146.花嫁
「お二方、あんたらが出逢ってなかったら全部無かったんだぜ。感謝してる。ありがとうございます。」
急に真面目になって深々と頭を下げるウーゴに笑いながら肩をポンポンと叩くララミーティア。
「ウーゴに言われるとむず痒いわ。でも、確かに考えてみればそうかもしれないわね。」
「こちとらよ、亜人解放戦線・アーデマン辺境伯・ターイェブ子爵、この三つ巴でランブルク王国にカチコミを入れて革命を起こそうと大真面目に検討してたんだぜ。」
「そんな無茶な!」
イツキがビールで咽せながら声を上げるが、ウーゴは冗談を言っているつもりはなさそうだ。
「ああ、無茶も無茶だ。でもそれだけ俺の明日無き暴走が強かったから、やるなら今この時代しかないと本気で思ったって訳だ。お二方が歴史の表舞台に出て来るのがあと数年遅かったら、まぁ本当に明日は無かっただろうよ。」
「ドーラに出逢うことも無かったでしょうって訳ね。」
ララミーティアは妖艶な微笑みを浮かべながら枝豆を摘まむ。
ウーゴは飲んでいたビールで咽せてしまう。
「ぶっ!!ゴホッ!ゴホッ!!お、おい!何で今ここでドーラが出てくるんだよ!?」
「いやぁさ、いつになったらくっつくのかなーって…。なぁティア。」
「そうね。誰から見たってねぇ…。」
ウーゴは空になったジョッキを眺めながらボヤく。
「あっちは曲がりなりにもランブルク王国の正当な王女、こっちは親の顔も知らねえどこの馬の骨かも分からねえ狼人族の破落戸。天秤に掛けた瞬間、皿がガターッ!っと勢いよく天秤が傾いてよ、俺はピューッと吹き飛ばされちまう…。さしずめ高嶺の花に憧れる野良犬、ってか。そんなのがお似合いな破落戸だよ俺はよ…。」
「おいおい、無謀な革命を起こそうとしていた勇ましいリーダーが随分また臆病風を吹かせるんだなぁ。ださっ!」
イツキに鼻で笑われてギロッと睨み付けるウーゴ。
ララミーティアは肩をすくめる。
「私だって『親の顔も知らねえどこの馬の骨かも分からねえダークエルフ族の元賞金首』よ。」
「ドーラは可愛いけど、まぁピューッと吹き飛ばされるのは怖いなぁ。ま!諦めるかっ!って程度だったって訳かー。そうかそうか。なら仕方ないなー。」
「ふふっ…、仕方ないわね。」
イツキはビールを再び召喚し、ウーゴが横からそれをかっさらう。
「馬鹿言え!俺はそんな腰抜けでもいい加減なヤツでもねえ!本気だ!」
「本気、ねぇ…。本気で怖いって事?」
ララミーティアが呑気な顔をして枝豆を摘まむ。
「馬鹿野郎!俺は本気でテオドーラが好きだ!ただよ、こんな薄汚ねぇ野良犬よりもっとアイツの隣が似合うヤツが居るだろうよ!隣に並んでいるのが俺なんかでいいのかって思っちまうだろ?普通よ!俺が良くたって周りは良く思わねえだろ。こちとら亜人解放を謳う非合法だった団体のリーダーだそ?」
「じゃああれか?この先ドーラがよく分かんないどっかから来た自分より明らかに弱いヒョロヒョロの貴族の男みたいなのと結婚して、ポコポコポコポコ子供を産んで、家族仲良さげに歩いててさ、ウーゴは耐えられそう?世継ぎが出来て良かったじゃねえか、ははは!って言えそう?目の前で生々しくイチャイチャされて「ヒュー熱いね」とか言えそう?引き続き亜人達を救う活動は滞りなく出来そう?」
イツキの真面目な言葉にウーゴは目を見開いてジッとイツキを見つめ返す。
「…出来ねえ。出来ねえ。大人しく身を引くなんて出来ねえよ!そんなの想像もしたくねえ…。でもよ…!」
「ウーゴが進もうとしてた道を進んだ先にあったであろう出来事だよ、今俺が言ったのは。ウーゴは本当にその道を歩み続けていいの?今ならまだ他の目的地に行ける道もあるんだよ。なぁ、周りの人じゃなくて、未来のウーゴの為に考えてあげてよ。周りの人がどう思うかなんてマジで本当にどうでも良いんだよ。ドーラが好きなんでしょ?それでいいじゃない。それだけでいいんだよ。」
「い、イツキ。ねえ…。」
ララミーティアが入り口の方をチラチラ見ながらイツキの腕を引っ張るがイツキもウーゴも止まらない。
「ああ、ずっと身分が違いすぎると思って心に蓋をしてたけど、俺やっぱりドーラが好きだ。よし!俺は誇り高き亜人解放戦線歴代最強のリーダーのウーゴだ!」
「そ、その辺に!ちょっと2人とも!」
「そうだそうだ!その調子!誇り高き狼人族の戦士!バシッと決めろ!」
「よし!よしっ!!もう臆病風なんて吹かせねえ!俺はバシッと決めるぞ!周りなんてどうでもいい!俺はドーラを愛してる!それだけでいい!」
「その調子!その調子!よしよし!ドーラに告白して結婚してくれって男らしく言え!イケイケドンドンだよ!どーんと行こうぜウーゴ!」
「イツキ…!ウーゴ…!ちょ、ちょっと!」
「決めてやるぞ!」
イツキとウーゴはビールを飲みながらドンドン気合いが入っていく。
ララミーティアの隣に誰かが座った。
「決めるって何を?」
「おい!話聞いてたか!?何って決まってるだろ!俺はドーラに告白をして結婚するぞ!結婚するぞって…あのよう。あ、えーとよ…。あれなんだよな…。えー…」
呆れ顔のララミーティアの隣にはいつの間にかテオドーラがちょこんと座っていた。
テオドーラは静かに涙を流していた。
ウーゴは急に失速してしどろもどろになる。
「あっ、あー。あーと、ティア…」
「しーっ!」
イツキとララミーティアは小声でボソボソ喋る。
「ドーラ、すまねえ…。お前が居るとは知らなくてよ、悪かったよ。…でもよ、本気だ。ドーラの隣に俺以外の野郎が居るなんて考えられねえ。いつも助言役だとか言ってことある毎にドーラに纏わりついてるけどよ、本当はただ一緒にいてえだけだ…。情けなくて笑っちまうだろ?…違う、こんな事が言いてえ訳じゃねえんだ。クソっ!俺は学がねえからこういう時にいいセリフが浮かばねえのが悔しいな。だせえ男だよ…。」
ウーゴも次第に涙目になってくる。
「初めて玄関広場で会ったときにも言ったでしょ?私、人の目を見ればどんな思いが胸の中にあるのか解るの。ウーゴがどんな気持ちで自分に向き合っているのか。初めて向けられる視線だったの、ウーゴの視線。」
「ドーラ、いやテオドーラ。俺はお前としか幸せになれねえ。俺と結婚してくれ。この通りだ!頼む!」
ウーゴが頭を下げてそのままテーブルに額をぶつけてしまう。
テオドーラは涙を流したままクスクス笑い出す。
「ふふ、これじゃあプロポーズっていうよりもまるで借金のお願いに来たみたいね。ウーゴ、いつも隣で私を支えてくれてありがとう。私、優柔不断だからウーゴが居ないとまるでダメなの。ウーゴじゃなきゃダメなの。ウーゴに「仕方ねえなぁ」ってなでて貰いたい。「ま、いいじゃねえか」って背中を押して貰いたい。ウーゴに負けないくらい私ウーゴが好きよ。」
「おい本当か!?やったぞ、やったぞ!信じられねえ!俺、ドーラと結婚出来るのか!?そうか!お二方よう、ドーラは俺が貰うけどいいか!?」
ウーゴは涙を流しながらテオドーラの手を取って興奮する。
イツキとララミーティアは笑い合う。
「貰え貰え!やっとくっついたね!」
「ウーゴらしいプロポーズだったんじゃない?ドーラもウーゴもおめでとう。とてもお似合いの夫婦よ。今日からウーゴは『ウーゴ・モグサ・ムーンリト』になるって訳ね。」
ウーゴは照れ臭そうに頭をかく。
「その、ところでよ、ドーラはいつから居たんだ?てっきり仕事があって帰ったと思ってたから油断しちまった。」
「ウーゴが『馬鹿野郎!』って言ってたあたりかな。晩御飯に何か出して貰おうと思って来たの。そうしたらウーゴが大声で私の事本気で好きだって。えへへ、嬉しかった。ついこの間まで虐められてた私をこんなに好きになってくれる人が居るなんてね。」
テオドーラは照れ笑いを浮かべる。
「今日はラトリーナとレオナールも結ばれたし、可愛い愛娘の結婚も決まったし、めでたい1日だったなー。」
「そうね。素敵な1日だったなー。幸せをいっぱいお裾分けして貰ったわ。」
イツキとララミーティアはいつまでもニコニコ微笑んでいた。
神聖ムーンリト教国の初代教皇テオドーラ・モグサ・ムーンリトと元亜人解放戦線のリーダーであるウーゴとの結婚の話は公表する前から首都ミーティアではその話題で持ちきりになっていた。
何せウーゴが大声でテオドーラへの愛を叫び、そのままプロポーズしていたのだ。
玄関広場で目撃していた住人はかなり多く、テオドーラの館には住人たちから数多くのお祝いの品が届いていた。
国のトップの婚姻という事で唯一正式に国家として認めてくれているランブルク王国には案内を出し、首都ミーティアは結婚式に向けて慌ただしくなっていた。
当面の間教国軍も演習はなく、兵士達は町の飾り付けや当日の段取りの確認に大忙しだった。
シモンから『救済の薄明団』の活動は余計な騒ぎを起こす可能性が非常に高いので絶対に勝手にやらないで下さいと念を押されてしまっていて、いよいよイツキとララミーティアはやることがなくなってしまっていた。
ベルヴィアは子ども達が来なくなってしまい、奥の方に敷いた布団の上でゴロゴロする事が多くなっていた。
教国歴二年春の期 36日
いつも通りウナギの寝床でボンヤリしていると、いつかの劇団スーゼランズのイサベラーネが以前と同じ黒い山高帽に黒いローブ、真っ白な長い髪を靡かせて2人の前を通って行った。
「あっ!劇団の!」
「おやおや、イツキ君とララミーティア君なのです。お久しぶりなのです。イサベラーネなのです。」
「暇だったらどう?お茶でも出すわ。」
2人に促されるまま中に入って席に着くイサベラーネ。
「劇団員から話は聞いていたなのです。2人とも無欲とは言え随分質素なお宅に住んでいらっしゃるなのです。」
「ふふ、違うのよ。私達の家は魔境の森の中にちゃんとあってね、ここは私達が好き好んで作った小屋なの。」
ララミーティアがテーブルにハーブティーが入った木のコップをコトリと置く。
イツキが受け取ったハーブティーを一口飲んでから口を開く。
「住人たちの暮らしが見れるのが楽しくて、初めは広場のベンチで過ごしてたんだけど、色々ありまして…。こうして空いた隙間に家を造って日中は過ごしているんです。」
「ふぁー…、寝た寝た。こりゃ夜寝れなくなるわね。あらお客さん?あっ!ガレスとルーチェの劇をしてた劇団の座長さんじゃないの!私もしっかり見たわよ!」
むくりと起きて大きく伸びをしていたベルヴィアはイサベラーネの姿を見つけるとパッと駆け寄ってくる。
「あちしは劇団スーゼランズの座長を勤めているデモンパペッタ族のイサベラーネなのです。以後お見知り置きをなのです。町はお祝いムードで忙しそうなので暫く劇はお休みしてみんな満喫しているからあちしも暇人なのです。」
「じゃあここにいるみんな同じ暇人ね。」
ベルヴィアの前に追加でハーブティーを差し出してララミーティアは漸く席につく。
「私は暇人じゃないわ!どうしても眠くなったから仕方なく寝ていただけよ!今は屋台がアチコチに出てるから食べ歩くのに忙しいの!」
「そういうのを世間一般では暇人って言うんだよ…。」
ベルヴィアの抗議に呆れ顔をするイツキ。
ベルヴィアの事は放っておいてイサベラーネに質問をする。
「あれから興行の方はいかがですか?」
「お陰様で連日満員御礼の大好評なのです。まだまだ客足が減る気配がないし、劇団員達もここは過ごしやすいと大変気に入ってるなのです。だからもう暫くここで続ける予定なのです。」
「へえ、それは良かったわ。確かに劇団員達も人族だけじゃなくて亜人も大勢居たものね。」
ララミーティアは微笑みながらハーブティーを飲む。
ベルヴィアがワクワクした顔で口を開く。
「そういえば!デモンパペッタ族ってどんな種族なの?この町に居ない種族よね?」
「そうねえ、言われてみれば確かにあまり聞かない種族ね。」
ベルヴィアの言葉に腕を組んで考え込むララミーティア。
イサベラーネはニコニコしながら口を開く。
「デモンパペッタ族は超長命種であまり人里には降りないなのです。デモンパペッタ族は特定の条件下で無類の強さを誇るなのです。それもあってあまり外界と交流しようとする者は居ないなのです。」
「特定の条件下?」
イツキがそう繰り返すとイサベラーネはこくっと頷く。
「誰かちょっと指先でもいいからプツっと血をにじませて欲しいなのです。悪いようにはしないなのです。」
「面白そうね、ちょっと私やってみようかしら。」
ララミーティアはワクワクしながらそう言うと、アイテムボックスからナイフを取り出して指先に刃先を当てて血をにじませる。
「こんなので平気?」
「ありがとうなのです。じゃあやるなのです。リラックスするなのです。」
イサベラーネは微笑みながらそう言うと、フッと真剣な表情になる。
「『デモン・マリオネット』」
イサベラーネは操り人形をテーブルで操るように両手を器用に動かす。するとララミーティアはすっと立ち上がったかと思うと、突然その場でカーテシーをしてからダンスを始めた。
「わぁ!凄い!勝手に身体が動き出したわ!自分じゃないみたいよ!」
「おー!血を発動条件にして操れるのか!これは凄いなぁ!」
「端から見てるとティアちゃんが普通に踊っているだけに見えるわね!面白そうねー!」
興奮する3人の様子を見て微笑むイサベラーネ。
既に両手はテーブルの上だ。
「これだけではないなのです。この状態になるとさらに出来る事があるなのです。『ダン・レ・ミラー』」
イサベラーネの体の回りに煙がモクモクと立ちこめる。
すぐに煙は収まったが、そこに座っていたのはララミーティアだった。
3人はギョッとする。
ララミーティアは先程からずっと踊ったままなのだ。
『私ダークエルフ族でララミーティア・モグサ・リャムロシカの偽物をやっているイサベラーネというの。よろしくね。みんな私の事は座長って呼ぶわ。あなたもそう呼んでちょうだい。ところでベルヴィア、あなた今朝ちゃんとウンコはしたの?糞詰まりを起こすわよ?』
「す、凄い!ティアだ!うわぁ、これ話す内容まで似せられたら分かんないぞ…。」
「凄い凄い!!ティアちゃんじゃないの!!」
興奮して間近でララミーティアに化けたイサベラーネを眺めるイツキとベルヴィア。
踊ったままの元祖ララミーティアも感嘆の声を漏らす。
「私が座っているようにしか見えないわ…。これは凄いわね…。」
『ちなみにイツキ君、元祖ララミーティア君に治癒魔法をかけるみるなのです。』
「え、はい。じゃあやりますよ?」
ララミーティアの姿をしたままのイサベラーネにそう言われ、イツキはララミーティアに治癒魔法をかけてみる。
するとララミーティアはその場で尻餅をついてしまった。
「突然身体の力が抜けたわ。あ、変身も解けるのね。」
駆け寄ってきたイツキに手を引かれて立ち上がったララミーティア。
イサベラーネもいつの間にか元の姿に戻っている。
「あちしたちデモンパペッタ族が戦場に出ると無類の強さを誇るのなのです。試したことは殆ど無いなのです。でも魔法でちょっと傷つけておけば戦場にいる兵士は全てあちしの傀儡なのです。」
「成る程ですね、特定の条件下で無類の強さを誇る、ですか…。」
イツキの言葉に小さく頷くベルヴィアとララミーティア。
「だから仲間達は外界に出ないなのです。この力は大人も子供も笑顔にしてしまうような楽しい事に使うべき力なのです。でも人族国家は欲深いなのです。そうは見られないなのです。」
イサベラーネは寂しそうな顔で微笑んでいた。
今日の18時に本編とあまり関係ない閑話を挿入しました。
よろしければ是非見て下さい。
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