142.退屈の花
教国歴二年冬の期 80日
ガレスとルーチェはこれまで移住者達の対応や町拡張の対応に追われていた為、若い二人をあまりにこき使いすぎたと反省したシモンからしばらくの間暇を貰っていた。
暇を貰っているうちは魔境の森の広場に小屋を設置して二人きりでのんびり過ごすことになっていた。
イツキとララミーティアは若い二人に気を使ってテオドーラの館の敷地に離れをアイテムボックスで移動して住むことにした。
ベルヴィアと聖フィルデスも同じように敷地の中にコピーした離れを設置して暫く住むことにした。
シモンはまた暫くガレスやルーチェの仕事を兼任する事になったが「今更一つの季節分くらい延長して仕事を肩替わりしたって何も変わりませんよ」とニコニコしながら了承した。
再び動き出す日常の中で再び暇人になってしまったイツキとララミーティア。
今回は暇人にプラスされたのはベルヴィアだ。
聖フィルデスはというと毎日教会に行っては教会の活動に精を出していた。
しかも今回は特例で依り代にも関わらず治癒系の魔法を使えるようにデーメ・テーヌとテュケーナから調整して貰ったらしく、結婚式の翌日から真っ先にテオドーラから紹介状を書いて貰って首都ミーティアの教会へ赴いていった。
大陸において大々的に活動している宗教団体は聖護教会ただ一つなので「他の宗派の教会から来た」と言い訳出来ず、仕方なく1人だけ事情を聞かされた元聖護教会のサーラだったが、デーメ・テーヌやテュケーナと同列の神である聖フィルデスに対して「イツキとララミーティアの知人」だという設定をどうしても守れず、やむを得ず「サーラの親戚でイツキとララミーティアの知人」という面倒くさい設定になってしまった。
サーラはまるで聖フィルデスの付き人のように甲斐甲斐しくついて回るようになった。
「ねえねえ!お金なくなったから何か換金できる物頂戴よ!」
玄関広場のウナギの寝床でぼんやり人の流れを見ていたイツキとララミーティアのもとにベルヴィアが息を切らせながら走り込んでくる。
イツキとララミーティアはジト目で呆れながらベルヴィアをまじまじと見つめる。
「天下のベルヴィアクローネ様がやってきてそうそう第一声『小遣いよこせ』で御座いますか…。俺は神の有り難い御言葉で感動のあまり涙が出そうだよ…。」
「そんなそんなお金ばかり一体何に使ってるの?まさかチヤホヤされたくてその辺で挨拶代わりにお金を配り歩いて気を引こうとしているんじゃないでしょうね?」
イツキとララミーティアの言葉に頬をぷっくり膨らませてテーブルをガンと叩くベルヴィア。
「失礼ね!馬鹿にしないで頂戴!ちゃんと食べ歩きに使ってるの!折角首都ミーティアに来たんだから色々食べないと!あっ、調査!調査なの!」
「馬鹿にするなって…、馬鹿みたいにバクバク食べまくっておいてヌケヌケと…。それに俺は今一瞬聞こえてきた『あっ』という言葉を聞き逃さなかったぞ。しかしなぁ、調査とやらをしている割には朝昼晩ってちゃっかり召喚したものを食べてるじゃないか…。」
イツキが頬杖をつきながらベルヴィアに向かってぼやくと、ベルヴィアは胸を張ってイツキとララミーティアに言い放つ。
「はぁ、何言ってるの?それは召喚部門の話じゃない。私が言ってるのは町中部門の話。」
「今俺、何言ってるのって言われちゃった。俺ビックリしたよ…。」
「ふふ、まぁそれだけ食べててよくまだ何か食べようと思えるわね。ほら、これをキキョウの所にでも行って換金してきなさい。かさばらないしよく売れるみたいよ。オチルの作る奴より手軽で求めやすくて人気のようね。」
ララミーティアは呆れ顔でテーブルに召喚した金の指輪を10個無造作に置く。
ベルヴィアは顔をパアッと明るくして引ったくるようにテーブルに置かれた金の指輪をがさっと掴む。
「そんな訳だから!超忙しいの!」
イツキに強請って召喚してもらった斜め掛けカバンに銀の指輪を適当に放り込むとベルヴィアはさっさとウナギの寝床から出て行こうとする。
するとサーシャ、ホセ、アイセルがひょっこり顔を出した。
「イーツキ!ティーア!今日も偵察してきたけど全然い「あっ!サーシャ!しーっ!!知らないおばさん居るよ!」」
「おば!おばばば!おばさん!」
サーシャの口を慌てて塞ぐホセ。
ベルヴィアはおばさん呼ばわりされたショックでその場で白目をむいている。
イツキとララミーティアが笑いながら子ども達に挨拶をする。
「あらみんな、こんにちは。」
「みんな元気?このお姉さんは俺達の友達だから大丈夫だよ、ベルヴィアって言うんだ。」
「お友だち?じゃあベルヴィアも『ふりょく』あつめるのしってるの?」
アイセルの言葉に我に返ったベルヴィアが反応する。
「えっ!なになにー?何だか随分と面白そうな事してるじゃない!私にも詳しく聞かせてよ!」
「いいよ。えーとね…。」
子ども達3人の要領を得ないはずの説明で何故か活動内容を完璧に把握するベルヴィア。
ベルヴィアも基本暇人だったので、子ども達の面白そうな活動に興味津々だ。
「そういう事ならこの私に任せなさい!大人の私が協力してあげる!私のことはベル隊長と呼びなさいー?ガレス隊員とルーチェ隊員もかつては私をそう呼んだものよ!偉大なるベル隊長、とね!」
「わぁ!ベル隊長は凄い人なんだ!」
「ガレスさまとルーチェさまが…!ベル隊長凄い!!」
「はやくさがし行こ!行こっ!」
勇ましいベルヴィアを先頭に子ども達が玄関広場へと走ってゆく。
「おーい!ちゃんと子ども達の言うこと聞けよー!ワガママばかり言うなよー!子供達の前でやたら買い食いするなよー!」
「大丈夫かしら…。いやな予感がするわ…。」
ベルヴィアがこのノリの時は大抵何か起きる。
2人は心配そうに後ろ姿を見つめていた。
それから暫くしてベルヴィアと子ども達が息を切らせながらウナギの寝床に走り込んできた。
「ふふ、隊長は余程の大物でも見つけたのかしら?」
「お、ベルヴィア隊のご帰還か。どうだっかねベルヴィア隊長。何か怪我人はいたかね。」
必死なベルヴィアをからかうようにイツキが尊大な態度でおどけると、アイセルが声を上げる。
「ティアもイツキも!ふざけてるときじゃないの!」
「い、行き倒れ!行き倒れよ!『負力』がどうとか言ってる場合じゃないの!ふざけてないで早く来てよ!」
ベルヴィアと子ども達からふざけるなと急に叱られて今一納得がいかないながらも2人はベルヴィアたちの後をついて行く。
案内されたのは首都ミーティアの入り口付近だった。
薄汚れたボロのローブを身に纏った男女で、男が女をおぶるような格好のまま倒れている。
男は明るいグレーの髪をしており、女の方は紫色の髪をしていたが、その長さは倒れていても分かるほどにガタガタだ。
少し離れたところで住人達が集まって心配そうにザワザワしている。
男女のそばにはマリアンとアーティカという単眼族ペアが居た。
「あ、イツキさんティアさん!目撃者の話だと、ヨロヨロしながらこのあたりまで来てバタッと倒れたみたいです。まだ息はありますね。」
「私とアーティカちゃんは見てなかったんですけど、女の人の方は元々意識がなかったみたいです。」
イツキとララミーティアの後ろから覗いていたベルヴィアがララミーティアを指でつつく。
「と、とりあえず聖女の力で治してあげて教会に運びましょうよ。聖フィルデス様も居るし。」
「そ、そうね。」
ララミーティアが聖女の力で男女を治療する。
イツキは2人のステータスを確認しながら呟く。
「レオナール。人族。もう1人は…、初めて見たな、幻夢族?ラトリーナ。幻夢族ってなに?」
「私も聞いたことないわね。魔人系種族でしょうけど…。」
治療しながらララミーティアが視線を男女に向けたまま首を傾げる。
マリアンとアーティカも首を横に振る。
ベルヴィアがララミーティアの後ろから急に叫ぶ。
「ちょ、ちょっと!そのラトリーナとかいう女の人!今、手の向きがパッと変わった!」
「あー、動いた?意識が戻るのかな?」
イツキが男女の顔をのぞき込む。
ララミーティアは治療しつつ冷や汗を流しながら呟く。
「違う…、今確かに右手と左手が入れ替わったわ…。ローブでよく見えなかったけど、この人手首を逆にくっつけられてた…。あら、角が生えてきたわ。あらら、尻尾も。」
イツキはスッと立ち上がってベルヴィアを盾にして見ていた子ども達に声をかける。
「みんなお手柄だったね、本当にありがとう。暫くちょっと忙しくなりそうだし今日はもう『あの活動』はおしまいかなー。」
「そうだね。あの人達、早く良くなるといいね。」
「ホセ、アイセル。教会行って先に教えてこよう!」
「そうするー。イツキ、ティア、頑張ってね!ベル隊長も!」
子ども達はそう言うと教会へ向けて向かって走っていった。
「マリアンもアーティカもありがとうね、後は俺たちの方で何とかするから大丈夫だよ。」
「落ち着いた頃に教会に顔出しますね。行こう、マリアンちゃん。」
「それじゃあよろしくお願いします。」
マリアンとアーティカも軽く頭を下げて町の中へと歩いてゆく。
とりあえずイツキとララミーティアは手分けして男女を背負って教会へと足を運んだ。
ベルヴィアも押し黙ったまま静かに後ろをついてゆく。
「こりゃ訳ありだね。」
「そうね。差し詰め亡命ってとこかしら。」
教会に着くと敷地の中では住人達がお喋りに興じており、人を背負ったイツキとララミーティアを見て慌てて何人かが教会の建物の中へ入っていった。
やがて中からサーラと聖フィルデスが慌てて出てくる。
「子ども達から何となく話は聞きました。暫く教会で様子を見ましょう。サーラちゃん、案内をお願いしますね。」
「はい、こちらです。」
サーラを先頭に男女を背負ったままついていく。
サーラが数ある部屋のうちの一つの扉を開けると、中にはベッドが2つ並んで、間にはサイドチェストが設置されている。
イツキとララミーティアは慎重に2人をそれぞれのベッドに横たえ一つ息を吐く。
「『聖女の力』で治してあるから直に目覚めると思うわ。それにしても女の人の方、幻夢族?のラトリーナって言うらしいんだけど…、右手と左手が手首のところから逆に付けられていたわ。治療している途中で入れ替わったから驚いちゃった。あと角と尻尾がニョキニョキ生えてきたの。きっと切られていたのね…。」
ララミーティアはベッドで静かに眠っているラトリーナに洗浄魔法をかけつつ髪をなでる。
サーラがラトリーナを見ながら口を開く。
「幻夢族…。初めて見ますが幻夢族はサキュバス族や単眼族と同系統の種族と聞きます。種族固有でどんな事が出来るのかはよくわかりませんが、恐らく精神系の固有スキルが得意なのでしょう。」
「『聖女の力』で治癒したのであればこれ以上の治癒は必要ありません。暫くここで保護しましょう。」
聖フィルデスがそう言ってレオナールとラトリーナの寝顔を交互に見る。
イツキとララミーティアは視線を合わせる。
「俺達は特にする事もないし、暫くは教会で過ごすかね。」
「そうね。みんな忙しいだろうからこの人達の様子でも見るわ。」
「そうして頂けると助かります。」
サーラはにっこりと微笑んだ。
「幻夢族、種族特性『ナイトメア』か。」
「幻夢族は兎も角としても悪夢のように酷い状態だったのは確かね。」
とりあえず目を覚まさない事には何も始まらないという事で、眠り込んでいる2人を見守るイツキとララミーティア。
静かに眠っている2人を見て暫くボンヤリしていたベルヴィアだったが、やがてぽつりと独り言のように呟いた。
「惨いことが出来るものね…。いくら何でもあんまりよ…。何をすると手が入れ替わったり角や尻尾を切られるような罰を受けるの…?一緒に居た男の人もどうしてあんなにズタズタになるの…?」
ベルヴィアの目からポタポタと涙が零れ落ちる。
ララミーティアはベルヴィアを優しく抱きしめた。
「きっともう大丈夫よ。酷い目に遭うのは今日でオシマイ。ベルヴィアのそういう優しい所が大好きよ。」
「…うん。」
それからベルヴィアはララミーティアの胸で静かに泣き続けた。
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