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閑話.適当に選ばれた女1

フライヤによって適当に転生させられた女の話です。

全部で7話を予定しています。

閑話としてぶっ込む予定です。

身を刺すような寒さで意識が覚醒する。

目を開くと真っ青な空が目に飛び込んできた。


吐く息が白い。


辺りをキョロキョロ見てみる。

一面雪が積もっている事が分かった。

私、雪の上で寝ころんでいたんだ。

どうりで寒いわけだ。


お腹のあたりに力を入れて恐る恐る起き上がってみる。


辺りは一面雪原で、人影は疎か建物や木すらない。

遙か遠くに山々が連なっているのは見えるが霞んで見えるあたり、間違いなく遙か遠くだ。

まるで冬の北海道旅行にでも来た気分。


るーるるるー!

いや、魔物来たらヤダな…


立ち上がって身に纏っている服を確認してみる。


背が低い。


厚手の毛皮のマントのような物をすっぽり被っていて、まるで茶色い照る照る坊主だ。

美容院でかけられるカットクロスのように手が出せるところは無いかとアチコチまさぐっているうちに隙間から手を出せた。


出てきた手はついさっきまで話していた陽気な女神様にリクエストした通り子供の小さな手だ。

手というより『おてて』と呼ぶ方がしっくりくる。

透き通るような白い手をグーパーさせて感覚を確かめる。

ふと耳を触ってみると長い耳をしている事が分かる。

妙な感覚に少しくすぐったくなった。


鏡がないから確認出来ないけれど、見なくとも俗に言うエルフで且つ子供になっている事が理解出来た。

髪色は指定しなかったからか真っ黒でサラサラフワフワ、子供特有の柔らかい髪の毛だ。

背中の辺りまでストンと綺麗に伸びている。

きっとツヤツヤでさ、天使の輪出来てるねこれ。


マントの中の服装についても確認したかったけれど、兎に角寒いから一旦断念する。


天を仰いでもう一度大きく息を吐く。

真っ白な息がぼわっと辺りに漂ってすぐ消える。

まるで蒸気機関車みたいだな。


それにしても頬が冷たい。

マントの隙間から両手を出して頬にそっと触れてみる。


暖かい。


きっとりんごちゃんみたいに真っ赤な頬なんだろうな。




私は生きているんだと改めて実感する。




何年前だったかあやふやだけれど、仕事で助っ人として数週間程東京から大阪の支店へ行った事があった。

ハタチそこらでプロのコミュ障の小娘に何を期待してるのだと不満タラタラだったが何も言えずに大人しく従った。


会社からは経費削減と日頃から言われており、泣く泣く格安の高速バスを使って帰ることになった。


照明が落とされる時間。

イヤホンで音楽をセット。

アイマスクをして、目を閉じて眠りの世界へ旅だつ。


東京への到着時刻は早朝だ。

帰ったら急いでシャワーを浴びてまた会社。


私はつまらない日々に心底ウンザリしていた。

こんなの、定年まで続くの?マジで?




意識が覚醒すると体が全く動かなくなっていた。

目を開ける事もましてや喋ることすら出来なくなっていた。

頭上で知らない人達の言葉が飛び交う。

事故?植物状態?植物?私ドライアドか?

いやいや、私意識あるから!人間だから!


でも何も伝えることが出来なかった。


親も兄弟も恋人も友達すらも居ない身よりのない私はどうなるの?

病院ならばその諸費用は?

住んでいたアパートは?

ウンザリしていた職場は?

たまにこっそり餌をやってたハチワレの野良猫ちゃんは?

冷蔵庫の中のちょっと良いバニラアイスは?

毎週楽しみにしてた異世界もののアニメは?


初めはそんな事をアレコレ考えてた。


段々何もかもがどうでも良くなって、やがて私は空想の世界で生きるようになった。




いつか観た映画を思い出していた。


脳梗塞で倒れて全身麻痺になった男が自伝を書き上げる話。

戦場で顔丸ごとと手足を奪われた男が死ぬことも助けを求める事も出来ずに暗い部屋に閉じ込められる話。


私は後者だ。


今自分がどんな状態なのかすら分からない。

でも自伝を書き上げる事は出来なさそうな事は分かる。

後者はモールス信号で他者とやりとり出来た。

それが出来ない私は後者以下の存在だね。

オワタ。オワタよ。

私、戦場に行ってないのにな。


空想の世界の私は原っぱを元気に駆け回った。

蝶のような羽で花畑をヒラヒラ舞った。

イルカのように海の中を自由に泳ぎ回った。

鳥のように空を自由に飛んだり出来た。


時折差し込まれる『ベッドの上で身動きが取れない私』は不愉快な悪夢だと片付けるようになった。

お屋敷にあるような鋼鉄の重たい甲冑を着て深く深くどこまでも深海へ沈んでゆく。


酷い悪夢だ。

こんなのさ、現実な訳ないよ。


空想と現実の境界線がいよいよ本格的に曖昧になっていた頃、出会ったのが陽気な女神様だった。

女神様は22年の短い人生だったけれどと言っていた。

私、2年間も植物状態だったのか。

いつの間にか死んだ。


でも死んだことにホッとした私が居た。


魔力が減っていてちょーっとばかし困っているという世界に転生という形で行ってさえくれれば後は何をして過ごしても良いと言っていた。

魔法もあれば魔物も居る、ファンタジーのような世界だと言ってた。

なんじゃそりゃ?


女神様は見た目や性別も変えられると言った。


どうせ生まれ変わるなら小学生くらいからやり直したい。

魔力が存在するならばファンタジー世界にいるエルフのようになりたい。


と言ったら「オッケー任せて!最強最高の美人にしたげるから!」と言って、私の咄嗟のリクエストにも笑顔でちゃんと答えてくれた。




涙がポロポロと零れ落ちてきた。


私、生きているんだ。

自由に身体が動くんだ。


嬉しい。




暫く泣いてスッキリしてから予め説明されていたウィンドウ魔法という物を試しにイメージしてみた。

視界にゲームのウィンドウ画面のような物がパッと浮かぶ。

向こう何年かは困らない食糧を入れておいたと言っていたアイテムボックスは、食べ物で溢れていた。

とりあえず出てくる物はその画面だけらしい。


あらら、ステータスオープンとか無いの?

魔法あるのにステータス無いの?

腑に落ちない。


とは言えわたしのようなちびっ子の体で努力もせずに強いのも腑に落ちないかな。


そう言えばまだこの新しい身体の声を聞いていない。


「あー、あー。」


頭の中に響くのは今までの自分の物とは比べ物にならない可愛らしい、鈴を転がすような声色だ。

嘘でしょう、私の声こんなに可愛いの?


「…ほ、本日は晴天なり。ほ、ほほ本日は晴天なり。…っこんにちは、わわ私の名前は…。」


食糧の心配や声のお陰で失念していたけれど、この世界での私の名前はまだ無い。

女神様も自分で好きに考えて良いと言っていたので考えてみる。


今までの名前はもう捨てる。

私は新しい私として生きていくんだ。


「…私の名前は…。な、名前は…。」


うん、全然思いつかない。

とりあえずブラブラ歩きながら考えようか。


どうせ人と接触しない限りは必要ない。

折角なら思い切り可愛い名前がいい。

その前に顔の作りをちゃんと確認してから名前を付けたいな。

平べったい顔で切れ長の目をしているくせに『フレデリカ』とか『アナスタシア』なんて名前を付けた日には恥ずかしくて外を歩けない。


何よりこの世界のスタンダードを知ってから決めるのもいいだろう。

いくら私が気に入って付けた渾身の名前だとしても、実はこっちの世界ではふんどしという意味だったり汚物と同じ語感だったりしたら激しく後悔しそうだ。


ただてさえコミュ障の私。

せめて当たり障り無い範囲で思いっきり可愛い名前にしたい。


でももしこの世界の当たり障りない名前が『ズンドコベロリーナ』とか『ブラッディエンジェル』とかだったらどうしよう。


私、それだけは絶対に嫌だな。

まぁ暇なときに良い暇つぶしになりそう。

後でゆっくり考えよう。




初めは身体が動くことに感動して涙すら流していた私だったけれど、数時間も全く景色の変わらない雪原を歩き続けるといい加減ウンザリしてくる。

ひょっとすると女神様はスタート地点の設定を誤ってはいないだろうか。

私見た目は子供で頭脳は大人ですけど、これ下手すると遭難して凍死しますよね?

あの、女神様?


かと言って女神様への問い合わせ窓口が有るわけでもなく。

兎に角歩き続けるしかない私は延々続く雪原を歩く。


段々と汗が滲んできて毛皮のマントを頭からスポッと脱いだ。

小さい体で持ち歩くには大分邪魔な毛皮のコートをじっと見つめる。


アイテムボックス…、どうやって出し入れするんだろう…。


よく分からない亜空間に吸い込まれるイメージをしてみたところ、何の前触れもなく毛皮のコートが消えてしまった。


いやいやいや!あれが無くなったら困る!


慌てて先程のウィンドウ画面を呼び出してアイテムボックスを確認する。

さっきはなかった毛皮のコートという名前がアイテムボックスの一番先頭にあって心底ホッとする。


アイテムボックスに延々羅列されている食べ物と思しき名前を見ていたら無性にお腹が空いてきた。

この世界に来てから全く何も飲み食いしていない事に気がつくと、お腹が抗議の声を上げるようにグウグウと鳴り出す。


私の体はまだお子ちゃまだもんね。

そりゃお腹も空くよね。


試しに適当にアイテムボックス内の食べ物を選択してみる。

すると足元に野菜やよく分からない肉がゴロゴロ入ったトマトスープのような物が現れた。


「わぁ、ゆ、ゆ湯気…。」


思わず声が出てしまう。

とりあえず立ち食いでトマトスープ?を食べることにする。

親切なことに木で出来たスプーンがセットになっていた。


何度か息を吹きかけて恐る恐る口に入れてみる。


久し振りに自分の口で摂取する食べ物は今までに感じたことがないくらいに美味しく感じられた。

爆発的に心の奥底から湧き上がってくる感情が抑えきれなくて、私はスープを手に持ったまま嗚咽を漏らしてしまった。

見た目は子供だし、どうせ誰も居ないからいいよね。


こういう時は己に逆らわず心のままに思いっきり泣こう。




空になった器と付属のスプーン。

これは一体どうしよう。

その辺の雪の中に埋めて捨てるのは、何となく山林に不法投棄している人みたいで嫌だ。

かといって洗わないままアイテムボックスに仕舞うのも臭い移りがしそうで躊躇われる。

雪で洗ってみるが、そもそも雪がきれいな物なのか甚だ疑問だし、油っぽさは少し残る。

こういう性格って異世界に向いてないんだろうなぁ。

でもヌメヌメする器はどうしても許せない。

理屈じゃないんだよ。


汚れた食器と睨めっこしていると、ふと頭の中に私の記憶とは違う情報が流れ込んできた。


そっか、洗浄魔法で綺麗にすればいいんだ。

いやいや、洗浄魔法って何?

あれ?私それ使えそう。

魔法を?嘘でしょ?

いや、やろう。

無詠唱魔法、無詠唱?

やり方が…分かるなあ。よしっ。


目の前で器がピカピカになってしまう。

とりあえず良かった。

ホッとして改めてアイテムボックスに器とスプーンを仕舞う。


御馳走でした。

久し振りのまともな食事。

とても美味しかったです。




ひたすら歩き続けてそろそろ日が傾いて来た頃。


漸く森らしき物を発見した。

森と呼ぶには小規模な森だけれど、雪原を彷徨っていた私には立派な森に見える。


雪洞ビバーク…。

何となく浮かんできた言葉と情報。


多分これは女神様の言っていたサバイバルスキルって奴のお陰なのね。

本当に何から何まで助けられてる私。


何となく前世で耳にしたことのある言葉だけれど、自然にその手法が事細かに浮かんでくる。

とりあえず水魔法で雪に干渉して洞穴を作らないと。

次々に勝手に浮かんでくる魔法にワクワクしながら少し広めの洞穴をあっと言う間に作り上げてしまった自分が怖い。

でも間違いなく私は私。

名無しの私。

ベテランのサバイバル初心者。

初めて耳にする言葉だね。




洞穴の中は心なしか暖かかった。

何か敷くものや出入り口を塞ぐ布は無いかとアイテムボックスを眺めてみる。

親切なことに野営道具セットという項目を発見して私は小躍りをしてしまった。


アイテムボックスから飛び出してきた野営道具セットはでかい麻袋に入っていた。

中にはテントや敷物から調理道具など見た所完璧に物が揃っている。

しかも手書きの説明書つき!

これ凄く嬉しい!!

前世でこの手のレジャーはやった事が無かったけれども、まるでキャンプでもしているみたいでワクワクしてくる。

女神様、本当にありがとう。


何枚か敷物を敷き、出入り口を布で塞ぐ。

明かりは光魔法でポワンと光の玉が出てきた。

初めましてな魔法が頭の中に浮かんでくる感覚は何とも不思議。

暫くフワフワ浮いている光の玉を見入ってしまった。


入り口の布を少しズラして外の様子を確認する。

日が沈んですっかり薄暗くなっていた。


少し冷えてきたから毛皮のコートをアイテムボックスから取り出して再び頭からスポッと被る。


一応晩御飯の時間ではあったけれど、今の所食糧を確保する術がないからキッチリ三食食べる気は起きなかった。


お腹も減ってなかったし、とりあえず野営道具の中にあった厚手の毛皮を被って横になる。




いくら新しい自分として転生した所で致命的なコミュ障は変わらないのね。

まだ誰ともエンカウントしていないけれどよく分かるこの感じ。

私、この世界の人と遭遇してもまともに喋れないわ、これ。

魔法の力にサバイバルスキル。

これさえあればどこだって生きて行けそうな気がする。


大丈夫、新しい人生は出来る限り1人で過ごそう。

1人で過ごせばそもそもコミュ障も何もない。


厚手の毛皮のマントに厚手の毛皮の毛布。

雪の中なのにポカポカして暖かい。


洗浄魔法で体は綺麗になるとして、トイレどうするんだろ?

頭の中に浮かんでくるのは地面に穴を掘って足場になりそうな平らな石を設置する私。

やっぱりそうなるかー、ですよねー。


ポカポカして眠たくなってきた。

異世界初日の夜。

おやすみなさい、女神様。

私は幸せです。


ちびっ子になったけどおもらししないよね…。

一応寝る前にその辺でしておこうかな…。


面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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