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閑話.親心

コリニース公爵夫妻が改めて御礼に来たときのお話です。

イツキとララミーティアが、結婚が決まったばかりのテオドーラのもとへ呼び出された時のこと。


「そろそろ食糧を補充した方がいいかも聞かないとなぁ。」

「冬のうちはどうしても野菜の供給が滞るものね。」


イツキとララミーティアが話しながらテオドーラの館の廊下を歩いている。

最近は館の中にもお仕着せを着た者の姿を多く見かけるようになっていた。

工事中と思われていた扉の無かった部屋にも扉が設置されている。

扉は天然のニスのようなものを塗っており、ツヤツヤした様子が立派な雰囲気を醸し出していた。


館に入ってすぐのエントランスホールの何も飾っていなかった台には豪華な装飾のキャンドルホルダーや壺などの工芸品が飾られ、壁には剣や盾など、更に導線上には赤い絨毯が敷き詰められ、それなりに貴族の館のような様相に仕上がっていた。


「おーい、入るよー。」


いつもの調子でノックしながらテオドーラの居る部屋にズカズカ入ってゆくイツキとララミーティア。

部屋の中にはテオドールとウーゴの他に、いかにも身分が高そうな貴族の夫婦が二人並んでテオドーラとウーゴの向かいのソファーに座っていた。

来客があるとは夢にも思っていなかったイツキとララミーティアは慌てて部屋から出ようとする。


「わっと!す、すいません。」

「あらら、お客さんが来てたのね。ごめんなさい、後でまた来るわ。」

「あ、お父さんお母さん!本当にちょうど良かった!こっちこっち!2人に会いたいという事で再びいらしたの。」


部屋から出て行こうとするイツキとララミーティアを慌てて呼び止めるテオドーラ。

とりあえずテオドーラに促されるままイツキとララミーティアは空いていたソファーに座る。


「いやいや失礼しました。どうも、あっ…!えーと、イツキ・モグサです。この国の象徴をやってます。」

「あー、ああ。はじめまして。よろしくね。イツキの妻のララミーティア・モグサ・リャムロシカよ。」


改めてマジマジと顔を見て、この身分の高そうな夫妻は先日聖女の力で子どもの病気をこっそり治したコニリース公爵夫妻であることに気がつくイツキとララミーティア。

しかし設定上、2人ともコリニース公爵夫妻の事は知らない事になっていたので、白々しく自己紹介をした。


「私はユリシーズ・ド・コリニースと申します。」

「妻のエレオノールと申します。」


コリニース公爵夫妻は穏やかな表情を浮かべたままイツキとララミーティアへ挨拶をする。

そして2人の事をじっと見つめる。


やがて穏やかな表情のまま涙を流し始め、イツキとララミーティアは慌ててしまう。


「あの…大丈夫ですか?」

「本来、奇跡は奇跡として受けとめるべきなのですが…、お二方にどうしてもお礼がしたくて…。この度はテオドアをお救い下さりありがとう御座いました…。本当に…、本当に…!!」

「ありがとうございます…!主人とも散々悩んだのですが…、どうしても直接お会いしてお礼がしたくて…。そんな機会を頂き感謝いたします。ありがとうございました…。」


いつぞやウーゴが言っていた通り、やはりコリニース公爵夫妻はララミーティアの仕業と知りつつ藁にも縋る思いで首都ミーティアまで足を運んでいたのだ。


「そんな事全然気にしないでちょうだい。私は出来ることをしただけよ。どちらかと言うと、ここへ来るよう仕向けたウーゴにお礼を言う方がいいと思うわ。」


ララミーティアから話を振られてウーゴは照れくさそうに鼻頭を掻いている。


「ウーゴ殿、何故我々コリニース公爵家にあの様な貴重な情報を流して下さったのですか…?『月夜の聖女様』がまさかどんな怪我や病気まで治して下さるなんて情報は入ってきておりませんでした。」


コリニース公爵がそう訪ねると、ウーゴは穏やかな表情で語り始める。


「『何故』か…。理由は…コリニース公爵領が亜人に優しかったから、それだけさ。コリニース公爵領から移住してきた亜人はコニリース公爵夫妻の事を決して悪く言おうとはしねえ。神聖ムーンリト教国に移住したとは言え、悪くねえ町だったって口を揃えて言う。そんな優しい貴族のご子息が病気で苦しむなんて到底許せなかった。亜人解放戦線が神聖ムーンリト教国の軍門に下って、象徴のお二方が何の気まぐれか陰からこっそり怪我や病気で苦しむヤツらを救っていると知って、コリニース公爵にもその恩恵に預かって欲しいと心からそう思った。憂さ晴らしのように亜人を虐めてくれるヤツらはピンピン元気にのうのうと暮らしているのに、亜人に優しくしてくれるお貴族様が不幸になるなんてオカシイと思ったんだ。」


ウーゴは手元の紅茶をグッと飲む。


「まあぶっちゃけて言えば、コリニース公爵様も薄々俺達の魂胆は分かっていると思う。俺達神聖ムーンリト教国は常に金が足りねえ。これまでもこれからも、だ。大陸中の今も暗闇をウロウロするしかねえ亜人達を聖護教会経由で支援している。そんな事をしてりゃ当然金がいくらあっても足りねえ。優しいコリニース公爵家なら恩を売れば支援してくれると思った。本当はこんな事言わねえ方が良いことは分かってる。でもよ、優しいコリニース公爵家を本当に騙して利用しているようで今こうして全部話しちまった。すまなかった。でも、いつも調子の悪そうなご子息やあんたたち夫婦が悲しそうにしているのを何とかしてやりてえって思った気持ちは本当だ。」


ウーゴは切なそうな表情で頭を下げる。

テオドーラはそんなウーゴの肩に手を乗せている。

コリニース公爵夫妻は目に涙を浮かべて微笑んでいた。


「ウーゴ殿の率直な意見、あなたたち神聖ムーンリト教国はとても誠実な国家であると身に染みて痛感しております。私達コリニース公爵家はこのご恩を未来永劫忘れないとここに誓います。テオドアの無理をしていない、心からの笑顔を見ることが出来て私たちは本当に幸せ者です。」

「主人も私も、何度この子と替わってあげられたらと涙したか分かりません。皆様の『奇跡』に対する姿勢を見れば、こうやって直接お礼させて頂く事は良くないと分かっております。それでも、…どうしても直接ララミーティア様、イツキ様、ひいては皆さんにお会いしてお礼が言いたかったのです。本当に、本当にありがとう御座いました。」


そう言うとコリニース公爵夫妻は深々と頭を下げた。

ララミーティアもついもらい泣きしてしまい、目元を拭いながら微笑んでみせる。


「私が神様から偶然貰った力で、あなた達を幸せにする事が出来て、本当に良かったと思ったわ。今まで悲しんだ分、これから幸せな思い出をいっぱい作ってちょうだい。」

「これからも何か困った事があれば何時でも相談して下さい。皆さんが亜人達に優しくしてくれる限り、自分達も力になりたいと思っています。」


イツキがそう言うと、コリニース公爵夫妻は再び頭を深く下げるのだった。

ウーゴが穏やかな表情でコリニース公爵夫妻に向けて口を開く。


「お二方もこの機会を是非有効活用してほしい。神様から愛されて『奇跡』を賜ったすげえ子だってよ。俺達もこの『奇跡』のカラクリは今後もバラすつもりはねえ。ご子息はこれから遅れを取り戻すのに苦労すると思う。だから是非箔を付けてくれ。俺達から出来るささやかなプレゼントだ。」

「何から何までありがとうございます。テオドアの今後の為にも是非そうさせて頂きます。」


コリニース公爵夫妻は微笑んでみせた。




「律儀な人達ね。治った日に御布施をくれて『はいオシマイ』ってならずに、わざわざお礼を言うために再び足を運ぶなんてね。」


コリニース公爵夫妻が帰った後、ララミーティアが紅茶を飲みながら件の公爵夫妻に感心して唸る。

テオドーラは微笑みつつ口を開く。


「改めて腹を割ってお話をしたけれど、本当に誠実な人達だったね。幸せになって貰えて本当に良かったよ。」

「ああ、本当にその通りだ。悪魔みてえな野郎がのうのうと生きてよ、あんな真面目で誠実なのが割を喰うなんてそんな馬鹿な話は絶対許せねえ。あんな誠実で優しいのに、我が子がよく分からねえ病気のせいで苦しむ姿を指を咥えて見てるしかねえなんてダメだ。報われねえとダメなんだよ。」


ウーゴは憤慨したような顔をしながらテーブルに残ったお菓子をパクパク食べている。

イツキとララミーティアもうんうんと頷いてみせる。


「しかしあんな風に洗いざらいぶちまけて謝る、そんなウーゴが格好いいと思ったよ。」

「そうね。信頼できる人なんだなって伝わるわ。ドーラも本当に素敵な旦那様に巡り会えたわね。こんな魅力溢れる人なんてそうそう居ないわ。ねえ?」

「うんうん、ティアの言うとおり。」


突然持ち上げてくる2人にウーゴは思わず咽せてしまう。

テオドーラは笑いながらウーゴの腕に手を絡める。


「お父さんお母さんに出逢って、ウーゴに出逢えて私幸せ!ああいう風に本心を話すウーゴが私、大好きよ。」

「ゴホッ!ゴホッ!!よ、よせやい。ただよ、この人たちに俺達の魂胆を黙って一方的に恩を売るのはなんか嫌だなと思ったんだよ。貴族様なのによく出来た人族だよ本当。」


照れ臭そうにしつつウーゴは満更でもない様子で絡みついてくるテオドーラに微笑みかける。




コリニース公爵家の長男テオドア・ド・コリニースは神聖ムーンリト教国で神様から『奇跡』を賜り、最早大人しく死を待つしかなかった状態から脱したという噂はアチコチで噂となった。


テオドアはこれまでの遅れを取り戻すかのように学問に武術にのめり込むように打ち込み、時折神聖ムーンリト教国に両親と共に顔を出すようになっていた。


コリニース公爵家はユリシーズが立てた誓いを忠実に守り続け、その恩を決して忘れる事なく、何度代替わりしようと神聖ムーンリト教国を支援し続けたのはまた別の話。

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