16.指と指
しばらく悶々としながら待っているとララミーティアがホクホク顔で風呂場から出てきた。
既に髪も乾いているようだが、肌はまだ熱気を帯びていて、妙に艶っぽくなっていた。
「ねえねえ!お風呂って最高に気持ち良かった!あの天井からシャーッてなるやつもいい気持ち!とにかく凄いの!あぁ癖になりそうよ…!」
激しく耳をピコピコさせながら興奮気味に感想を述べつつサッとイツキに駆け寄り、隣にどっかり座るララミーティア。
シャンプーやボディソープなど何もつけていない筈なのに、心なしかいい匂いがしてきて鼻がヒクヒクしてしまう。
イツキはいかんいかんと気持ちを切り替える。
「ところで、濡れたのはどう処理したの?やっぱり魔法で乾かした?」
「それがね、お風呂場を出たら入口で勝手に魔法が発動して、あっと言う間に乾かしてくれたの。本当に便利!あー、明日も入りたいわ!」
ララミーティアが玩具を貰った子供のように目を輝かせながら隣に座っているイツキの脇腹に腕をねじ込み、密着するように抱き付いてくる。
イツキはララミーティアの胸の感触や風呂上がりの熱っぽさをより近くで感じ、胸がぞくぞくと踊り出すような気持ちを何とか誤魔化す為に話題を少しだけ逸らせた。
「はは、き、気に入ってくれたなら良かったよ。本当は身体を洗う石鹸とか、頭を洗う泡があればいいんだけどなぁ、肌を保湿する化粧水とか、あと入浴剤とかさ…。」
「にゅうよくざい?」
咄嗟に繰り出した話題だったが、よく考えればそんな娯楽的なものは恐らくこの世界にある訳がないなと思い、言葉を選びながら説明をする。
「えーとね、肌に良かったり、疲れが取れたりとか、香りが良いとか、そういう身体にいい物をお湯に混ぜて楽しんだりするんだよ。」
「へー、薬草みたいなもの?」
「確かにそうだね。薬湯なんてものもあったなー。薬草を袋に入れてお風呂の中に浮かべたりとか、薬草類を煮出したものをお湯に混ぜたりとか。」
実際にはやったことはないが、冬至にゆずを浮かべたりするあれも多分そうだろうとふと思い出す。
「へぇ、なんか面白そうね。その辺に何かちょうど良いものが生えていればいいんだけど…。」
「んー、大きな町とかにいけばなんかあるのかな?あったとしても値段が高そうだけどね。」
イツキが何気なく思い付いたことを口にする。
ララミーティアは少しだけ俯きがちになり、ほろ苦いような切ない笑顔を浮かべた。
「やっぱりイツキは人族の町とかに行ってみたい?」
その様子にイツキは表情には出さずにハッとし、率直に思ったことを口にする。
「うーむ、正直いい印象はないな。さっきティアも奴隷だったって言ってたけど奴隷制度があったり、ティアを虐げていたり、俺も人族とは言えさ?現段階ではこの世界の人族と会ったことないし?ティアを討伐に来る奴らだよ?はっきり言って印象は最悪だよ。まぁ出所的に殆ど人族じゃないみたいなもんだし。まだこの世界に来てティアにしか会ってないけど、今の所はとてもじゃないけど関わりたいと思えないよね。」
苦笑いするイツキの表情に少しホッとするララミーティア。
イツキは、
(ちょっとデリケートなキーワードだったな)
と心の中でコッソリ反省する事にした。
しかし事実、今の所良い印象はない。
それにこのままの暮らしでも支障はなさそうだし、いつかは観光にでも行ってみたい気持ちもあるが、無理に印象が悪いところに行く気は起きなかった。
「本当にそう思ってるなら安心したわ。でも行きたくなったら私に遠慮せずに言ってね。」
「たまに行商人も来るんでしょ?欲しい物は行商人の人に言えばいいし、なんか行く用事ある?食べものも豊富だし魔法は便利だし、俺はしばらく関わりたくないかなぁ。ティアと一緒に居れればそれでいいよ、俺。」
ララミーティアを気遣う発言でもあったが実際本心だった。
「ふふ、ありがとうね。」
「俺とティアの暮らしには関係のない話だよ。まぁ時間はたっぷりあるからさ、百年二百年くらい経って気が変わったら考えようよ。それに、ティアはすげー可愛いからさ、呪いが解けたティアを意味もなく他の人に見せたくないな。」
ララミーティアを励ますために慣れないウインクをしてみる。
それを見たララミーティアは思わずプッと吹き出してしまった。
「ふふ!なにそれイツキ!顔くしゃってなったわ!あはは、ウインク下手ねー!」
「えー?じゃ、じゃあティアは上手に出来るのかよー。」
ブスッとしてお前は出来るのかと振ってみたが、ララミーティアがイツキにウインクをしてみせる。
「ほらっ、どう?」
元々色っぽいララミーティアがするウインクは様になっていて、イツキは「お、おう…。」と呟くだけで、思わず魅了されてしまったように惚けてしまった。
「ちょ、ちょっと…。そんな反応されると恥ずかしい…。」
「いやごめんごめん。世の中にはこんなにウインクが様になる人が居るんだなぁと。」
イツキは頬をポリポリとかく。
ララミーティアはすっかり照れて茹で蛸のように顔を赤くしてしまい、その後何度強請っても「もう、バカ…」と言うだけでウインクをしてくれなくなってしまった。
その後ララミーティアはイツキの手をそっと取り指と指を絡め、もう片方の手でイツキの指を一本一本確かめるようにそっと触っていた。
ララミーティア本人は気がついていないのか口は半ば開き、紫色の綺麗な瞳はキラキラとしながら、まるで美しい夢でも見ているかのようにうっとりとした目で指と指の様子を見ていた。
伏し目がちな睫毛から覗くキラキラしたアメジストのような瞳がとても美しく、イツキは耐えかねてララミーティアに少しだけ身を寄せた。
「ティア、綺麗だよ。」
ララミーティアは少し驚いたような表情で一瞬イツキを見たが、妖艶な笑みを浮かべてそのままイツキの身体に寄り添って、身体の温もりを堪能しているようだった。
「その爪、何か塗ってるの?」
「これ?特に何も塗ってないわ。ずっと紫色よ。」
ララミーティアは爪を見せるようにして手の甲を見えるように目の前に伸ばす。
紺色の肌に紫色の爪、瞳の色も紫色で髪の毛は銀色のストレート。
イツキは改めてララミーティアをじっくりと見つめる。ララミーティアは段々照れ臭くなって耳をピコピコさせながらイツキの両頬を軽く摘まむ。
「急にどうしたの?そんなにまじまじと見られると恥ずかしいわ…。」
「いやぁさ、その爪の色がとてもティアに似合っているなって思って。あまりにも似合っているし綺麗だから流石に目の色に合わせて何か塗っているんだろうと思ったんだけど、そうか…天然なのか…。」
イツキが大真面目な顔をして自身を誉めだしたので、ララミーティアは照れ隠しで摘まんでいるイツキの両頬をぐりんぐりんと回し始める。
「もうっ、本当にそんな事ばっかり…。」
「いやいや、この気持ちを正確に言葉にできない俺の語彙力が本当に心苦しいんだけどさ、うー!くそー…、言葉が浮かばないなぁ!」
目をギュッと瞑って「あーっ!」と唸りだしたイツキを見てクスクス笑い出すララミーティア。
「とても嬉しい。一生懸命伝えようとしているイツキの気持ちが堪らなく嬉しい。とろけそうな気分。こんな気分イツキに出逢って初めて感じたわ。」
ララミーティアが再びうっとりとした扇情的な目をしてイツキを上目遣いで見つめる。
「あー、ズルい。それはズルいよ!くそー、可愛いよーっ!すげー可愛いよーっ!あーっ!」
「ふふ、大袈裟よ。でも嬉しい。イツキ大好き!」
ララミーティアが横からイツキをギュッと抱きしめる。
イツキもたまりかねてララミーティアをキツく抱きしめた。
ララミーティアは潤んだ瞳をギュッと瞑り、イツキの温もりを堪能していた。
その後イツキもお風呂を堪能し、2人でイツキが大量収穫したマコルの実をひょいひょい食べて過ごした。
イツキが収穫したその他の様々な素材について一つ一つテーブルの上に出していき、ララミーティアが何に使えるものか色々説明してくれた。
「しばらくはご飯の具材も贅沢になりそうね」とウキウキするララミーティアだった。
薬に出来る素材については、そのうち数が集まったら一気に薬にするとの事で、食材同様に全てララミーティアに渡しておいた。
「そういえば部屋を漁ってたら寝間着を見つけたんだけど、これ着る?」
イツキが先程みつけたのは白い上下の服で、勿論タグなんて無いので一体何の繊維なのかは全く謎。
ただしよく伸縮し肌触りもシルクのようにスベスベで気持ちいいので、寝るときは間違いなくこれと決めていたのだ。
ゆったりした物で、男女関係なく着れそうだったので、ララミーティアにも渡す。
「はぁぁ、…これスベスベして気持ちいいわね。お言葉に甘えて早速着てみるわ。」
そう言ってララミーティアは寝間着を抱えてそそくさとベッドがある部屋にはいっていった。
そのうちにイツキはその場で着替えてみたが、着ているだけで疲れが取れるのではないかと思うくらいに着心地の良い服だった。
身体を動かしてみたり、身体のあちこちを見て確かめているうちにララミーティアも部屋から出てきた。
「どう?変じゃない?」
「変じゃないよ。凄く似合ってる。それにお揃いだしね。」
ララミーティアは嬉しさが隠しきれず、ニコニコしながら自分の身体をあちこち見ている。
「じゃあ、…寝ようか。」
イツキは心臓がバクバク言っていたが、何とか平静を保ちつつ慎重に就寝を告げる。
「…うん。」
ララミーティアも俯いてもじもじしている。
(明かりは人感センサーみたいなもんなのかな?しかし照れる。いや、無理だよな…。これ凄い照れる…)
イツキが平気な顔をしがらベッドがある部屋に入ろうとする。
こういう時は男がしっかりするべきだと息巻いて素知らぬ顔でスタスタ歩く。
そんなイツキの歩く姿を見てララミーティアがなぜか笑い出した。
「イツキったら、平気そうな顔してるけど、手と足の動きが一緒よ!」
「おっと失敬!いやーカッコ悪いところを見られたなー。」
こういうのは慣れてないとダメだなと痛感するイツキだった。
面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。