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135.亜人解放戦線

国暦元年冬の期の68日


ララハイディは予定してた日よりも数日遅く首都ミーティアへ帰ってきた。


丁度イツキとララミーティアもテオドーラの所へ遊びに来ており、象徴としてテオドーラと共に首都ミーティア入りする移住希望者達を出迎えた。


「ようこそ神聖ムーンリト教国へ。ここは神聖ムーンリト教国の首都ミーティアです。わたしはこの教国で教皇を務めておりますテオドーラ・モグサ・ムーンリトと申します。私達は皆さんを仲間として歓迎致します。準備は整っておりますので、まずはどうぞ長旅の疲れを癒やして下さい。」


テオドーラは綺麗なカーテシーで移住希望者達を出迎える。


「この国の象徴のイツキ・モグサです。こっちは妻のララミーティア・モグサ・リャムロシカです。ようこそ神聖ムーンリト教国へ!」

「ララミーティア・モグサ・リャムロシカよ。みんなよろしくね。」


簡単な挨拶が終わり、周りでその様子を見ていた住人達が連れてこられた移住希望者達を手分けしてテオドーラの館の前まで案内する。


館の前ではシモンやよく文官のお手伝いをする住人達が机を並べて待ち構えていた。

更にテオドーラが先日ララミーティアから貰った大量の料理も準備されており、これから食事をしつつ住民登録やら住むところやらを割り振る大仕事が始まろうとしている。


一通り誘導出来たところでテオドーラがララハイディとその横に居たウーゴに話し掛ける。


「ハイジ、遅かったけど何かあったの?」

「端的に言うとヴァイツマン伯爵と、川を挟んだ向かいのモーベイロン子爵は初めから私達を皆殺しにして、ランブルク王国の北部貴族とエルデバルト帝国の人族至上主義の貴族連合で結託して真の人族国家とやらを作る算段を打って六千の兵力を集めていた。亜人に対して及び腰な国に反旗を翻すと言ってた。その動きを察知して移住希望者に紛れ込んでいたのが亜人解放戦線のみんな。この人は狼人族のウーゴ。亜人解放戦線のリーダー。ウーゴは明日無き暴走(スタンピード)という格好良い特性を持っている!格好いいだけではない!なんと!そ、そそそれをかけられると主にステータスの中でも…「ウーゴさんの特性の話も気になるけど!今は皆殺しがどうとか反旗を翻すとかそっちの物騒なキーワードの方が凄く気になるよ!」


ナチュラルに脱線を始めたララハイディを止めるテオドーラ。

ウーゴは興奮気味のララハイディの代わりに説明を始めた。


「教皇サマ、初めまして。俺は亜人解放戦線のリーダーをしているウーゴだ。丁寧な口調は勘弁してくれな。ハイジは先に手出しをしてきたヴァイツマン伯爵の私兵とエルデバルト帝国のモーベイロン子爵の私兵やかき集められた破落戸みてえな冒険者合わせて六千をその場で瞬殺した。ヴァイツマン伯爵領はまだ保護していない町があるからとハイジはその場で見逃し、モーベイロン子爵はここへ来る途中でランブルク王国の王都に立ち寄って王宮に突き出してきた。俺達は王宮に事情を説明する事になって暫く王宮に留まった。」

「えっ!?それって…!」


テオドーラが頭を抱えだした。ララミーティアがぽつりと呟く。


「ランブルク王国とエルデバルト帝国はそれぞれ近いうちに内戦に突入するかもね…。三つ巴になるか、ランブルク王国とエルデバルト帝国の連合軍対反乱軍になるか…。兎に角早めに移住希望者の保護を進める必要があるわ。」

「ありゃあ…、俺達も保護に回るかね。だって4班だけじゃ間に合うわけないよね。」


イツキが頭をボリボリかきながら呟く。

ウーゴは真っ直ぐにテオドーラを見つめた。


「教皇サマ。来る途中でハイジから話は聞かせて貰った。ジャクリーン統合幕僚長の代わりにオレ達が新兵の育成に回る。ここに入れたって事は俺達は信頼に価するって事だろ?ハイジより強くはねぇが新兵を育てる事くらいなら俺たちだって出来る。俺達の同志から手練れの奴だって好きなだけ貸し出す!だから頼む!各地で迎えを待っている亜人達のためにもジャクリーン統合幕僚長の部隊も亜人保護に回してやってくれ!俺達の力だけじゃみんなを救う事が出来ねえんだ!どこの馬の骨かも分からねえ寄せ集めかもしれねえが、虐げられている亜人達を救いてえって気持ちは本物だ!頼む!」

「ありがとう。来たばかりなのに申し訳ないけどそう言って貰えると助かる!後で国民になる手続きとか顔合わせの場は用意をするからお願いするわ!忙しくなるけどよろしくね、ウーゴ!」


テオドーラは屈託のない笑みをウーゴに向ける。

ウーゴは思わずポカンとしてしまう。


「…自分で言うのもなんだけどよ…、ここに入れたっても言葉遣いはまるでなってねえし、『亜人解放戦線!』なんて大層な看板がなかったら俺達はその辺の破落戸と変わんねえ。一応アーデマン辺境伯様とターイェブ子爵様には特に長年支援はして貰ってたけどよ、教皇サマがそんなにすぐ信じていいのか?」


自分で言いながらも段々自分を情けなく思ったのか頭をポリポリかきながらウーゴは苦笑いを浮かべる。

しかしテオドーラはウーゴの空いている手を両手で掴んでウーゴを真剣な目で見つめる。


「とても自慢にはならないけどね、私ランブルク王国の王宮でついこの間まで散々悪意を向けられてたから人の目を見ればどんな思いが胸の中にあるのか解るの。その人がどんな気持ちで自分に向き合っているのか、ね。ウーゴの『皆を救いてえ』って気持ちは本物だと思った。ウーゴの肩書きも振る舞いも関係ないよ。真っ直ぐな視線。私達と同じ視線。暗闇を未だ彷徨っている人達を、どんな手を使ってでもすくい上げたいって気持ち。その胸の中にあるよね。」


テオドーラは拳を作って優しくウーゴの胸にコツンと拳を突きつけて微笑む。


「教皇なんて立場からじゃなくてただのテオドーラとしてのお願い。ウーゴ、一人でも多くの人達を救うためにあなたの力を貸して。」

「…任せろ!ずっと合流出来ずに居たけどよ、亜人解放戦線は今日をもって正式に神聖ムーンリト教国の教国軍の軍門に下る!俺達は大陸中のあちこちに同志達の目がある。諜報なら任せてくれ!その辺の国には負けねえ!」


ウーゴも照れくさそうにニィっと笑い返す。

亜人解放戦線が正式に神聖ムーンリト教国の軍門に下った瞬間だった。




亜人解放戦線は元々細々と陰に生きる組織だった。

余りにも酷い扱いを受けている亜人が居れば秘密裏に保護。

必要以上に折檻を受けている奴隷が居れば奴隷の飼い主を闇討ち。

人族からすれば目の上のたんこぶのような非合法の組織だ。


とは言え亜人による亜人のための非合法な組織である以上、太い出資者や支援者などは僅か。

大陸中でもせいぜいアーデマン辺境伯家とターイェブ子爵家がランブルク王国にバレない程度に代々資金提供をしてきた程度だった。


人族国家にとってアウトローな非合法組織である以上表立って支援する事は出来ない。

アーデマン辺境伯家やターイェブ子爵家だけでなく時折大陸各地の亜人支援のスタンスを密かに取っている貴族から聖護教会を経由して資金提供を受けたり、盗賊被害をでっち上げて貰って食糧を提供して貰ったりと、どうにかこうにか長年細々と生きながらえてきた組織だった。


しかしそれだけでは全ての亜人達に手が届くことはなかった。

病気のようにジワジワと大陸中を蝕む亜人達への滅茶苦茶な理由の追徴税。

払えない者への過酷な労役。

合法的に無償で手に入る奴隷という風潮。


ついにアーデマン辺境伯とターイェブ子爵が動き始めた。


亜人解放戦線の当代のリーダーであるウーゴは成人するずっと前から亜人解放戦線のリーダーを勤めていた。

しかし若いながらも歴代最強と言われる男だった。

自身の身体能力が生まれつきずば抜けているのもさることながら、当時ランブルク王国騎士団第三騎士団副団長であったジャクリーン・ターイェブに匹敵する程に恵まれた類い希なる特性『明日無き暴走(スタンピード)』があったからだ。

明日無き暴走(スタンピード)は発動すると自身も含め使用者の仲間と認める者達全員の敏捷性と技量を桁違いに跳ね上がらせ、湧き上がる高揚感が受ける痛みを一切感じなくさせ、更には相手に致命傷を与えやすくなるという破格の特性だった。


初めはウーゴをリーダーとしてアーデマン辺境伯家の私兵とターイェブ子爵家の私兵を率いて王都アルバンノルトに夜襲を仕掛けて革命を起こすという誰が見ても片道切符な計画だった。


しかしアーデマン辺境伯もターイェブ子爵も亜人解放戦線でさえ、この時代で革命を起こすしかないと思っていた。

歴代最強のリーダーが率いる革命軍。

例え片道切符であろうとも、亜人達の生活は困窮の一途をたどっている以上、失敗しようとも可能性が少しでも高い『王の崩御』という絶好の機会を待って拳を振り上げるしかなかった。


そんな長年に渡り逆風にさらされ続けた彼等に突如追い風が吹いてきたのは『月夜の聖女』騒動だった。


それまで亜人差別に疑問を持ちつつも見て見ぬ振りをしていた人族の傍観者達が、『月夜の聖女』騒動の後、積極的に町で困窮している亜人達に食事や場合によっては一時的な寝床を徐々に提供してくれるようになった。


嬉しい誤算は革命を目論む彼らの外で次々と起こった。

『月夜の聖女』『黒髪の守護者』という最強のカードは、アーデマン辺境伯の五男のシモン・ド・アーデマン自らの意志で立ち上がって誕生したミーティア集落をとても愛した。


エルデバルト帝国から亡命してきて後に最強となった人族とハーフのゴブリンという2人の子供。

『月夜の聖女』と『黒髪の守護者』の知人としてミーティア集落に集まる手練れの超長命種の亜人達。


そして寝返ることは不可能と父親でさえ言い切っていたジャクリーン・ターイェブとシモン・ド・アーデマンの結婚。


誤算はまだ続く。

ランブルク王国と殆ど交流がなかったカーフラス山脈に住む有名なドワーフの里であるカズベルクの里とミーティア集落の密接な交流。

そして革命の旗印にしようとしていたランブルク王国第三王女テオドーラ・ランブルクは自らの意志で想像を絶する過酷な鍛練を繰り返し、人族最強の魔法使いとなっていた。


いつの間にか革命が夢ではなくなった時、敵味方関係なく多くの血が流れることを憂う『黒髪の守護者』が単身で一切の血を流さずにもぎ取ってきた破格の条件での建国。


誰もが予想だにしなかった『黒髪の守護者』だけが出来る革命の方法だった。




亜人解放戦線は元より神聖ムーンリト教国の軍門に下るつもりでいた。

しかしランブルク王国北部貴族の中でも王都の目が届きにくい所で最後のチャンスとばかりに横行するエルデバルト帝国側との禁止されているハズの奴隷売買。

亜人解放戦線は闇に潜伏する奴隷商人との攻防のせいで神聖ムーンリト教国へ正式に合流出来ずに居た。


過去何百年もの間、大勢の仲間の命を散らしながらも長年夢見てきた亜人の楽園。

それを実現させた国家は様々な種族の亜人達で溢れ、人族も亜人も関係なく幸せそうに暮らしていた。


失意のまま散っていった同志達が夢見た楽園に、ウーゴ率いる亜人解放戦線が漸く辿り着いた。


ウーゴはこれまでの逆風を思い出し、テオドーラの目の前で嗚咽を漏らしてしまう。


「よしよし、大変だったね。これからは亜人解放戦線が担ってた仕事も私達で分担するからね。」

「…ありがてえ。ずっと、こんな…楽園を、夢見て目指した…数え切れない同志達が…、歴代の、亜人解放戦線の同志達が…、ずっと夢見て…、志半ばで散っていった同志達が…、数え切れない程…居たんだ…。俺達は…、夢でしかなかった夢を…、同志達が夢見て止まなかった楽園を、あぁ…、……あの世に居る同志達!!見てるか!!俺達亜人解放戦線は!!ついに!!ついに同志達が夢見て止まなかった楽園に辿り着いた!!あの世に居る同志達よ見ろ!!ここには意味もなく虐げられるヤツも!!腹を空かせて死ぬヤツも!!遊びで殺されるヤツも居ねえ!!見ろよ、すげえぞ!!生まれた瞬間から詰んでるやつなんてどこにもいねえんだ!!これからも大勢の亜人達を救うけどよ…、今日だけはこっちに聞こえるくらいに飲んで!!歌って!!騒いでくれよ!!同志達よ!!同志達よ!!」


ウーゴの叫び声にテオドーラの館に行っていた亜人解放戦線の面々は空に向かって嗚咽を漏らしていた。


テオドーラはウーゴをそっと抱きしめる。


「ウーゴ、今まで本当にお疲れ様。私達は誇り高い亜人解放戦線の皆さんを仲間として迎え入れることが出来て幸せ。これからは共に力を合わせてこの楽園を護っていきましょう。」


ウーゴは何度も力強く頷きながらひたすら嗚咽を漏らしていた。


「空の上にいる亜人解放戦線のみんなに見えるかしら。」


ララミーティアは隣にいたイツキにそう言うと聖女の力を使ってみせた。

空に向かって光が飛んでいき、上空でパッと咲き誇るように広がっては消える。


何度も何度も繰り返す。

住人達はその光景をいつまでも眺めていた。


「見えてるよ、きっと。」


イツキはそう言って微笑んで見せた。

ララミーティアは聖女の力による光の華の一つ一つに祈りを込めた。


「時代は大きく変わろうとしているわ。亜人達の自由のために命を燃やして死んでいったみんな、もう安心してね。後は私達がやるわ。だから、どうかゆっくりお休みなさい。」




ウーゴはテオドーラに抱き抱えられるようにして嗚咽を漏らし続けた。


凛とした空気の冬の快晴で、空はどこまでも遠くまで見えるような気がした。


面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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