108.露天
翌朝イツキとララミーティアは気だるい気分を抱えたままミーティア集落までやってきた。
何もなければ1日本邸でダラダラするパターンだったが、さすがにオチルがミーティア集落に居る以上は行かないという選択肢は無かった。
集落に着くとオチルは仰々しい装備や丈夫そうなエプロンを身に付けて集落の入り口からすぐの良さそうな立地にテーブルと椅子を設置して露天を構えていた。
「おはよう。露天かー。いいね!」
「おはよう。あら、お店をやることにしたの?」
イツキとララミーティアが声をかけるとオチルは笑顔で応える。
「あ、おはようございます!昨晩シモンさんアンさんと相談して、目立つ場所で一度露天をやってみてはどうかと言うことで無償でこの場を借りています。」
正方形の四人掛けのテーブルが二つ並べられており、片側はオチルが作った武器や防具が、もう片側にはオチルの得意分野の装飾品や鍋やフライパンなどの日用品が並んでいた。
しっかりしているナランツェツェグの血を引くだけあるのか、一つ一つの商品に小さな木の札が置いてあり、ランブルク王国の通貨単位でもある『○○リンガ』と丁寧に値付けされていた。
一通り準備が終わったのか、寒空の下オチルは椅子に座って自身のアイテムボックスから酒瓶と木のカップを出して酒を飲み始めた。
「よし!これで準備完了です!」
「あら、こんな朝っぱらからお酒なんて。」
ララミーティアが指摘するとオチルはニコッと笑う。
「こんなチマチマ飲んでいたら飲んでないのと一緒です。何よりドワーフらしいでしょ?酒を飲んでいると。」
「なるほどね!だからわざわざフル装備で居る訳だ!」
オチルなりにドワーフらしさを演出しているようだった。
確かに兜を被ったり斧を傍に立て掛けたりしてるといかにもドワーフだ。
髭がまだ生えていない分をカバーする程にドワーフを演じていた。
「アンさんの意見なんです。ドワーフらしい格好で売った方がいいと。」
「アンはしっかりしてるわね。これなら確かに間違いなくドワーフが作ったものだって分かるものね。みんな鍛冶のプロが作った物が欲しいに決まっているわ。」
「良い演出家だねー。そこまで考えが及ばないもん。」
イツキとララミーティアに誉められて満更でもないオチル。
オチルは酒を煽りながら豪快に喋り出す。
「ガハハ!そういう訳だ!オボグ工房の出張販売だぞ!」
「ふふ、ボルドそっくりね。」
「俺達は適当にウロウロしてるから、何かあったら声かけてね。」
とりあえずやることが出来たオチルはそっとしておいて、イツキとララミーティアは思わぬ暇が出来てしまう。
2人が手持ち無沙汰にフラフラ集落を歩いていると集落の子供達が声をかけてきた。
獣人系種族や人族とのハーフと思われる子供達ばかりだ。
年齢層はみんな一桁代の子供達ばかりで、中には以前イツキが名付けを行った山羊人族のハウラや犬人族のボルダーも混ざっている。
「聖女様!イツキ様!特訓してー!」
「強くなりたい!お願いお願い!」
「魔法強くなりたいよー!」
子供達が抱き付いて纏わりつく。
イツキとララミーティアは目を合わせて頷きあう。
「よし!今俺達は最高に暇だ!だから今日はみっちり魔法の鍛練しようか!」
「徹底的にやるわよ!みんなで塀の外に行きましょう!」
そうしてオチルの露天を通り過ぎイツキとララミーティアは子供達合計8人を引き連れて塀の外へと移動した。
かつてガレスやルーチェにやったようにララアルディフルー式の魔力強化トレーニングを行うことにした。どうせ子供達しか居ないし、外部に情報が漏れることも無いだろうと踏んでの判断だ。
子供達はちょっとした初級の魔法なら発動出来るレベルになっていたので、イツキとララミーティアが見守る中ひたすら魔法を発動させ続けた。
ギリギリ『城塞の守護者』の範囲内だった為、2人で4人ずつ担当し、魔力が枯渇したらイツキの魔力回復の水を飲ませてまたひたすら魔法を発動させ続けさせるという繰り返しだ。
すぐに根を上げるかなと思っていた2人だったが、子供達はめげる事なく淡々と鍛練を続けた。
その表情も真剣そのもので、2人の指導にも熱が入ってゆく。
いつの間にか昼時になり、ララミーティアは辺りの雪を溶かして地面を露出させる。
イツキはレジャーシートを二枚召喚して地面にひき、子供達の為に昼食をよういすることにした。
なお、鍛練の途中で子供達の母親が様子を見に来たので、昼食はこちらで食べさせると伝言を各親までお願いしておいた。
「どんな昼食がいいかな…?」
「そうね。あくまでこの集落で生きていく子供達だから、普通の物にしましょう。」
ガレスやルーチェならハンバーガーでも召喚しておけば大満足だったが、子供達はこの集落で生きていく子供達だ。
下手に地球産の物を与えるよりもこの集落で普通に食べられている物をと考え、2人はオーソドックスに赤トマリスのスープと集落で作られているパンを召喚する事にした。
子供達はパンを一生懸命千切ってはスープに浸してモグモグと食べる。
イツキやララミーティアは子供達の口を拭いてあげたり水を飲ませてあげたりと大忙しだ。
しかしそんな日も悪くないと思って終始ニコニコとしていた。
食後は疲れたところで満腹になったからか、ガレスやルーチェのようにスヤスヤと眠り込んでしまった。
イツキは以前そうしていたように子供達に羽毛布団をかけてあげて、暫く2人で寄り添いあいながらぼんやりとミールの町の方角を眺めていた。
その間にも行商人の馬車が集落までやってきて、今頃オチルの露天はどうなっているかなと話し合う2人だった。
子供達のお昼寝が終わった後も、同じ鍛練がしたいという子供達のリクエストに応えて引き続きララアルディフルー式魔力強化トレーニングを続行させた。
夕暮れ時になり鍛練が終了し、それぞれのステータスをイツキとララミーティアが確認すると、どの子供も開始時より10倍近くもMPと魔力を上げていた。
とは言え開始直後は本当に低い値で母数が小さかったので大袈裟に聞こえるが、ちょっとした魔物相手なら身を守れる程度にはなっていた。
「みんな、本当によく頑張ったわ!」
「ねえねえ!強くなった!?」
猫耳と猫の尻尾を付けたような女の子がララミーティアに尋ねる。
ララミーティアは頭を撫でながら微笑む。
「ええ。大分強くなったわ。みんな!この力はね、大切な人を守るための力よ。力の使い方を間違えてはダメよ。いい?」
「はーい!」
子供達が口々に元気良く返事をする。
今日の所は以上で終了となり、子供達を連れて集落の塀の中へと戻った。
子供達は口々に「ばいばい!」と言って蜘蛛の子を散らすように家へと帰って行く。
ふと辺りを見渡すと既にオチルの姿はなくなっていた。
今日はもう引き上げたかと思いイツキとララミーティアはシモンの家に向かう。
シモンの家に行くと、シモンとアンにオチルの3人で既に宴会が始まっていた。
「あら、その様子からすると大盛況だったようね。どれくらい売れたの?」
ララミーティアがオチルに尋ねると、オチルは満面の笑みを浮かべる。
「昼過ぎには完売してしまいました!アンさんがミーティア集落にやってきた行商人や乗合馬車の人達に声をかけて売り込みをしてくれたんです。」
「確かな品物だったので、私がアレコレしなくても売れましたよ!」
オチルの言葉に照れ笑いを浮かべるアン。
シモンはニコニコしながら口を挟む。
「アンさん、昨晩から張り切ってましたもんね。成果が現れて本当に良かったですね。」
「シモン様っ!ちょっと!」
アンは慌てて声を荒げ、そのまま顔を真っ赤にして俯いてしまった。
その様子を見てイツキとララミーティアは笑いながら勝手にテーブルにつく。
オチルとアンの話を聞くと朝のうちは集落の住人が装飾品や日用品をどんどん買っていき、昼前後で行商人や乗合馬車の人たちが残った物をと言った具合であっと言う間に在庫が捌けてしまったらしい。
「それじゃあ明日の朝にでも一旦カズベルクの里に戻る?また色々作らないといけないでしょ?」
「そうですね…。家に戻ればまだ在庫はありますが、もう少し装飾品を仕込んでおきたいかなとは思います。」
オチルは少し寂しそうな顔をして苦笑いを浮かべた。
翌朝一旦本邸に戻ったイツキとララミーティアが改めて集落に行くと外ではオチルとシモンとアンが待ち構えていた。
「どうぞいつでもいらして下さい。大変好評でしたのでいつでも歓迎します。」
「本当にありがとうございました!また機会がありましたらよろしくお願いします!」
シモンとオチルが固く握手をする。
「是非またいらして下さいね。」
「アンさんもありがとうございます。是非また来ます!」
アンとの握手は少し控え目に、オチルは自身のズボンでゴシゴシと手のひらを擦ってからの握手をした。
イツキがオチルに促す形で重力魔法をかけて3人はふわりと宙に浮く。
「あのっ!また…また来て下さいっ!絶対にっ!」
アンが地上から大声でオチルに向かって叫ぶ。
イツキやララミーティアだけでなく、シモンさえも普段見せないアンの必死な一面に驚いてしまう。
しかしオチルも負けじと地上に向かって叫んだ。
「いっぱい作ってまた来ます!絶対に来ます!会いに行きます!待ってて下さいっ!!」
照れ臭くなったのかオチルはアンに大きく手を振ってから風魔法であっと言う間にカーフラス山脈へと飛び去ってしまった。
アンは胸元で手を組むようにしていつまでもカーフラス山脈の方角を見つめていた。
面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。