112.活気溢れる
ミーティア集落にオボグ工房が出来てから集落には一層活気があふれていた。
ドワーフが打っている鍛冶屋という事で行商人や冒険者の間であっという間に噂話が広がり、ミーティア集落を訪ねる人の数が冬にも関わらず増えていた。
売り物についてはボルドが自身のアイテムボックスに持っていた武器や防具、それに結婚祝いがてら里から貰ってきた数多くの武器や防具で何とか事足りて、即日店をオープンさせた。
なお、イツキとララミーティアも召喚したミスリル原石を大量にプレゼントした。
どうやら原石さえあればミスリルインゴットはオチルでも問題無く作れるようだ。
アンはシモンの補佐を辞めてオボグ工房を夫婦で切り盛りしていた。
シモンについてはアンの代わりの人材は中々すぐには決まらず、合間を縫って教育関係の切り盛りをしていたオスカーとエメ夫妻や単眼族のマリアンが交代で補佐を買って出た。
それでも人が足りない時はミーティア集落の中で読み書きが出来て手が空いている者が手伝うのが普通になっていた。
イツキとララミーティアが魔境の森の中に小道を作ろうとオチルに相談した際、カズベルクの里はその立地的に当然馬車や馬は使わないと言っていたので、人がすれ違える程度の小道を造っていた。
極力森の木を切り倒すのは避け、且つ急な坂道や下り坂を出さないように注意を払った。
ミーティア街道の時もそうだったが自分達の思うとおりに道を作ることにすっかりはまって味を占めてしまっていたのだ。
途中で小川のそばを通ったり、土魔法で作った強固なベンチ、大きな木のウロがあれば雨の日の待避スペースとしてその近くに道を通したりなど、小道はちょっとした散歩道のようになっていた。
カーフラス山脈の山頂付近ということで流石に数日では完成せず、暫くは2人の趣味のように合間を縫ってコツコツと進めていた。
森の中での作業と言うことで当初は簡単に続きから始めることが容易だったが、距離が延びれば延びるほど昨日まで作業した場所の判別が段々難しくなるかと思ったイツキ。
しかしララミーティアが自身のアイテムボックスから取り出した握り拳大の魔核に込められている魔法を発動して地中に埋めていた。
「こうすると使った人だけが分かる目印になるのよ。常に自分の魔力を少しずつ発し続ける魔法が込められているから、遠くにいてもさっきの魔核の場所が分かるの。」
「へぇ、そんな魔法があるんだ。」
イツキが顎に手を当てながら感心して魔核を埋めた地面をじっと見つめる。
しかし魔力が出ているなどと言われてもイツキにはさっぱり分からなかった。
「そういう無詠唱魔法よ。アリーから教わったんだけど、魔法の名前は特にないわ。」
「ありゃ、魔核には無詠唱魔法みたいな魔法は入れられないんじゃなかったっけ?」
いつぞやにララミーティアからそう教わっていたイツキはララミーティアを見つめながら首を傾げる。
ララミーティアは微笑みながら答える。
「あくまでも複雑だと、ね。つまり無詠唱魔法だけれど、ただ微量の魔力を垂れ流すだけだから、あれくらいの大きさの魔核だと込められちゃうの。便利でしょ?森の中で新しく果物がなる木やハーブの群生地を見つけたときとかに暫くこうして埋めて、場所を憶えるまで使ったりしてたの。」
「へぇ、しかし本当うまいこと出来てるんだなぁ。森の中だと空からじゃ分かんないし、凄い助かるねこれ。それにしても本当に魔力も何も感じない…。」
イツキは埋めた場所に手をかざしてみたり凝視したりするが相変わらずさっぱり何も感じない。
ララミーティアがイツキの後ろからクスクス笑う。
「ふふ、無理よ。他人が分かっちゃったら魔核が盗まれちゃうわ。自分の魔力が微量に漏れ出ているのが察知出来るように組み込まれているんだけれど遠すぎると流石に察知出来ないから、結局ある程度の場所を憶えていないとダメなんだけれどね。」
「誰だって宛てもなく突然地面をほじくり返したりしないしなー。まぁ、それじゃあ今日はこの辺にしてカズベルクの里にでも行こうかね。」
そう言ってイツキはララミーティアを横抱きにして空に舞い上がる。
上空から見る長大なカーフラス山脈は引き続き雪に覆われているままで、雪解けは毎年梅雨の時季の少し前にある程度といった感じだ。
この時期はカーフラス山脈を登ったり降りたりする物はおらず、山はシンと静まり返っている。
時折吹きすさぶ風の音が聞こえてくるだけだ。
山頂付近は木が生えておらず、以前地面を露出させたときに僅かに草が生えているのだけは確認している。
夏の時期に遠目から見ても雪が殆ど残っていない点から考えても、やはり標高は山頂付近でも2500メートル程度なのかもしれない。
元々ランブルク王国側からカズベルクの里に行く者は極端に少なく、早めに登山道を作りたいところだが、さすがに雪解けと同時に着手かなと言ったところだ。
いっそのこと雪を片っ端から溶かしてゆこうと無茶苦茶な提案をしてみたイツキだったが、雪解け水がミーティア集落に程近い小川に流れ込んでいるから自然を極端にねじ曲げるのは良くないとララミーティアから笑われながら注意されてしまった。
カズベルクの里では当面の間、長であるバトサイハンの妻で実質里の長のベアトリーチェと装飾品や日用品と、ミーティア集落からはお金や酒などとを交換していた。
価格については完全にカズベルクの里任せではあったが、ミーティア集落にあるオボグ工房のミーティア集落支店で販売するものなので足元を見られることもなく、ミーティア集落支店の滑り出しは順調だった。
カズベルクの里の中でも作った物を酒と交換したい者も含めて一括でベアトリーチェが仕切っているので、酒ばかりで生活が立ち行かないという家庭は今の所無いらしい。
たしかにカズベルクの里を歩いていても「交換してくれ!」と詰め寄られる事も無くなっていた。
ボルドはと言うと、息子のオチルに負けるわけにはいかないと珍しくやる気に満ちているようで、毎日ハンマーを奮って武器や防具の製作に精を出しているようだ。
ナランツェツェグは最近酒ばかりで怠けていたボルドがやる気になって大喜びといった様相だった。
「オチルに負けて腐らなきゃいいんだけどね。とにかく昔みたいに真面目に鍛冶をしているから本当にいい刺激になったよ。ずっと続いて欲しいね、ずっとあんなんなら酒だって快く渡すのにさ。」
オボグ工房にてナランツェツェグは頬杖をつきながらイツキとララミーティアに苦笑いを送る。
しかしナランツェツェグはどこか嬉しそうな雰囲気を纏っていた。
「お互い高めあって行けたらいいわね。そうそう、あとツェツェの料理のレシピをアンに渡したらとても喜んでいたわ。ねえ?」
「そうだったねー。めっちゃ喜んでたよ。落ち着いたら暫く店を休んでカズベルクの里に行きたいとは言ってたけど、あの調子じゃあちょっと当面難しいかもなぁ。」
大抵のドワーフ族は鉱石が採掘しやすい山のへんぴな場所に里を作ることが多い。
なので人族が容易に辿り着ける場所にオチルが構えるドワーフ族の鍛冶工房は大変珍しく、更に店を構えた集落の類を見ない治安の良さも手伝って噂は拡散し、オチルとアンはてんてこ舞いだった。
オーダーメイドの武器や防具については客足が落ち着くまでは店先に告知を出しておいて控えた方が良いのではと予め心配していたシモンの意見は大当たりで、オチルとアンはシモンの助言を守って本当に良かったと胸をなで下ろしていた。
「そんなに大盛況なんだね。確かにドワーフ族は人里離れた場所に住む傾向があるから仕方ないのかね。」
「人族の町では人族が営む鍛冶工房しかないものね。オチルは腕も良いしみんな殺到するのは仕方のない事ね。」
「何で今まで人族の町で一旗揚げようってドワーフが現れなかったのかね?ちょっと考えたらなかなかのビジネスチャンスだと思うけどな。」
イツキが思ったことを首を傾げながら訪ねてみる。
「そうさねぇ。何でと言われると難しいねぇ。確かに誰でも思いつく事なんだよ。うーん、強いて言えば里への愛着かねぇ。でも分かんないよ?よその国ではよその里のドワーフ族が人族の町のあちこちに点在しているかもしれない。」
「愛着…成る程ね。」
ララミーティアが遠くを見る目をして考え込む。
イツキも思ったことを口に出して考えをまとめる。
「遙か昔より代々住んできた故郷、里には気心しれた仲間、美味い飯、そして美味い酒。溢れる笑い声。自分たちの作品を遠路はるばるわざわざ買いに来る人がわんさか居る。山にはまだまだ鉱石資源が眠っている。」
「そうだねぇ。単純だけどそんな感じかねぇ。みんな過剰に儲ける事よりも何気ないいつもの日常の方がそれぞれを天秤に掛けたときに傾くんだろうね。」
ララミーティアも納得したようにうんうんと頷く。
「何だか納得ね。カズベルクの里はいつだって楽しそうだもの。放っておいてもエフェズ王国側から買い付けに来る人がわんさか来るのに儲けたいって動機だけで里をでるのは惜しいわ。」
「それこそあの子みたいに結婚を機に人族の町なんかで店を構える人もいるかもねぇ。でもミーティア集落と違って人族の町ではミスリル原石が手に入りにくいからやっぱり難しいかなー。」
ナランツェツェグは腕を組みながら唸る。
オボグ工房を後にして、夕暮れの魔境の森を飛んでいるイツキと横抱きで抱えられているララミーティア。
辺りはすっかり夕暮れのオレンジ色が支配している。
空を飛びながら夕暮れをぼんやりと辺りを眺めていた。
イツキはぼんやりした表情のまま沈みゆく日を眺めたまま口を開いた。
「朝焼けに雨上がり、夕暮れ時に満天の星空。この世界は本当に綺麗だね。夕暮れ時ってさ、何だか『1日が終わるんだな』って少し悲しげな印象があるけれど、ティアと一緒なら暖かい気持ちになるなと思うよ。」
「2人でこうやって一緒に綺麗な夕暮れを眺めている時、私も暖かくなって『幸せだな』って感じる。イツキ、これまで私をいっぱい幸せにしてくれてありがとう。そしてこれ始まる果てしなく長い人生、どうかよろしくね。」
ララミーティアはイツキの頬に優しく手を添えながら微笑んだ。
「はは、照れ臭いな。こちらこそ末永くよろしく。俺の愛しいティア。」
夕暮れ色に染まったララミーティアは口元を綻ばせて穏やかに笑う。
いつも通り穏やかで優しく、そんな微笑みを向けてくれるイツキが堪らなく愛しくなったララミーティアは、イツキの唇にゆっくりと唇を重ねる。
2人の心に溢れてくる感情的は凪いだ海のように優しく穏やかで、2人はいつまでも唇を離すことは無かった。
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