138.何をやっているの
教会の外で祈りを捧げていた男の身に神の奇跡が舞い降りた話はあっと言う間に町中の話題になっていた。
実際に何人もの目撃が居る中で起きた奇跡は町中の噂を独占。
腕が生えたドワーフ族の男は昔魔物にやられて片腕を失い、鍛治の道を諦めて旅人になったようだったのだが、首都ミーティアに住むことにして鍛冶工房を興す事になったらしい。
しかしその日の境に次々と同じような奇跡がアチコチで噂になっていた。
ある者は昔無理矢理参加させられたエルデバルト帝国との小競り合いで光を失った片目が急に見えるようになり、またある者は奴隷時代に凍傷により失った手足の指が生えてきたり、腰から下を悪くして支えなしでは歩けなかった者が走り回れる程元気になったりと、とにかく首都ミーティアは次々に起こる奇跡に湧いていた。
いずれも教会では手に負えない類の大怪我。
本人達もまさか治ると思っていなかったので、これまでも教会で治癒魔法を受けたことはなかったようだ。
「子供達よ。えーと、あのね?もうちょっと詳しく怪我の様子を教えて欲しいの。おめめがなんか悪いじゃなくて片目が見えなくなっているとか、おててが悪いじゃなくて指が無いとか腕が無いとか。」
「でもみんなよろこんでるし、『ふりょく』まだまだたりないでしょ?はやく魔王をやっつけないと!」
アイセルが鼻息を荒くして力瘤を作るポーズを作る。
決して後ろ暗い事をしている訳ではないのだが、流石に騒ぎになりすぎてテオドーラに怒られる前に辞めようと思っていたイツキとララミーティア。
しかし子供達は架空の魔王を本気でどうにかしないといけないと思い込んでいるので、子供の夢は壊したくないと結局ズルズルと『負力』強奪という名の慈善活動は続いていた。
子供達には「もっと軽い怪我とかちょっと熱があるとかでいい」と常々言って聞かせているのだが、子供達は手っ取り早く分かりやすい過去の大怪我を抱えた人をチョイスしてしまう傾向があった。
イツキとララミーティアが実際にどんな怪我が見てこようとしても「秘密結社はバレちゃだめなんでしょ!?」と言って律儀に設定を遵守する健気な子供達に未だに付き合っていた。
「で、今日はどんな怪我人が居たんだ?」
「あのね?アイセルすっごいところ見つけたの!ちょっとだけケガした人いっぱいなの!」
アイセルが興奮しながらそう言うと、サーシャとホセも腕を組みながらうんうんと頷いている。
今度は大丈夫そうかなと安心したイツキとララミーティアは早速子供達に案内して貰う事にした。
初めは冒険者組合や酒場にでも行くのかと思っていたイツキだったが、連れてこられたのは教国軍の演習施設だった。
ジャクリーンとウーゴが新兵達に次々に檄を飛ばしている最中だった。
イツキとララミーティア達が後ずさる。
よりによって何故かテオドーラが視察に来ているのだ。
「こ、子供達よ…。ここはマズい…!一旦引くぞ!」
「何で何で?ここいつも怪我してる人いっぱい居るよ?あちこち探さなくても毎日ここに来れば『負力』すぐ貯まるよ?」
ホセが頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらイツキの顔をじっと見る。
サーシャも大声のヒソヒソ話を始める。
「…ねえ!早く『負力』奪おうよ!早く魔王をやっつけにいかないと!」
「こらっ!シーッ!静かにしてちょうだい…!ここは本当にマズいわ!」
「おや、先程の秘密結社の子供達じゃないか。また見学に来たのか?ん、イツキ殿とティア殿じゃないか。」
サーシャの大声でよりによってジャクリーンがイツキ達の方へ近付いてくる。
「あっ!!おっ…ああ!こんな所で会うなんて偶然だね!何か子供達がついて来てくれついて来てくれってここへ引っ張って来てさ。で?君達はここを見学したかったのかい?ん?ね?そうだろ?ねっ!?」
イツキが慌ててアイセルに話を振るとアイセルは首を傾げる。
「え?キーツなにいってるの?『ふりょく』をうばいにきたんでしょ?わすれちゃったの?」
「ん?キーツ?『ふりょく』?何の事だ?」
ジャクリーンが聞き返したその時、テオドーラとウーゴまでイツキ達の元へやってきてしまった。
「お父さんお母さん何してるの?見学?」
「お二方、久し振りだな。お陰様でこっちは楽しくやってるぜ?それにしても子供を引き連れてどういう組み合わせだ?」
ララミーティアが慌てて子供達を後ろに隠して対応する。
「そうなの。子供達だけじゃ心細いよーって事で私達が引率してるの。ね?イツキ?」
「そうそう、そうだよ。なぁ、ティア。」
「違うよ!内緒の秘密結社の偵察だよ!」
「みんなから『ふりょく』をうばって早く魔王をたおすのよ!」
「ここ怪我してる人多いから来たの!奪いたい放題でしょ!アイセルは頭良いねー!」
「アイセルがみつけたんだよ!いっぱい『ふりょく』をためられるもん!」
いくら秘密と言ったところで幼い子供達の口は全く塞がっていなかった。
子供達自身も正義の為に行っている行動だと信じて疑わないので、イツキとララミーティアの誤魔化しに一切乗ってくれる気配はない。
テオドーラはイツキとララミーティアを交互にジトっとした視線で見つめる。
「怪我…なるほどなるほど。みんな、偵察ご苦労様!ありがとうねー?この後たっーぷり『ふりょく』を奪って貰うから、みんなは安心して遊んでらっしゃい。魔王の事は大人の私たちに任せなさい!」
「良かったね、キーツ!パトリシア!早く魔王が倒せそうだね!」
「違うよ、パトリシアじゃなくてエリザベスだよ?」
「みんなひろばいこう!」
イツキとララミーティアに手を振ってワッと駆けてゆく子供達。
イツキとララミーティアはテオドーラのシャドウウィップによって足を掴まれてしまって大人しくお縄について子供達に手を振る。
「いやいや、あれだ。違うんだよ。子供達が暇そうにしてたからちょっとした遊びを提供してたんだよ、ねえティア。」
「そうね。悪いことはしてないわ…。多分。」
その後何となく事情を察したテオドーラから「一体何をやっているの!」と雷が落ち、イツキとララミーティアはその場でこれまでの行いを詳らかにしていった。
テオドーラは途中から頭を抱えだし、テオドーラの隣で話を聞いていたウーゴは終始腹を抱えて笑っていた。
ジャクリーンに至っては途中から呆れて新兵の訓練に戻ってしまった。
「じゃあつまり今噂になっている奇跡の原因は2人の悪戯だったって訳ね…。おかしいと思った…。一体どうするつもりなの!?大陸のアチコチに神の奇跡だって噂が広がっちゃってるよ!今更『我が国の象徴による悪戯でした』なんて言えないよ!どうするの…。」
「まぁ落ち着けよドーラ。簡単な話さ。『救済の薄明団』は実在する事にすればいいんだよ。」
ウーゴは手をひらひらさせながらテオドーラに説明を始める。
「え?どういう事?」
「いいか?このまま子供達には『負力』を奪う為の活動とやらを続けて貰う。だってよ、俺達の目すら誤魔化した団体なんだぜ?元亜人解放戦線にもお二方が暇だから子供達の相手をしてあげてるとしか情報が入ってこねえんだ。子供が町中で人をジロジロ見るのを一々疑う奴なんざいねえ。何より随分良いことをしてる可愛い団体じゃねえか。大層喜んでたぞぉ?奇跡を受けたヤツらも、そんな町に住んでいるみんなも。」
ウーゴはニヤリとしながらテオドーラの肩に手を置く。
テオドーラは眉を八の字にする。
「でも…、奇跡だなんてみんなを騙して…。」
「はは、相変わらずドーラはマジメだな。違う違う、違うんだよ。お二方は夢を与えてるんだよ。なあ?オトウサン?」
ウーゴに話を振られてイツキはうんうんと何度も首を縦に振る。
「そうそう!その通り!ウーゴは良いことを言う!」
「もう!すぐ調子に乗って!うーん…でもウーゴの言う事も一理あるのかな…。」
テオドーラは上目遣いでウーゴを見つめる。
ウーゴは眉を八の字にしながら笑う。
「一理も二理もあるさ。だって考えても見ろよ。アレは全部嘘でしたって暴露して奇跡がパッタリ起きなくなる方がみんなにとって幸せか?違うだろ?」
「…うん。幸せじゃないかな。」
ウーゴはテオドーラの頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「な?違うだろ?何よりよ、誰か不幸になったヤツが居るか?居ねえだろ?ほら、誰も不幸になってねえじゃねえか。お二方が玄関広場でいつも暇そうにしたり町中をフラフラしてくれてるお陰で、どこをフラフラしてようが「お暇なんだな」って思って誰も疑いやしねえ。最高の組み合わせだろ?子供とお二方。」
「確かに。お父さんとお母さんの行動を怪しむ人なんて居ないと思う。」
テオドーラがうんうんと頷くのをみてウーゴはニヤリと笑う。
「な?居ねえだろ。急に人んちに勝手に入っていったって怪しまれるどころか逆に歓迎されるぞ?そんな扱いのヤツこの世に他にいねえだろ。仮にオカアサンの仕業でしたってなってだれか失望するヤツは居るか?不幸になるか?」
「『月夜の聖女』だから…居ない。」
ウーゴは肩をすくめてみせる。
「そうだ。その通り。この一件のおもしれえ点はバレた所で誰も何も困んねえって点だ。ムーンリト教で崇められてる現人神だからな。人知れず見返りも求めずに欠損すら治すって益々慕われるだろ。オトウサンもオカアサンも株が爆上がりだぞ。」
「むー、ウーゴが言う通りかも…。」
テオドーラがウーゴに向けてニッコリと微笑む。
ウーゴも微笑みながらテオドーラの頭をなでる。
「2人とも、それでもいい?」
テオドーラがイツキとララミーティアを交互に見る。2人ともニコニコしながら頷いてみせる。
テオドーラの後ろでウーゴが口パクで『サ・ブ・レ』と伝えているのが見えて苦笑いを浮かべる。
「みんなに夢を与えよう。ね、ティア?」
「そうね。喜ぶ顔が見れるのは好きよ。」
ウーゴはテオドーラの扱いに長けており、このようにテオドーラが悩んでいる時によく隣であれやこれや持論を展開してはテオドーラの悩みをパッと解決していた。
テオドーラも自分に自信がついたとは言ってもどうしても考えすぎて悩む癖は抜けず、いつの間にかウーゴに意見を求めることが多くなっていた。
「ドーラ、偉いぞ。物事は一面からじゃなくてアチコチから見るんだ。正面から見ただけじゃ物の形はわかんねえだろ?実は見えないところはよ、すげえ形をしているかもしれねえんだ。」
「うん、ありがと!ウーゴは凄いね、いつも助けられてはばかりだな私…。」
テオドーラが切なそうな笑顔をウーゴに向けると、ウーゴはニイっと笑ってみせる。
「俺は迷っているドーラに『多分あっちの道じゃねえか?』って指さしてるだけだ。いつも最後に決めてるのはドーラ、お前だ。」
「うんっ!」
テオドーラは満開の笑顔を咲かせる。
とは言え子供達の親御さんにはきちんと後ろ暗い活動ではありませんと伝える必要はあるぜとウーゴが真っ当な意見を出し、シモンに子供達の家を割り出して貰ってローブを着たテオドーラとイツキとララミーティアの3人は子供が遊びに行っている隙に電撃訪問をして説明をして回った。
いずれの親も突然国のトップが申し訳無さそうに訪ねてきた事に当然酷く驚き、実はお宅の子供を騙すような形で怪我人や病人を捜して貰い、こっそり聖女の力で治療をしているのだと説明すると、我が子の事を誇らしいと大喜びで秘密結社『救済の薄明団』の活動に快く了承をしてくれた。
イツキとララミーティアはそれぞれの家で子供の活き活きとした様子を説明すると、子供は移住前、町にいる人族に怯えて笑うことが殆ど無かったという話をまるで示し合わせたように耳にした。
しかし最近は余程『救済の薄明団』の活動が余程楽しかったようで、玄関広場でおじちゃんとおばちゃんに遊んで貰ったとニコニコしながら話しているようだった。
親達は遊んでくれているおじちゃんとおばちゃんがよもや神聖ムーンリト教国の象徴の2人だとは夢にも思わなかったようだ。
一通り各家庭を訪問し終わって玄関広場を歩いている時、足を引きずるように歩くボロのローブを纏った旅人が歩いているのが見えた。
テオドーラは悪戯を思いついた子供のようにララミーティアに肘で合図を送る。
テオドーラの意図を汲み取ったララミーティアはテオドーラにウインクを送って見せ、『聖女の十字架』を隠しながら『奇跡』をやってみせる。
ローブを纏った旅人は何か違和感を覚えたのかふと立ち止まる。
ローブの中からカタンと音を立ててブーツを履いた木の棒が地面に落ちた。
(あーほら、子供達が見つけてくる怪我人と同じパターンだったわ。ローブでよく見えないから確認しようと近付こうとするとね、子供達が「秘密結社だから見つかったら駄目だよ」って私達には確認させてくれないの。それでいざ治してみるとあんな感じ)
(はは、なるほどね!あれは治しすぎ!でも確かに癖になるかも!)
(ね?楽しい悪戯よ。誰も不幸にならないわ)
ララミーティアとテオドーラは小声でヒソヒソ喋って小さくクスクス笑いあう。
イツキもそんなスタッフ2人の様子をニコニコしながら見守る。
旅人は恐る恐る足を確かめるようにして片足立ちをしたり足踏みしてみたりする。
旅人はやがてローブをその場で脱ぎ捨てると、片方だけ素足になって立っていた。
片膝をついて顔の前で両手を組んで祈るポーズを取った。
やがて辺り構わず嗚咽を漏らしながらじっとどこかへ祈りを捧げていた。
イツキは慌ててララミーティアとテオドーラに耳打ちする。
(お、おいおい!泣き出しちゃったよ!ほら!)
(本当だ…、大丈夫かな?)
(様子を見ましょう。多分平気よ)
イツキ達は旅人を陰からじっと見守る。
「神様…!私は…私はこれまで!!散々亜人だの奴隷だのと不誠実な…、愚かな行いを…!仕事だからと…!自分に、言い訳を…!そんな地獄へ墜ちるはずの愚かな!こんな愚かな私を神様はお許しになって下さるのですかっ!?私は…!罪を償う道を進んでよいのでしょうか!神様!!ありがとうございます!!ありがとうございます!!」
そう叫ぶと男はその場で立ち上がり、嗚咽を漏らしながら天に向かって泣き続けた。
男の脱ぎ捨てたボロのローブには、うっすらと消えかかったエルデバルト帝国の紋章が描かれていた。
目の前で起きた奇跡に、居合わせた住人達はワラワラと男の周りに集まってくる。
「人族?の兄さん、あんたエルデバルト帝国の兵士だったのかい?どんな罪を重ねたのかはしらないけどさ、ここに入れているって事はあんたは悪人じゃないって事だよ。それにデーメ・テーヌ様とテュケーナ様が兄さんが犯した罪とやらに苦しんでいる姿を天から見守って下さっていてさ、きっと兄さんにチャンスを与えてくれたんだよ。」
「人族の兄ちゃん、人生なんていくらでもやり直せるよ!」
「あなたよく見たらボロボロだし痩せこけてるじゃないの!とりあえず教会に行きましょう!」
住人である亜人達に抱えられるようにして教会の方へ連れて行かれた旅人。
残された住人達は目の前で起きた奇跡に興奮し、まるで映画を見た後のようにそれぞれ口々に感想を言い合っていた。
「あの人が望めば晴れて国民。例え過去に亜人や奴隷を差別してたとしても、あんな風に思う人が増えるといいな。」
「そうだなー。まぁ、こんな感じで人の人生を変えちゃってた訳だ。『良いことしたなぁ』って思うでしょ?」
下手くそなウインクをしながら良いことを言うイツキにテオドーラは笑いながら肘でつつく。
「もう!本当に調子いいんだから!でも良いね、幸せになる人が増えるって。」
その後テオドーラの話では、あの後旅人は直ぐに国民となり、神様の与えて下さった奇跡により再び健康な身体を手にいれた自分の力を教国の為に活かしたいと言って教国軍に入って活き活きと剣を振っているとの事だった。
ささやかな悪戯からはじまった奇跡は罪の意識に押しつぶされそうになっていた一人の男を幸せにした。
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