154.もどかしい
ベルヴィアから転生者の報告を聞くのが日課になった。
ララミーティアの体調ばかりを心配する日々に新たな話題が出来て、ベルヴィアからもたらされる報告が一同の楽しみになっていた。
「まぁ俺と同じ世界から来てるなら戦いとは完全に無縁だからね…。どこまで行ってもひたすら雪の世界。歩けど歩けど人の気配はなく、そこでデタラメな威力の武器じゃ余計に怖いだろうなぁ。」
「イツキが前空に向かって打ったアレみたいな物であれば、何の説明もなしに使ったら驚くわ。」
今日もたらされた情報は、魔導兵器を試し打ちしたらあまりの威力に泣き出してしまったという情報だった。
イツキとララミーティアは以前試し打ちしてカーフラス山脈にトンネルを作りそうになった武器を思い出して深刻な表情になる。
「私達の中から手の空いた者が手助けに行きたいくらいですね…。いくらイツキさんのように強くしたところで、その事実や使い方が分からなければ無意味ですからね。」
「他の世界の人を一時的に送ることは不可能なの。私もあの世界の管理者って訳じゃないからフライヤ様に内緒で行くなんてまず無理だし…。本当単純に様子を見るだけ。もどかしいけどね…。」
サーラの言葉をに肩をすくめながら首を横に振るベルヴィア。
ララミーティアは不意に肩の力を抜く。
「でもあっちですぐに現地の獣人族と仲良くなったんでしょう?制限?のせいで小動物みたいな状態らしいけど。」
「それだけが唯一の救いね。右も左もわからない空と雪原しか無い世界で、彼女と巡り会えたのは奇跡的だったわ。魔力が枯渇しかけてるから、人族以外の種族や魔物は制限をかけられて封印されてるような状態なの。」
ララミーティアとベルヴィアの言うとおり、異世界に降り立った少女は無事雪洞ビバークをし、翌朝には現地の獣人族と巡り会っていた。
とはいえ、魔力が枯渇している関係で人族以外の種族や魔物は全て動物や妖精などのような姿になっており、ある意味冬眠中といった形らしい。
「で、雪洞ビバークの真下で冬眠していた獣人族の女の子が、さくらちゃん?から漏れ出ている魔力を一晩中受けて冬眠から目覚めたって訳か。作り話みたいに良くできた話だな…。」
「そ。でもこれは完全に偶然。獣人族の彼女も身振り手振りでどうにか魔法を教え込んでいるみたい。さくらちゃんも寂しさが紛れて本当に良かったわ。」
「それにティアさんのメッセージもすぐ見つかったようですしね。嬉し泣きしている姿を見てみたかったですね。」
サーラの言うとおり転生してすぐにハーブセットの中からララミーティアがいたずら半分に入れたメッセージを見つけたようなのだ。
一人と一匹の寂しい夜に突然見つけた暖かいメッセージ。
彼女は泣いて喜んでいたと聞いてララミーティアまで目に涙を浮かべて喜んでいた。
「まだ数日しか経ってないけど、とりあえずどうにか力強く生きているのね。私も頑張らないと!」
「ふふ、でも最近悪阻も大分良くなってきましたね。とは言え中休みという可能性もありますので、まだ楽観視は出来ませんよ。」
サーラの言うとおりここ数日ララミーティアは多少体調が良さそうだ。
相変わらず眠そうなのは変わらないが、食べ物に関してはましになってきている。
「食べられるうちにしっかり食べておかないとだね。」
「また食べられなくなったら私が替わりにモリモリ食べてあげるわ!」
イツキが下手なウインクをララミーティアに送りながらそう言うと、ベルヴィアはワクワクした表情をしながら同じくウインクをしながらララミーティアに言った。
「本当調子がいいんだから!そうなったら私の分はサーラのアイテムボックスにとっておいて貰うわ。」
調子の良いベルヴィアにララミーティアは思わずクスクス笑ってしまう。
それから暫く経ち、ルーチェが聖フィルデスを抱えて再び本邸までやってきた。
本邸の中に入ってきた聖フィルデスは相変わらずニコニコしている。
「お母さん調子はどうー?食べれるようになった?」
「お陰様で脂っこいものはちょっと難しいけれど、大分マシになったわ。」
ルーチェは早速ソファーに座っていたララミーティアの隣にピッタリくっついて腰を下ろし、横から優しく抱きつく。
ララミーティアはここの所大分悪阻の症状も改善しており、少なくとも匂いで吐きそうになる事は無くなっていた。
「それを聞いて一安心しました。天界の方も着々とフライヤ包囲網が展開されていますよ。フライヤの替わりの候補も大分絞られてまして、後もう暫くすればと言った感じでしょうか。」
聖フィルデスもララミーティアの向かいのソファーに腰を下ろしながら報告をする。
ベルヴィアは聖フィルデスの隣に賺さず座る。
「そ、それで誰になりそうなんですか?」
「魔力を消費しないタイプの加護で、農耕関係の加護を持っていて、今メインの担当を持っていない、クローノウスで決まりと言っても過言ではありません。テュケーナより少し上でしたかね。誠実でしっかりしているので適任かと。更にサポートでプロヴィアちゃんが入るんです。間違いなく安定した世界になると思いますよ。」
聖フィルデスの話を聞いてベルヴィアは肩の力が抜けたのか、そのままソファーの背もたれに沈み込む。
「はぁ…、安心しました…。本気の人選…凄く良い人が担当になるんですね。」
「ええ、殆ど枯渇している状態からの再生という事で、魔力再生プログラムのモデルケースになる予定です。だからベルヴィアちゃんとは真逆ですね。ベルヴィアちゃんは魔力過多の解消、プロヴィアちゃんは枯渇した魔力の再生。」
聖フィルデスの言葉にベルヴィアは少し二やっとする。
「あの子らしいです。私の方も私らしい…かな。」
「ふふ、本当ですね。ところで、これまではフライヤの得意分野の魔法陣、魔導紋章、ルーンはそもそも本来もっと緩やかなペースで研究されるハズだったのです。それがあの子面白がって何も考えずにとんでもないペースで、世界に与える影響も検証無しで研究を進めたものだからあんな事になっちゃって。正直あの子のもたらした研究結果があらゆる世界に与えた利益はデカいけれど、あの子の世界に住んでいる子らからすればたまったものではないですよね。」
イツキとサーラがテーブルにどんぶりに入ったにゅうめんを並べてゆく。
「魔法陣かぁ、そういやそういう魔法はこっちでは全然聞かないですね?」
イツキはこの世界で聞き慣れないキーワードを拾って聖フィルデスに話しかける。
「デーメ・テーヌが時期尚早だって言って一切導入しませんでしたからね。」
「魔法ジン?どういうものなの?」
「私も聞いたことないかなー?」
ララミーティアとルーチェも興味津々で聖フィルデスの話に食いついてくる。
聖フィルデスはニコニコしながらどんぶりを手に取る。
「ふふ、じゃあ食後にイツキくんを使って色々やってみせましょうかね。」
「いいんですか?イツキなら出来ない事はないですけど…。」
「この面子なら別に平気でしょう。ね?」
心配そうなベルヴィアにウインクを一つ送る聖フィルデス。
食後、早速一同は本邸の前の広場に出る。
聖フィルデスはニコニコしながら目の前に広がるウィンドウ画面のアチコチを両手で叩いている。
「デーメ・テーヌ、こないだの面々で遊びますよ。いいですよね。テュケーナ、この間お留守番だったから手が空いているならいらっしゃい。」
『あーはいはい、一応テュケーナをそっちへやるからよろしくね。』
デーメ・テーヌの声が聖フィルデスの手元から聞こえてくる。
「せ、聖フィルデス様…。ラン状態の人格をあそこに連れて行くのは…!」
ベルヴィアは終始心配そうに聖フィルデスに縋るが、聖フィルデスはニコニコしたまま「ちょっとした息抜きですよ。」とベルヴィアに取り合おうとしない。
「こちらは完了、そちらのコミット待ち。コミット確認。開発室起動。」
聖フィルデスがそう言うと、景色がパッと切り替わる。
「て、転移…?」
「何かしら、広場そっくりね…。」
イツキとララミーティアは寄り添ったままあたりをキョロキョロとする。
サーラにしがみついていたルーチェが声を上げる。
「ここ広場だよ!離れも本邸も無いけど広場だよ!」
「言われてみれば…、広場の感じが似ているような…。」
キョロキョロする4人の目の前に突然光の粒子が集まって人の形を成してゆく。
「やっと会えたぁ!」
「テュケーナ様っ!!」
テュケーナが目の前に姿を現した。テュケーナはそのままイツキに抱きつく。
テュケーナの柔らかい胸の感触にドキマギしつつも、隣にいるララミーティアが気になってそれどころではないイツキ。
「わっ!!あー…、ほ、抱擁はもういいですから…!!離して下さい…!」
「そうよ!イツキもそう言ってるからそろそろ離れた方が…、ねっ?ねっ?」
耳を激しくピコピコさせたララミーティアによりイツキから引き剥がされたテュケーナはそのままゆっくりとララミーティアにも抱き付く。
「だってぇ嬉しいんだもん。会いたかったわぁー!」
「ふふ、私も会いたかったわ。」
一通り過剰なスキンシップを楽しんだテュケーナ。
聖フィルデスは説明を始める。
「ここは今は全然使われていない開発室という空間です。世界に導入する特性やスキルや魔法の確認をしていた場所です。なのでここで何をやろうが私達が先程まで居た世界には何ら影響がありません。」
「ここはぁ、みんなが住んでる広場だけどねぇ、大陸中の秘宝を集めたらこの塔が出現するって予定だったのぉ。」
テュケーナがそう言うと、広場のど真ん中に巨塔が突如そびえ立った。
「アリーは腹いせだったのか抗議の意思だったのか、気がつけばここに小屋を建てて住み始めていたんです。万が一秘宝が集まったとしてもここで阻止するつもりだったのかもしれませんね。」
サーラはそう言うと遠い目をしてフッと笑う。
「こないだ言ってたゲームがどうとかってやつだよね。ふーん、展望台?」
ルーチェがそう言うと聖フィルデスはニコニコしながら否定する。
「当時の計画では、棟の各層には階層を守護する強力な魔物が鎮座していて、それを倒しながら頂上を目指すという話でした。そして塔の攻略度合いによっては魔物溢れが発生、塔の中では強力な武器や防具など魅力満点!といった計画です。」
「そんな魅力満点な計画が土壇場で中止になって平気だったんですか?」
イツキが天高くそびえる塔を見上げながらそう尋ねると、テュケーナがクスクス笑いながら答える。
「大慌てで既存の大陸に塔を無理やりもっていったのぉ。秘宝も苦し紛れにそれっぽい場所を見つけてぇ散りばめてぇ、どうにかこうにか!って感じですねぇ。」
「さあ、イツキくんの方の準備は終わってます。イツキくん、ここでしか使えないけれど新たな知識が流れ込んでくるのが分かりますか?」
聖フィルデスに促されてイツキは少し考え込む。
すると『初めまして』な魔法に関する知識が頭の中にある事がわかる。
「分かります…、不思議な感じだ…。」
「ねえイツキ、どんな感じなの?」
新たな魔法技術が羨ましそうなララミーティアがイツキの腕を引っ張って尋ねる。
「うーん、どんな感じ…かぁ。筆舌し難いなぁ。あっ、とりあえずハイジには絶対見せちゃダメだなって感じはよくわかる。私も私もって確実に纏わりつかれる。」
とても分かりやすい例え話に一同に笑いが起きた。
そんな事とはつゆ知らず、ララハイディは豪快にくしゃみをしてリュカリウスの顔にスープをぶちまけていたのはまた別の話。
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今日の18時に本編とあまり関係ない閑話を挿入しました。
よろしければ是非見て下さい。