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15.お風呂

お茶もすっかり飲みきってしまい、テラスに座ったまま当てもなく夜空を見ている二人は段々と言葉が少なくなる。

木のコップを両手で包み込むようにして持っていたララミーティアが意を決したようにぽつりと呟く。


「…あのね、こういう時、どうするのが普通なのかわからないんだけど…。」


ララミーティアが木のコップを置き、片手でイツキの服をきゅっと掴む。

イツキが頬をポリポリとかきながら、同じくぽつりと呟く。


「…多分同じ気持ちだよ、離れたくない。」

「ふふ、良かった…。離れたくないわ。」


ララミーティアが顔を顔を赤くしながら照れ臭そうにはにかむ。

同じく照れ臭いイツキは話題を変えようと思い付いた事を口にする。


「そうだ!俺もまだ全然使ってないんだけど、うちでお風呂入る?」

「おおお、お風呂…?ふ、ふ…」


ララミーティアが茹で蛸のように益々顔を赤くして耳をピコピコさせてしまう。

イツキは慌てて補足する。


「違う違う!ひ、1人でね?」

「そ、そうね。そうよね…。お風呂なんて入ったことないわ、大丈夫かしら?」

「うーん、ちゃんとお湯がはれるかちょっと試してみようかね。」


そういって2人はイツキの小屋へ向かう。


今度は入り口のスキャンも問題なしで通り過ぎた。


室内は相変わらず無機質で、天井に備え付けられているホーロー製のような丸いものが蛍光灯のように室内を明るく照らしている。

まるで夜空に浮かぶように丸い蛍光灯?が規則的に空中に並んでいるように錯覚する。

しかし外が暗くなっている為、さすがに昼間とは雰囲気が全然違い、しっかりと時間感覚を忘れさせないようになっている。


「こんなに明るいのに、外は真っ暗で、なんていうか本当に変な感じね。」

「ああ、俺も変な感じがしてるよ。やっぱ俺はティアの小屋の方が落ち着くかなー。ちゃんと住む家って感じがするよ。」


イツキは腰に手を当ててキョロキョロと見回し、ティアの小屋を眺める。


「こっちの方が快適でしょうけどね。そうだ!こっちとあっちで順番に泊まりましょう。そっちの方がきっと楽しいわ。」


ララミーティアが目を輝かせ声を弾ませながら提案する。

一瞬「出逢ったばかりの男女が寝食を共にするってマズいかな…。」とイツキの中の常識が頭の中を駆け巡ったが、初めて異性と付き合うことになったという高揚感が「まぁ、どうせ2人しかいないんだし、別に大丈夫か!」という都合の良いポジティブな考え方を生み出し、即座に脳内を占領した。


「そうだね、折角だしそうしようか!」

「うん!」


そうして隔日で小屋を行き来することが決定した。


ところで風呂である。


ベルヴィアが「地球のものに似たやつ」と言っていた通り、地球のファミリー向け住宅で見かける一点ユニットバスそのものだった。

違いと言えば浴槽が大きめの木製で、ユニットバスに木の浴槽というアンバランスさが、何だかデサイナーズっぽいなと感じた。


イツキの中では滅茶苦茶な組み合わせは大抵デザイナーズなのだ。


あとシャワーはホースがなく、欧米のようにオーバーヘッドシャワーになっていた。

完全にちぐはぐである。

しかしパーツ一つ一つを見れば、確かに「地球のものに似たやつ」というのは間違っていない。

壁に備え付けられた鏡の下には蛇口が2つ、蛇口と蛇口の間に切り替えスイッチのようなダイヤルが一つ、等間隔で並んでいる。

仕組みはよく解らないが恐らく魔力で全部を賄っているのだろうとイツキは推測する。


「お、鏡。そういえばこっちに来て初めて見るな。」

「わぁ凄い!こんなに綺麗な鏡は初めて見るわ…。鉄を磨き上げた物とは全然違うわね。」


ララミーティアが物珍しそうに鏡を食い入るように見つめる。

イツキが自分の顔を覗き込んで驚愕する。


「ありゃっ!俺…若いな!もっと白髪交じりのおっさん顔だったハズなんだけどな…。でも確かに若い頃の俺ではあるな…。」


こちらの世界に来て初めて見た自分の顔は、まるで高校生くらいのあどけない青年のように若々しい顔だった。


「イツキも長命種になったから、多分年齢に合わせて見た目も変わったんじゃない?ダークエルフがみんなそうなのかは他のダークエルフに会ったことがないから知らないけれど、私も見た目はそんなに変わらないわ。」


イツキの後ろからひょっこり顔を出して鏡をマジマジと見るララミーティア。

そういえばイツキはララミーティアの年齢を知らない。


「女の人に聞いていいのか分かんないけどさ…、ティアって今何歳なの?」


ララミーティアは一瞬ポカーンとしてから答える。


「え?女の人に年齢を聞いちゃいけないの?私は42歳よ。アリーが言ってたけど、エルフの中ではかなり若いって言ってたから、多分ダークエルフの中でも若いんじゃないかしら。」


あっけらかんと年齢を答えるララミーティア。

この世界が「年齢なんて別に?」という考えが主流なのか、ララミーティアが世間から隔絶された生活を送っているからなのかわからないが、とりあえず聞いてもいいんだとは思わず、今後も女性に年齢を聞くのは気をつけないとなと戒めるイツキだった。


「そうなんだ、じゃあ俺もしばらくはこのままなのかなー。しかし変な感じだな、自分の若い頃そのままだ…。」

「ふふ、そんなに自分の顔ばかりじっと見ちゃって。ところでこれ、どうやってお湯を入れるの?」


ララミーティアが浴槽を指差して質問をする。

何となく操作方法が分かるイツキは手探りで操作し始める。


「うーん、この真ん中のスイッチ?あ、ダイヤルか。これをこの浴槽みたいなマークの方に捻って、多分左の蛇口を捻るのかな…、どれ。」


真ん中のダイヤルを浴槽マークみたいな絵の方に回して、試しに左の蛇口を捻ってみる。

すると浴槽の底面に魔法陣のようなものがぼわっと浮かんで、どこからともなくお湯が段々と浴槽を満たしてゆく。


「凄いわ…。これも周囲の魔力を使って水魔法と火魔法の組み合わせかしら、お湯を出現させているわ。」

「便利だなぁ。とはいえこんな便利な物を世界中の家庭で毎日使ってたら、そりゃ魔力も枯渇するね…。」

「ええ、そうね…。」


凄まじい魔法文明のテクノロジーを改めて体感する2人。

浴槽はあっと言う間にお湯で満たされて、風呂場に湯気が漂う。


「よし、浴槽に入る前は、さっきのこのダイヤルを反対方向の雨降りみたいなマークに捻ってから、またお湯の蛇口を捻ってみて。そうすると、天井にあるこの銀色の丸いところからシャーッとお湯が出てくるはずだから、髪や身体を軽く流してから浴槽に入ってね。大丈夫そうかな…?」

「…さすがに一緒に入るのはちょっと恥ずかしいからね…。うん、わかった。まぁ大丈夫かしら。何かあったら声をかけるわ。」


ララミーティアがもじもじしながら説明を聞いてうんうんと頷く。


「ち、ちょっと拭くものでも探してくるよ…!」


イツキも一瞬想像して罪悪感を覚えてしまい、慌てて風呂場から退散する。



しばらくイツキは家中をウロウロと捜索してみたが、タオルらしき物は見当たらず、精々ベッドに敷かれていたシーツや、各部屋に備え付けられたら楽そうな部屋着くらいしか拭く物がない事に焦る。


しかしよく考えてみれば風魔法だとか、洗浄の魔法だとかで何とかなるのかなと思い、とりあえずララミーティアから声が掛かるまではソファにでも座って待っていようと思い、ソファに腰掛けた。


しかし濡れたままで何か拭く物を要求されたら、一体どうやって渡すんだろうとか、目を閉じてララミーティアにシーツでも手渡せばよいのかだとか、しかし匂いをかいでいいのかと思考がつい邪な方向へと向かってしまう。


そういえばトイレもこの小屋に初めて入った時に使ってみたが、地球でいうセンサーつきトイレのように、特に操作することもなく勝手に動作した。

よく考えたらトイレットペーパーが見当たらなかったが、それも恐らく何かしらの魔法で洗浄でもさせるのかなと考える。

そうでなかったら、お尻を拭くのに適した葉っぱを大量にストックしておかないといけないし、トレッキングをしている時ですらしっかり携帯トイレのセットは欠かさず持っていたので、さすがにそんな事はやったことがない。

少し気後れしてしまうイツキ。


そんな思考もすぐ終わってイツキは手持ち無沙汰になり、ふとララミーティアが討伐されそうになっているという話を思い出す。

いくら呪いで恐怖を与えているとはいえ、直接被害を受けている訳でもないような輩がララミーティアの命を狙いにわざわざ森の中まで来るなんて、到底許すことが出来ないイツキ。


ララミーティアは多分強い。

一般的なファンタジーもので考えてみればララミーティアもそんな風な事を言っていたが、人間の方が弱いだろうし、エルフ系の種族の方が強いに決まっている。

これまでも恐らく降りかかる火の粉を追い払いながら隠れるように暮らしてきたに違いない。

身体的には恐らく被害など殆どないと思われるが、精神的には別だ。

不特定多数から悪意を向けられ続け、命を狙われていて心が傷付かない訳がない。


(この世界の冒険者とやらがどれだけ強いのか分からないけど、俺は多分いくら攻撃を受けようと問題ないんだろうな。でもティアあくまで他の種族より強いだけで俺とは別だよな。やっと手にした幸せを、手柄の一つでも取って一旗揚げようというような、しょうもない輩に邪魔されたくない…)


魔法で結界を構築するのは?

防御力を上げるのは?

身体は無事でも心の傷が増えるかもしれない。

ララミーティアの目が届く前にイツキ自身が始末するのは?と思案するが、自分よりも圧倒的に森に精通しているであろうララミーティアの目を盗んでそんな事をするのは不可能だとすぐに思いとどまる。


「どうしたものかなぁ、ソナー?いや、索敵するレーダーみたいな…。いやいや、害意の有無でしかも色んな種族を索敵?そもそもまだ、ウルフとティアしかこの世界で出会ってないんだけど…。害意でフィルターって、動物とか魔物も引っかかるか?ずっとレーダーに張り付きで監視する羽目になりそうだな、これ無理ゲーじゃないか?うーむ…。」


腕を組んで考え込むイツキ。


「いかんいかん、腹が立ってきたな…。これ以上ティアを傷付けたくないのに、さっぱり妙案が出て来ない。魔法の勉強したいな…。いくら強くてもこれじゃあ意味ねぇじゃねーか…。」


そんな事などを色々考えながらも、ただひたすら色んな意味で悶々と上がるのを待つイツキだった。



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