閑話.適当に選ばれた女3
フンワリちゃんとお喋りの練習をしながら、時折ピッと指される方向に向かって歩き続けた。
当然フンワリちゃんからこの世界についての何か新しい情報が入ってくる訳でもなく、ひたすら私が喋っては小さなおててでペチペチ叩かれてダメ出しされる繰り返しだ。
それでも人生で一番喋ったんじゃないかと思うくらいに喋った。
口が疲れる感覚をまさかリス?相手に覚えるとは夢にも思ってなかった。
喋ることがこんなに楽しいなんて!
少しずつ良くなっている感覚も覚えた。
そんなこんなで楽しく歩くことが出来て、そろそろ日も傾いてくるという時間。
丁度数本木が生えている場所を見つけた。
今日のお宿はここだね。
「…私、…こんなにお喋りするの…は、初めてです。…不思議ですが、…フンワリちゃんが相手だと、…へ、へ、変な力が入る事も…、なさそうです。」
「ぴっ!ぴっ!」
昨日と同じ様に雪洞ビバークの準備を始める。
そこまで用意するものもないのであっと言う間に覚える寝床の出来上がり。
昨日も思ったけどカプセルホテルみたいだね、これ。
昨晩のように中に入って光魔法をぽわんと漂わせる。
出入り口の布もしっかりセット。
気持ち念入りに雪で固めておこう。
入ってきたのがフンワリちゃんで良かったけれど、明日目が覚めたらまた女神様の所では情けない。
さてさて、今晩は何を食べようかな。
今日はじっくり選ぼう。
クリームシチューとパンのセット!
寒いときに有り難いセットだよー!
あー、この食糧の充実したラインナップはなんだろう!
女神様ってグルメな人なのかな。
だってこれ、数年は余裕で持ちこたえられるくらい量とバリエーションがあるもん。
親切にお酒とおつまみも素人が適当に選んだレベルじゃないくらい豊富にあるよ!
わくわくするけど、私まだちびっ子だった。
これは成長したら楽しませて貰おう。
あらら、デザートはあんまり無いかな。
バニラアイス、抹茶アイス、黒蜜きな粉のバニラアイス…、杏仁豆腐?
これ居酒屋の?
女神様、のんべえなのかな…。
「…どんなものが、…食べたいですか?しシチューが、…っあります。…なかなか美味しそうです。」
「ぴっ!ぴぴっ!」
「ふふふ、し、シチューに、…っしましょう。…寒い日にピッタリです。」
早速取り出してみると木の器に入ったクリームシチューとパンが出てきた。
シチューからはモウモウと湯気が立っている。
フンワリちゃんの分は昨晩綺麗にしたトマトスープのような物が入っていた器に半分ほど分けてあげる。
朝のタマゴサンドから察するに、パンに浸して食べたら食べきれそうもない。
フンワリちゃんが一生懸命パンを指差すので、小さめに千切ってシチューと中に投入してあげた。
何度か息を吹きかけて居るうちにあっと言う間に食べやすい暖かさになったようだ。
さすが真冬だね。
本当に真冬か知らないけど。
「た、食べましょう。…いただきます…。」
「ぴっ!」
口に運んだシチューは紛れもなく前世で食べた市販のルーを使って作った味がした。
千切ったときに一抹の不安がよぎったモソモソのパンがシチューを良く吸い込んで食感が良くなっている。
フンワリちゃんも木の器に上半身を突っ込んで物凄い勢いで食べている。
ヤッパリ美味しいって気持ちに言葉はいらないね。
私もフンワリちゃんもシチューの美味しさに夢中だ。
何かイケナイ薬でも混入しているのかってくらい美味しい。
ああ女神様、本当にありがとう。
これ絶対日本人が作ったシチューですよね。
一通り食べてから我に返るとフンワリちゃんの上半身はシチューまみれになっていた。
「ふふふ!じ上半身がシチューまみれです…!」
「ぴ?ぴぴっ!」
私に指摘されてアチコチをペロペロ舐めて毛繕いを始めるフンワリちゃん。
その様子をニコニコ微笑ましく眺めていたらフンワリちゃんは何か訴えかけるような目で口元をおさえている。
「ぴぴっ!ぴぴっ!」
「え?あっ…、わわ私も人のこと言えませんでしたね。ふふ。」
ウッカリ!私も口の周りがシチューだらけだった。
私の言葉にフンワリちゃんがスルスルと私の体をよじ登って口元をペロペロして綺麗にしてくれた。
何という健気!健気が過ぎるよ!
「ふふ、く、くすぐったいです。…何だか、ちちチューしてるみたいですね。」
私とフンワリちゃんに洗浄魔法をかけながらそう言うと、フンワリちゃんは「ぴぴっ!」と言ってマントの中に隠れちゃった。
あれ、ひょっとして男の子なのかな。
照れちゃって可愛いヤツめ!
「ふふ、てて照れちゃいましたか?…っ私とフンワリちゃんの…なな仲じゃないですか…。ふふ、可愛い。」
胸元で時折ムズムズ動くフンワリちゃんの温もりを感じながらシチューが入っていた器や、またまたご丁寧にセットになっていたスプーンを魔法で綺麗にしてアイテムボックスに戻した。
この調子で行くと私、食器の問屋になれるね。
合羽橋で店開けるんじゃないかなこれ。
暖かな温もり溢れる木の食器のお店。
あ、コミュ障だから無理か。
寝る前のトイレも済ませて毛皮の毛布をすっぽり被って目を閉じる。
ちびっ子だからかな、前世では考えられないくらい夜は眠い。
寝る子は育つと言うし、いっぱい育てよ、私。
他人が声をかけ難いくらいの絶世の美女になってね。
エルフって何となく貧乳なイメージがあるけど、そこのところどうなのかな。
まぁ、美女だったら胸についた脂肪なんて関係ないない。
寝よう。おやすみなさい、フンワリちゃん、女神様。
私は今日も幸せでした。
翌朝目を覚ますと驚愕してしまった事がある。
フンワリちゃんが居ない!
わ、私の大切なお友達が!
年甲斐もなく声を上げて泣いてしまった。
いや、今はちびっ子だから年甲斐もあるの間違いか。
いやいや、そんな場合でない!
所詮小動物という事か!
懐いてた訳じゃなかったのか!
「うう…、フンワリちゃん…。…どこ行ったの…。」
「ぴぴっ!ぴぴっ!ぴぴぴっ!」
フンワリちゃんの声が!
フンワリちゃんはもぞもぞと入り口の布の隙間から入ってきた。
良かった。心から良かった。
「ふふふフンワリちゃん!わわ私てっきりフンワリちゃんに嫌われたかと!うう、うわーん!」
「ぴぴっ!」
声を上げて泣きじゃくっちゃった私のそばに、フンワリちゃんは頬袋から何個か木の実を出して見せた。
小さい栗?どんぐりではなさそう。
「ぴぴぴっ!ぴーっ!」
「え?く、く、くれるの?」
「ぴっ!ぴっ!」
私が寝ている隙に木の実を探してきてくれたんだ!
よく見るとフンワリちゃんは全身びしょびしょになっている。
慌ててフンワリちゃんに洗浄魔法をかけて両手でそっと包み込む。
つつつ冷たいよ!
ヤバいよヤバいよ!
「ありがとう!わわ私、凄く嬉しい!…誰かからプププレゼントを貰うなんて初めて!だだだ大好き!」
フンワリちゃんにいっぱいチューしちゃおう!
美少女からの熱烈なチューだよフンワリちゃん!
短く「ぴっ!」と連発しながらも満更ではなさそうなフンワリちゃん。
「わわ私、フンワリちゃんと結婚する!ふふフンワリちゃんが、おお女の子でも、わわわ私結婚する!」
「びぴっ?ぴっ!ぴっ!」
同意してくれてるのかな?
女神様!私、異世界に来て早速リス?の婚約者が出来ました!
フンワリちゃんと幸せに暮らします!
「ここ、この実は…、…とてもとても大切な物です。とと特別な日に、いいい一緒に食べましょう。…暫く眺めて、た、楽しみます。」
「ぴっ!ぴっ!」
フンワリちゃんは満足したのかマントの中に入り込んで隙間から顔だけ出す。
早く暖まってね、それじゃあ今朝も何か暖かいスープでも頂こうかしらね!
お楽しみのメニュー選びをしているとフンワリちゃんの頭もウィンドウ画面に合わせて動いている事に気がついた。
あれ、これ他の人にも見えるものなの?
脳内イメージかと思ってたな。
「…何か気になる物があったら、なな何でも言って下さいね…。」
「びっ?ぴっ!ぴっ!」
おおう、早速注文頂きましたー。
なになに?
「野菜スープ…、…フンワリちゃん、なな中々良いセンスしてますね。ああ朝から食べやすそうです。」
「ぴっ!」
フンワリちゃんのオーダーした野菜スープを早速アイテムボックスから取り出してみる。
モウモウとした湯気とともに現れたのはヤッパリ前世でよく見かける家庭料理的な野菜スープだ。
ごろっとした野菜に薄切りベーコン。
ああ、ジャガイモがちょっと崩れててベストタイミング。
乱切りされた人参もホクホクそう。
玉ねぎなんてクタクタ!
キャベツもくったり柔らそう!
あ、フンワリちゃん涎垂れてる!
アイテムボックスに仕舞っていた器に分けるとき、フンワリちゃんリクエストだからという事で欲しい量だけ分けることにした。
フンワリちゃんは真剣な顔でじっと私の取り分ける様子を窺っている。
んー、可愛い!
「ぴっ!」
「…丁度半分こです。…それじゃあ食べましょう。…いただきます…。」
「ぴぴぴっ。」
ななな何とフンワリちゃんの『いただきます』頂きました!
小さなおててを健気に合わせちゃって!
あざとい!あざといよ!あざといっす!
野菜スープはコンソメの優しい味がして身も心もホカホカに暖まった。
やっぱり家庭の味ってホッとするよね。
お店で食べる物よりもどこかこうホッとする感じ。
コレコレって思う感じ。
何がコレなんだって感じだけどね。
野菜スープを平らげた私達は再び洗浄魔法で綺麗になって雪洞ビバークを取り壊す。
今日も今日とてフンワリちゃん様の指し示す場所へ歩いて行きますよー!
さてはて、一体全体どこへ辿り着くのでしょう。
それはフンワリちゃんのみぞ知る。
なんつって。
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