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144.眠り姫

それからレオナールとラトリーナは教会の一室で暫く過ごすことが決まった。

ララミーティアが注意深くラトリーナに向けて魔力視をしてみたが、あちこちに魔力が発散して周囲の人々が悪夢にうなされるような事はなさそうだった。

しかしラトリーナの魔力は常にレオナールに細い線で繋がっており、どうやらそれが追体験をする原因のようだった。


ラトリーナはスープやパン粥などを口に運べば眠ったままでもある程度は食べてくれるのが救いだった。

レオナールは日々の洗浄魔法から食事までひたすら甲斐甲斐しく世話をした。




教国歴二年冬の期 89日


イツキとララミーティアが玄関広場のウナギの寝床でぼんやり行き交う人の流れを眺めていると、ラトリーナを横抱きにしたレオナールが喋りながら歩いている様子が見えた。

イツキとララミーティアは声をかけようと2人に近づく。


「ラトリーナ、平和な様子が分かるかい?昨日夢の中で言った場所だよ。ほら、目を開けてよく見てごらん。色々な種族の人達が幸せそうに暮らしている。ラトリーナ、君もこの国の国民になるんだよ。次は小高い丘の公園に行ってみようか。みんな丘を駆け抜けるそよ風が気持ち良いってオススメしてくるんだ。」


目を閉じたままのラトリーナに優しい話しかけ続けるレオナール。

その様子を見た2人は何となく間に入る事に対して気が引けてしまい、声をかけずに遠くから見守ることにする。


「…早く目を覚ますといいね…。」

「そうね…。」




行き倒れで保護され、何時までも眠り続けるラトリーナと甲斐甲斐しく世話をするレオナールは首都ミーティアでもすっかり有名になっていた。


教会でサーラが眠ったままのラトリーナの髪を切って整え、教会に寄付された小綺麗なワンピースを着せるとラトリーナはとても美しく見えた。

またレオナール自身もまともな服はアイテムボックスに入っていた儀礼の際に袖を通すエルデバルト帝国の騎士服しかなく常にそれを着ていたので、まるで眠り姫と王子様だと子供から大人まで特に女性からの人気が高かった。


「ねえねえ。眠り姫様、まだ起きないの?」

「はは、まだ起きるには早いようだね。でもみんなの楽しそうな声を聞いたら羨ましがって目を覚ますかもしれないね。」


ラトリーナはレオナールに抱えられては眠ったままだ。


「そういうものなの?」


豹人族の女の子が抱えられているラトリーナを見上げながら首を傾げる。


「これまでずっと悪い奴らに意地悪され続けていたからね、何だか楽しそうなところにずっと居るようだなと思えばソワソワして目を覚ましてくれるかもしれないよ。」


レオナールはラトリーナを抱き抱えたまましゃがんでみせる。

単眼族の女の子が口を半開きにしてラトリーナの寝顔を覗き込む。


「眠っているお姫様に王子様がぶちゅーってすると目を覚ましたってお話で聞いたことがあるよ?」

「はは、僕は眠っている無防備な女性にそんな卑怯なマネは出来ないなぁ。それはちょっと男らしくないね。」

「ふぅん。お話とは違うんだね。早く起きて欲しいなー。」


人族の女の子がそういうと他の女の子達も「ねー?」と言って頷きあう。


子供達が手を振って去っていった後、レオナールは眠ったままのラトリーナに話しかける。


「はは、眠り姫だって。ラトリーナ、君が眠っているうちに君はすっかり有名人になってしまったよ。さっきの子ども達の顔を見せてあげたいな、口を半開きにして君の顔を覗き込んでいたよ。」

「…。」


ラトリーナは眠ったままだ。




「最近、追体験よりも膝を抱えて横たわっているラトリーナに会う夢の方が多くなってきました。まだその目は虚ろですが、確実に良くなっているように感じます。」


玄関広場を散歩していたレオナールがウナギの寝床に気がついて挨拶をしに来ていた。

丸太のスツールを差し出し、ラトリーナを抱えたままスツールに座るレオナール。


「言われてみれば心なしか穏やかな寝顔に見えるような見えないような…。」

「ふふ、とりあえず今日の分も治癒しておきましょう。」


ララミーティアはそういうとラトリーナの頬に手を当てて『聖女の力』を発動させる。


「ねえ、その治癒の時って魔力の流れの正常化って同時にしてるの?」

「あれは広範囲の大地に向けてやるものよ。人は大地とは違うからしないわ。でも言われてみれば身体に悪いこともないし健康にいいかもしれないわね。んー、…よく見るとちょっと魔力がこんがらがっているようにも見えるし…。」


そう言うとラトリーナの身体が白く光り出す。

抱き抱えていたレオナールは慌てる。


「い、いつもと違う光ですが本当に大丈夫ですか!?」

「『聖女の力』の一つよ。魔力の流れ正常化するっていうだけで特に身体に悪影響はないわ。まぁ気休めみたいな物かしらね。あら、魔力が綺麗になった。本当に効果があったわ。」


やがてラトリーナの光が収まる。

レオナールはホッとした表情でラトリーナを見つめる。


「いつもありがとうございます。後は本人次第ですね。」

「そうねぇ。身体も魔力もバッチリ健康体の筈よ。身体は良くても心が、という訳ね。」

「まぁのんびり過ごしてればそのうちパチッ!と目を覚ましますよ。あっ!目…!ほら!」


ニコニコしながら話していたイツキは驚いた表情でラトリーナを指差す。


「ラトリーナ!目を…!おはよう、ラトリーナ。僕が誰だか声で分かるかい?」


ラトリーナはぼんやりした表情のままレオナールを見つめる。


「…レオ…?」

「そうだよ。レオだよ。やっぱりラトリーナと夢の中でちゃんと繋がっていたんだね。遅くなってごめん。やっと君を見つけだしてここまで逃げてきたんだ。だからもう大丈夫。」


ラトリーナはぼんやりしたままレオナールをじっと見たままだ。


「あんな酷い目に遭うのはもうおしまいだよ。これからは幸せに暮らすんだ。ここはね、誰も酷い目に遭うことのない素晴らしい国だよ。みんな幸せに暮らしているんだ。分かるかい?」

「…わたし…、やっと、本当に良かった…。やっと、死ねた…のね…。死ねて良かった…。」


ラトリーナは力なく微笑んでみせるとそのまま目を閉じて再び眠りについてしまった。

レオナールの目から落ちる涙がラトリーナの服を濡らす。


「死んでなんかない…。ラトリーナ、ここは天国じゃないんだ…。だから死ねて良かったなんて寂しい事を言ってはいけない…。僕が二度とあんな目には合わせない。…だから死ねて良かったなんて言わないでおくれ、ラトリーナ…。」


静かに涙を流し続けるレオナールにかける言葉が見当たらず、イツキとララミーティアはじっと2人を見守っていた。




教国歴二年春の期 7日


それからラトリーナは1日のうちに何度か目を覚ますようになった。

しかし二言三言話すと再び眠りについてしまい、どうやら意識はまだ混濁しているようだった。


イツキとララミーティアは教会に足を運び、日課であるラトリーナの治療がてら聖フィルデスと話をしていた。

基本暇なベルヴィアも他にやることはなくついてきている。


レオナールは先日エルデバルト帝国からやってきて『奇跡』により足が生えてきた元兵士に誘われて珍しく教国軍の演習場に顔を出していた。


「ラトリーナだけど、ベランルージュを解放した時のようにこうパッ!と解決出来ないかしらねぇ。」


ベルヴィアは肩をすくめながらため息をつくように言う。


「ベランルージュの場合は魂が加護の中に捕らわれたままでした。ですので今回のケースとは異なります。彼女の場合は魂がどこかに捕らわれている訳ではありませんから…。」


聖フィルデスはハーブティーを一口飲んでため息をつく。


「意識障害ですよね…、これ。」

「そうですね。魔力だとか魂だとかではなく、脳かと。」


イツキと聖フィルデスの会話に首を傾げるララミーティア。


「脳?」

「そうだね。医者でも何でもないから俺もよく分かんないけどさ、頭の中にある脳にダメージがいってて?上手く思考がまとまらないっていうか…。地球だったら薬とかがあると思うんだけどさ、流石にこの世界じゃなあ…。」

「今居る場所や日付など意識させたり、昼夜のリズムをしっかり取って、後はそうですね…。安心できる場所なんだと思わせる必要がありますかね。抽象的な話に聞こえますが、そうやって少しずつ良くしていくしかありません。」


イツキと聖フィルデスの言葉にララミーティアは「へぇ」と良いながらハーブティーを口元に運ぶ。

その時ラトリーナが寝ている部屋から絶叫が聞こえてきてララミーティアは思わず手に持っていたハーブティーを床にぶちまけてしまう。


「行きましょう!」


聖フィルデスに促されて慌てて部屋まで向かうと、ベッドの上で自分自身を抱きしめてガタガタ震えているラトリーナがいた。

聖フィルデスとララミーティアが慌ててラトリーナに駆け寄って抱き寄せる。


「大丈夫よ。ここは絶対安心な場所、誰もあなたに痛いことはしないわ。」

「落ち着いて下さい。今日も平和な1日ですよ。」


ラトリーナは2人の呼びかけが聞こえないようで、しきりにブツブツ何かを言っている。


「レオ…、レオが…、レオが…。レオが居ない…。レオ…。」

「イツキ!レオナールを急いで連れてきて!ダッシュ!」

「よしきた!待ってて!」


アワアワしたベルヴィアに言われてイツキが慌ただしく部屋から出て行く。




演習場で稽古をつけていたレオナールを捕まえて慌てて戻ってくるイツキとレオナール。

部屋の中に飛び込むとレオナールはラトリーナを抱き締める。


「すまなかった。ちょっと誘われて剣の稽古をつけていたんだ。僕はどこにも行ったりしないさ。今度は2人で一緒に行こうね、ラトリーナ。」

「レオ…。レオ…。うん…。」


ラトリーナは程なくしてうつらうつらし始め、レオナールがそっとベッドに横たえる。


「寝ましたね。すいません、迂闊でした。ずっと傍にいたのでこのパターンは初めてでした。」

「レオナールには悪いけど、しばらく1人でフラフラ出かけられないわね。魔力の流れも身体の調子も良くて、後は頭の中で考えがうまくまとまらない?って感じだっけ?とにかく安心できる場所だと思わせることが大切なのよね?」


ララミーティアがイツキに顔を向けると、イツキはうんうんと頷く。


「ティアの言うとおりです。ここがどこで今いつで朝なのか昼なのか認識させましょう。後は安心できる場所に居るんだなって思わせる事ですかね。」

「ええ、そうですね。長くかかるかもしれませんが、地道にやって行きましょう。」


聖フィルデスがそういうとレオナールはチラリとラトリーナの顔を見て、真剣な表情で頷くのだった。


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[一言] 本邸に入ったら治りませんかね?
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