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110.いざミーティア集落へ

「いいかいあんた。私が居ない時に勝手に何か決めるんじゃないよ?もし誰かから何か言われても『一旦検討させてくれ』ってうまいこと言ってちゃんと逃げるんだよ?」

「俺は長だそ!そんな事言われなくてもお前に黙って物事を決める訳ないだろう!」


ベアトリーチェの母親じみた念押しに猛抗議するバトサイハン。

しかし長らしからぬ事で胸を張っているところが非情に情けない。


「酒を何本か渡されたら二つ返事で『ウハハ!いいんじゃねえか?』ってなるだろう!ほら、これあげるからくれぐれもちゃんと留守番するんだよ?わかった!?」

「ウハハ!今日はツイてるな!分かった分かった!俺は酒を飲むのに忙しくなるから大丈夫だ!ウハハ!じゃあな!気をつけろよ!?」


両手に何本も酒の瓶を抱えたバトサイハンは上機嫌でくるりと方向転換し、さっさと家の中に入ってしまった。

ベアトリーチェはカラカラ笑いながらイツキとララミーティアにウインクを一つ送る。


「ドワーフの男はこうやって操縦するのさ。ドワーフの女はこうはいかないけどね。」

「ふふ、持ちつ持たれつなのね。気さくでワイワイしてて素敵な里よ。2人の素敵な関係性が反映されているようね。」


ララミーティアがニコニコしながら言うとベアトリーチェはララミーティアに抱きついて顔をララミーティアに擦り付ける。


「はー可愛い!良いこと言うねぇ本当!」

「あ、ほら!ナランツェツェグさんとオチルさんが来ましたよ。」


イツキが道の向こうを指差すと、オチルが物凄い勢いで走ってくる後ろでナランツェツェグがゆっくりと小走りで走っていた。


「アアア、アンさんに会いに行くって本当ですか!?すぐ行きましょう!ねっ!ほら!直ちに行きましょう!ほらっ!」

「オチルか。そのアンさんとやらに会いに行くのがメインの目的じゃないよ!ミーティア集落に店を構える件について話に行くんだよ!本当とんだ色ぼけだねぇ。」


ベアトリーチェが苦笑いを浮かべながらオチルの腕をバシバシ叩く。

オチルは我に返って顔を真っ赤にして俯く。


「そ、そうでしたね。取り乱しました…。で、でもほら!急いだ方がいいですよ!何かほら、あるかもしれないじゃないですか!よく分かんないけど何かが!ね?ほら!」

「ふふ、じゃあオチルの要望に応えて早めに行きましょうか。」


ララミーティアが一同に声をかける。

やっと辿り着いたナランツェツェグは息を切らしながら文句を言う。


「ここ最近何を言ったって『あぁ』とか『おお』しか言わないくせにさ、この子ったら『ミーティア集落行くよ』って言ったらもうこの調子さ。呆れたっていうか何というか…。私はもう行く前からくたびれたよ…。」




兎に角ウズウズしているオチルの為にも一同はミーティア集落へ行くことにした。

ベアトリーチェとナランツェツェグは風魔法は使えるが、長時間となると少し不安だという事で、ララミーティアがベアトリーチェを、オチルがナランツェツェグを背負う形でミーティア集落へ出発した。


道中、空を飛んでいる最中もオチルはしきりに「寝癖はついてないか?」だとか「臭くないか?」など自分の母親相手に何度も確認してはナランツェツェグに「大丈夫だっつってんだろ!」と怒鳴られていた。


それでもナランツェツェグに怒鳴られる度に「はは、ありがとうございます」などと心ここにあらずなうっとりした表情で適当に返事をし、ナランツェツェグはそのたびに「この色ぼけに背負われるのは怖いよ!イツキくん背負ってくれ!」と泣きつくのだった。


どうにかこうにかあっと言う間にミーティア集落上空に到着する。

するとどこで待ち構えていたのかアンが空を見上げながら駆け寄ってくる。


「オチル様っ!オチル様っ!」

「アンさん!!」


オチルは背負っていたナランツェツェグをあろう事か上空で放り出して急降下してゆく。


「いやぁぁぁっ!!嘘だろぉぉぉっ!?」


ナランツェツェグはまさか放り出されるとは夢にも思っておらず、目を見開いて絶叫する。

しかしアンを見た瞬間からいやな予感がしていたイツキがそのまま華麗にナランツェツェグをキャッチする。


「ああああ、あの子馬鹿だよ!私、息子に殺されそうになったよ!」

「ナランツェツェグさんにも重力魔法はかかってるからそのまま落ちても大丈夫ですよ。とは言え嫌な予感がして構えてて正解でしたね。」


一同はゆっくりと着地する。

一部始終を見ていたララミーティアと、その背中にいたベアトリーチェは驚いたがゲラゲラと笑いが止まらなくなり、ナランツェツェグから猛抗議を受けていた。


「笑い事じゃないよ!まさか実の母親を本当にほっぽりだすとは思わないじゃないのさ!死ぬかと思ったよ!」

「おや、その子がさっきから噂してたオチルの恋人のアンさんって子かい?いやー!こりゃまた随分べっぴんさんを捕まえたもんだねぇ。あらー、可愛らしい事!」


詳しい話を全然聞いていなかったベアトリーチェがズカスガとオチルとアンの間に割り込んでアンの腕をペタペタ触り出す。

アンとオチルは真っ赤になってしまう。


「おおばあ様!違います!」

「あら、あんたアンさんじゃないのかい?えー?絶対そうだと思ったんだけどねぇ…。早とちりだったかね。」

「あっ、いえ!私アンと申します!」


アンが慌てて否定するとベアトリーチェはオチルの腕をガンガン殴りつける。


「ほらやっぱりアンさんじゃないかい!何だい、おおばばには照れくさくて紹介出来ないってかい?悲しいよ!」

「そ、そうじゃなくて…、まだ恋人では…という意味です。」


オチルが恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらアンをチラチラと見つつ否定する。

ナランツェツェグがアンへ近寄ってアンの手を握る。


「うちの子が世話になって…。私はオチルの母親のナランツェツェグ・オボグ・カズベルクと言います。さっきズケズケ失礼な事を言ってた図々しいのは私の祖母のベアトリーチェ・オユン・カズベルクです。オチルから見れば曾祖母ですね。」

「あ、お義母様とそれにお婆様ですか!よろしくお願いします。」


ナランツェツェグの失礼な紹介を受けてベアトリーチェが声を上げる。


「ズケズケとは何だいツェツェ!だって恋人だと思うだろう!実の母親を放り投げてまで名前を呼び合ってたじゃないか!お義母様なんて言われて浮かれてんじゃないのかい!」

「説明が足りてなかったのは謝るけどさ、おばあちゃんはデリカシーがないよ!何となく察してよ!オチルにそんな度胸があるわけないだろう!?」

「デリカシーだかデリバリーだか知らないけどさ、そもそも明らかに好き合ってるじゃないか!ほら!まさか付き合っていないとは夢にも思わないだろう!」


本人達をよそにヒートアップしてゆくベアトリーチェとナランツェツェグ。

イツキとララミーティアはオチルとアンにそっと耳打ちする。


「ほら、折角会えたのよ。2人で散歩でも行ってきなさい。」

「そうだね。こっちは大丈夫だからさ、楽しんできてよ。」


オチルとアンは照れ臭そうにはにかみながら軽く頭を下げてそっとその場から離れる。

そのうちワイワイ騒いでいたからかシモンがやってきて、イツキとララミーティアが仲介役となり挨拶を済ませる。

話し合い自体はすんなり決まり、オボグ工房のミーティア集落出張所は本人の意見を聞かずに勝手にオチルが担当する事になった。

集落に納める金額の割合もよそと比べると破格の物らしく、心配するベアトリーチェとナランツェツェグにシモンはニッコリと微笑む。


「この集落の建物や壁を作ったのはイツキさんとティアさんが保護して育てていた子ども達が全て建て、畑を拡張して加護を与えて下さったのはイツキさんとティアさんだから相当安価でここまで来ているんです。畑は常に最高品質で豊作、しかも畑を休ませる必要がないので常にフル稼働してます。」

「聖女様と守護者様は伊達じゃないんだねぇ。作り話みたいだよ。」


シモンの説明をベアトリーチェは腕を組み感心しながら聞いている。

イツキとララミーティアはシモンの横に座ってやり取りを黙って聞いている。


「それに『聖女の木綿糸』もかなりの売れ行きですし、『聖女の木綿糸』で作った布も高値で取り引きされています。凄い点は売れ行きだけではないんです。」

「まだ何かあるのかい?」


ナランツェツェグが賺さず質問を投げかける。シモンは表情を崩さずに話を続ける。


「『聖女の木綿糸』はイツキさんが与えてくださった独特な綿の種から栽培して作られています。これです。」

「へえ!真っ白じゃないか!カズベルクの里に入ってる品物でもこんな物は見たことないよ!ツェツェもだろう?」

「はぁ…綺麗だねぇ。まるで作り物だね。私も見たこと無いよ。」


シモンから渡されたコットンフラワーをマジマジと見つめるベアトリーチェとナランツェツェグ。


「しかしまだそれだけではないんです。この綿の種が盗まれる事は絶対に起こりません。」

「随分警備に自身があるんだね!長閑な集落にしか見えないよ!」


ベアトリーチェが笑いながらシモンに言うが、シモンは表情を崩さない。


「イツキ様の結界により、悪意がある者が集落に入ることは不可能なんです。証明する事は難しいですが、これまでの数々の逸話からこれが事実だと御理解頂ければと。」

「何というか絵に描いたような環境だね…。聖女様だとか守護者様だとか噂があちこちから聞こえてくる訳だよ。」


ベアトリーチェは肩をすくめて降参だと言わんばかりに眉を八の字にして苦笑いを浮かべる。


「もうこの時点で住民への分配金を潤沢に払っても集落のお金は十分に残っているんです。はっきり言って現段階で商業から必要以上にお金を集める事に意味がないんですよ。」

「住民の中にはもっと儲けたい!とかって話は上がんないものなのかい?普通は欲をかいてあれやこれや一儲けしようも常に思うのが人ってモンだろう?」

「そうさねえ。ちょーっと信じられないよ。そんな聖人君子の寄せ集めのような集落。」


ナランツェツェグが首を傾げながら尋ねると、シモンは微笑んだまま首を横に振って見せた。


「御本人を前に語ったことがありませんが…。イツキさんティアさん、失礼しますね…。」

「…?ええ。」

「お?う、うん…。」


何で断りを入れられる必要があるのかサッパリ理解出来ないイツキとララミーティアは突然の申し出に対して咄嗟に許可を出してしまい、お互いに顔を見合わせると肩をすくめて見せた。

シモンはにこやかな表情から、急に真面目な表情へと変わる。


「月夜の聖女ララミーティア様、黒髪の守護者イツキ様。この二柱を信仰している私達に必要以上に儲けたいなど、そういった発想はありません。これは子供から大人まで理解している理念です。まだ正式な教典などはないですが、我々の大切な教義の一つです。私達がこうして穏やかに暮らしていると月夜の聖女ララミーティア様は幸せそうになさり、黒髪の守護者イツキ様はそんな聖女ララミーティア様を見て幸せそうになさるのです。」


シモンは目を潤ませながら熱く語る。

イツキとララミーティアはぽかんとしてしまう。


「必要以上に欲をかかず!平和に穏やかに暮らして居れば、私達に必ずや加護を授けて下さる二柱の神様なんです。二柱の神様を愛し愛される私達は、誰も不等に差別されない、魔物に脅かされない、盗賊に理不尽に殺められない、飢えで苦しむ事もない、赤貧に喘ぐ事もない、楽園のようなこの地を月夜の聖女ララミーティア様と黒髪の守護者イツキ様が授けて下さるのです。」


熱が入ったまま喋るシモン。

ベアトリーチェとナランツェツェグは想像の斜め上をゆく異常な信仰心に顔をひきつらせている。

イツキとララミーティアは、普段そんな様子を集落の誰一人としておくびにも出さないので、全く知らなかった衝撃の信仰心に困惑してしまう。


「ちょっとちょっと!えっ?いつの間に宗教になってるの!初耳よ!私恥ずかしいわ!何その宗教!?私達存命よ!ちょっと!」

「だから黙っていたのです。しかし外部からやってきた、しかもドワーフの里立派に纏めている方に御納得頂くには、私達ミーティア集落のムーンリト教についてご説明する必要があるかと。」


シモンがさも当たり前のように宗教の名前を口にする。


「えっ、えっ、何々?ムーン…何教?」

「えーと…、うーん。そうかぁ。そうなるかぁ。」


イツキとララミーティアは、シモンがふざけていふ様子も『ドッキリでした』と誰か出てくる様子もない点から、本気の信仰宗教なんだとジワジワ理解する。


「ムーンリト教です。月の光という意味のある言葉です。暗闇を彷徨っていた我々を明るく照らし、進むべき道を示してくださる二筋の月明かりという意味が込められています。」


「ムーンリト教…。」


シモンを除く4人が同時に呟く。


「ええ。ムーンリト教です。ムーンリト教の元では人族も亜人もありません。二柱の神様の前では我々は平等な命なのです。」


シモンは何時までもニコニコしていた。


「ま、まぁ亜人差別が少しでも和らぐならいいのかしら…。私なんて自分より弱い人に怯えられる呪いみたいなスキルがあった上に、仮に怯えられないとしても見た目が独特過ぎる種族だから、どの道怖がられるわ。みんながイツキみたいな差別視しない反応をしてくれる世になって、そんな悲しい思いをする人が少しでも減るなら…。」


ララミーティアはこういう時、案外寛大だ。


面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

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