149.寄り添う
ララミーティアのご懐妊の話題は瞬く間に首都ミーティア中に広まって、教会には次々に人集りが出来ていた。
ダウワース達が外で集まった人々の交通誘導を買って出ていた。
教会にはテオドーラとウーゴ、シモンとジャクリーン、明日から仕事を始めるというガレスとルーチェも来ていた。
また何時までも帰ってこないララハイディを心配してリュカリウスも顔を出している。
「聖護教会では妊婦さんの対応も数多く行っておりましたので、お二人だけでは心配という事であれば私が全面的に支援させて頂きます。」
サーラはにこやかにそう告げると深々と下げた。
頭を上げると更に話を続ける。
「伺った話からすると、恐らく授かって二月から三月程と思われます。一般的には後もう三月程経過しないと母子ともに安定しません。双子との事ですし今は心も身体も非常に不安定な時期ですので、大変申し上げにくいですが結婚式への参列は極力控えた方がよろしいかと…。」
サーラが申し訳無さそうにそういうと、ララミーティアも表情を曇らせてテオドーラとウーゴを見つめる。
「2人ともごめんなさいね。こんな大事な時に…。」
「オカアサン、謝っちゃいけねえよ。めでたい事じゃねえか。これから産まれてくる新しい命の方が何より大事に決まってんだろ。別に結婚式なんざ落ち着いたら何度でも好きなだけやりゃいいだけの話さ。今は喜ぶ時だぜ。」
ウーゴがテオドーラに「なぁ?」と言うとテオドーラは微笑みながら頷く。
「そうそう、謝る必要なんて無いよ。お父さんもお母さんも暫く本邸で静かに過ごして欲しいな。サーラさん、申し訳ないけど傍で2人を支えて貰えますか?」
「承りました。大変光栄に思います。聖フィルデス様、すいませんが暫く教会の方はお願いしても良いでしょうか。」
サーラにそう尋ねられると、聖フィルデスも微笑みながら同意する。
「そうですね。その手の経験は少ないのでサーラちゃんにお任せします。私もたまには顔を出しますから、どうぞゆっくり過ごして下さい。」
一同が穏やかな雰囲気になったところでシモンが口を開いた。
「ところで、神聖ムーンリト教国として正式に象徴であるティアさんのご懐妊の発表についてですが、ティアさんが安定してからという形にしようかと思います。そこで懸念点として、何も言わずに結婚式に参列しないのはよからぬ噂の種となってしまう恐れもあります。いかが致しましょう。」
「確かにそうだな…。ランブルク王国でもそうだったが、通常安定するまでは公には公表はしない。そういった場合は非公式に噂を流して暗黙の了解とするのが一般的だった。」
シモンとジャクリーンがそう言うと、ウーゴが鼻で笑いながら口を開く。
「はは、今更公も暗黙もあるかい。町中物凄いお祝いムードだぞ。どんだけ大騒ぎしながらワラワラ人が居た開けっぴろげの教会に駆け込んだと思ってんだ。同志からも聞いたぜ?『ララミーティア様に双子が出来たらしい!』ってよ。いちいちここで作戦なんて立てなくても最初から全部バレてるよ。うちの国の象徴は極めて庶民的だからよ、ランブルク王国のお貴族様のやり方なんざ全く成り立たねえよ。」
「ウーゴさんの言うとおりですね。私もハイジがどこへ行ったか探してた時、子供達が大声でご懐妊について叫びながら町中駆け回ってましたよ。」
ウーゴに続いてリュカリウスも眉を八の字にして笑いながら町の様子を説明した。
イツキは苦笑いを浮かべる。
「はは、まぁ焦ったから…。そんなに町中の噂になってるんですか?」
「ええ。諸手をあげて喜ぶ人や、大泣きしながら万歳している人。今から道端で宴会すら始まっていました…。悪阻で戻してから教会に駆け込むまでの一部始終なんてもうアチコチで語られていて、聞いても居ない私でさえ話の内容を覚えてしまいましたよ。」
「子供…いいな…。私も毎日自分のお腹を魔力視する事に決めた。」
ララハイディはぽつりとそう言うと自身のお腹をジッと見つめた。
「2人ともおめでとう。私達の弟か妹が出来るって事だね。楽しみだなー!」
「イツキ、ティア、おめでとう。何かあれば本邸まで行くから、こっちは気にしないでゆっくりしてよ。俺達も本格的に仕事に本腰を入れて頑張るからさ。」
ガレスとルーチェの言葉にイツキとララミーティアは微笑みを浮かべる。
「ありがとう。お言葉に甘えてティアを支えるのに専念するよ。」
「ありがとうね。私達も頑張るわ。」
その後イツキとララミーティアは早々に本邸へ帰ることになった。
教会の外を出ると目を輝かせた住人達が大勢待ち構えていた。
ダウワースは集まった住人達をとりまとめていたようで、声を揃えて祝福の言葉を受け取った。
サーラやベルヴィアは時間をおいてガレスとルーチェが連れて行くという事に決めていたので、イツキとララミーティアは先行して上空へと舞い上がった。
眼下の町では空に浮かび上がったイツキとララミーティアに向けて大勢の住人達が手を振っている。
「私、本当に幸せ。イツキに出会う前は想像もしなかった。こんなに大勢の人から祝福されるなんて。私の人生を変えてくれてありがとう、イツキ。」
ララミーティアは眼下にいる住人達に向けて手を振りながらも目に涙を溜めていた。
イツキは微笑みを浮かべながらララミーティアのおでこに唇を一つ落とす。
「それはお互い様だよ。さて、そんな事よりこれから暫く家のことの一切合切全部俺がやるからね。ティアの仕事は無理せずゆっくり過ごすことだよ。」
「ふふ、何から何までありがとう。とは言え2人とも家のことなんて大して何もしないじゃない。」
「確かに…。まぁ兎に角ティアはのんびりしたり昼寝するのが仕事だからね。」
イツキとララミーティアはクスクス笑いあいながら本邸へと帰って行った。
本邸に着いて入り口を通ったがやはり本邸の診断は朝と同じくオールグリーンだ。
妊娠に伴う諸症状については怪我や病気、バッドステータスにはカウントされないようだ。
ララミーティアはとりあえずソファーに横になってすぐにウトウトして昼寝を始めてしまった。
イツキはララミーティアが眠った隙に様々なバリエーションの食べ物を召喚してはアイテムボックスへ仕舞っていった。
悪阻が酷くなったときの為に、酸っぱい物や匂いがあまりキツくない物、食感がフワフワしたものなど片っ端から召喚していった。
(定番のレモンにゼリー、何となく蒸しパンとかも。あとなんだろうなぁ、コールスローとかもよさそうかな。あとさっぱりしてて匂いのキツくないものかぁ)
一通り召喚も終わり、ララミーティアが寝ていて静かに過ごさなければならないときの過ごし方をどうしようと考え出したイツキだったが、良い案が全く何も思い浮かばなかった。
(さてと、この世界に来てからずっとティアと過ごしてたから、1人の趣味なんて思い浮かばないぞ…)
イツキは指折り一つ一つ考えてみる。
(テレビ・映画・ゲーム。全部無理…か。じゃあ料理…、悪阻が酷かったら只の嫌がらせだな。編み物…、全然やった事無いから編み方が分かんないな…。楽器は論外、読書は本がない、DIYはうるさい、詩…恥ずかしいからダメだ。執筆?無理だ…)
「ふふ、そんな眉間にしわを寄せてどうしたの?」
いつの間にか目を覚ましていたララミーティアがクスクス笑いながらイツキにそう言うと、イツキは慌てて折っていた指を隠す。
「いや、何でもないよ。ちょっとティアをそっとしておかなきゃいけない時に1人で静かにやる趣味みたいなのは無いかなって考えたんだけどさ、趣味はティアです!みたいな生活だったし何も思い浮かばなくてね、はは。」
「1人で静かに…。料理なんていいんじゃない?」
ララミーティアが横になった体勢のまま言うが、イツキは即座に否定する。
「これから悪阻が酷くなるとしたら匂い系は多分しんどいと思うよ。」
「あー、成る程ね。言われてみれば確かに。ふふ、でも本当に悪化するのかしら…。」
表情を曇らせて不安そうなララミーティアに近寄って髪を優しく撫でつけるイツキ。
「その時は食べられる物を一緒に探そう。大丈夫、2人なら乗り越えられるよ。」
「…うん。ありがとう、愛してるわ。」
イツキはララミーティアの頬に唇を落とし、両手で投げ出されていた手をとって包み込む。
穏やかな表情になったララミーティアはやがて再びうつらうつらし始め、そのまま眠ってしまった。
(まぁ無防備な寝顔でも眺めるか…)
腕を組んで暫くララミーティアの無防備な寝顔を眺めていたイツキだったが、やがてうつらうつら船をこぎ始め、そのまま居眠りを始めてしまった。
面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。