閑話.適当に選ばれた女2
冬の朝は好きだ。
布団が暖かくて幸せな気分になるから。
布団から出て部屋の中の寒さを味わってから再度布団に突っ込むつま先の暖かさよ。
暖房で部屋が暖まるまでの布団の中で朝のニュースを観る時間が好きだった。
暖かいな。
はー、手触りが良くて暖かい。
このフワフワして真ん丸いフンワリ。
小さく上下するフンワリちゃん。
フンワリちゃん…
フンワリちゃん?
フンワリちゃんとは一体!?
私は慌てて被っていた毛皮の毛布をガバッと引き剥がす。
うう、唐突に寒い!
しかし明らかに闖入者だ。
私は小さく上下するフンワリなんてアイテムボックスから出していない。
私の体から出てきた?
いくら異世界とはいえ、そこまでぶっ飛んだ世界なのか?
1日1匹私の体から出てくるのか?
いやいや、間違いなく私の聖域への闖入者だ。
何とかやって行けそうなんて言っていた自分が情けない。
闖入者をこうもやすやすとウエルカムするなんて。
しかも寝床に居るんですけど!
良くわからない動物と朝チュン迎えちゃったんですけど…!
「ぴぃ!ぴぴぴぃ!」
小さな毛玉がささっと動いたかと思ったらそのまま私のマントの中に潜り込んでしまった。
胸元の隙間からチラッと顔を出してまるで上目遣いのように私を見上げるつぶらな瞳。
可愛い…。
「ふ、フンワリちゃん…。」
そう、リスですよ!リス!
いや、リス?
リスの耳って真ん丸だっけ?
私自身特段痛いところや痒い所はない。
何か毒に侵されている感じもない。
暖をとりに来たの?
このフンワリちゃんにとってしてみれば私の方が突然森に押し掛けてきた闖入者か。
うーん、おあいこだね。
おあいこなの?
「あ、あの…、ああ暖かいですか?そ、その…わわ私と…い、一緒に来ますか?」
動物には臆せずどうどうと話し掛けられる勇ましい私。
私だって相手さえ選べば普通に話すことくらいできらぁ。
フンワリちゃんは同意したように「ぴっ!」と声を上げたらそのままマントの中へ隠れてしまった。
野生を捨ててないか?
普通寒いからって人間の寝床に入るか?
しかもマントの中でぬくぬくするか?
いやいや、フンワリちゃんの野生についてなんて至極どうでも良い。
ああ、天にも昇るほど幸せ。
可愛いリスネズミ?に懐かれた。
もうリスだのネズミだの、そんな細けえ事ぁどうでもいいってもんよ!
女神様、素敵な出会いを本当にありがとう!
お腹がグウグウと音を立てて抗議をしてくるので朝食を取ることにする。
アイテムボックスを改めてじっくり眺めて気がついた事がある。
どう考えても日本の物と思われる料理のオンパレードだ、これ。
全国津々浦々のお土産とかもあるんですけど…。
あ、タマゴサンド食べたいな。
アイテムボックスからタマゴサンドを取り出す。
タマゴサンドはご丁寧に木の皿の上に載っていた。
包装こそされていないけれど、もうなんて言うかもろコンビニのタマゴサンド。
フンワリちゃんがマントの隙間から顔を出すと小さなお鼻を一生懸命ヒクヒクさせる。
可愛すぎる。
可愛さの暴力だ。
なんと屈したくなる暴力だろう。
「よ、良かったら…。いい、い、一緒に食べますか?」
「ぴっ!」
何度も繰り返すけれど、例え動物相手とは言え淀みなくスラスラ喋れるこの私。
っていうかフンワリちゃん言葉理解してない?
この世界の動物の頭が良いだけなのかな。
まぁ可愛いさの前では知能指数なんて物は本当にどうでもいい。
自分の分を一切れ手にとって、もう一つのタマゴサンドをフンワリちゃんの前にコトリと置く。
折角出来た掛け替えのないお友達。
そんなお友達相手にパンを千切ってちょびちょび施すなんてまるで鳩の餌やりのようなドケチな真似はしたくない。
私の空腹はタマゴサンド一切れでは到底満たされないだろうけれど、私の計算ではフンワリちゃんは三分の一も食べれば恐らく満腹。
まぁおこぼれにありつけるだろうという算段だ。
流石にこんなに食べれまい。
私、見た目は子供、頭脳は大人なのだよ!
「じ、じゃあ、…いただきます…。…フンワリちゃんも、…遠慮しないで、たた食べてね。」
「ぴっ!ぴぴぴっ!」
タマゴサンドを頬張る。
美味しい。
美味しすぎるやろーっ!!
久し振りのタマゴサンド。
よくコンビニで買ってたタマゴサンドの味。
平凡なのにどうしてこんなに美味しいの。
ちびっ子になったからだとは思うけれど、タマゴサンドは一切れで十分だった。
なんと燃費の良い身体なんだろう。
エコカーもビックリだ。
もう既にお腹が苦しい。
フンワリちゃんごめんね。
私フンワリちゃんの残したタマゴサンドは食べれないや。
あれっ、フンワリちゃん完食しちゃった!?
「ぴぃ。ぴぃ。」
私の膝の上に移動して仰向けになって寝転ぶフンワリちゃん。
この野生を忘れた感が堪らない。
リス?がこんなにベタ馴れするなんて異世界って本当に素晴らしい!
あのタマゴサンドはこの小さなお腹のどこに入ったの?
こまけえこたぁどうでもいいんだったね。
兎に角異世界凄いや!
そういえば昨日からまともな物を何も飲んでいない。
昨日歩いている途中で暑くなってきて雪を口に含んだけど、あれは厳密には飲み物を飲んだとは言えない。
アイテムボックスにあったハーブティーセットなるものを取り出してみる。
金属製の無骨なポットとハーブがぎっしり詰まった布の袋と木のカップが出てきた。
おおう、そこからやらないと飲めないやつか。
シャレオツなカップに入った完成系が出てくると思った。
ハーブか詰まった袋をよく見てみると、クルクル丸めて筒のようになっているメモが入っていた。
初めて見る文字な筈なのに読める。
これが言語理解ってスキルの効果なのね。
そんな事より久々に文字を読むという行為をしてみようかな。
メモ書きにはお茶にするハーブの処理の仕方。
魔法を駆使したお湯の用意の仕方。
最適なハーブティーの淹れ方が書かれていた。
何だか凄く暖かさを感じる優しい文字。
この世界の文字?初めて見る文字だけど読めちゃうよ。
言語理解ってスキル?
凄い便利だね!
地球でこれさえあれば翻訳家として誰とも合わずに食って行けたのになぁ。
文章の最後にはメッセージが添えられていた。
「…違う世界で生まれ変わって新しい人生を歩き出したあなたに、…素敵な出逢いがありますように。…ララミーティア?」
女神様の名前とは違う?
女神様の同僚?
っていうか最後のこれ、ララミーティアって人の名前だよね?誰だろ?
でも、丁寧に綴られたメモ書きからはその人の優しさや誠実さが伝わってくるようだった。
こんな素敵なメッセージまで添えられて、これを書いた人はきっと私のようなヤツが新天地で心細い思いをしていないか心配して書いてくれているのかもしれない。
こんなところで、こんなタイミングで、急に見ず知らずの人の無償の優しさに触れてまた涙が溢れてくる。
私、何だか泣き虫になったな。
フンワリちゃんが私の肩まで器用にスルスル登ってくると、私の頬に顔をスリスリしてくれた。
「ああ、あ、ありがとう…、う嬉しいです。す、素敵な出逢い…、…フンワリちゃんと、でで出会えて良かったです…。」
「ぴぃ。ぴぃ!」
とりあえず冬のお日様は気が短い。
涙なんて流している暇などないのだよ。
あと、ハーブティーは手間取ったらあれだし、晩御飯の後にゆっくりやってみようかな。
今は雪を口に含めばいいよ。
うん立派な飲み物飲み物。
「と、と、とりあえず…か、片付けます…。」
「ぴっ!」
フンワリちゃんは私のマントの中に再び隠れる。
どうせまた使うのに一々干したり畳んだりは面倒だなと考える。
そんな時は浄化魔法とアイテムボックス。
これらがタッグを組むとあっと言う間に片付けは終わってしまった。
魔法って便利。
「ど…どこに行くのか、ああ宛はありません…。」
「ぴ?ぴぴぴっ!」
フンワリちゃんは私の言葉を聞くとスルスル体を降りて小さなおててをピッと向こう側に向かって指す。
「あ、あっちに…な何かあるんですか…?」
「ぴっ!ぴっ!」
フンワリちゃんは言いたいことが伝わったと言わんばかりに再び私の体をスルスルよじ登ってマントの隙間からちょこんと顔を出す。
どこか凛々しい顔をしている気がする。
「わわ私この世界の事…、ぜぜ全然知らないから…、…っ色々教えてね…!」
「ぴっ!」
「ふふ、ああありがとう…。」
宛もない放浪に一筋の道が出来た気がする。
全然心細くない。
頼もしい案内役を得た私は今日も今日とて歩き出す。
色々なところを見て回ろう。
とりあえずは食糧になるものを得られるような場所かな。
需要だけで供給がゼロなのは怖い。
新しい私。
ちびっ子になったエルフの推定美少女の私。
前世のノリを引きずったままプロのコミュ障なんて勿体ない。
私は身も心も生まれ変わる必要があるのだ。
折角の美少女が猫背で吃るなんて勿体ないと思うんですよ。
「こここんにちは…。へへへ…。へえ…。」
「ぴっ!」
フンワリちゃんが私の頬を小さなおててでペチンと叩く。
ちょっとひんやりしてる可愛いおててが堪らない。
いやいや、今は鬼教官役をしてもらっているのだ。
「…こんにちは。…っ今日は、…天気がいいですね…。…ほほ本当に天気が、よよ良くて…。…天気と言えば…きき、昨日の天気なんかは…。」
「ぴぴぴっ!ぴぴぴっ!」
うう、鬼教官からペチペチ叩かれる。
強烈なダメ出しだ。
「お、オドオドだけじゃない…?…わわ話題も良くない…ですか?」
「ぴっ。」
私の言葉にフンワリちゃんは何度も大きく頷く。
そうは言ってもね、私この世界二日目の上に出会った生命体はフンワリちゃん。
あなただけなんすよ。
一体何の話題を振ればいいんですかね…?
「ひ、人と話すなら…、わわ私名前、かか考えないと…。」
「ぴっ。ぴぴぴ、ぴぴぴ?」
うーフンワリちゃんが一生懸命何か提案してくれいるけれど全然分からない。
疲れてその場に座り込んだ私はどうやら困った顔をしていたようで、フンワリちゃんが背伸びしながら私の眉間をコネコネしてくれる。
何と優しい子。
「ふ、フンワリちゃん…。ああありがとう。わ、私の話…、ちちちゃんとじっと、…聞いてくれる。わわ私、…動物しか友達が…い、いなかったの。…どど動物は、わわ笑ったりからかったり…し、しない。ひひひ、人と話すのはい、いやだけど、…っ動物と話すなら、は、は、話せます。」
「ぴっ。」
「す、スラスラお喋り…ででで出来るように、な、なりたい…。ここ心も…、生まれ変わりたい…。」
前世で餌で釣って仲良くなったハチワレの猫ちゃんも私のしょうもない話を黙って聞いてくれた。
私もちゃんと両親が居る子供だったら犬も飼ってみたかったな。
犬ってご主人の言うことを真っ直ぐな視線で一生懸命聞くでしょ。
動物は私をからかったり馬鹿にしたりしない。
DJとか音飛びとか到底人につけるあだ名とは思えないあだ名はつけない。
動物は優しいのだ。
フンワリちゃんは私の頬をペロペロ舐めてくれた。
もう私フンワリちゃんと結婚しようかな。
あ、でも男の子か女の子か分かんないや。
いやいや、決心して秒で諦めてどうする?
私は生まれ変わるんだ。
「…私は、…きっと、…生まれ変わる。……っ、フンワリちゃん、…末長く、っよろしくね…。」
「ぴっ!ぴっ!」
フンワリちゃんが私の頬を小さなおててでスリスリと撫でる。
よしっ、地道に頑張るぞ!
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