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13.お呼ばれ

2023年6月17日

文章を大幅に整えました。

内容はほとんど変えていません。

ララミーティアの小屋は見た目通り中も質素なもので、可愛らしい小物のような物は殆ど見受けられなかった。


まず部屋に入って目にとまるのは、年季の入った鉄製の薪ストーブのようなものだ。

ストーブから伸びた煙突が壁の外に向かっている。

しかし周囲に薪はなく、煤や灰なども無さそうな点から察するに、恐らく魔法で動く道具なのかもしれない。

ストーブの前には自分でなめしたと思われる毛皮が敷いてある。


ベッドも自身で作ったのか、木製で年季が入っていて味がある物だった。

もちろん地球で見るようなマットや布団はなく、毛皮が何枚か重ねておいてある。

毛皮の下からところどころ藁がはみ出しているところを見ると、藁の上に毛皮を敷いて寝ているようだ。

サイズもシングルというよりはセミダブルのようなゆったりサイズ。

工業規格なんてものは存在しないだろうから、そんなものなのかもしれない。


テーブルや椅子も手作り感のある木製のもので、椅子が2脚、2人~3人くらいで食事をとると手一杯になりそうな天板のテーブルだ。

椅子の背もたれはところどころ蔦が巻かれており、釘やねじなどの金属は使ってなく、木の釘を使っているのが見受けられる。


キッチンは煉瓦で出来たかまどがあり、かまどの上には穴が2つ、穴には火鉢や囲炉裏で使うような背の高い五徳が設置してある。

キッチンの壁のあちこちに道具がかけてあり、ララミーティアが日頃から料理をする事が伺える。


壁にはあまり使われてなさそうな剣やレイピアのような細剣が飾られている。

小屋の梁には籠やバケツやランプなど日用品がぶら下がっており、そんな様がとてもオシャレに見える。


地球でもよくネットで見かけるお洒落な山小屋のような様子が、実際には暮らしたことなどないにも関わらず、イツキにはひどく懐かしいような安心するような印象を与えた。


「うわぁ、いい家だね!憧れるなぁ。俺あんなヘンな家よりこっちの方が馴染みがあって落ち着くなぁ。」

「そう?私もこの小屋は引き継いでいるから、古い物ばかりで何だか恥ずかしいわ。」


ララミーティアが誉められて恥ずかしそうに照れ隠しでイツキに言う。

しかしイツキは興奮気味に感想を口にする。


「元居た世界では、いつかこういう小屋に住んでのんびり暮らすのが夢だったんだ。結構文明が進んでいたからさ、こういう小屋は逆に贅沢なんだよ。」

「へえ、そういうモノなのね。」

「うん。あっちでも見かけるような内装だから、なんだか異世界に来たことを忘れてしまいそうだよ。ホッとするなー。」

「そうだったのね。ふふ、ありがとう。こんなところで良かったらいつでも来てね。歓迎するわ。」


そう言うとララミーティアはキッチンの方に行って準備を始めた。

食材はアイテムボックスから取り出し、鍋に張る水も魔法で手元から出てきた。


「そうか、魔法があると便利なんだなー。水くみとかパントリーもいらないし、肉も塩漬けとか干し肉にする必要もないんだもんね。」

「そうね、魔法が使えない人だとここの生活はちょっと大変かもしれないわ。魔力が高い特権みたいものね。私も気にせずどんどん魔法が使えるようになったんですもの。」


そういえばララミーティアはバッドステータス要素として『呪われた血族』や『血塗られた道』とかいう足枷があった。

聞いても良いかなと思ってイツキは恐る恐る訪ねる。


「嫌だったら無理に答えなくていいんだけどさ、さっき消えた『呪われた血族』とか『血塗られた道』っていうのはどんな内容だったの?」


ララミーティアはイツキに背を向けながら魔法でかまどに火をおこしつつ淡々と答える。


「『呪われた血族』は、自分より魔力が著しく低い者に対して恐怖状態を付与するの。『血塗られた道』は、さっきイツキの家が喋ってたとおり魔力の消費量が普通より多くて、魔力の回復が普通より遅いの。そのかわり威力は人一倍強かったわ。だから今は魔法の威力だけ強いのが残っているわ。」


規則的にタンタンタンと野菜を切る音が聞こえる。


「物心付いた頃から私は人族の奴隷だったの。幼い頃はステータスの見方なんて知らなかったから想定でしかないけれど、その頃は魔力も少し多いだけだったのかしら。人族のコミュニティーでもそれなりに過ごせたわ。勿論見た目から石を投げつれられたり理不尽な暴力はあったけれど。」


切った野菜をボトボトと水が張ってある鍋の中に入れる音が聞こえる。


「そのうち成長に合わせて魔力が増えていったのだと思う。きっと種族的に何の鍛錬をしなくても人族より魔力が高くなるんだと思うわ。だんだんと私が居た街だけでなく、私を所有していた主人さえも恐怖状態におちいって、私を討伐しようという動きが真実味を帯びてきて活発になったわ。」


肉を切る音が聞こえる。木のヘラで鍋をぐるぐると回している。


「私は命からがら着の身着のままで逃げ出したわ。そこからは死んでいる冒険者の遺品や捨てられていた装備なんかを身につけて、コソコソと大陸中のあちこち転々としたわ。でもどこにも私の居場所は無かった。当たり前ね。他の種族とは全然違う肌の色をしているもの。人前に出れなくてまともに情報収集も出来ないから、どこに森エルフのような超長命種の里があるのか皆目検討も付かない。気がつけば魔力は凄く多くなっていて、私を見て恐怖状態にならない人なんてどこにも居なかったわ。そうなると完全にお手上げ。見つけるのは人族の町ばかり。」


鍋に肉を入れてさらに煮込む。

途中灰汁を掬って床にある木の桶に捨てる。


「ある時、立ち寄った国の騎士団が私を討伐するために大勢派遣されたわ。これから戦争でもするのかと思うくらい大勢居たわ。いくら魔力が高くても戦い方なんて学んだことのない私は大勢の武装した人族相手には何も出来なかった。死にそうになりながら逃げ込んだのがこの魔境の森ってワケ。人族はさすがにここまでは追ってこなかったわ。」


キッチンにおいてあった調味料をパラパラと入れながら味見をする。


「森の中で力尽きた私を見つけて拾ってくれたのが、元々この小屋に住んでいた森エルフのおばあさんだったわ。ララアルディフルー・イル・リャムロシカという名前よ。いつも何を考えているのかわかんないようなツンとした表情をしてたわ。魔力が私なんかよりずっとずっと高かったから、全然怖がらずに接してくれた。ふふ、「私が怖くないの?」って聞いたら「はんっ、つまらない冗談ね」って鼻で笑ってたわ。ララアルディフルーった名前が凄く長くて最初中々呼べなくてね、「ふん、いちいち面倒だからアリーとでも呼びな」なんてぶっきらぼうに言って。嬉しかったわ。初めて会った私を怖がらない、普通に接してくれる人。」


グツグツと鍋を煮込む。

ズッキーニのようなものを取りだし、空いているかまどにフライパンをセットする。


「私、名前なんて無くて、「魔物」とか「化け物」としか呼ばれてなかったの。だかはアリーは初めに名前をくれたわ。ララミーティア・イル・リャムロシカ。綺麗な夜空のような肌に星のように綺麗な瞳、だからミーティアだって。私ね、とても嬉しかったわ。だって、いつもツンツンしてるのにそんなロマンチックな事言うんだもの、ふふ。」


ズッキーニのようなものを斜めに切っていき、壁にかかっていた小袋から何かハーブのようなものをサラサラと振りかける。


「アリーは私にあらゆる事を教えてくれたわ。とても厳しかった。でも今まで受けてきた仕打ちを考えるといくらでも乗り越えらた。そしてね、何よりね、私が寝ているときにね、アリーはとても優しい表情で私の髪を愛おしそうに撫でてくれるの。起きているときはずっとツンツンして何考えてるのかわかんない顔しているくせにね。」


油をひいたフライパンに先ほど切ったズッキーニのようなものを並べていく。

ジューッと言う食欲をそそる音が部屋中に響く。


「それが嬉しくて、嬉しくて、私何度も寝たふりをしたわ。とても大好きだった。初めて感じた家族の愛だったわ。でも何年かしてアリーは私を残して亡くなってしまったわ。もう千年以上も生きていたみたいで…寿命だったのね。私に全てを託す事が出来て、最後の最後で捨てたもんじゃない人生だったって、寝ているときに見せてくれる、優しいね、あの優しくて愛おしそうな笑顔でね、ありがとうってね…。私また独りになっちゃったって…、また独りで…、折角手にした幸せなのに、手のひらから幸せがね、幸せが…。」


フライパンからズッキーニのようなものを木の皿に乗せ、フライパンを静かに五徳の上に置く。

ララミーティアの手が止まる。


ララミーティアは静かに泣いていた。

紫色の瞳はまるで宝石のようにキラキラと輝いていた。


イツキはララミーティアの隣に立って、あふれる涙をそっと拭った。


「…そんな事はお構いなしにね、私の噂を聞きつけた色々な冒険者が私を討伐しようと森の中へやってきたわ。居たぞ!って。私、もうそっとしといて欲しいのに。もうアリーとの思い出だけで静かに暮らしていきたかったのに。私、何も悪いことしてないのに…。そんな森にやってきた輩を追い返す生活が何年も経って、泣くことも笑うことも忘れてたの。」


ララミーティアはイツキの顔を見る。

イツキは穏やかな表情をしていた。


「そんな時よ、あなたが私の隣に引っ越して来ましたって。私、泣くことも笑うことも忘れてなんていなかったわ。とても楽しかった。でもね…。」


不安な気持ちが心の中を支配し、ララミーティアの表情がまた曇る。


「私、怖いの。…また置いて行かれて、また独りになったら。こんな楽しくて幸せな気持ちになるのを知ってしまって、私ね、また独りになったらね、今度は…。私の手の隙間からポロポロ幸せがね…、怖い。」


ララミーティアは溢れる想いを止められずにいる。


―――たった1日で忘れていた感情を引き出してくれた事。

冗談を言って私を笑わせてくれた事。

しどろもどろになりながら泣く私を慰めてくれた事。

魔物だと言われ続けた私を誉めてくれた事。

2人だけの内密なお菓子。

いろんな事を教えて欲しいと言った約束。

涙を拭ってくれた暖かい手。

優しい表情。


―――たった1日の出来事なのに。

心の中の箱に閉まっておくには溢れ出してしまいそうな大切な出来事が、フッと手を伸ばしたらサラサラと消えてなくなってしまう気がして、たまらなく怖い。

もっと踏み込みたい。

でも嫌われたくない。

もっと触れ合いたい。

でも嫌われたくない。

こういう時、どうしたらいいの…?

私、どうしたらいいのか…




「…ティア。」


イツキの包み込んでくれるような優しい声に、ララミーティアの声が震えてしまう。


「出会って、すぐなのに、私ね、こんなとき、どうしたらいいのかわからないの。私は…、私は…。この幸せが、なくなってしまうのが、いつか忘れてしまうのが…。私は…怖いの。でも私ね、こんな魔物みたいな見た目なのよ?でもっ…、でも!…イツキに嫌われたくない。もっと触れ合いたいの…。ごめんなさい、胸が苦しくて、どうしたらいいの…、私…。ごめんなさい…。」


ララミーティアはその場にしゃがみ込んでしまう。

自分のポロポロの流れた涙が床に模様をつける様子をじっと見つめるララミーティア。

イツキがララミーティアの前にしゃがみこみ、頬にふれて顔を正面に向ける。

ララミーティアの目からは次から次へと涙が溢れてくる。


(出会ってすぐなんて関係ない。俺は、俺はこの子を幸せにしたい。こんな俺でも傍にいてやりたい。もっと幸せな事なんていっぱいあるんだ…)


「ティア。俺から言わせて。」

「…うん。」


イツキの真剣な表情に、ララミーティアの心を蝕む寂しさや悲しさ、不安や孤独などの感情がジワジワ溶けていくような感覚を覚える。


「本当はね、もっと時間をかけてティアとの距離を近づけていけたらなって思っていたんだけどさ…。」

「…距離?」

「うん、でも今日出会ったばかりだけど、俺はティアをもっと幸せにしたいと思った。もっと幸せな事っていっぱいあるんだって教えたい。だからさ、俺が死ぬまでずっと隣にいるから、どうか独りになっちゃうなんて言わないで。百年後も二百年後も一緒に歳を重ねていこう。」


ララミーティアの手にイツキがそっと手を重ねる。


「うん…。」

「君が幸せな出来事を忘れてしまっても、俺が何度でも語り掛けて思い出させてみせる。君が涙を流すときは、俺が何度でも涙を拭う。嬉しい時は一緒に喜んで、悲しい時はずっと傍にいる。最期の時に、捨てたもんじゃなかったって笑い合えるような、そんな日々を君と過ごしたい。」

「…うん。」

「それにティアは魔物じゃない。晴れた夜空みたいに美しい肌に、絹のように映える長い銀髪、宝石のように煌めく瞳に長い睫毛、小さくて艶やかな唇。笑顔は花が咲くようで、もっと傍にいて見ていたくなる。周りが何と言おうと俺が何度でも言ってやる。ティアは綺麗だ。」

「…うん。」


イツキがララミーティアをそっと抱き寄せる。

ララミーティアの身体からスッと力が抜ける。


「会ったばかりの人にこんな事言うのもアレなんだけどさ…素直に言うよ。俺、ティアが好きだよ。一目惚れってヤツ。でも、どうしようもない程にティアが好きになったんだ。」

「私もイツキとずっと一緒に居たい。好き。ずっと傍にいて…。」


―――ずっと寂しかった。

怖くて苦しくて、悪意にさらされて。

何もしてないのに、どうして自分ばかりがこんな想いをするんだろう。

魔物じゃないのに。

化け物じゃないのに。

誰か、助けて。


―――そんな自分を目の前の人は好きだと言ってくれた。

心の中を蝕んでいたネガティブな感情が全て砕け散った気がした。

イツキに出逢って感じていた胸の高鳴り、これが恋なんだと気がついた。




「私、イツキが好き…。どうしたらいいのか分からないくらい好き。」


それ以上は言葉が詰まり、替わりに涙が次から次に溢れ出す。

ララミーティアはイツキの胸の中で子供のように声を出して泣いた。


イツキはそんなララミーティアを抱きしめて、髪を優しく愛おしそうに撫でるのであった。


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