123.王女の決意
シモンとジャクリーンから事情を聞いたイツキはすぐさま本邸に戻った。
本邸の外ではレジャーシートを広げてテオドーラを横抱きしながら話を聞いているララミーティアが居た。
「あら、おかえりなさい。私もドーラから話を聞いていたの。ね?」
「うん…。本当にありがとう…。」
テオドーラはおどおどした様子も無く、安らかな表情で座ったままのララミーティアに横抱きにされている。
その目は真っ赤で泣いた後が残っていた。
「俺もシモンとジャッキーから聞いたんだけどさ…。」
2人から聞いた反乱を起こすというところまで全て説明するイツキ。
テオドーラは途中の革命あたりからは全然聞いていない話らしく、酷く狼狽していた。
「そんな…、皆さん死んでしまいます…!亜人街の方々を助けるには確かに…、でも話し合えば…!」
「話し合ってどうなる相手ではないでしょ?遊び半分で亜人の奴隷を的にするようなヤツらよ?ハッキリ言ってイかれてるわ。安心しなさい、私とイツキが居れば絶対大丈夫よ。絶対に。」
ララミーティアの言葉に身体の力が少し抜けるテオドーラ。
ララミーティアはそんなテオドーラのおでこに唇を落とす。
「私にもっと…、みんなの役に立てるような力があれば…。」
「今からでも鍛えれば良いだけの話よ?」
「これまで剣も魔法も経験がないの…。」
ララミーティアをじっと見つめて目に涙を溜めるテオドーラ。
イツキはテオドーラをじっと見つめ、やがて口を開く。
「ある奴隷の少年と亜人の少女の話をしよう。」
イツキはガレスとルーチェの話を始める。
話は一旦2人の元へたどり着くところまでだ。
「と、言うわけで少年と少女はめでたくここへ辿り着いたのでした。さてドーラ。この後このお話はどうなると思う?作り話じゃないからここでめでたしめでたしにはならないんだよ。」
イツキの問いにテオドーラは首を傾げる。
「えーと…、お二人にここで保護して頂き…幸せに暮らした。ですか?」
ララミーティアはテオドーラを抱き抱えたままテオドーラを見つめて微笑む。
テオドーラもララミーティアの目をじっと見つめる。
「違うわ。鍛え始めたの。」
「どうしてですか?外の世界でやっていけるように、お二人がそうしたのですか?」
テオドーラが解せない様子でどちらとなく質問を投げかける。
「違う。少年は少女の幸せを守る為。少女は自分のために血反吐を吐くような特訓を続ける少年を守る為。2人は自ら死ぬほどつらい鍛練を始めた。2人にとってここに辿り着いた日は『すごい人たちに無事助けて貰えた幸運な日』ではなく『最強への道のりの第一歩の日』となったんだ。」
「少年は少女が亜人だからと腕を切られて震えながら助けを求めていた顔が忘れられなくて、泣きながら悔しい悔しいって限界を超えても只ひたすら鍛えていたわ。弱い自分がどうしても許せなかったの。少女はそんな必死になって自分を守ろうとする少年を支えたくて一緒になって鍛えたわ。少女は喋るのにも苦労していたから、私達の会話を聞いて一生懸命喋る練習もしていたわ。ただ少年に愛を伝えるためにね。」
イツキとララミーティアが優しい表情で語る姿にテオドーラは静かに涙を流しながらただじっと話を聞いていた。
「私も…私も強くなりたい…。ただ守られて逃げ隠れるだけじゃなくて、強くなりたい…!」
「よし来た、任せろ!人族最強の王女様にしてやるさ、ね?ティア。」
「そうね。期間は短いわ。かなり辛い鍛練になるけれど、覚悟はいい?」
イツキとララミーティアに向けて覚悟決めたような表情で頷くテオドーラ。
そうしてこの瞬間からテオドーラの地獄よりも辛い鍛練が始まった。
まずララミーティアは初歩の初歩でもある指先に火を灯す詠唱魔法のファイアを覚えさせ、後はひたすらMPが尽きるまで繰り返させた。
鍛練は日が落ちても辺りを光魔法で照らしながら行われ、基本6属性の魔法を全て覚えさせ、満遍なく繰り返し繰り返し反復させ続けた。
食事も天気が悪くない限りは外でレジャーシートを敷いて食事をとる事にし、テオドーラはぐったりしながらも必死で鍛練に食らいついていた。
やがて無詠唱魔法にも手を出すと鍛練のペースはグンと上がっていった。
無詠唱魔法が問題なく使えるようになるとイツキやララミーティアが短剣術や体術を教えた。
勿論身体強化をかけながら上空で無詠唱の風魔法を発動し、MPを消費し続けてだ。
テオドーラは鍛練のあまりの厳しさに涙を流しながらも歯を食いしばって耐え続けた。
魔力枯渇は日に何十回も繰り返された。
寝るとき以外はひたすら鍛練に明け暮れ、その厳しさはガレスやルーチェとは比べ物にならない程だった。
しかしララミーティアは全く同じ鍛練をララアルディフルーから受けていたようで、ジッと厳しい顔で心を鬼にしてテオドーラに指示を出し続けた。
そんな地獄の鍛練が一月続いた頃、テオドーラは6属性の魔法全てを上級まで昇華させ、短剣術と体術は中級、ウィンドウ魔法はもう少しで上級といったところだ。
ララミーティアから言わせれば通常では到底あり得ないレベルアップらしい。
ズルをフル活用しているとは言え、かなり弱かったテオドーラがここまで真面目に死に物狂いで頑張ったのが一番デカいようだ。
「今居る場所をしっかり考えなさい!風魔法を上手く使えば別に土魔法を併用する必要なんて無いわ!そんな無駄なことをするのなら風魔法と火魔法でも組み合わせなさい!地面から沸き出すように発動するの!土魔法なんて使わなくても石や砂埃を含んだ竜巻が作り出せるわ!そこに火魔法を意識して熱風の竜巻を想像してみて!難しい魔法なんて一つも使っていないハズよ!」
「はいっ!」
「威力が話にならないわ!そんなの息一つで吹き飛ばせる!魔力の無駄遣いよ!」
「はいっ!!」
ララミーティアは腕を組んで何度も指示を飛ばしている。
その表情はまるで出会った頃の『誰だ貴様』モードだ。
イツキはそんなしょうもない事を考えていると気取られないように黙って腕を組みながらその光景を見ている。
実際ララミーティアは無詠唱魔法でも低コスト且つ複数属性を兼ね合わせた強力な魔法を作り出す事に長けているのだ。
これまでの人生を考えればしょうがないことではあるが、決して威力もコストも高い魔法で手っ取り早く済ませようとはしない。
イツキも参考になるなと思い黙ってこっそり勉強していたのだ。
「土の礫は極限まで圧縮させて!飛ばすときは風魔法と身体強化の応用を礫に使って回転させながら!ダメよそんなのでは!手練れには簡単にかわされるわ!地面スレスレを狙って!もっとっ!!ほらっ!私ならそんな石ころは簡単に掴めるわ!!」
ララミーティアはテオドーラの前に躍り出して繰り出した石の礫を容易く掴んでみせるとテオドーラに次々に投げ返してゆく。
テオドーラはかわすことも出来ず、ララミーティアによって投げつけられた石の礫を甘んじて受けてしまう。
「すいません…、魔力が…。」
テオドーラが肩で息をしながらそういうと、ララミーティアは魔力回復の水をテオドーラに投げつける。
「さっさと飲んでさっさと復帰!へたり込むとお尻と地面がくっつくわ!歯を食いしばって立ち上がりなさい!座り込むときは降参して殺される時だけよ!!」
「はい…!」
時には悲しいことにイツキが的になる事もあった。
イツキは何をしても到底ダメージを与えられないというタフさを逆手にとって、手を抜いてあちこち走り回って的になるのだ。
今日はそんなイツキにとって悲しい日だ。
「いたたたた!痛い痛い!」
「ほら!相手はまだ喋る余裕があるわ!拘束できたのはいいけど、人によっては簡単に解除してしまうわ!もっと魔力を練って!!」
ララミーティアの言いたいことを何となく汲み取ったイツキは闇魔法のシャドウウィップを引きちぎって再び走り出す。
今度は足元が突然泥沼になってそのままつんのめって泥まみれになってしまう。
「ぶほっ!うわ!泥まみれになった!ひえー…。」
「相手は簡単に動けているようよ!そんな浅い水溜まりではダメよ!」
「は、はいっ!」
イツキの足元に広がる泥沼が突然深くなる。
「わーっ!深いよ!溺れる溺れる!おー!ちょっとちょっと!」
「ぼんやりしてないでさっさと攻撃しなさい!」
「はいっ!!」
ジタバタするイツキの頭に夥しい数の堅い石つぶてが襲いかかる。
「ぶぼっ!!いてててててて!!やばいやばい!!いててて!!強いとか弱いとかじゃなくて溺れ死ぬよ!!」
「まだまだ余裕があるようよ!!組み合わせなさいっていつも言ってるでしょう!?」
「はい!!」
今度は物凄く熱い石つぶてや氷を纏った石つぶてが降り注ぐ。
「痛いーっ!!もう無理!!やり過ぎだよ!!脱出するよ?脱出するよ?もういいよね!?あーいてててっ!!この石ころ追いかけてくるの!?ちょ!いたたたた!!!もう勘弁してー!!ぶっ!痛っ!!」
「あ、あの!ティア!!イツキは本当に大丈夫?私さすがに…!」
ずっと必死に食らいついて来たテオドーラが溜まらずララミーティアに声上げる。
イツキは両手で頭を抱えながら右往左往して逃げ回っている。
「全然平気よ!喋れているじゃない!イツキはピンピンしてるんだから続けるわよ!!」
「えーっ!?最近ドーラが強く成りすぎて洒落にならなくなってるんだけど!ダークフレアの時なんて服が灰になってすっぽんぽんになったんだけど!ピンピンどころかシナシナだよ!!」
イツキの抗議にララミーティアは厳しい表情のままついには噴き出してしまった。
「もうっ!イツキったら!ふふ、思い出したら…ふふ!はー、たまにはゆっくり休憩しましょうか?」
ずっとこんな調子で鍛え続けて一月は経過していた。
既に積もりこそしないが雪がちらつく日もある程に季節は冬を迎えようとしていた。
テオドーラはガレスやルーチェの三倍以上、しかも常時ララミーティアの怒鳴り声が聞こえてくるスパルタ教育を受け、6属性とも上級まで達してしまっていた。
テオドーラはよく食べてよく寝ているお陰かはたまた鍛えているお陰か、儚げな弱々しい印象はすっかりなくなっていた。
今では健康体で活発、そこら辺の冒険者や盗賊、小国の騎士団程度には絶対負けない程には強くなっていた。
口調もすっかりイツキとララミーティアに懐いて砕けていた。
「ふー、命拾いしたよ。ドーラが止めてくれなかったら久し振りのノンビリタイムは無かったね。やれやれ、本当にやれやれとしか言えねえ。」
洗浄魔法を使いながらやってきたイツキはアイテムボックスから取り出したレジャーシートを地面に敷いて、やれやれ言いながら座り込んだ。
テオドーラとララミーティアもレジャーシートに座り込み、テオドーラが声を上げる。
「はいはい!私ほっけの定食が食べたいです!」
「ふふ、じゃあそうしましょう。」
ホッケの開き定食を召喚し、地べたに座りながらではあるが、久し振りにのんびりした昼食が始まった。
ララミーティアは眉を八の字にしながらテオドーラに尋ねる。
「いつも厳しくしてごめんなさい…。辛いでしょう?嫌じゃない?」
「ううん、辛くない。いつも寝た後に2人して寝顔をのぞき込んでいるでしょ?私、あの時の2人の微笑みが大好きなの。勝手な思いこみで恥ずかしいけどね…、私この人達から愛されてるんだって…。ずっと虐げられて王宮で過ごしてたから、嬉しいの。えへへ、私変わったでしょ?自分に自信がついたらね、あんなヤツらにオドオドする必要ないなって!最悪力でねじ伏せちゃおうって!」
テオドーラの何気ない一言にハッとするララミーティア。
やがて微笑みながら静かに涙を流し始めた。
それに気がついたテオドーラは慌ててホッケの開き定食を地面に奥とララミーティアにすがりつく。
「あれ、えーと、どうしたの?」
「違うの。ごめんなさい。私を育ててくれたアリーの話はしたでしょ?アリーもこんな風にずっと鍛練の時は怒っていたんだけどね、私が寝てるときに優しい笑顔で頭を撫でてくれたの。…アリーもきっと優しくしたいのに時間がなくて厳しくして…、こんなやるせない気持ちだったんだなって。」
ララミーティアはテオドーラを抱き締め、テオドーラも抱きしめられたままそっと目を閉じる。
「ちゃーんと伝わってます。2人が私の事を大事にしてくれているって。私、亜人の人達の為にも私を支えてくれている人の為にも、もっと頑張る。2人がくれた力、絶対に無駄にしない。」
「ふふ、頼りにしているわ。ドーラ。一生懸命なドーラ、大好きよ。」
イツキはそんな2人の姿をニコニコと見守るのだった。
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