129.浦島太郎
オボグ工房へ近付くとあちこちの建物からカンカンとハンマーで鉄を叩く音が聞こえてくる。
「知っている建物があるとホッとするなぁ、もう浦島太郎だもんな。」
「ウラシー・マタロ?」
「ニホンで有名な御伽噺だよ。亀を助けて、その亀が御礼にと言って海底の神殿に男を案内したんだけどさ。飲めや歌えやでたっぷり楽しんで男が地上に帰ったら何十年も経過していて人も町も変わり果てていてありゃま!って話。」
イツキの説明にララミーティアは首を傾げるが、しばらく考えて自分なりに納得してみせる。
「知らないうちに時がたっていて、故郷が様変わりしてたって話ね。人族とか獣人系の種族とかならありえそうね。長命種だったら成り立たないわね。『ありゃ、そういやお前どこ行ってたんだ?』って挨拶されて話が成り立たないわね。」
「はは!確かに!ニホンの御伽噺で一儲けは出来なさそうだなぁ。」
イツキは笑いながらも手土産として木箱とミスリル原石を召喚。
木箱にガラガラとミスリル原石を入れて両手で抱えた。
「亀ってあれでしょ?川とか池にいる丸くて硬い甲羅を持ってる。あれ臭いし美味しくないのよね。」
「海にも亀がいるんだよ。川にいるなら多分この世界にも海にいるんじゃないかなー。凄いでかいやつ!この木箱くらい甲羅が大きいんじゃないかな?」
木箱の底が抜けるのではないかと思うくらいに重い。
奮闘しているイツキをクスクス笑いながらララミーティアも箱を一緒に持った。
「私も持つわ。海の亀、見たことないかなー?それにしても随分律儀な亀ねー。普通動物なんて助けたってお礼も何もしてくれないわ。精々クルッと振り返って森に消えてゆくくらいよ。」
「そうだねー、俺も恩返しをする動物なんて見たことないわー。」
2人で息を合わせながら扉が開け放たれているオボグ工房の中へ入って行った。
中に入るとエルフの様に耳が尖ったあどけない表情が残る若い男が工房に入ってすぐに作られたカウンターの中に腰をかけ、木を削ってスプーンのような物を作っていた。
「いらっしゃいませ!オボグ工房へようこそ!買取ですかね?どうぞこちらへ!」
顔を上げたエルフの男は活発な様子で声をかけてきた。
髪の色は水色で瞳は紫色、肌は透き通るような真っ白というわけではない。
立ち上がると背はそこまで高くもなく、ララハイディのような森エルフ族の色とは違うシティエルフ族のようだった。
「あっ…あれ?店間違ったかな…?ん、でもオボグ工房か…。」
「あ、ひょっとしてイツキさんとティアさんですか!?」
エルフの男は手に持っていた作りかけのスプーンをカウンターに放り投げて椅子をひっくり返りながら勢いよく立ち上がる。
「ええ、そうよ。アンとオチルは居るかしら?」
「わお!本物に会っちゃったよー!首都ミーティアすげーなー!ちょっと待ってて下さいねー?奥様ー!旦那様ー!イツキさんとティアさんが来ましたよー!早く早くー!」
男が店の奥に向けて大声を出す。
するとカンカンと鉄を打つ音が止んでアンとオチルが出てきた。
「イツキ様!ティア様!お二人ともひと月ぶりではないですか!」
アンがそう叫びながらララミーティアの手を握ってピョンピョンとその場で跳ねる。
木箱を一人で持つことになったイツキは慌てて木箱を足元に置く。
オチルはイツキに軽く会釈をして「どうぞ」と言ってテーブルに座るよう促す。
「ひ、ひと月!?…あ、これ差し入れだから受け取ってよ。繁盛してる?」
座りながらイツキがオチルに尋ねると、オチルとアンはニコニコしながら頷く。
どうやらひと月近くもイツキとララミーティアは堕落した生活を享受していたらしい。
「ミスリル原石!助かります!いやー、神聖ムーンリト教国になってからは客足も一気に増えて大変ですよ!」
「威勢のいい音が聞こえてたものね。」
ララミーティアの感想に大袈裟に肩をすくめてみせるオチル。
「威勢も良くなりますよ。ここ一軒だけでは到底足りなくて、首都ミーティアの都知事のガレスさんにわざわざカズベルクの里に連れて行って貰って援軍を頼んだんです。」
「へぇ!それで店が増えてた訳か!」
「そんなに移住する人が居たのね。」
オチルは笑いながら話を続ける。
「はは、カズベルクの里の者達はマコル酒目当てでここへ移住してみたいという者が殆どですよ。それで今工房を建設中という訳です。外から来たドワーフ族も居ましたので、そういう者達も一緒になって工房を増やしています。」
「私もまだまだですが鍛冶のお手伝いをする事にしたんですよ。だから人を雇ったんです。成人したてのシティエルフ族のダニエル君です。ダニエル君!おいでー!」
そう言ってアンは最初に応対したダニエル君に手招きする。
ダニエル君は座っているアンの隣に立ち、ペコッと頭を下げる。
「イツキさんティアさん改めましてこんにちは!シティエルフ族のダニエルです。」
「ダニエル君かー、よろしく!」
「よろしくね。私はティアで良いわ。」
ダニエルはワクワクしているような顔をする。
「しかし本当に良いんですか?お二人には必ず『良き隣人』として気さくに接する事って信徒になる時に念押しされたんですけど…。偉い人に気さくにしろなんてムーンリト教って何だか面白いんだなって思って!」
ダニエルは歯をむき出してニイっと笑う。
「はは、そうして貰える方が嬉しいかな。畏まられて距離を置かれたら寂しいし、あちこちで気さくに話しかけられた方が気楽にうろつけるよね?」
「そうね。絶対敬えと言われてるなら止めるけれど、まぁ気楽に接しろって言うのなら別にそのまま放っておいてもいいのかしら。私達としても肩肘張らずに町を歩けるのは楽しいわね。」
アンとオチルから話を聞くと、神聖ムーンリト教国を建国した翌日からガレスとルーチェが大陸中を見てきたその知識を町づくりにフル活用。
効率良く人が住める外階段のある二階建て三階建ての住居や所謂メゾネットタイプの住居をものの数日で作り上げたようだ。
一通り居住区の整備を終えると、今度は町の中心にテオドーラやジャクリーンとシモンが住む三階建て大きな屋敷を一日で作り上げたとの事だった。
後でガレスとルーチェから聞いた話では、魔力切れを何度も起こしたようだが、ララハイディとリュカリウスが魔力視で確認しながら何度もガレスとルーチェに魔力回復の水を飲ませ、休むことなく一気に完成させたらしい。
さらに元の壁を全て壊して広いエリアを囲むように壁を作ったようで、この作業はララハイディやリュカリウスも手伝って数日で完成させたとの事だった。
ララハイディとリュカリウスも土魔法による建築は旅の間ひたすら練習していたようで、先ほど行った教会はリュカリウスが造ったようだった。
苦笑いでため息混じりに話していた様子からするに、相当無茶をしたようだ。
ラファエルとドゥイージルは直ぐに自身の領地に戻り、新たに州となった自分達の領地改革にてんてこ舞いのようだ。
王国内のアチコチに散っていた彼らの子供達も徐々に呼び戻しているらしい。
ジャクリーンはとりあえず住人の中から教国軍の志願者を集めて訓練を始めているらしい。
今は訓練の人手が足りず、腕に覚えのある住民に手を借りて、実力に応じて訓練を行っているとの事だ。
テッシンとキキョウは首都ミーティアの中心部に店を構えて商売を早速始めていた。
テオドーラの許可を得てからキキョウが商業組合に声をかけて商業組合の支店を首都ミーティアに呼び込み、様々な業態の店が続々と増えている最中のようだ。
テオドーラとシモンは建国にあたって挨拶にやってくる隣国の大使や貴族の対応に追われていた。
ガレスとルーチェを勝手に首都ミーティアの都知事にしてしまったが、町の整備や各所にいる亜人達の保護を急ピッチで進めているので代表の仕事に全く回れず、テオドーラとシモンの仕事は増えてゆく状況だった。
住民の中から文官を採用し、どうにか回している状況らしい。
時折アンのもとにシモンがフラフラとやってきて愚痴ったり相談したりするようだ。
国としてそれでいいのかと思うイツキだったが、フラフラになっているシモンを想像すると哀れに思えて、深く考えない事にした。
「なるほどだなー。しかしさ、こんな人口が何倍にも膨れ上がってさ、みんな定職に就いたりとか大丈夫なのかな?もう以前みたいに集落の収益を平等に分配とはいかないでしょ?」
イツキが兼ねてから不安に思っていた事を口にする。
従来のまるで共産主義が描いた絵のような真似事は結束力の強い小規模な集落だからこそ成立していた話で、今のように人口が何倍にも急激に膨れ上がってしまえば地球の感覚で言えばそんな絵空事は成り立つ訳がないのだ。
「首都ミーティア以外の各州は元々そこ単体で経済が成り立っていましたので、各州については問題ありません。首都ミーティアだけが大幅に変わってしまいましたが、経営に慣れているハーフリング族が旗を振れば幸い働き手の人材は多種多様で豊富です。」
「まぁ人が増えたもんねぇ。」
イツキは外の様子を思い出してうんうんと唸る。
「現在町の塀の外に農業のエリアや酪農畜産のエリア、林業のエリアなど一次産業が急速に拡張しています。元々一次産業より二次産業が盛んという小規模な集落にしては珍しい形でしたので、それでもまだまだ人手は足りないのです。それに魔境の森やカーフラス山脈など自然の資源も豊富ですし、元からあった産業の『聖女の木綿糸』は貴族に人気です。真っ白な綿、あれイツキ様の召喚謹製ですよね?あんなのどこにも存在しませんから希少性が際立ってますね。」
アンがニコリとしながらイツキとララミーティアに告げる。
イツキは頬をポリポリとかく。
「隠してた訳じゃないんだけどね…、そんな感じ。」
「兎に角『聖女の木綿糸』は絶対に間違い無くここでしか作れません。集落の時代にやってきた服飾工場も始めは一支店でしたが、『聖女の木綿糸』で造った布の人気が圧倒的なので、現在は他のすべての工場を畳み、ここを本店にして集中して布を製造しています。そこも圧倒的に人手が足りませんね。冒険者組合も亜人差別をしない職員がという条件でここにも支店を出しまして、そこの職員枠、冒険者稼業で食い扶持を稼ぐ者なども居ます。冒険者稼業でも人手が、という訳です。」
「人が増えれば欲しいものや頼みたいことは増えるものね。亜人に優しい冒険者組合なら大歓迎ね。」
ララミーティアはニコニコしながらイツキの腕に手を絡める。
「あと凄いのは聖護教会の信徒とランブルク王国の貴族です。聖護教会の信徒は大陸中に大勢居ます。デーメ・テーヌ様があの時お二人を親友親友と連呼して砕けた態度を見せたのがイツキ様とティア様の凄さを引き立ててしまいまして、噂が尾ひれをつけて大陸中に広がっていますよ。この辺りは他よりずば抜けて平和ですから観光がてら巡礼に来る信徒が宿泊する為の施設や食堂に商店。二次産業もまだまだ足りていないです。元々ミールの町の外に貴族向けの宿泊施設を作っていたのを覚えていますか?」
アンの問い掛けにイツキとララミーティアは顔を見合わせ、頷き合う。
「あー、そう言えばいつぞやラファエルかポールあたりが言ってたわね!言ったのはアレクセイだったかしら?」
「うーん、確かにそうだったなぁ。でもそれがここにも影響するの?」
イツキとララミーティアの質問にオチルが口を開く。
「貴族様が首都ミーティアに遊びに来てドワーフが作った装飾品や武器防具を大量に買ってゆくのです。おかげで冬季はみんなダラダラ酒ばかり飲んでいるカズベルクの里総出で色々作っていますよ。」
「はは、忙しくてヘソを曲げないといいけどね。」
イツキの言葉にオチルは笑う。
「はは!しかし彼らも職人です。自分達の作品を欲しがる者が居ると無性にウズウズするんですよ。カズベルクの里は置いといて、神聖ムーンリト教国と懇意にしたい貴族は寄付をしていくようですね。ランブルク王国でも南部貴族は北部貴族やエルデバルト帝国とは違い元々亜人差別に消極的で渋々王宮の方針に従っていただけだったりする穏健派よりみたいですよ。」
「この首都ミーティアへ来る貴族も敬虔な聖護教会の信徒だったりする場合もありますので寄付だけでなくアチコチにお金を落としてゆきます。首都に入ることが出来る貴族からの寄付は原則受け取ることしているみたいですよ。」
「へぇ、ドゥイージルみたいな貴族って案外居るものなのね。」
ララミーティアは感心しながら唸る。
「本当ですね、日頃公言する訳ではないですからね。お近付きになりたいという打算と、本当に敬虔な信徒という要素が相まってるんですね。」
「そういう人がこれまで聖護教会を支えてた訳だなー、なるほどな。」
アンの言葉にイツキは腕を組んで頭を縦にうんうん振る。
「ここで収穫された野菜で作られた食事も売れ、『聖女の木綿糸』で作られた布も売れ、イツキ様から頂いた文字を覚える札やジェンガもリバーシなど木工製品も『ミーティア』の焼き印があると売れますしね。何よりこの辺りはデーメ・テーヌ様とテュケーナ様から直接祝福を受け、その二柱より加護を授かったテオドーラ様が治めている国という確かなブランドがありますし、護衛なしでものんびり出来ますからね。」
「よく考えりゃこの大陸に魔物も盗賊も居ないなんて、そんな場所無いんだよね。」
「そうよ、最近じゃ当たり前になってたけれどね。貴族やお金を持った人が集まる訳よ。」
イツキとララミーティアの言葉に頷くオチルとアン。アンは話を続ける。
「安心して自然と触れ合える珍しいエリアですのでミールの町や首都ミーティアがリゾート地のようになっていますよ。亜人の気さくさも文化の違いという事で多目に見られますし、遠いリゾート地に来たという感覚を覚えるようですね。そうして集まったお金は最終的にテオドーラ様のところで今はシモン様が管理して、余剰分を食糧や日用品として住民に配っていますね。懐に余裕があれば皆信徒としてテオドーラ様の元に寄付をして還元したりもしています。なんせ悪意のある者は入れない町ですからね、悪人は間違い無く居ないので、今の所はそれで成り立っていますよ。」
アンの情報通っぷりに舌を巻くイツキとララミーティア。
イツキはとりあえず酒の瓶を大量に召喚してオチルに授ける。
「色々ありがとう!何か凄いことになってるんだなー。ほら、これみんなに振る舞ってあげて。」
「ありがとうございます!建築で大忙しなのできっとみんな喜びます!」
色々な状況が聞き出せてイツキとララミーティアは忙しそうなオボグ工房に長居するのは悪いと思って店を後にする。
ララミーティアはダニエルに召喚した鳥型のサブレをいくつか渡す。
ダニエルはニィっと人懐っこい笑顔を浮かべた。
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