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136.手分け

亜人解放戦線が神聖ムーンリト教国に合流し、ランブルク王国各地の移住希望者の保護は加速していった。


ガレスとルーチェは二班に別れて比較的協力的な姿勢を取っている南部貴族中心に周り、新兵の育成をウーゴに全面的に任せたジャクリーンもガレスやルーチェと同じく南部貴族の町を中心に回った。


何故南部貴族を中心に回ることになったかと言うと、比較的協力的というのもあったが、ララハイディの一件のような事態に発展したときに対処しきれないと懸念があったからだ。

六千人でダメなら一万人などと考える貴族が出てくる可能性が捨てきれない以上、迂闊にガレスやルーチェやジャクリーンを北部貴族に回せないとテオドーラとシモンが意見し、南部貴族を回ることになった。


イツキとララミーティアも保護活動に参加。

北部貴族の町についてはテッシン、ララハイディ、リュカリウス、イツキ、ララミーティアが手分けして回った。

キキョウについても当初は自身の店のことと商業組合とのやりとりでてんてこ舞いだったが、状況を聞いたカズベルクの里のベアトリーチェから里の信頼できる腕利きのハーフリングを数名ヘルプとして借りることができ、途中からキキョウも保護活動に参加できることになった。


この遠方地を6名で回るようになったのは大変大きく、更にイツキはその中でも群を抜いて輸送力があった。

一度に一つの町の移住希望者しか運べない他の5名とは違い、2つや3つの町の移住希望者を纏めて運んでいた。


ヴァイツマン伯爵が起こした事件について初めのうちは市中に出回るまことしやかな噂話として出回っていた。

しかし徐々にノースエンドの町に行った行商人や冒険者から「まるで新兵のような私兵の姿しかなかった」「私兵の身内が、旦那さんは戦死したと言われたらしい」など噂話は信憑性を帯びるようになってきていた。


しかし当のヴァイツマン伯爵やランブルク王国は「ノースエンドの町とスヴァーリフの町とで交戦があり、両軍に甚大な被害が出た」としか公表せず、終ぞ噂は噂の域をでる事は無かった。

なんせ目撃者は全員神聖ムーンリト教国の国民になった者とヴァイツマン伯爵本人しか居ないのだ。


北部貴族の町を巡って分かった事だが、テオドーラとシモンが帰ってきた面々から聞き取り調査をしたところ、ララハイディはシティエルフと間違われやすく、リュカリウスはただの人族と勘違いされがちだった。


しかもリュカリウスにいたっては吟遊詩人としても有名なので「吟遊詩人の兄ちゃんじゃねえか」と声をかけられる場面がかなり多くて中々スムーズに話が進まないようだった。


イツキも人族ではあるが黒い髪と黒い目そしてやけに平坦な作りの顔という他にはない独特な見た目から『黒髪の守護者』が直々に来てしまったと町で話題になってしまい、中にはイツキが申し訳なるほどに終始震えてしまう者まで居て、リュカリウスとは別の意味で事がスムーズに進まないことが多かった。


ララミーティアの場合も『月夜の聖女』だと目立ってしまう為、『月夜の聖女』が直々に迎えに来たと大騒ぎになる事も珍しくなく、本来移住する予定など無かった人族の賛同者や元聖護教会で現ムーンリト教の信徒が急に移住すると言い出すケースが頻発してしまっていた。

そういう時は町の代表などに仲介してもらい、あくまで今回は奴隷や亜人とその家族の移住希望者が対象だと言い聞かせ、また別の機会にという事でその場を収めることになった。


イツキはひっそり暮らしている人達まで声がかかっているのか心配していた。

定期的にやりとりしている王国からの遣いが渡すリストには大抵それなりの規模の町のみが記載されている。

南部貴族は気を使ってある程度の規模の町の移住希望者達を大きな町に誘導してひとまとめにしてくれていたりと助かっているが、北部貴族の中にはそこまでの対応は取ってくれていない所も散見された。


いずれにせよ、イツキは果たして本当に全ての国民に話が行き渡っているのかと心配していた。


大陸中を旅していた面々が言っていたが、この大陸は基本的にはポツンと数軒だけで住んでいるような人はまず居ないそうだ。

山間にあるような小さな集落が一番の最小単位。

そう言ったところは魔物の被害が町よりも多く、冒険者のように種族関係なく結束しているようだった。

後は種族で固まってひっそり暮らしている里などで、その辺については王国も声はかけていないし、移住を望んでもいないだろうという事で今回はスルーしていた。




教国暦元年秋の期の84日


魔境の森が色鮮やかな落ち葉の絨毯で敷き詰められて間もなく寒い冬がやってくるという頃。

教国歴もそろそろ元年から二年に変わろうとしていた。

移住希望者達の保護活動は普通では有り得ないペースで漸く完了した。

あれからララハイディが遭遇したような大きな事件は起こらず、ランブルク王国もエルデバルト帝国も目立った内戦等の動きは未だ見られていなかった。


首都ミーティアは流石に人口が増え過ぎてしまい、最寄りの町ミールのアレクソンと連携して、ミールの町移住しても良いという者を募って引っ越しさせたり、夏頃から移住希望者対応をしなくて済むようになったガレスとルーチェが急ピッチで首都ミーティアをミールの町方面へ拡大して行った。

町を覆う壁はこの際後回しという事で首都ミーティアは壁の外にも住居や畑が広がる巨大都市になっていた。




「ふー、これで住居はおしまいだな。」


三階建ての三世帯が住める家を建て終わったガレスが大きな溜め息とともにその場に座り込んだ。

ルーチェもガレスの横にしゃがみ込む。


「これで暫くはのんびり過ごせるかなー。…ねぇ、ガレス?」

「んー?」


ガレスは自分達がせっせと増やしていった町並みを眺めながら何となく答える。

ふとルーチェに視線を向けると珍しく真剣な表情でガレスと同じ様に町並みを眺めていた。


「後もう少ししたら私も成人だね。」

「そうだな。あれからもう十年経つんだな。」

「今思うと無謀な亡命だったよね。幼い子どもが怪我をしてぐったりしている同じ体型の子どもをおぶって、しかも薄着で真冬にトロップ子爵領から魔境の森まで歩くなんて信じられないよ。」


ルーチェはガレスに寄りかかる。ガレスは遠い目をしながら微笑みを浮かべる。


「はは、本当に無謀な亡命だったな。とんでもない大博打だよ。きっと火事場の馬鹿力ってやつだ。寒くて静かに雪が降り続いていてさ、粗末なサンダルは雪でもうグチョグチョだ。2人とも子供、片や主人の倅を傷つけた奴隷。片や理不尽に虐げられ続ける孤児の亜人。シンと静まり返った一面真っ白な世界がさ、もう2人が帰る場所なんてこの世のどこにもないと嫌でも思わせるんだ。何だか無性に心細くてさ、涙が滲みそうになったよ。でもそんな時、背中で熱を出しているルーチェがの暖かさが『俺は一人じゃないんだ』って凄くホッとさせた。例え世界中が敵でもルーチェだけは味方なんだって思うと力が湧いてきたよ。」

「私が途中で死んでいたらどうするつもりだったの?」


ルーチェはガレスに寄りかかったままの姿勢で尋ねる。


ずっと聞いたことがない質問だった。


ガレスとルーチェはもう少しで行き倒れて死んでいてもおかしくなかった。

ましてやルーチェは怪我をして発熱して衰弱していたのだ。

途中で死んでしまっていても何ら不思議ではない状況だった。


もしもガレスの口から「俺一人でそのまま進んだ」という言葉が出てきたらと思うとルーチェは怖くて聞けずにいた。


「ん?そりゃその場で一緒に死ぬつもりだったに決まってるだろ。」

「何で?私を置いていけばもっと早くお父さんとお母さんに保護されてたよ。」


ルーチェは切ない気持ちを隠しながら明るく尋ねる。

ガレスは笑いながら答える。


「はは!馬鹿だなぁ。一体何のための亡命だと思ってるんだ。あの時ルーチェが死んでいたら間違い無くその場で俺も死んでたよ。だってもしルーチェがあの世に行ってまた虐げられてたらどうすんだ。それこそ意味がないだろ。」


ルーチェの目元を拭うとガレスは笑いながらルーチェの背中を軽く叩く。

ルーチェは座ったままの姿勢でガレスに両腕を回して抱きしめた。


「ありがとう、ガレス。何となく聞くのが怖くて今まで聞けなかったの。」

「馬鹿だなぁルーチェ。俺がそんな薄情なヤツに見えるか?俺はどこまでもしつこくついて行ってルーチェを守る。これまでも、これからも。当たり前だろ。」


ガレスもルーチェを抱きしめ返して背中をポンポンと叩く。


「ガレス、愛してる。」

「ルーチェ…、俺も愛してるぞ。」


お互いに初めて口にした言葉だった。


成長と共に段々と子供の頃のようには気兼ねなくベタベタくっつくことが出来なくなっていた。

2人ともいつの間にか大人になってしまったのだ。


同じノリでベタベタしてしまえば歯止めが利かなくなるのはお互いに分かっていた。

しかしもう少しすればルーチェも一般的に大人と言われる成人になる。

これまでずっと慌ただしく過ごしてきた中、漸く訪れようとするのんびりとした日々を思い浮かべると気持ちに抑えが効かなくなってしまっていた。


ルーチェはガレスの唇に唇を重ねる。


「大きくなってからはあんまりしなかったね。」

「そうだな…。ルーチェ、ルーチェに一つお願いがあるんだ。」


ガレスは真剣な顔でそういうと立ち上がり、ルーチェも腕を持って立ち上がらせる。


「お願い?改まって何?」

「冬の終わり頃になると俺たち歳を一つ取るよな。」

「そうだね。多分終わり頃。」


ガレスは拳をキュッと握る。


「ルーチェ、ちょっと早いけど結婚しよう。」


ルーチェの目からは次から次に大粒の涙がこぼれ落ちてくる。

ルーチェは顔をくしゃっとさせながら笑顔になる。


「…うん!結婚しよう!」

「俺が好きな笑顔だ。ルーチェ、ルーチェはいつだって俺の光だ。ずっと光が射し込んでいるから迷わずにここまでたどり着けた。俺の人生に意味を与えてくれてありがとう。」


ガレスは微笑みながらルーチェを抱きしめる。

ルーチェは涙を流しながら笑顔でガレスに想いを伝える。


「ガレスもいつだって私の光だよ。何も見えない暗闇で私を導いてくれた光。私達ずっとお互いを照らしあってここまで来たんだね。私の生きる意味は全部ガレスだったよ。」

「同じだ。2人はこれまでもこれからもずっと同じだ。よし、報告に行こうか。」


ガレスが首都ミーティアの方を見つめる。

ルーチェも首都ミーティアを見つめて頷く。


「ひょっとするとお母さんより先に子供が産まれるかもね。」

「はは!自分の本当の子供が産まれる前に孫か、あり得るな。」


ガレスとルーチェは手をつなぎながらゆっくりと首都ミーティアへ向けて歩き出した。


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