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17.おやすみなさい

部屋の中はリビングダイニングとは違い、基本的に透過していない。

透過させることも出来るかもしれないが、透過させてしまうと闇夜は何となく怖いし、朝は日差しのお陰でとんでもなく早起きをしてしまうような気がするので深く詮索しないことにした。


いくら強くなったとしても、自分が強いかなんて実感もそこまでない。

ララミーティアは闇夜も平気かもしれないが、先日まで普通の日本人だったイツキからすれば怖いものは怖い。

実感があっても恐らく怖いんだろうなと思うイツキだった。


扉のすぐ脇に小さい魔法陣みたいな模様が施してあり、軽く触れる度に調光出来るようだった。

そのギミックをララミーティアも触ってみて、明るくしたり暗くしたりと、割と楽しんでいた。


「本当に何から何まで便利ね。これが普通の家だなんて、異世界って凄いのね。」

「俺がもと居た世界の技術と凄く似ているけど、魔法は一切無かったから俺も新鮮だよ。」


イツキはそう言って部屋の中をぐるっと見回す。


流石に寝具は魔法が仕込まれていることは無さそうで、所謂普通の寝具にしか見えない。

しかし小屋全体が快適な温度なので、薄い布のような掛け布団でも全く問題なさそうだ。


ベッド横にあるサイドチェストの上に、夜中に目が覚めてもララミーティアが水を飲めるようにアイテムボックスに大量にあるバグっている水を2つほど置いておくことにした。


「これ、夜中喉が渇いたら飲んで良いからね。」

「うん、ありがとう。」

「うん。うん。」


ララミーティアはベッドに座ってソワソワしている。

無理もない、イツキもずっとソワソワしっぱなしだった。

そんなに広くない部屋の中をウロウロしては「うん」だとか「よし」だとかよく分からない確認をしている。


そのうちララミーティアが小さく笑う。


「ふふ。もうイツキったら。…そろそろ寝ましょう?」

「おっ、ああ、そうだね。じゃあ消すね。」


ララミーティアが壁際の方で横になり、壁を向いて寝る体勢を取ってしまった。


イツキは慌てて部屋の明かりを寝るのに邪魔にならない程度まで落とした。

夜中にトイレに立ったときに位置関係が分からなくてこけてしまう気がしたからだ。

部屋の中が薄暗くなり、部屋がシンと静まり返る。


イツキもララミーティアの隣に背を向ける形で横になった。



―――――――――



本当に色々あった。

物凄く濃い一日だった。

自分はこのまま独居老人にでもなって、誰にも気がつかれないうちに孤独死でもするんだろうなと、半ば人生を諦めきってた。


物心がついた頃には既に家には母親しかいなかった。

母親は殆ど家には居らず朝な夕な働いていた。

そのお陰か生活は豊かな暮らしとはいえなかったが貧乏という程でもなかった。

それでもそんな質素な生活は割と好きだった。

一人ぼっちで過ごすアパートの小さな部屋で、いつも絵を書いたり、後は簡単な家事をひたすらやっていた。

いつの間にか人付き合いに抵抗があった俺には静かで居心地の良い家だった。


殆ど家にいない母親だったが、親子の仲は決して悪くはなかった。

たまの休みの日には簡単な弁当を持って河原や大きな公園など身近でささやかなところへ出掛けた。

母は音楽が好きな人で、アコースティックギターやブルースハープ、鍵盤ハーモニカなど弾いて聞かせてくれた。

大人になってから考えてもなかなかの腕前だったと思う。

歌声もとても綺麗で、そんな歌声を聞くのが何よりも好きだった。


父親の名前は全く知らなかった。

痕跡も全くなく、おじいちゃんやおばあちゃんという存在も無かった。

教えたくなかったのか、教え忘れていたのか。


ただ何となく、それらを聞くことは必死で自分を守っている母親を裏切るような気がしてなにも聞けなかった。

やがて父親や祖父祖母に対する興味も失っていた。


接する時間も少なく、母親に甘えたい気持ちは迷惑をかけてしまうと思ってそっと蓋をしていた。

代わりに、少しでも母親が楽を出来るよう家事に没頭していった。

なので同級生と遊ぶ事もなく、学校でも口を開く事はどんどん少なくなっていった。


まるでそこに居ないような存在。

そうするのが一番楽だった。


誕生日には忙しいハズの母親が慣れない手つきでホールケーキを作ってくれた。

使われている果物は缶詰めのミカンやモモだった。

いつも申し訳なさそうにしていた母親だったが、それでも震えるほど嬉しかった。

母親の誕生日にはお金がなかったので、母親が歌っていた歌を、見様見真似で必死で覚えたギターで弾き語り、それをプレゼントとした。

母親は涙を流して喜んでいた。


俺はそれだけで十分に満たされていた。


いつか自分も働きだし、母親の負担を少しでも多く持ってやり、ずっと二人三脚で細々とやっていくのだと思っていた。


そろそろ高校卒業だというところで、成長を見届けたと言わんばかりに突然母親が交通事故に巻き込まれて死んだ。

日常から急に母親が消えたことで、自分自身のどこかがごっそりと消えたような気がした。

母親を殺したヤツの事を恨むことすらしなかった。


いや、そんな情熱がどこにも無かった。


無理して進学する予定だった大学は元々そこまで行きたいところでも無く、ただ周囲の空気に合わせて何となく選んだだけの大学だった。

入学金を払う前だったのもあり、進学はさっさと諦めて生きる為に適当な会社を見つけてどうにか就職した。


高卒だからと周囲から同情じみた侮蔑の視線を浴びるのが嫌で黙々と働いた。

必死で働いていれば周囲は何も言わなくなるから、必要以上に周囲と関らなくて楽だった。

上司や先輩にはヘラヘラ同調していれば何も言わなくなるからずっとヘラヘラしてやり過ごした。


気がつくと周囲はどんどん結婚して家庭を築き、子供が出来て、そんな奴らは総じて独身の自分を蔑んでいる気がした。

何だか独身の自分がおかしな奴だと監視されているような気がして、たまの休日も独りでじっと過ごすことが多くなった。独りで過ごす方が楽だった。


もう若くない年齢に差し掛かって、まだ若いと周囲に言われても今更伴侶を見つけるなんて無理だと思った。

知り合って付き合って一年半から二年。

結婚を意識して結婚するまでに更に半年から一年。

出来るわけない。

頼むから放っておいてくれと思った。


仕事はずっとアホほど忙しいし、童貞で異性と付き合ったこともない自分がそんな事を平行して器用に行うのは到底無理だと思った。

違う、もはや人と深く関わるのが怖かった。

関わらないのが一番楽だった。


周囲は影で俺の事を同性愛者ではないかとか、人格が破綻しているのではないかとあること無いこと偏見に満ちた感想を言いたい放題言って馬鹿にしている事を知った。

ふざけるなと言いたかったが他人と悪意をぶつけ合うのが怖くて何も言えなかった。

ヘラヘラして周り合わせる道を選んだ。

都合の悪い事はじっと知らん振りを決め込むのが一番楽だった。


ひたすらフラストレーションをぶつけるように朝な夕な働きまくった。

働いている最中は現在や将来の不安を思い出すことがなくて楽だった。

それに母親の背中を追いかけているような気がして嫌いではなかった。


忙しければ忙しいほど余計なことを考えず、心が楽になる。

気がつけば周囲は自分より年下ばかりで、若い社員が自分を頼ってくれるのがまるで自尊心を満たしているような気分で楽しかった。


それは単に良いように使われているだけだったが、気がつかないふりをした。


もっと働け。もっと働け。


この歳になると物心着いた頃から住んで住み慣れたはずの自分の家で過ごすのが辛くなった。

何も変わらない部屋。

ただただ自分だけが歳を取ってゆく部屋。

母親が残した楽器も触ることは減り、もはや趣味もなくなってしまった。

そんなどうしようもない気持ちは酒を飲めば忘れることが出来た。

酒に逃げるのが楽だった。


まだまだ働けるつもりでいた。

いつかは過労死するんじゃないかと薄々感じていたが、まさか自分がこんな年齢で死んでしまうなんて夢にも思っていなかった。

ずっと他人事だと思って自分自身を省みていなかった。


しかし過労死だなんて、心は楽でも身体は悲鳴をあげてとっくに限界を越していたんだ。

奴隷でもなく、別に強要されていた訳でもないのに、俺は馬鹿だ。


でも過労死しても仕方がない事は自分自身でも納得していた。

母親も既に居ない、友人も恋人も居ないこの世界で、死を嘆くほど現世に執着する理由も特になかった。

稀薄な人間関係だったが、神様に拾ってもらい、新しい人生を歩めると聞いたときは、全部リセット出来るという事実が正直嬉しかった。

俺は軽薄な人間だ。


でもなんだったんだ、この無意味な人生は。



誰ともまともに関われない俺が急にこんなに幸せになっていいのか?


ティアが好意を寄せてくれるから便乗しただけだろう?


違う。


どうせティアの寂しさに漬け込んだだけではないか?


違う。


俺は楽な方へにげる卑怯なヤツだろう?


違う。


あの時のティアへの思いは、またお得意の思い込みで自分に暗示をかけてるのではないか?


違う。


随分迫真の演技だったじゃないか、他人から逃げてきたスキルが役に立ったな?


違う。

違う。

違う。


ティアにあれこれ言う資格なんてあるのか?

隣にいる資格なんてあるのか?

最低だな、最低のクズ野郎だな。


違う。


美人とやりてーだけで綺麗事並べて、最低のクズ野郎じゃねーか。


違う。

違うんだ。


ま、面倒になったらまた逃げればいいんだしさ、いいじゃねーか。


違う。


何だかんだ独りが一番楽だろ。


違う。

違う。


またヘラヘラしてりゃ済むんだ。


違う。


本当に人を好きになんてなれるのか?


違う。





―――そうか。


俺、また楽な方向に逃げるために…。


違う。


違わない。


違う。


俺は、俺は―――



ーーーーーーーーーー


「…俺は……。」


ララミーティアが後ろから片手を回して抱き締めるように寄り添ってきた。

イツキの後頭部に顔を寄せている。


「イツキ、どうしたの?」


ララミーティアの体温が暖かい。

息遣いが近い。


こんな想いを口にしてはいけないとイツキはしばらく押し黙ったが、黙っていることによる罪悪感に押しつぶされそうになり、堰を切ったように弱音が口をついて出た。


「ごめん。急に幸せになって、どこか自分を疑っている自分が心の中に居るんだ。俺を死に追いやった弱い俺だ。他人と関わるのが怖くてすぐに逃げ出す弱い俺が、俺はティアの寂しさに漬け込んだ最低な野郎だって、あの時ティアに伝えた想いは口八丁のデタラメだろうって。俺はまた逃げるために…?俺はティアが思うような素敵なヤツじゃない。弱いやつなんだ。それなのに俺にはあんな色々ペラペラと…、そんな資格はないよ…。」


悲しみが止まらない。

止めようと思っても次から次へと自身を卑下する感情しか出てこない。

まるでサイダーの泡のように浮かんでは消えて、浮かんでは消えて。


この暗い部屋はまるで深海の底のようだ。


(どうして、俺は心から素直になれないんだ…。俺は馬鹿だ)


ララミーティアがイツキの身体をガバッと自分の方に向ける。

紫色の瞳はアメジストのようにキラキラと輝いていた。

ララミーティアは幸福で満たされているような優しい顔をしていた。


「優しくしてくれて、面白いことをして笑わせてくれて、必死に一生懸命私なんかを好きだって伝えてくれて、料理を美味しい美味しいって誉めてくれて。色のない毎日に鮮やかな色をくれたのは、暗闇から助け出してくれたのは、誰かを好きになる喜びを教えてくれたのは、嘘でもデタラメでもない、紛れもなく全部今ここにいるイツキなのよ。」

「…ティア。」


ララミーティアの両目が黄色に光り出した。


「右目はイツキ。左目は私。両目が黄色い光るのは、あなたも私も好感を抱いてますよって意味なの。忘れちゃった?」 


優しく微笑むララミーティアの目からも涙が流れていた。


「イツキは私にとってね、とても1人では抜け出せない泥沼のような暗闇から私を助け出す為に異世界からやって来た王子様よ。私の手をとって、いとも簡単にサッと明るい日向まで連れ出してくれたの。私なんかの為にずっと遠くの世界から、おかしな格好をして、ね。」


ララミーティアが涙を溜めたままくすりと笑う。


「ありがとう、ティア。ティアは優しいな。俺にとっても無意味で味のしない灰色の世界に鮮やかな色をくれたのはティアの存在だよ。」


イツキは親指でララミーティアの零れた涙を拭い、そのままララミーティアの頬に手をあてて話を続ける。


「…今、心がティアの想いで満たされて幸せだよ。ティアに出逢うまでこんな感情は忘れていた。出逢えて良かった。ティアの差し伸べてくれた救いの手が、とても愛しいよ。」

「私も愛しい。この身を焦がすような想いが、愛しいって気持ちなのね。私、とても幸せ。イツキに出会うためにね、今日まで生きていたと思うとね、捨てたもんじゃなかったってイツキが想わせてくれた。愛する喜びも、愛される喜びも、全部イツキが教えてくれたの。」


2人は起き上がって向かい合うように座る。


「ティア、愛してる。好きで好きで仕方ないよ。」


幸せそうな表情の優しいイツキの声がララミーティアをつつむ。


「イツキ、大好き。とっても大好き。私、イツキを凄く愛してる。言葉だけでは足りないわ…。」


互いの想いを確かめ合うようにキツく抱き合う2人。


顔を合わせると、お互いに涙を溜めながら幸せそうな表情をしていた。

やがて、2人は引き寄せられるように顔を近づけ、そっと唇を重ねた。

やがて互いを貪欲に求めるように、夢中で唇を重ねる。


―――心が、満たされてゆく。ああ、このまま溺れてしまいたい。


2人の心が一つに重なった。


キスの表現もこれくらいならR15の範囲内でしょうか。流石にエグいかなという表現は全て削り取ったので、随分あっさりした展開になりました。


今日の18時に2人の出逢いをララミーティア目線で語る閑話を掲載します。




面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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