101.ご近所付き合い
冬がやってきてミーティア集落では作物の収穫がなくなった代わりに、木綿糸の製造で忙しくなっていた。
工場の方もフル稼働で忙しくしていて、冬季と言うことで手の空いていたものは進んで工場の手伝いをしていた。
イツキやララミーティアはシモンとアンだけに相談し、この集落で作られたパンや小麦を召喚で複製し、陰ながら集落を支えていた。
シモンやアンも有り難く受け取り、ミーティア集落の方は無事安定して冬を過ごせていた。
イツキとララミーティアは本邸で過ごすことが多くなり、相変わらずストッパーが居ない2人は本能のままに自堕落な生活を送ることが増えていた。
そんな中イツキは新たな娯楽としてジェンガを召喚し、2人で暫くの間ジェンガがちょっとしたブームになっていた。
ララミーティアはそのシンプルさからミーティア集落でも作れそうねと何気なく口にした事から、2人はサンプルとしてシモンに一つプレゼントしておいた。
シモンとアンも例外なくハマってしまい、集落でこの手の木工作業が得意な者が暇つぶしに作成し、ミーティア集落全体でちょっとしたブームを巻き起こしていた。
ミーティア集落に来る行商人やミールの町から来た者の目にも止まり、シモンがイツキとララミーティアに申し訳無さそうな顔をしながら相談に来たが、イツキとララミーティアからすれば自分達で加工して販売するならどうでもいいので好きにすればいいと伝えておいた。
やがてミーティア集落では細工が得意な物が『ミーティア』という焼き印を作成し、それを一つ一つのブロックに焼き付けて差別化を図り、行商人に裁いたりミーティア集落の商店や食堂で販売したりもしていた。
ミーティアと書かれたジェンガを見たときはそこまで反応しなかったララミーティアだったが、その隣に当たり前のように置かれた工場で余ったハギレで作られたワンピースを着た木彫りのララミーティア人形を見かけた時は耳を激しくピコピコと動かしながら「恥ずかしいから売らないで!」と抗議していた。
ところがこれが中々売れるらしく、イツキに宥められつつも渋々納得するララミーティアだった。
それにしてもララミーティアは何をやらせても器用で、ジェンガについても例外なくすぐにイツキよりも上手くなってしまっていた。
そこは無理だろうという場所でも軽々と抜き取ってしまい、イツキでは到底歯が立たなくなっていた。
しかしリバーシやトランプの時同様に得意気にする仕草が大好きなイツキは無謀にも何度も挑戦しては儚く散ってゆくのだった。
本格的な冬になり流石にジェンガやリバーシに飽きてきたイツキとララミーティアは、雲一つない澄み切った青空のある朝、本邸の外で2人並んで手をつなぎながらぼんやりと並んでカーフラス山脈の方角を眺めていた。
「こんなに澄み切った快晴だったら、あの山の山頂から見る景色はさぞ綺麗なんだろうなぁ。」
イツキが何気なく思ったことを口にすると、ララミーティアが首を傾げた。
「景色なら空に浮かんで見ればいいじゃない。」
「いやいや、違うんだよ。山頂で温かいお茶でも飲みながら見る景色がまた良いんだよ。俺、凄いところまで来ちゃったんだなぁって感じがしてね。」
イツキが思い出すように表情を緩めてカーフラス山脈を見ながらそう告げる。
ララミーティアもぼんやりとカーフラス山脈を眺めながら口を開く。
「そんなものなのね。じゃあ今からズルしてあの山頂に行ってみない?私も一度も行ったことがないわ。」
「おっ、いいね!とりあえずダウンコートさえ着ておけばいいかな。よし、行こう行こう!」
そう言うとイツキはララミーティアを横抱きにし、重力魔法で空に舞い上がる。
必要な物は全てアイテムボックスに入っている2人だからこそ実行出来る思い付きだ。
ララミーティアも終始楽しそうにしている。
カーフラス山脈の山頂には2時間程で到着した。
山頂とは言え高山病を起こしそうな気配は無いことから恐らく2500メートル未満であると見受けられた。
カーフラス山脈の近場で一番高い場所に降り立ったので、2000メートルから2500メートル級の山々が連なる山脈なのかもしれない。
イツキはララミーティアに標高について尋ねてみたが、流石に標高は分からないとの事だった。
と言うか山の高さの数値化なんて恐らくされていないと言っていた。
イツキも当然かなと思い、それ以上は特に何も考えなかった。
山頂は非常に雪深く、ハーブティーを用意して飲むことは困難だった為、イツキは手っ取り早く飲める温かいペットボトルの無糖紅茶を2本召喚して2人で飲むことにした。
ララミーティアが辺り一帯の深い雪を火魔法と風魔法を組み合わせて溶かして、山肌を露出させた。
そこにイツキがレジャーシートを敷いて2人で腰を下ろした。
眼前には普段カーフラス山脈に阻まれて見ることの出来ないエフェズ王国が広がっている。
とは言え肉眼では町のようなものまでは確認が難しい。
「確かにこうしてゆっくり景色を眺めるもの悪くないわ。ズルして来たけれど、自分の足で登って見る景色はひとしおでしょうね。」
「元居た世界では登山と言って山登りが流行っていたというか、そういう趣味として市民権を得ていたよ。」
寒くてララミーティアが包まれるようにしてイツキの足の間に座る。
イツキもララミーティアを抱き抱える。
「イツキの居た世界で山に登るなんて装備だらけで大変そうね。大荷物になってしまうわ。」
「そうだね、大荷物になるからこそ厳選に厳選を重ねて装備を選ぶんだよ。きっとそんなのも楽しい所の一つなんだろうね。まぁ、こんな雪の山脈に登るなんてきっと熟練の人たちでないと無理だよ。」
イツキがふと雪を溶かした地面を眺めているとなぜか無性に気になり、ララミーティアに断りを入れてアイテムボックスから取り出した魔剣モド・テクルで地面をガリガリとほじくってみる。
「どうしたの?」
「なんだろうな、サバイバルスキルのせいなのかね。魔纏岩を拾ってた時もそうなんだけど、無性に気になる時があるんだよ。」
イツキがガリガリとほじっているうちに、ゴロっとした紺色の石が出てきた。
「おお、何か出てきた。磨けば綺麗になりそうだね。なんだろ。」
イツキとララミーティアがジッと紺色の石を眺めて鑑定してみると、やがて2人は思わず声を揃えて発する。
「「ミスリル原石!?」」
「鉱石ってさ、こんな何でもない地面からほじくり出すもんなの?何というか洞窟でガンガン掘って採掘するもんだと思ってたよ。」
「私もその認識よ。とは言え案外こんな風に転がっているのかもしれないわね。ミスリルの原石なんて初めて見たわ。中々綺麗ね。というかサバイバルスキルって本当に便利というか不思議なスキルね。だって、こんな鉱石がサバイバルに必要とは思えないわ。」
ララミーティアが笑いながらイツキからミスリル原石を受け取り、手元で角度を変えながらじっくりと眺める。
「確かにね。まぁあの神様達が作った世界であれば案外そんなもん何じゃない?デタラメな要素があってもおかしくなさそうだよね。」
「ふふ、確かにそうね。」
「とは言えサバイバルスキルって中々便利なもんだよ。何となく『川がありそうだな』とか、『何か食べれそうな物がありそうだぞ』とか、あやふやな直感が働くんだ。何か埋まってそうは確かにサバイバル関係ないけどね。」
ララミーティアが突然真剣な『貴様何者だモード』の表情に変わる。
イツキは慣れたもので、恐らく何かの気配を感じたのだと直感的に悟る。
しかしこんな過酷な環境だ。
間違いなく魔物な気がするイツキ。
「…魔物…?」
「分からないわ…。でも何か感じる。立地的に魔物かしら。」
イツキはアイテムボックスから魔剣ティアバリアを取り出し、ララミーティアを絶対的に守り抜く結界を展開させる。
いつも安心安全な場所で生活しているだけあり、久し振りの危険な感覚にゴクリとつばを飲み込む。
「ティアはじっとしてて。俺は平気だろうから。」
「ええ、ありがとうイツキ。」
そして息をのんで周囲を警戒しているうちに遠くから呑気な声が聞こえてきた。
「あれま。こんな所に人が居るなんて珍しい事もあったもんだ!あんたたちこんな所で一体何してるんだい?」
雪深いところからぴょんと雪を溶かした地面に降り立ったのは、アンをずんぐりむっくりさせたような背の低い三つ編みにした髭を蓄えた者だった。
髪の色も瞳の色も焦げ茶色で、髭まみれの顔は辛うじて目元だけが確認出来るが、目尻に笑い皺があり、人の良さそうな印象を与える男だった。
「あー、今日は天気が良いから景色でも見に行こうかって事でここまで妻と遊びに来てみたんです。」
「そうなの。私達あの魔境の森に住んでいる者よ。怪しい者ではないわ。」
何となく害のなさそうな姿にイツキとララミーティアはホッとして普通に受け答えをする。
その男は仰け反るようにしてガハハと笑う。
見た感じ気さくそうだ。
「ガハハ!こんな真冬に思い立って遊びに来るなんて十分怪しいなぁ!まぁいいや、あんたたちは悪い人ではなさそうだ。」
その男はそう言うと徐に近づいてきて「失敬するよ」と言って豪快に笑いながらレジャーシートに豪快にどかっと腰を下ろした。
イツキとララミーティアもこっそり看破魔法を使ったが、悪意のある者ではなかったので、ララミーティアはハーブティーをアイテムボックスから取り出して手早く用意して男に差し出す。
「はい、ハーブティーよ。毒は入ってないわ。どうぞ。」
「おお!ありがとう!酒ほどではないが身体が温まるな!俺はこの辺りにあるカズベルクの里に住んでいるドワーフ族のボルド・オボグ・カズベルクという者だ。怪しい者じゃねえが、まぁ怪しい者どうし仲良くやろうや!違うか!ガハハハ!」
そう言うとボルドはゴツい手を差し出してイツキとララミーティアに握手を求める。
握手もまた豪快で、ぶんぶんと上下に振られた。
「俺はイツキ・モグサと言います。そこの魔境の森で妻と暮らしています。人族です。こっちは妻のララミーティアです。」
「私はダークエルフ族のララミーティア・モグサ・リャムロシカよ。」
イツキとララミーティアが簡単に自己紹介をする。
するとボルドはほほうと感心するようにして大袈裟にうなずいて見せた。
「イツキ氏にララミーティア氏か!よろしくな!しかしダークエルフ族なんて聞いたことがないな、世の中は広いんだなぁ!まぁ殆どこの山か洞穴の中しか知らねえから当然ではあるんだけどな!がはは!」
ボルドはガハハと豪快に笑いながらイツキの膝をバシバシ叩く。
「こんな近所にドワーフの里があったんですね。全然知らなかったなぁ。」
「アリーからカーフラス山脈に友好的なドワーフ族の里がいくつかあるとは聞いていたけれど、具体的な場所までは聞いてなかったわ。ご近所さんね。」
「折角だから里まで来いよ!冬は行商人も来ないしみんな里から下界には滅多に降りないから退屈しているぞ、大歓迎だ!まぁ武器と防具と酒くらいしかないがな!ガハハ!」
思わぬご近所付き合いが生まれたイツキとララミーティアは面白そうな誘いに乗ることにした。
今日の18時に本編とあまり関係ない閑話を挿入しました。
よろしければ是非見て下さい。
面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。