閑話.穏やかな丘
エルデバルト帝国から連れてこられ、残酷な仕打ちによって命を落とした住人になる筈だった者達。
イツキとララミーティアは救えなかった名も知らぬ彼らを放っておけませんでした。
「ミーティア集落の中にお店や食堂が出来たりさ、ミーティア集落とミールの町とを結ぶミーティア街道に公園や森林を作ったお陰かね、最近ミーティア集落に来る人たちも増えたんだ。」
「この間は陽気な冒険者パーティーもミーティア集落の仲間入りしたわ。人族とシティエルフ、単眼族と狼人族っていう幼なじみでね、大陸中を旅してここへたどり着いたの。子ども達は最近彼らに夢中よ。でもその人達もね、故郷を盗賊か奴隷商人に襲われたんですって。ミーティア集落が故郷と似ててね、夕暮れ時に子ども達が家に帰って行く姿を見て涙を流してたの。このミーティア集落が彼らの新しい故郷になったのよ。」
ここはミーティア集落の壁の外の少し小高くなっている丘の上だ。
時刻は丁度昼頃。
空は澄み渡る冬の青空で、冬が始まったばかりでまだ薄く積もった雪に太陽の光が反射していて目が眩みそうなほどに眩しい。
冷たい風が静かに通り抜けてゆく。
イツキとララミーティアは大きな石盤の前だけ魔法で雪を溶かして乾燥させ、レジャーシートを敷いてその上に座り、石碑に向かって話しかけていた。
「この間はね、俺が名前を付けたハウラって山羊人族の女の子とボルダーっていう犬人族の男の子がさ、綿を紡ぎ車で紡いで木綿糸を作ったみたいでさ、なんとそれを俺達にプレゼントしてくれたんだよ。嬉しかったなぁ、凄く一生懸命作ったのが伝わって来てさ。俺達にプレゼントしたくて頑張って作ったって聞くとウルウルしちゃってね。」
「そうね。私はガレスとルーチェが私達の誕生日の御祝いだって料理をプレゼントしてくれたのを思い出したわ。その物に込められた想いを感じると堪らなく幸せな気分になるの。そうだ、私みんなに料理を作ってきたのよ。寒くなったでしょう?だから牛の乳と小麦粉で作った暖かいシチューって料理を作ったのよ。」
ララミーティアは予め皿によそってあるシチューを6皿石碑の前に並べる。
「これがまた美味いんだよ!あとこっちはミーティア集落で作ったパン。素朴な味がしてさ、なかなか美味いんだよ。パンを千切ってシチューに浸して食べてね。癖になるよ。美味しかったらまた持ってくるからね。」
イツキはアイテムボックスからパンを6個出すとシチューの皿の隣にパンを並べた。
「おーい、イツキさんにティアさん!よぉ!こんな所で石に向かって何してるんだ?」
「ご飯を用意しているみたいですけど、これから誰かくるんですか?」
遠くから先日住人になったばかりの冒険者パーティー四人組がイツキとララミーティアに向かって歩いてきた。
声を上げていたのはダウワースとアーティカだ。
「みんな、こんにちは!今ここで眠っている仲間達に話しかけてご飯をお供えしてたんだよ。」
「眠って…、亡くなった方たちですか…。」
石碑の前に到着した一行。
ユスリィがまじめな顔をして石盤をじっと見つめる。
スライヤが石碑に刻まれた文字を読み上げる。
「残酷な仕打ちで命を奪われる人が居なくなるよう、この集落が暗闇をさ迷う者達の希望の光で有り続けるよう、私達は救いの手を伸ばし続けます。どうか安らかにお眠り下さい。名も知らぬ6人の仲間達へ。」
「ここで命を落とした人達がいるのか?こんな穏やかな場所で…。」
ダウワースの問いかけにイツキとララミーティアは切ない表情を浮かべて頷く。
イツキはもう一枚レジャーシートを敷いてダウワース達を座らせる。
それからイツキとララミーティアはこの丘であった事を淡々と説明した。
エルデバルト帝国の兵士が奴隷商人のフリをして亜人の奴隷を道具のように使って集落にけしかけてきた事。
首や手につけられた鉄の輪っかに魔法が付与されていて、次々と爆発していった事。
2人とも少しずつ喋っては交代し、山も谷もない平坦で抑揚のない声で語った。
ダウワース達も「うん」と相槌を打つだけで、真剣な表情のままイツキとララミーティアの話を聞いた。
「そんな…、そんなのってあるかよ…。それじゃああんまりじゃねえか。一体なんなんだよ…、俺にゃ理解出来ねえよ。」
「理解なんて、一生出来そうもないわ。」
ダウワースの言葉にララミーティアはジッと下を見つめたままぽつりと呟く。
イツキはララミーティアが自身の膝の上で握りしめられた拳にそっと手を乗せる。
ダウワース達四人を真っ直ぐに見つめる。
「犠牲になった6人は首や手が爆発したからさ、名前は疎か顔もよく覚えていない。正直どんな人だったのかさえ、だよ。集落のみんなでバラバラに散った遺体を集めて整理して6人だったと答えを導き出したんだ。彼らはね、ここでみんなと一緒に幸せに暮らせるハズだったんだ…。」
イツキはそう言うと俯いてしまう。
顔を伏せたまま更に話を続ける。
「救いの手が伸ばしきれなかった。」
「だから私達は彼らの事を忘れないようにここに亡くなった6人を埋めて慰霊碑を建てたの。ミーティア集落の一員として、美味しい物を食べて、集落の出来事を話して、少しでも幸せになって欲しいって、定期的にこうして過ごしてるの。集落のみんなもたまに花を供えに来たりするわ。」
ララミーティアの切なそうな笑顔を見て、ダウワースは自身の膝をパンと叩いて勢いよく立ち上がる。
「俺、良いこと思い付いたぜ!この敷くヤツまだあるか!?」
「あ、うん。まだまだあるよ。」
ダウワースの勢いに圧されながらもイツキはそう答える。
「いっぱい敷いて欲しいんだけどよ、いいか?ちょっと敷いて待ってな!」
ポカンとする一同を残してダウワースは集落へ走ってゆく。
イツキはレジャーシートを大量に召喚して、残された面々が辺りにレジャーシートを敷いてゆく。
「誰か連れてくるのかしら。」
「うーん、誰だろ?シモンさんとか?」
ララミーティアとイツキが辺りの雪を魔法で溶かしながら首を傾げると、ユスリィはレジャーシートを手に持ったまま眉を八の字にする。
「ダウが何をしたいのか何となく理解出来ました。」
「きっと食べ物とか飲み物も用意しないとだね。それもいっぱい!」
「あたしもなんだかワクワクしてきたよ!」
アーティカとスライヤはクスクス笑いながら集落の方を見つめる。
何となく察してきたイツキとララミーティアは顔を合わせて思わずにやっとしてしまう。
「おーい!集落に居た全員呼んできたぞ!今日はみんな仕事もおしまいだ!イツキさん!ティアさん!召喚とやらで食い物と酒を頼むよ!」
ダウワースの大声とともに集落に居た全員、大凡三百人近くがぞろぞろとダウワースを先頭に丘へやってきた。
「こっちはバッチリ用意してるよー!」
「みんな!食べて飲んで楽しく騒ぎましょう!」
ユスリィたち冒険者パーティーの面々はダウワースが何をしようとしているのか既に理解しており、丘の上はテーブルや椅子なども設置してあり、料理と酒やジュースも大量に準備されていた。
やってきた面々を見るとダウワースは本当に集落に居た全員を連れてきたようだった。
一通り飲み物が渡ったところでイツキが大きな声を出した。
「みんなも知っていると思うけれど、ここには残酷な仕打ちによって命を奪われた6人の仲間が眠っています!ミーティア集落の仲間になるはずだった人達です!どうか、6人の仲間が居たんだと忘れないで下さい!今日はダウの粋な計らいでこういう機会が持ててとても嬉しく思います!ダウ、ありがとう!」
「いいのいいの!気にすんな!」
ダウワースが片手に酒を持ったまま叫ぶ。
会場は笑いに包まれる。
イツキはダウワースに微笑みかけて、話を続ける。
「今日は6人の仲間も一緒に食って飲んで楽しみましょう!」
「すいません!ちょっと良いですか!?」
イツキが話し終わるタイミングでシモンが手を挙げながら声を張り上げた。
イツキはシモンに目で合図を送り、シモンがイツキの隣に並んで声を張り上げる。
「これから毎年、ここで集落の皆さんで鎮魂祭をやりませんか?毎年毎年、何百年先もずっと!亜人や奴隷が酷い扱いを受け、残酷な仕打ちを受けるのが当たり前だった時代が確かにあったんだという事を後世に伝えてゆくために!」
「ちょっと待った!」
シモンの言葉を遮るようにダウワースがすっと立ち上がって声を上げる。
周りにいたパーティーメンバー達は慌ててダウワースを止めようとする。
ダウワースはお構いなしで一同を見回し、ニヤリとする。
「どうせやるならよ、冬が終わってこれから春!って陽射しがあったけえ時にやりてぇかな!毎年やってもいいってヤツは空の上に聞こえるくらい拍手してくれよ!」
ダウワースの声に丘に集まった全員から割れんばかりの拍手が起きる。
「ここで眠っている6人は幸せになれたかしら。」
「こんなに優しい風が吹き抜けていくんだ、きっと幸せだよ。」
イツキとララミーティアは遙か遠い空を見つめ、穏やかに微笑み合う。
丘の上には優しい風が、楽しそうに騒ぐ住人達に吹き抜けていった。
そうしてミーティア集落では毎年春になるとこの慰霊碑がある丘の上で鎮魂祭という名の大宴会が開かれることになった。
毎年始めに語り部役を決めてこの場で起こった出来事を語り、今ある平和は当たり前にそこにある物ではないのだという戒めで話は終わり、それから夜まで飲めや歌えやの大宴会という流れだ。
慰霊碑の前には一際豪華な食べ物や花が供えられ、名も知らぬ6人の住人達は数百年経っても忘れられる事のない大切な住人となった。
やがて年月は過ぎ、丘は町の中の敷地に入ると自然公園として日頃から人々で賑わうようになり、そこに眠っている者達が寂しい思いをする事は無かった。
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