火って偉大だね。
雪洞ビバークでは出来なかった焚き火が出来る。
眠くなる前に晩御飯を食べなきゃね!
晩御飯はワンタンスープにした。
木の器に入ってるけれど私には分かる。
これはカップめんのコーナーでよく売ってるやつだ。
体感では数ヶ月前にも残業の日にお夜食として食べたんだけど、凄く懐かしい気がする。
フンワリちゃんに取り分けた分はいつもの雪チートが使えないので私が一生懸命フーフーして冷ましてみた。
フンワリちゃんも小さな口で一生懸命フーフーしていて、私達は目を合わせて笑い合ってしまった。
寝る前にフンワリちゃんさんが床に転がしている水晶玉のうちの一つを一生懸命ゴロゴロ転がしながら運んできた。
ありゃ、また見たいのかな…。
「…悲しくなりませんか…?」
「ぴっ。ぴっぴっ。」
「じ、じゃあこの玉一つだけ…、寝る前に、みみ見ますか…。」
ーーーーーーーーーーー
冬の街路樹を先程の男が歩いている姿が映し出される。
フンワリちゃん視点だ。
男は時折肩をすくめてみせたりちらりとフンワリちゃんに視線を送ったりしている。
どうやら何か喋っているようだ。
自身の両肘を抱きかかえたりして寒そうに見えるが、男はどうも薄着のようだ。
暫くそんな映像が続き、やがて男の顔が近づいて来たかと思うと離れる。
恐らく口付けでもしたのであろう。
再び男が映る。
男は眉を八の字にして肩をすくめる。
男の手が伸びてきたかと思うと、パッと画面が切り替わった。
肩にストールのような物をかけたフンワリちゃんが映る。
フンワリちゃんもやっぱり薄着だ。
暫く何か喋っていっている映像が続いたが、フンワリちゃんはにかみながら見つめてくる。
フンワリちゃんは終始幸せそうな顔をしていた。
ーーーーーーーーーーー
「り、フンワリちゃん…。め、め、メッセージですね…。…っ私、ピピ、ピンと来ました。…なんとなくですけど…。」
「ぴっ!」
何でこれを敢えて見せたのか。
女神様はここへ転生させる時に何と言っていたか。
なぜこんな過酷な環境なのか。
「…ふ、ふふ2人とも、さ、寒そうなのに…薄着でした…。わ、わざわざこの映像を、みみ見せたという事は…例年より寒かったと、い、言うことでしょうか。」
「ぴっ。」
ここまで寒冷化が進んだらそりゃ文明も衰退するよね。
だって、明らかに食糧がないもん。
ここに来るまで見つけた食べられる物と言えばフンワリちゃんさんが探してきてくれたよく分かんない木の実だけだ。
この辺りは絶望的なくらい食べ物がない。
「ひ、人の姿だったのに…今はリスのような姿…、ハイペースで進んだ寒冷化…。」
「…ぴっ。」
「し、し、暫くこの街を…っ調べ回ったら、た、旅立ちましょう。も、もも、もっと暖かい場所へ…。こ、ここは人が暮らすのには…む、無理があります…。」
「ぴっ。」
毛皮にくるまっても中々寝られなかった。
「ぴっ…。」
「…すいません。…寝られなくて…。」
フンワリちゃんの涙を思い出したら胸がズキズキ痛んで、とても寝られる気分ではなくなった。
「…あの映像…、今から何年前か…、…分かりますか?」
「ぴっぴっ…。」
そりゃそうだよね…、あんな何もない雪原で日付感覚を持ち続けるなんて無理だ。
ましてやフンワリちゃんは今はリスだ。
「フンワリちゃん…ず、ずっと長い間…さ、さ、彷徨ってたんですか…?」
「ぴっぴっ。」
「そ、それじゃあ…っ冬眠でもしてたんですか…。」
「……ぴっ。」
フンワリちゃんシマリス説、いやいやそんな事より少し間があったね。
多分厳密には違うんだろうなー。
「げ、げっ厳密に言えばちち、違うけど…、概ね冬眠だろうって…感じですか。」
「ぴっ。」
「…なる程ですね…。こ、こんな冬の世界みたいになって…、な、何年経つか分からない…。っ人の、姿だったフンワリちゃんが…、か、完全にリスのようになってる…。ま、魔力が関係してる…?」
魔力が無い地球には人間しか居ないし魔物なんて物はいない。
魔力が枯渇するとそういう魔力がある世界特有?のものは存在出来なくなるのかな?
ひょっとすると星そのものも魔力に依存していたら…。
はたまた宇宙が魔力に依存していたら…?
女神様に対してもっとアレコレ聞いておくべきだった。
私がわざわざこの魔力がへっていて困っている世界に来た理由。
私が来ることで得られるメリット。
私はこれまでどんな行動をしてきた?
その中に世界にとってメリットになりそうな行動は?
「ま、魔力…よ、よく分かりません…。…考えて答えの出る、は、話ではないですね…。」
「ぴっ。」
フンワリちゃんさんが私にちゅーをしてくれる。
そうだね、もう寝よう。
おやすみなさい、女神様。
私は、一体何をすればいいんですか?
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