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145.白昼夢と幸せ

教国歴二年春の期 20日


ラトリーナは普通に朝目を覚まして夜には寝るという生活を送るようになっていた。

それでも起きている間はぼんやりしている事が多く、レオナールが終始甲斐甲斐しく世話をしていた。


玄関広場のウナギの寝床で暇をしていると時折レオナールに手を引かれたラトリーナを見かけるようになった。


見かける度に呼び止めてお茶を出してもてなしたりしていた。

ラトリーナは何か物を口にすると意識が多少ハッキリするようで、レオナールがその都度現在の置かれている環境がいかに安全なものか一生懸命説明していた。


そしてこの日もレオナールに連れられてラトリーナがウナギの寝床に遊びに来ていた。


「ラトリーナ、調子はどう?少しは生活に慣れたかしら?」

「…まるで、白昼夢を見ているような…、不思議な気分になる事が多いです…。」


ラトリーナは隣に座っていたレオナールの手に手を乗せる。


「でも…、レオの存在が、…これは現実なんだと…、思わせてくれます。」

「そんな具合でどうにか無事日々を送れています。」


レオナールはそう言うとラトリーナをちらっと見て微笑む。

ラトリーナも微笑み返す。


「もう少ししたら、住むところを貰って…、一緒に住もうと思うんです…。」

「ふふ、それは良かったわね。」


ララミーティアがニコニコしながらイツキの腕に手を回す。


「夢の中で繋がっているとラトリーナの心の中がすべて分かると以前言いましたが、ラトリーナも同じく時折私の思っていることが頭の中に流れてくる事があったようなのです。」

「酷い事をされているとき…、時々頭の中に違う思考が流れてくる事があったんです…。戸惑い、激しい怒り、深い悲しみ、もどかしさや無力さ…。横たわっているといつも私を励ましてくれる声…、必ず助けに行くから待っててくれ。一緒にこの終わらない悪夢を乗り越えようって…。」


ラトリーナの目からポロポロ涙がこぼれてくる。


「夢じゃないと思いますけれど、レオに抱き抱えられて森をさ迷う夢を見ました。レオは傷だらけなのに優しい顔をしていました…。」

「意識が少し戻っていたんだね。」


レオナールの問い掛けに視線を自身の膝に落としたまま小さく頷くラトリーナ。


「その時、レオの思いが流れ込んで来たんです…。私なんかと一緒に暮らしたい、命が燃え尽きるまで私なんかを守り抜く、私なんかのことを愛してるって…。とても真っ直ぐな気持ち…、嬉しかった。」


顔を上げて見つめるラトリーナの涙をそっと拭うレオナール。


「レオ…、ありがとう。いつもレオの気持ちが頭の中に流れ込んできてた。私もあなたを愛してる…。」

「僕もだよ。いつもラトリーナの気持ちが頭の中に流れ込んできてたから知ってた。でもね、ラトリーナの口からその言葉が聞けて凄く嬉しい。ありがとう、君を愛しているよ。」


イツキとララミーティアが居ることを忘れているのかそのまま唇を重ねる2人。

イツキとララミーティアは手をつないで寄り添いあいながら静かに2人を見守っていた。




レオナールとラトリーナが目出度くも無事結ばれた頃、ベルヴィアは『救済の薄明団』の活動をしている子ども達と毎日連んでは町をウロウロしていた。

ウロウロする度に子ども達に食べ物を景気良く奢っていたようで、子ども達の母親から「ベル隊長様という方に晩御飯を食べなくなるので間食は控えて欲しいとお伝え下さい」と申し訳無さそうに言いに来られて、昨日ベルヴィアはララミーティアからこっぴどく叱られたばかりだった。


「大物が居たわよ!ほらほら、ぼさっとしてないで出動出動!ビッグフィッシングよっ!」


子ども達と息を切らせながら走ってきたベルヴィアがララミーティアの腕を引っ張る。


「もう、大物ってまた騒ぎになるような大怪我な感じの?」

「いいからいこう!いいから!」

「一緒にいた人泣きそうな顔してたよ!多分凄い『負力』が奪えるよ!」


アイセルとホセがララミーティアの背中を押す。

サーシャはイツキの腕をグイグイ引っ張る。


「イツキも!ひまそうにしてる場合じゃないよ!本当に魔王をたおすつもりなの!?なまけてばかり!」

「えー?いやいや、暇そうに見えて実は目が回るほど忙しいんだよ…。」

「また嘘ばかり!いいからいいから!」


そんな訳で子ども達とベルヴィアに案内されるままに首都ミーティアの入り口まで行くイツキとララミーティア。




「ねえ、まさかあの馬車の前で車椅子に乗ってる子?」

「そうなのよ!さっき豪華な馬車から降りてきてずっと彼処にいるの!絶対大物よ!」


ベルヴィアが興奮気味にそう言うが、やはり大物の意味が全然違った。

明らかにどこぞの貴族の幼い子息なのだ。

顔色が悪く、傍では親と思われる立派な服やドレスを身に纏った男女が男の子に何かを伝えている。


「大物って、凄い怪我人とかって意味の大物ではなかったのか…。」

「でもあの子凄く暗い顔してるよ。周りの人も悲しそう。ねえ、何とかしてあげたいよ。」


ホセが困ったような表情でイツキを上目遣いで見る。

サーシャとアイセルも上目遣いでじっと見つてくる。

ベルヴィアまで上目遣いで見てくるが、そっちはぷいっと無視して子ども達を見つめ返す。


イツキとララミーティアは目が合うと肩をすくめ、ララミーティアは観念したかのように狙いを定めて暗い顔をしている男の子に『聖女の力』を発動する。


「よし。無事終わりよ。さて、良くなったかしら。」

「来た来た来た!ここからが癖になるのよねぇ。さてさて、どれくらい喜ぶかしらね…!」


ベルヴィアがニヤニヤしながらじっと様子を伺う。

ララミーティアは複雑な顔で様子を見ている。


「こんな覗きみたいな真似は…。まぁイケナイ事をしている訳ではないからいいのかしら…。」

「ねえねえ!それよりどう?」


アイセルがイツキの腕をグイグイ引っ張る。


「んーここからじゃよく分かんないなぁ。でもほら、あの子不思議そうな顔してるよ?」

「もうっ!なんのはなししてるの?『ふりょく』あつまった?イツキは魔王やっつけるじかくが無いんだから!」

「えっ!?そっち?あぁー、そうかそうか…。はは、集まった集まった。わっ!こりゃ中々の大物だったなぁ!うわぁー助かるー!」


呆れ顔のアイセルに適当に答えるイツキ。


「ねえねえ、本当に集まってるの?『負力』に興味ないの?イツキはやる気あるの?」

「お、おいホセ!やる気あるに決まってるじゃん!俺と言えばやる気!やる気と言えば俺!ちゃんとコツコツ順調に集まってるの。だから必死になんないの。」

「何だか怪しいね。ティアばかり集めてさ、イツキっていつも後ろで喋ってるだけだよ?そういう女の人を働かせて楽する人はね、ヒモって言うらしいよ!近所のおじちゃんが言ってた!」

「サーシャ!こら!失敬な!俺はヒモじゃねーよ!」

「でもイツキが働いてるのなんて見たことないよ?」

「アイセルもない!」

「僕も。いつも暇そうだしウトウトしてるかブラブラしてるかだよ。」


やがて男の子が車椅子から降り、両親は膝から崩れ落ち、手を組みながらその場で何かに祈るようにじっとしていた。


「ほらほら、私の愛しいイツキを虐めてないで見てなさい。気がついたようよ。」

「見てよ!ほらほらっ!あー凄く喜んでる!はー、今日も良いことしたなー!今日もきっとご飯が美味しいわね!」

「ベルヴィアはいつだって美味しそうにご飯を食べてるじゃない。まぁ怪我か病気か分からないけれど、我が子がこの町に来ただけで元気になったらそりゃ喜ぶわ。ほらほら、もう玄関広場に戻りましょう。」


これ以上は特にやることもないので、ララミーティアはベルヴィアと子ども達を促して玄関広場へと戻っていった。


「まぁ気分がいいのは確かだね。我が子が病気とか怪我とかでさ、噂を聞きつけて貴族がわざわざここまで来るってのはきっと藁にも縋る思いだと思うんだよね。その藁に縋った結果本当に奇跡が起きたんだから、天にも昇るような思いだと思うな。」


手をつないで歩いていたときにイツキがそう言ってララミーティアに微笑む。

ララミーティアは眉を八の字にして微笑み返す。


「そうね。きっと今頃幸せでいっぱいでしょうね。そう考えると確かにベルヴィアの言うとおりご飯も美味しく感じるかもしれないわ。」




大物が見つかったからという事で子ども達は満足して家に帰っていった。

帰りしなに子ども達に「ティアにばかり働かせないでちゃんと働きなよ?」と割と真剣に言われてたじたじになるイツキと、笑いが止まらなくなるララミーティアだった。


ベルヴィアも良いことをした今のうちに何か食べ歩きしてくると言って慌ただしくウナギの寝床から飛び出していった。

こういう時のベルヴィアは大抵その辺で意気投合した人の家に遊びに行ったりして帰りが遅くなる。


2人でハーブティーを飲みながらうつらうつらしていると、いつの間にか音もなくウーゴとテオドーラが2人と同じテーブルに座っていた。


「うわっ!!…おービックリした。どうしたの?」

「あら、ついウトウトしてたわ。」


テオドーラが小声でイツキとララミーティアに詰め寄る。


「どうしたの?じゃないでしょ!今日ランブルク王国のコリニース公爵家が突然私のもとに来たと思ったら大量の御布施をくれた上に、ムーンリト教の信徒になっちゃったんだよ!あんな偉い人達を…!どうして予め一言相談してくれなかったの!」

「あー…、そんな名前だったんだ。」

「如何にも貴族だったものね。キラキラした目をしている子ども達の手前「あれは偉い人だからまた後でね」なんてとてもじゃないけど言えないわ。」


呑気なイツキとララミーティアに眉をひそめるテオドーラ。

ウーゴが笑いながらテオドーラの肩をポンポンと叩く。


「な?お二方に言ったって仕方ねえよ。あんなに涙を流して喜んでたんだぞ、もういいじゃねえか。なっ?」

「良くない!相手はランブルク王国の公爵家よ!あんな騙すような真似をして御布施まで…。」

「だとしても変わらねえよ。貴族の顔じゃねえ、親の顔だったぜ。子を思う親の気持ちに貴族も平民もねえだろ。医者や治癒師が匙を投げた子どもが首都ミーティアに入った途端全快だせ?そりゃ金貨くらいいくらでも出したくなるだろ。それによ、公爵ってこたぁドーラの遠い親戚みたいもんだろ?仲良くすりゃいいじゃねえか。」


ウーゴは勝手にイツキのハーブティーが入ったコップを取ってそのまま飲んでしまう。


「それに俺たちゃよ「さぁ早速ブクブクブクブク私腹を肥やしましょう」って団体じゃねえだろ?実際問題アチコチの教会に金回して財政カツカツじゃねえかよ。余裕ねえんだから有り難く貰っとけ貰っとけ。何度も言うけど可愛い我が子の病気が治ったんだぞ?奇跡のカラクリなんてもはや関係ねえだろ。俺達はインチキな品物を売って金を騙し取った訳じゃねえんだ。」




結局ウーゴの意見に納得したテオドーラはハーブティーを飲んで館へ戻っていった。

ウーゴはそのままウナギの寝床に残ってイツキとジョッキに入ったビールを飲んでいる。


「正直言うとコリニース公爵家に『月夜の聖女』がこっそり治してくれるらしいと噂を流したのは亜人解放戦線だ。」

「そんな噂に飛びつくほど彼らは困ってたの?」


ララミーティアはイツキが召喚した枝豆をつまみながらウーゴに尋ねると、ウーゴは一気にビールを飲み干してしまう。


「ああ。テオドア・ド・コリニースはコリニース公爵家の長男だ。医者も治癒師もお手上げな難病にかかっているっつー専らの噂になってたんだよ。あんな小せえのに可哀想にな。んで、いよいよインチキ団体に頼ろうとしてるって情報が入ってきたから、俺達が水を向けた訳だ。」

「まぁペテン師に金払うくらいなら確かにいいかもしんないね。」


イツキもビールを飲み干し、ウーゴと二人分追加召喚する。


「コリニース公爵家って思い切り人族じゃないの。なんでわざわざ亜人解放戦線が人族を助けるような事を画策したの。」

「コリニース公爵は王族の血筋の割には代々真面目で誠実だ。亜人にも割と優しい政策を取ってるんだよ。それに真面目だからこそ、この手の恩は代替わりしたって絶対に忘れねえ。俺達神聖ムーンリト教国には金が必要だ。太い資金源を確保する絶好のチャンスだったって訳だ。コリニース公爵家の連中によ、何年かに渡って怪我なり病気なり治してみろ?きっと有り難がって金を出してくれるだけじゃねえ。亜人保護活動にも協力してくれるかもしれねえぞ。」


ウーゴはニヤリとしながら軟骨の唐揚げを摘まんで頬張る。


「まだまだ困っている同報は山ほどいるからな…。見栄やプライドを大事にしているような場合じゃねえ。使えそうな物は使うが、どうせならお互い幸せになれる方法で、な?」

「まぁ公爵家というくらいだから、こっちの魂胆なんて正直バレている気もするわ。ラファエルですら情報収集に長けるのに。」


ララミーティアの言葉に軽く笑うウーゴ。


「ちげえねえな。恐らくよ、俺達の事も知ってて踊ったフリをしてるのさ。そっちの方が我が子が神から愛された感が出て箔がつくだろ?我が子が一番だけど、タダでは起きねえのが貴族だもんな。」

「ふーん、なるほどね。自分の子供が治るうえに、奇跡を賜った。確かに凄い子供なんだなって周りは思っちゃうかもね。」


イツキも軟骨の唐揚げをコリコリ食べる。


「だからあの御布施は有り難ーく貰っておく。あっちからすれば俺達の国は命の恩人だしよ、お互いに有効活用しあえそうだしな。」

「それだけいっぱい御布施が貰えたのね。それで何とかあちこちの教会まで行き渡りそうなの?」

「まぁ少しでも貰えればって感じだな…。本当は大陸中の亜人を保護出来りゃ良いんだけどよ、ランブルク王国は兎も角、他の国から亜人をうちまで移住させたらそりゃあ戦争もんだもんな。聖護教会がアチコチに教会を建てて地道に活動しててくれてホント助かったぜ。あんな規模これから展開しようとしたらとんでもねえ金が必要だぞ。」

「しかもこちとら亜人の国家だからなぁ。お金があったとしても新たに教会をなんて難しいね。そう考えると本当全てが絶妙なタイミングで重なり合って今があるんだなって思うね。」


イツキがそういうとララミーティアもうんうんと首を縦に振る。

ウーゴは微笑むようして遠い目をしながらビールをゆっくりと呷っていた。



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