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109.カズベルクの長

オチルがミーティア集落から帰還して一週間程した頃、イツキとララミーティアは再びカズベルクの里に遊びに来ていた。


前回オチルを送り届けたときに、里のドワーフ達が酒欲しさに武器や防具を作らなくなってしまって儲けがなくなると困るのと思い、ナランツェツェグに予め相談して話を通して貰っていた。

そして今回はカズベルクの里の長と会って話をする日だ。


オボグ工房へ向かうと、朝だというのにボルドはテーブルに突っ伏して鼾をかいて寝ていた。

それでも家の奥からカンカンと作業をする音が聞こえてくるあたり、オチルが朝からせっせと何かを作っているようだった。

ナランツェツェグが呆れた顔をして家から出てきてイツキとララミーティアに近況を報告する。


「ミーティア集落に行ってからね、あの子何かに取り付かれたように鍛治ばかりしているんだよ。こっちが声をかけないと寝食も忘れるくらいさ。装飾品だけじゃなくて武器や防具や日用品、一体どうしたんだってあの子に聞いても『あぁ』とか『おう』しか言わないんだよ。旦那にもあのやる気を分けて欲しいもんだよ…。」


オチルの色恋沙汰を両親に伝えるのは不味いかと思ってボルドは疎かナランツェツェグにまで説明しなかったのは逆に不味かった。

ララミーティアが安心させようと慌てて説明をする。


「心配する事ではないの。オチルは恋をしたのよ。ミーティア集落に住んでるハーフリングの女の子にね。まだもどかしい感じなんだけれどね、相思相愛よ、あれは。両親に色恋沙汰を詳らかに報告するのは悪いかと思って前回は黙ってたの。ごめんなさいね。」

「お互い顔に『惚れました』って書いてあったもんなぁ。早く売り物を作らないとミーティア集落に行く口実が無いってんで、きっと取り付かれたように色々作ってるんだと思いますよ。」


ララミーティアとイツキの言葉に目を丸くして驚くナランツェツェグ。


「へぇ!そうかい!でも腑に落ちるよ。あの子にもそんな良い人が現れたんだねえ。そうかい。私もどんな子か見てみたいよ。」

「ふふ、近いうちに挨拶に連れてくるんじゃないかしら。」


ララミーティアとナランツェツェグはクスクス笑い合いながら長が住む家へと向かった。

カズベルクの里は思っているよりも内部が複雑に広がっており、前回大宴会の時には踏み入ってないところにどうやら長の住む家はあるようだった。




「着いたよ。そんなに気難しい人じゃないから全然緊張しないでね。まぁドワーフは単純だから、どうせ酒の一つや二つ渡しておけば概ね何でもいいんじゃないかね。」


ナランツェツェグが長の家の前だと言うのに随分と失礼な事をズケズケと言う。


「相変わらず失礼な奴だな!」

「あ、出てきた。長だよ。失礼も何も事実じゃないか!本当のことを言って何が悪いんだい。」


家の中から出てきたのは真っ白でボサボサの髪の毛と太い三つ編みの髭を蓄えたドワーフだった。

髪の量や髭のボリュームのインパクトが凄すぎて年齢が分かりにくいが、出で立ちからして恐らく相当の高齢なんだろうなと察することが出来る。


「ウハハ!本当の事か!確かにな!それで何の話だったかね。」

「ほら、あれだよ。まずは紹介するね。こちらは月夜の聖女ララミーティア様と黒髪の守護者イツキ様だよ。よく行商人の間で噂になってるだろう?あの噂の本物。」


ナランツェツェグが長の腕をバシバシ遠慮なく叩きながら長に説明をする。

長はピンと来たようで自身の手のひらをグーでバシンと叩く。


「おぉ!知ってる知ってる!先日は酒と飯をあちこちで振る舞ってくれたようだな!里中噂で持ちきりだったぞ!私はカズベルクの里の長をしとるバトサイハン・オユン・カズベルクと言う者だ。よろしくな。」


バトサイハンがそう言うとイツキに手を差し出す。

イツキがバトサイハンの手を取り握手をすると、とても年配とは思えない握力でブンブンと上下に手を振る。


「魔境の森に住んでいる人族のイツキ・モグサです。よろしくお願いします。」

「よろしくな!」


イツキは引きつった笑みを浮かべながらバトサイハンと握手をする。

次にララミーティアの番になりララミーティアは微笑みを崩さずに手を差し出すと、こっちはあくまで優しくゆっくりと握手をした。

さすがにその辺はしっかり意識しているようだった。


「私はダークエルフ族のララミーティア・モグサ・リャムロシカよ。イツキと魔境の森で暮らしているわ。」

「よろしくな!さて、話は中に入ってするかね?」


そう言ってズンズンと家の中へ入ってゆくバトサイハンについて行く一同。

家の中の壁には一面武器が飾ってあり、イツキとララミーティアは思わず部屋の中をキョロキョロと見回してしまう。


「何というか凄いですね…。」

「おびただしい武器の量ね。」


イツキとララミーティアが感想を漏らすとバトサイハンは豪快に笑いながらテーブルの席につく。

それに続いてイツキとララミーティアも続くようにバトサイハンの対面の席についた。


「みんな良い武器が出来ると持ってきてくれるんだ!武器より酒をくれた方が嬉しいのにな!ウハハ!違うか!」

「里の長がそんな事言うんじゃないよ!全く!」


奥から鉄で出来たカップを木のトレイに乗せて持ってきて、手早くテーブルにカップを並べると、トレイでバトサイハンの頭をゴンと叩く。

バトサイハンはそんな事はお構いなしと言った感じで笑っている。


「ナランツェツェグさんも遠慮ないっすね…。」

「遠慮も何もこの人私のじいちゃんだからね!ドワーフ族はトレイで叩かれるくらい気にしないよ。」

「孫から雑に扱われて気にしてるんだがな!ウハハ!」


ナランツェツェグはバトサイハンの肩をバシバシと叩き、叩かれているバトサイハンは豪快に笑い飛ばしている。

やっぱりカズベルクの里は全体的に大雑把だ。


「とこであれだよ。」


ナランツェツェグがそう言いながらテーブルの席に座ると、奥から真っ赤な髪を後ろで結んだハーフリングの女が出てきた。

瞳の色も綺麗な緑色でナランツェツェグそっくりだ。


「おや、ツェツェが言ってたお客さんかい。」

「あっ、ナランツェツェグさんのお姉さんですか?初めて、魔境の森に住んでいる人族のイツキ・モグサです。イツキと呼んで下さい。」

「私はイツキの妻のダークエルフ族のララミーティア・モグサ・リャムロシカよ。私のことはティアで結構よ。よろしくね、お姉さん?かしら。」


イツキとララミーティアはすっと立ち上がり自己紹介をする。

するとハーフリングの女はバトサイハンの背中をバシンバシン叩きながら照れるようにして身体をくねらせる。


「イヤだよ!こんなおばあちゃん捕まえてツェツェのお姉さんだなんて!ねえ!あんた!」

「痛い痛い!少しは労ってくれ!痛い!」


イツキとララミーティアは狐につままれたようにしてぽかんとしてしまう。

ナランツェツェグは笑いながら説明する。


「ハーフリング族はずっと見た目が変わらないんだよ。だからこう見えても私のばあちゃん。私そっくりでしょ?」

「はーっ、他種族から若く見られるのは癖になるねぇ!私はこのバトサイハンの妻のベアトリーチェ・オユン・カズベルクだよ。こう見えて180歳だよ、玄孫が成人するのを見届けるのは余裕だねって年齢かね。」


ナランツェツェグとベアトリーチェが並ぶと瓜二つで、姉妹と言っても全く差し支えない程によく似ていた。


「へぇ、俄かに信じられないですね…。だって、並んだら姉妹じゃないですか。種族によってこんなに違うもんなんだなぁ。」

「言われてみればハーフリングの老人なんて見たことがないわね。私達森から殆ど出ないで浮き世離れしているから、案外そういう事を知らないの。」


ベアトリーチェは大層機嫌を良くし、自身のアイテムボックスから酒の入った瓶を取り出した。


「いやぁ、そんなに言って貰って今日は機嫌が良いから特別にこれを飲みなよ!この間近所の婆さんから一本貰ったの。何か凄く珍しい酒みたいだよ。美味しい美味しいって噂で持ちきりなんだ。」


そう言ってベアトリーチェが一同に見せた酒の瓶はイツキとララミーティアが召喚してばら撒いていた地球産のウイスキーだった。

バトサイハンも機嫌良く手を叩きながら陽気に騒ぎ出す。


「ウハハ!2人ともありがとうよ!美味い酒にありつけるぞ!」

「それだよそれ。それ目当てでみんながみんな装飾品ばかり作るようになっちゃうとマズいから、どうしましょうねって話し合いましょうってのが今回の議題だよ!」


ナランツェツェグがそう言うとベアトリーチェとバトサイハンが納得と言った感じで頷きあう。


「そういや酒の聖女様が配ってただとか、食べ物の兄ちゃんがミスリルで作った装飾品と交換してくれたとか言ってたね。そうかい、なるほどね!2人が配ってた人達って事かい!」

「ウハハ!確かに問題だな!ほっとくとカズベルクの里は酒のためだけに物を作る里になっちまうな!でもよ、どうせ金を稼いでもその稼ぎで酒しか買わねえんだからよ、手っ取り早くていいんじゃねえのか?」


バトサイハンが呑気なことを口にしてベアトリーチェとナランツェツェグに頭をひっぱたかれる。


「あんた馬鹿だねぇ!酒だけ飲んで生きてきた訳じゃないだろう!?」

「えっ…、俺は酒と鍛冶だけで生きてきたぞ?みんなはそうじゃねえのか…?」


バトサイハンが目を点にして質問すると、ナランツェツェグが呆れ顔で質問に答えを返す。


「今着ている服は?今朝食った飯は?寝床は?春になるとやってくる行商人や冒険者たちに売る武器や防具は?」

「おお、そういう事か!金って必要なんだなぁ。ウハハ!いやいや!ウハハ!」


まるっきりボルドと同じ発想でイツキとララミーティアは笑ってしまう。

ララミーティアが気を取り直して口を開く。


「私達を慕ってくれる人達が作ったミーティア集落って場所でね、ツェツェの息子のオチルが武器や防具だけでなく日用品や大量の装飾品を露天で朝から売ってみたら、何と昼過ぎには完売しちゃったのよ。ランブルク王国側は魔物が一切出なくて平和だから、装飾品の需要が凄く高いの。」

「大々的に酒と交換します!って言っちゃうとマズいことになると思いますので、そこでミーティア集落に店を構えるのはどうかなーと。一括して仕入れを管理した方が『酒ばかりと交換してる!』っていう事態も把握しやすいですし、勿論俺達も交換はしますので。それに冬とか移動が難しい時は俺達が遊びに行くついでに物は運びます。」


酒の瓶にすっかり夢中なバトサイハンは放置してベアトリーチェがテーブルの席につき真剣に話を進める。


「そのミーティア集落は、店を出す事については何て?」

「大歓迎するって言ってたわ。凄く豊かな集落だからか、出店料なんかもあってないような額だって言ってた。」


具体的な金額面についてはイツキが率先して説明を始めた。

この手の話になるとララミーティアよりはやりイツキの方が向いていた。

ララミーティアはそんな仕事モードのイツキを惚れ惚れと眺めていた。


やがて一通り説明が終わり、バトサイハンから注がれた酒を飲みながら一息入れる一同。

ちなみにララミーティアは酒乱だからと遠慮して水を飲んでいる。


「とても良い話だと言うことは分かりました。ただね、あなたたち2人は何でそこまでやるの?説明を一通り聞いたけど、どうしても腑に落ちない点があるんだよ。」


ベアトリーチェが真剣な顔でイツキとララミーティアに尋ねる。


「だって変じゃないか。2人には負担ばかりで利益がないよ。どうしてだい?」


イツキは迷うことなく笑顔で断言する。


「ミーティア集落のみんなが幸せそうだとね、ティア…妻が幸せそうなんです。それが俺の利益ですよ。」

「ありがとう。嬉しいわ。」


微笑みながら見つめ合うイツキとララミーティアを見てベアトリーチェは笑う。


「納得がいったよ!」

「あら、私が言うのも何だけど随分すんなり納得するのね。」


ララミーティアがクスクス笑いながらベアトリーチェに尋ねると、ベアトリーチェは豪快に笑う。


「あっはっは!だって、ティアちゃん、イツキくんに完全に惚れ込んでいるじゃないか!私にイツキくんが説明してた時の視線、それに前に里に来たときの噂も聞いてるよ?終始仲睦まじげに堂々とイチャイチャしてたってさ。だから実際に見て、理由を聞いて、ぜーんぶ納得いったのさ。まぁ後は長年の勘だね。」

「ウハハ!そうだなそうだな!俺でも分かるぞ!」


ララミーティアはぎょっとして耳をピコピコ動かして照れてしまう。

イツキも頬をポリポリとかきながら苦笑いを浮かべる。


「兎に角その話乗ったよ!今度私も連れてって頂戴よ!」

「それなら私も!オチルが恋に落ちたって子を見てみたいよ!」


ベアトリーチェの言葉に横で静かに話を聞いていたナランツェツェグもここぞとばかりに声を上げる。


「何なら今から行きましょうか?ほんの2~3時間で行けますよ?」

「ふふ、行くなら主役のオチルにも声をかけないとね。」


イツキとララミーティアは目を合わせて微笑み合う。


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