14.ご飯
その後ララミーティアが落ち着いてから、二人で晩御飯を食べることになった。
ララミーティアの目はまだ赤いが、その表情は明るかった。
ちなみにイツキは「ご飯の時くらいは」と言って装備品は全て外して自分の小屋に置いてきた。
「さ!ご飯にしましょう!」
目の前にズッキーニのようなもののハーブ炒めと野菜と肉が入ったトマトスープのようなものが並べられた。
地球に居た頃も含めて、暫くまともなご飯というご飯を食べていなかったイツキは、思わず涎が垂れそうになる。
「わぁ!美味しそう!ティアは料理上手なんだなー。」
「ふふ、これまで時間はたっぷりあったから。アリーに基本は教えてもらってたから色々試していたの。どうぞ、召し上がれ。」
ララミーティアに勧められるままイツキは両手を合わせて「いただきます」と挨拶をしてから食べ始めた。
その仕草が珍しかったようで、ララミーティアはスープを食べながらイツキに質問する。
「美味い!めちゃくちゃ美味いよこれ!」
「ありがとう。口にあったみたいで良かったわ。ねえねえ、ところで、その『いただきます』っていうのは何の挨拶?」
ララミーティアがイツキの見様見真似で両手を合わせて首を傾げている。
「ああ、そうか。これはね、俺が生まれた国の習慣で、えーと。全ての物には命が宿っているって考えられているんだけど、犠牲になった大切な命をこれから私が美味しく頂きます!っていう感謝の意味合いとか、料理を作ってくれた人、作物を育ててくれた人、全てに関わったみんなへの感謝の挨拶って感じかなー。」
「素敵な考え方ね、国中のみんながそう言う風にいうの?」
「ああ、子供からお年寄りまでみんなだよ。多分だけど、酷い干ばつや疫病何かで食べることすらままならない事がずっと昔からあったから、食べ物を粗末にしてはいけないよっていう戒めなのかもしれないね。」
イツキがモグモグ食べながらララミーティアに説明する。
ララミーティアはうーんと考えるような仕草をした。
「森での暮らしに通じるものがあるかもしれないわね。物を粗末にしない。私もこれからは言うようにしようかしら。『いただきます』って。」
「そうだね。いっ…なんかいいね。」
一緒に暮らしてるみたいでと言いそうになったが、ララミーティアをモジモジさせるだけだと思い何となく誤魔化してしまう。
ララミーティアはニコニコしながらスープを食べている。
それにしてもトマト?のスープもズッキーニ?も凄く美味しく、正直地球でも屈指のレベルの味だろうと思案するイツキ。
異世界の料理といえば薄味なんだろうなと勝手に思い込んでいただけあって、より一層おいしく感じていた。
「それにしても本当に凄く美味しいよ、本当に!ティアの料理は凄いな…。このスープなんてどうしてこんなに味に深みがあるんだろう?」
「そうかしら、その辺で収穫した赤トマリスの実で作ったスープよ。調味料を入れなくても充分に美味しくなるからよく食べるの。」
ララミーティアがアイテムボックスから手のひらにパッと出した実はどう見てもトマトだった。
やっぱり地球とは呼び方が全然違うようだ。
「へぇ、地球ではこういうのをトマトって呼んでいたよ。これそのままでも食べるの?」
「食べても良いけど、熱を通さないと辛くて食べられたものじゃないわ。」
イツキも赤トマリスの実を手に持って鑑定してみる。
確かに説明文でも熱を通して食べることを推進している。
「いつまでも地球感覚で居るとうっかり痛い目見そうだなぁ。早く見た目と名前を一致させないとなー。」
「一緒に行動してその都度私が教えるわ。お互い鑑定もあるんだし、心配しなくてもすぐ覚えられると思う。」
「そうだね、よろしくお願いします、ララミーティア先生!」
「ふふ、任せてちょうだい。」
その後食べ終わって食器はどうするのかと思ったら、これもやっぱり魔法で綺麗にしていた。
この魔法は身体や髪にも効果があるようで、普段湯浴みや水浴びは殆どしないとの事だった。
イツキも見様見真似でやってみたら問題なく出来た。
これなら確かに森の中で独りで暮らしていても大した不便は無いわけだ。
「なんかさ、誰かと話しながらする食事っていいね。俺いつも独りで適当なものを短時間でワッと腹の中に詰め込むだけの生活だったからさ、こういうのって凄く良いなって思ったよ。」
食後にララミーティアが煎れてくれたハーブティを小屋の外のテラスで毛皮に座りつつ飲みながらイツキがしみじみと言った。
ストーブを付けるほどの寒さではなく、こうして空気が凛とした夜空を見ながらお茶を飲むのはキャンプに行ったときの夜と同じでゆったりと流れる時間が好きだった。
地球で暮らしていた時は、コンビニの弁当やカップめんなど、とにかく腹にさえ溜まればいいと雑に食事を取っていただけだった。
そこには会話も感動もなく、ただただタイムロスをどこまで削れるかという程に作業でしかなかった。
「そうね、私も、…好きな人と囲む食卓って、同じご飯でもこんなに違うんだなって思ってた。美味しい美味しいって言ってくれて、胸が凄くね、ドキドキ苦しくなるの。でも幸せな苦しさって言うのかしら。」
イツキの横で顔を赤くしながら自身の指と指を絡ませ言葉を紡ぐララミーティア。
ララミーティアはイツキと距離を詰め、そのままイツキの肩に頭を乗せて睫毛を伏せがちにしてじっとしている。
イツキは頭を優しく撫でながらララミーティアの体温を感じている。
「俺、実はこんな風に女の人に好きだって言ったりくっついたり、とにかくさ、その…初めてなんだ。だからその幸せな苦しさっていうのが、今初めてとてもよくわかるよ。」
ララミーティアは意外な発見に驚いて目を見開く。
「初めて?あんなに私に素敵な事をいっぱい伝えてくれたのに?」
「モテなかったし、ずっと仕事ばかりで気がついたら天涯孤独だよ。必死になって伝えたんだよー、もう本当に必死!」
イツキは照れくさくて頬をポリポリとかく。
「だからさ、あまりに都合が良すぎて何だか怖いよ。」
「なんで怖いの?」
「だって、感覚的にはさ、昨日か一昨日の夜中に仕事から帰ってきて、そのまま居眠りして、起きたら死んでて神様に拾われて、何だかんだしてもらって、新しい人生だっていって全然違う世界に放り出されて、用意された小屋まで歩いていたら凄い美人に出会って、その日のうちに愛の告白だよ?しかも世界で屈指の強さになってますなんて神様から言われて、こんな都合のいい話あるかよってさ。」
ララミーティアは笑いながらイツキの肩に頭を乗せる。
「ふふ、確かに都合が良いわね。」
「本当だよ。これで今日寝てさ、明日起きて全部夢だったら俺立ち直れないかも。」
イツキが笑いながらおどけて言う。
「そんな事言ったら私も怖かったわ。だって、いつも通り朝狩りに出掛けて、昼過ぎに帰ってきたら変な建物があって、変な格好をした自分よりも強そうな人族が『隣に引っ越してきました』ってペコペコ挨拶してくるのよ?しかもいくら矢を撃っても『いて!いてて!やめてやめて~!』って石でもぶつけられたみたいに、撃たれた矢を拾いながら近づいてきて『どうぞ』って矢を返してくれるの。恐怖よ。」
「はは!確かにそりゃ怖いな!ははは!」
ララミーティアによるイツキの物真似がとても可愛らしくてイツキは笑いが止まらなくなる。
「私の呪いにも全然気がつかなくて、なんとチラチラ何度も盗み見てくるの!」
「はは、バレてたかー!」
「チラチラチラチラ、バレてるわ、…あっと言う間に私を呪いから解き放ってくれて、それに神様ともお話出来たし、私のことを好きだって一生懸命伝えてくれて、これで今日寝て、明日起きて全部夢だったら、私も立ち直れなくなっちゃうわ。」
ララミーティアが切なそうな表情でイツキを見つめる。
「…夢じゃないんだよね、不思議な気分だ。人生何が起こるかわかんないもんだね。出会ってその日のうちにこんな美人な恋人が出来るなんて夢にも思わなかったなー。」
同じく切ない表情でララミーティアに微笑みかける。
「あ!そういえば感情を看破する魔法!」
「おお、そうだよ!黄色い光。あれなんだったのそういえば。」
ララミーティアが思い出したように手をパチンと叩いて言った。
すっかり忘れていたイツキも『あぁ』というハッとした表情を浮かべる。
ララミーティアは自身の指と指を絡ませながらモジモジしつつ言葉を紡ぐ。
「あの…黄色い光はね、好感を抱いている証拠なの。右目は相手で左目は自分自身。だから、両目から黄色い光が出るのは、あなたも私も好感を抱いてますよって意味なの。だからあの時ビックリしちゃった…。恥ずかしくて説明出来なかったの…。」
「お恥ずかしいなぁ。そんな段階から気持ちがバレてたんだね。」
イツキが頬をポリポリとかく。
「あれが無かったら、私もここまで踏み込めなかったわ。だからあそこで光ってくれて良かった。」
ララミーティアは花が咲いたように微笑んだ。
そんな仕草がたまらなく愛おしくなるイツキだった。
そのままララミーティアの肩をぎこちなくもそっと抱き寄せる。
イツキは心臓がバクバク言っていたが、それはどうやらララミーティアも同じだったらしく、耳がゆっくりピコピコと動いていた。
しばらくそのままお互い、相手の温もりを感じてじっと座り、更けてゆく夜をゆっくりと過ごした。
本日18時に閑話を挟み込みました。