105.外の世界へ
「ん…、いつの間に寝てたのかしら…。ここはオボグ工房…?」
翌朝ララミーティアが目を覚ますと、見知らぬ部屋のベッドに横になっていた。
隣ではイツキがスウスウ眠っている。
起こすのは可哀想な程に気持ちよさそうに眠っていたのでイツキのおでこに優しく唇を落とし、自身の身体に洗浄魔法をかけてから静かに部屋から出た。
しかしいくら考えてもオチルから貰ったミスリルの髪飾りに魔法を付与して貰ったところまでしか覚えていない。
腑に落ちない顔をしたまま階段を下りると昨日過ごしていたリビングが見える。
やはりオボグ工房だ。
キッチンでは既に起きていたナランツェツェグが朝食の支度をしていた。
「あらティアちゃんおはよう!よく眠れた?」
「え、ええ。おはよう。あの、いつの間にか寝ちゃったみたいね…。私、髪飾りに魔法を付与して貰って、その後寝ちゃったのかしら?一体なんで…。」
やけにフレンドリーに接してくれるナランツェツェグが明るく話しかけてくる。
ララミーティアは頭の上に大量のクエスチョンマークを浮かべたままとりあえずテーブルの席に着く。
窓の外は洞窟の中ではあるが、光魔法により光源があちこちに漂っているため非常に明るい。
ナランツェツェグが申し訳無さそうに笑いながら説明を始める。
「ごめんね、うちの馬鹿が水じゃなくて酒を出しちゃってね。イツキくんもティアちゃんもそのまま酒を水みたいに飲んじゃって、だからティアちゃんの意識は無いんだよ。」
「あぁ、私またやっちゃったのね…。」
それからナランツェツェグによる昨日のララミーティアの動向の解説が始まった。
ララミーティアは耳を激しくピコピコさせたままその解説を聞いている。
「それでさ、うちの人や私と同年代なんだから、堅くなるなよおまえら!ってね!私もツェツェって呼ぶからティアちゃーんって呼べ!って。アハハ、ティアちゃんは覚えてないだろうけど、凄く仲良くなっちゃったよ!」
「そ、そうだったのね…。本当にごめんなさいね、ツェツェ。」
一通り解説を終え、ララミーティアは状況を理解する。
どうやら自分が何も覚えていないうちに出来てしまった親友に妊娠の事や出産や子育ての事まで聞いていたらしい。
しかもイツキとの夜の生活についてもイツキの口を塞いで闇魔法でイツキをグルグル巻にしてまで赤裸々に話したらしい。
「カズベルクの里では気にすることじゃないよ。むしろ里全体で大宴会が出来てタダ酒が飲めて、みんなティアちゃんとイツキくんに感謝してるよきっと。」
「だと良いんだけど…。それにしても、今度私が泥酔していない時にちゃんとお話しましょう、ツェツェ。友達が出来て嬉しいわ。」
肩に手を置いて励ますナランツェツェグに微笑むララミーティア。
ナランツェツェグは「うんうん」といってララミーティアの肩をポンポンと叩くと、再び朝食の支度に戻る。
その後イツキやボルドにオチルが降りてくるまでに、オボグ工房には数名のドワーフが訪ねて来て、昨晩の御礼をララミーティアに言いに来た。
「昨日はありがとうよ!それで余ったミスリルで作った装飾品と酒10本とを交換してくれるって昨日言ってたけどよ、本当にいいのかい?何個か余ってるヤツを持ってきたんだけどよ。」
「わ、私そんな話をしてたの!?」
訪ねてくるドワーフの目的はどうやら不良在庫の装飾品を、酒と交換してくれるとララミーティア本人から聞いたのを受けて来ていた。
何より昨晩振る舞われた生ビールだけでなく、アチコチでばら撒くようにして配っていた酒が大層美味しかったようで、今ならミスリル製の装飾品とうまい酒が交換して貰えるぞと里中の噂になっているようだった。
ワクワクしながら期待しているドワーフ達を見ていると、飲みの席での話だからと追い返すのも何となく忍びないので、ララミーティアはとりあえずデザインは無視して真摯に対応に当たっていた。
やがて寝ぼけ眼で二階から降りてきたイツキは、ララミーティアが列をなしているドワーフとやり取りしているのを見て、慌ててララミーティアに駆け寄った。
ララミーティアから説明を受けたイツキも手分けをして何とか列を捌いていった。
イツキとララミーティアで手分けして捌きボルドとオチルが起きる頃には何とか列は無くなっていた。
最も査定などは存在せずミスリルかどうかだけしか鑑定していないので、あっという間に列は減っていった。
そして朝から突然の対応も無事完了し、漸く朝食となった。
「ガハハ!それで全部で何個貰ったんだ?」
「私は50個…。イツキは?」
「俺は44個。これどうしようね?」
朝食も終わり、テーブルに戦利品でもある装飾品を並べている。
指輪やネックレスにティアラ、マジェステに、マジェステのバックル部分がないかんざし単体など、兎に角バリエーションに富んだラインナップだ。
いくら不良在庫とは言えイツキから見てもその品質は目を見張る。
「それにしても不良在庫になるって分かっているのに、どうして好きでもない装飾品をこんなに作るのかしら?」
「オチルさんみたいにみんながみんな装飾品を作るのが好きって訳ではないんだよね。」
イツキとララミーティアがお互いに顔を見合わせて肩をすくめてみせる。
テーブルに置かれた数々の装飾品を手にとって眺めながらオチルが説明する。
「武器や防具の装飾の練習として職人が作ったり、後は風変わりな行商人が稀にこの手の物を買い取ってくれるから暇なときに余った材料で作ったりと、まぁそういう感じで暇なときに腕がなまらないようにこの手の小物を作るんですよ。あくまで売れ筋は武器や防具ですけど、武器や防具で彫金失敗したらショックですからね。」
「そうだな!俺も部分や防具を作るのには自信があるけどよ、最近じゃ装飾や彫金は結局オチルに任せる事が多いやな。オチルはドワーフだけどよ、ハーフリングの血も色濃く出てんのか、特に手先が器用だからそっちの方が効率がいいんだな!鍛冶職人ってもよ、得意分野はどうしてもあるからな。」
ボルドが朝から酒を飲みながら補足する。
「しかしどれも精巧に出来てますよね。流石だなぁ。こんなのさ、ミーティア集落とかミールの町で売ったらなかなかいい金になると思うんだけどなぁ。」
「そうね。貴族向けの宿泊施設も作るってアレクソンが言ってたけれど、こんなのを販売して貴族向けに魔法付与してあげたりしたら一大産業よ。」
イツキとララミーティアが何となく思いついたことを口にする。
オチルがその話に食いつく。
「需要ありそうですか!?」
「それはそうよ。町や集落では武器や防具なんかより、こういうお洒落な物の方が売れると思うわ。戦わない住人や貴族は剣より装飾品の方が欲しいに決まっているわ。」
「そうだね。特にミーティア集落もミールの町も、あの辺は魔物なんて居ないし盗賊の心配も少ないから、逆に武器とか防具の方が不良在庫になりそうだね。それに交換して貰った奴だけど、どれも精巧だし中々オシャレそうに見えるよね?」
ララミーティアとイツキは「コレなんかお洒落だ」と指を指しながら楽しそうに装飾品を選んでいる。
「へぇ、ミールの町といえば魔境の森の反対側のランブルク王国の町でしたよね。今度行ってみたいなぁ。」
「ん、まぁいいんじゃねえか?男だったらよ、こーんな洞穴に閉じこもってないで外の町を見に行ってもバチは当たらねえよ。なぁツェツェ。」
ボルドが酒を飲みながらナランツェツェグに話を振ると、ナランツェツェグも頷く。
「オチルももう15歳も過ぎて20歳の立派な大人だしねぇ。春になったら山を下って行ってみたらどうだい?今だったら魔境の森も安全なんでしょ?ティアちゃん。」
「何なら帰るときに連れて行ってもいいわ。ねえ?」
「全然問題ないよ。帰りも送るし。ぱーっと行ってぱーっと帰ってこれますよ。オチルさん、そうする?」
突然の展開にオチルはしばらく腕を組んで考え込む。
ボルドは豪快に笑いながらオチルの肩を叩く。
「別に忙しい時期でもねえし、俺1人でも何の問題もねえ。おまえ真面目だからよ、たまには遊びに行ってくりゃいいだろ!」
「折角の機会、これも神のお導きかもしれないよ。私達はいいからたまには外に遊びに行って外の世界を見ておいで。あんたカズベルクの里から出たことないだろう?」
両親の助言を聞いてオチルは大きく頷く。
「じゃあイツキさん、ティアさん、お願い出来ますか?」
「ええ、任せてちょうだい。」
そうしてオチルをとりあえずミーティア集落へ連れて行く事が決まった。
オチルも中級ウィンドウ魔法が使えるようで、準備という準備は特段無かった。
オチルを連れてオボグ工房から出ると、ボルドとナランツェツェグがいつまでも手を振っていた。
いくら大人とはいえ、外出という外出をしたことがない我が子が心配だったのだろう。
里の中を歩いているとあちこちから「酒の聖女様!」だとか「食べ物の兄ちゃんだ!」とあらゆる層に声をかけられた。
中には「まだ間に合うか!?」と慌てた様子でミスリル製の装飾品を持ってくる者まで居て、ララミーティアはそんなドワーフにも笑顔で対応していた。
ランブルク王国側の入口まで行き、イツキがオチルに尋ねる。
「オチルさん、風魔法は使える?」
「え、ああ。鍛冶屋なので勿論出来ますよ。」
「良かった。じゃあ昨日も言ったとおり特別な魔法で空に浮かぶから、風魔法でいきたい方向に制御してみてね。ちょっと見てて。」
そう言うとイツキは重力魔法でふわりと空を飛んで見せる。
風魔法で当たりを小さく旋回してみせる。
オチルは驚きというよりも「そんな魔法があるんですね」と言って感心していた。
ララミーティアが魔剣経由でオチルにも重力魔法を付与してみせると、初めは中々苦戦しつつもどうにか飛べるようになった。
そうしていつも通りのイツキがララミーティアを横抱きにして飛び、その後ろでオチルがついて行くといった形でミーティア集落を目指した。
「それにしても凄い景色ですね。いつもカーフラス山脈からしかみてなかったけれど、こうして空から見るとまた格別ですね。鳥たちはこんな風に下界を見下ろしているんだなぁ。」
オチルがしみじみと感動を口にする。
「確かにロックバードなんかもこんな風に空から獲物を探しているんでしょうね。そう考えてみると、どうすればロックバードに狙われないか森での立ち回りが分かってくるわね。」
「そういやあの鳥、結局未だに食べてないな!」
イツキがいつぞや逃げられた事を思い出してプリプリと怒り出す。
ララミーティアもオチルも笑い出してしまい、オチルが口を開いた。
「ははは、昨晩イツキさんが出してくれたヤキトリ?あの鳥の串の方がよっぽど美味しいですよ。」
「そうねぇ、イツキの出す食べ物を知ってしまうと、今更ロックバードの肉なんてわざわざ食べようとは思わないわね。」
「まぁ、そんなもんかね。確かに焼き鳥美味いもんなぁ。」
いつかプリプリしたロックバード肉のチキンステーキを口にする日は来るのだろうかとどうでも良いことを思い浮かべるイツキだった。
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