閑話.希望の光
ミールの町視点でのミーティア集落誕生までの流れです。
アーデマン辺境伯領の最南端に位置する辺境の町ミール。
ランブクル王国の中でも最も南に位置し、その開拓の歴史は常に凶悪な魔物との戦いの歴史だった。
魔境の森に程近い場所に位置し魔物の数は多く、更にゴブリンのような最下級の魔物でさえもワンランク強い。
警備隊と辺境伯私兵による定期的な魔物の掃討、各地から高額な素材目当てに集まる大勢の冒険者によって町は何とか保たれていた。
ミールの町はひたすら魔物との戦いを繰り返し、種族がどうと悠長な事は言っていられない過酷な環境にあり、そのため代々ミールの町に住んでいた住人達は亜人差別の意識はとても低かった。
しかし年々増えてゆく冒険者の存在により亜人差別意識がミールの中に持ち込まれた。
住人達は人族以外の種族が一部の余所者から冷たく扱われる事に困惑し、ミールの町の雰囲気は長年かけてジワジワと悪化していった。
ある時期を境に魔物は更に凶悪化、警備隊や冒険者の犠牲者が急増し、私兵達も魔物の掃討に手を焼き初め「いよいよこの町もおしまいか」と住人達の間で噂になり始めた頃にそれは現れた。
ミールの町が出来るよりも遥か昔より魔境の森に住んでいるとされている破滅の魔女。
数十年前を最後に破滅の魔女の姿を目撃する者がぱったりと居なくなったのと入れ替わるように魔境の森に現れ、破滅の魔女の関係者だと噂されていた恐ろしくも優しい謎の多い狩人。
明るい月夜のような紺色の肌に長い耳、銀色の長い髪を靡かせ、滅多に人前に姿は出さず陰ながら森に迷い込んだ者を救う。
住人達にとっては魔境の森に住む良き隣人でも、冒険者の間では調査対象であり討伐対象だった。
魔境の森を中心に暖かい光が溢れ出し、夜空に光の大輪が咲いたある夜。
その夜を境にミールの町周辺は疎か魔境の森ですら魔物は姿を消した。
光の大輪が魔境の森の中心部から上がったので、謎の狩人がやったのではと噂が広がり始めた翌日、謎の狩人は人族の夫と共に突然町にやってきて、住人達の目の前で全く同じ事をやってみせた。
その姿は恐ろしさとは程遠く異国情緒漂う美しさを持っており、夫と仲むつまじくしている様子はまるでどこにでも居る普通の夫婦のようだった。
これからミールの町は血塗られた戦いの歴史から、希望の光の差し込む明るい未来がやってるのだと誰もが信じて疑わなかった時、希望の光を悪戯に消し去るような真似をした男が居た。
エルデバルト帝国の冒険者組合から最近ミールの町の冒険者組合に赴任してきた副支店長の男だ。
男は根っからの人族至上主義者で、ことある毎に何もしていない筈の亜人を差別するような発言を繰り返し、住人達から白い目で見られていた男だ。
冒険者組合もミールの町を守っているという事で住人達は亜人差別のような発言をあちこちで繰り返す人族至上主義者にも目をつぶってやり過ごしていた。
男は希望の光に対して言葉にするのも憚られる程に汚い言葉で夫婦をなじった。
夫婦は酷く悲しみ嗚咽を漏らしながらうずくまってしまい、その姿を見た住人達はもう我慢ならないと次々に冒険者組合を非難する声をあげた。
竜人族の男女が夫婦を背中に乗せて魔境の森へ帰ってしまった後、住人達は口々に「冒険者組合を町から追い出せ」と叫び合った。
冒険者組合の副支店長の男は周囲の怒りに満ちた視線に青ざめ、そそくさと冒険者組合の建物へと逃げ帰った。
差し込んだはずの希望の光がたった一人の人族至上主義者によって掻き消されてしまったという事実は、住人達だけではなく魔物被害によって仲間を失った警備隊や友を失った冒険者などあらゆる立場や種族の者に火をつけた。
当時ミールの町にはアーデマン辺境伯の私兵は居らず、火がついた者達の怒りを鎮める者は町に誰一人として居なかった。
冒険者組合の建物は怒りに満ちた者達で溢れかえり、「この町から出ていけ!」という誰かの叫び声を皮切りに「出てけ!」の大合唱が始まる。
やがて嗚咽混じりな女の声で「これでうちの旦那や子供のような魔物の犠牲者がもう出ないと思ったのに!おまえ達のせいで!おまえ達のせいで!」という言葉と同時に冒険者組合の建物へ投げつけられたたった一つの石。
一つの石が2つ、3つ、やがて無数の石が冒険者組合の建物に投げつけられる。
そんな状況の中で一人の金髪で碧眼のひょろひょろした若者が木箱の上に乗って一際大声で話し始めた。
「皆聞いてくれ!私は市長の元で働いているアーデマン辺境伯家が五男!シモン・ド・アーデマンと言う!皆今一度冷静になって考えて欲しい!我々が今すべき事は憎き敵に石を投げつけ罵声を浴びせる事だろうか!」
市長のもとにアーデマン辺境伯の倅がやってきて文官のような事をしているのは噂になっていた。
しかしアーデマン辺境伯家が重んじる武勲の方はからっきしだとも噂になっていたいつもニコニコした優しそうな五男坊だ。
住人達がざわつく中シモンは話を続けた。
「私は月野の聖女ララミーティア様と人族のイツキ様が仲睦まじく支え合う姿に!我々がこの先あるべき姿を見た!皆もこの結果を見てよく分かっただろう!最近、病気のようにジワジワとこの町を蝕んでいた人族至上主義が撒き散らすモノはいつだってこんな不愉快な気分にさせる結果だと言うことを!人族だから偉い、亜人は物や道具?私はふざけるなと言いたい!」
シモンの熱弁に住人の中から「そうだそうだ!」という賛同の声がチラホラ聞こえて来た。
「我ら誇り高きアーデマン辺境伯領の民は種族など関係なく互いを護り合う強い絆で結ばれてきた立派な歴史が有るだろう!私は誇り高きアーデマン辺境伯領の真なる民の姿を実現する為に!ここより更に南の魔境の森に集落を起こそうと思う!そこに人族も亜人もない真に平等な町を作り、魔物被害からお救い下さった月夜の聖女ララミーティア様に日々感謝をし、いつか冒険者組合が犯した罪を私の手でお許し頂こうと思う!アーデマン辺境伯領の誇り高き意志を知る者よ!私の元へ来たれ!」
シモンの熱弁により、一旦は冒険者組合への罵声や投石は徐々に収まった。
その後暫くしてシモンとその場で賛同した者達によりすぐさま市長のアレクソンへ直談判をしに行って市長のアレクソンの了承を得て、そこからは市長のアレクソンとシモンによってアーデマン辺境伯ラファエルとの調整が始まった。
程なくして市長のアレクソンより新たな集落の開拓団の募集が伝えられた。
集まったのは過去に破滅の魔女や月夜の聖女に助けられた者、魔物の手によって家族を失った者、亜人差別に反対していた正義感の強い者などは過酷と言われている開拓団に志願した。
これから冬になるという良くないタイミングだったが、月夜の聖女に対する想いや、シモンの日頃貴族であるという事を決して鼻にかけない誠実で柔らかい人柄が相まって総勢百名近くが開拓団として集まった。
平等を夢見て作られた集落の名前は月夜の聖女にあやかって『ミーティア集落』という名前がついた。
アーデマン辺境伯自身の支援も受け、更には仕事があったり、家族に体の弱い者が居たり、過酷な開拓について行ける自信がない者など、様々な理由で志願しなかったミールの町の住人達の定期的な支援も受けて始まった集落の開拓は厳しい冬を迎えてもどうにか乗り越えた。
しかしその間、毎晩月夜の聖女ララミーティアによる聖女の力は観測され、住人達の間では「この町にも慈悲を向けて下さっているのでは」とか「魔境の森に加護を与えるついでなだけでは」など様々な憶測が飛び交った。
市長のアレクソンからも「魔境の森の奥まで行って不用意に月夜の聖女に接触しない事」というお触れがすぐさま出た。
風向きが変わってきたのは開拓団が集落を作り上げた翌年の春の事だ。
月夜の聖女ララミーティアとその夫のイツキが天から舞い降りて来て、ミーティアに絶大な加護を授けていったという報告がシモンよりミールの町へ届けられた。
ミールの町から開拓団として行った面々を許すどころか自らの庇護下に置き、盗賊や奴隷商人の侵入すら許さない大陸屈指の集落と化した。
それだけではなかった。
魔物の被害が突然無くなった事で警備隊に余裕が生まれ、ミールの町は塀の外にも畑を拡張していたのだが、塀の外の畑で度々月夜の聖女ララミーティアと夫のイツキが目撃されるようになっていた。
市長のアレクソンは直ちに「両名に二度と失礼の無いようこちらからの接近は避けるように」というお触れが出た。
それでも警備隊や畑の管理をしている者達が遠巻きに手を振ると笑顔で手を振り返してくれて、ミールの町は見捨てられていなかったという話題で満ちあふれていた。
やがてミールの町の塀の外の畑からは、通常では考えられない程の小麦が大量に収穫された。
その品質も加護を与えているミーティア集落と同等の品質であった為、月夜の聖女ララミーティアは酷い扱いを受けたミールの町にすら加護を与えて下さると、住人達は湧きに湧いた。
「あの時のシモンさん、本当に立派な貴族みたいでしたよ。『私はアーデマン辺境伯家が五男!シモン・ド・アーデマンと言う!』ですもん。何か格好いいなぁって感心しましたよ。」
「ふふ、貴族みたいって!でも、シモンさんの格好いい姿、見てみたかったなー。」
オスカーが演じるシモンの真似にエメは口元を隠しながらクスクスと笑う。
今日イツキとララミーティアはシモンの所に遊びに来ていたのだが、偶然訪ねてきたオスカーとエメを招き入れてミーティア集落の歴史についてオスカーの口から聞いていた。
シモンは照れ笑いを浮かべながら頭をかく。
「いやぁ、ああ言う民衆が熱くなっているときは貴族の特権を使うべきだなと…。出来れば忘れて貰いたいですね。」
「あら、でもそのお陰でこの集落が出来たんじゃない。賛同者を引き連れてその足でアレクソンの所まで直談判に行ったなんて格好いいわ。」
ララミーティアが笑いながらシモンにそう言うと、イツキもうんうんと頷く。
「そうそう、格好いいじゃんね。しかし悪いことしちゃったねー。ミールの町のみんなもミーティア集落のみんなもヤキモキしながら冬を過ごしてたんだね。」
「はは、そりゃヤキモキもしますよ。今思い出しても腹が立つあの冒険者組合の副支店長。あいつただ1人のせいで希望の光が掻き消されたと思ったんですからね。シモンさんがああやって流れを作らなかったら今頃アーデマン辺境伯領と冒険者組合は揉め事を起こしてましたよ。」
オスカーが手元の木のカップに入った紅茶をグッと飲む。
部屋の奥からトレイを持って歩いてきたアンが口を開く。
「シモン様は普段ニコニコしていますが、頭は良く切れますものね。そんな事、その場で咄嗟に思いついて出来ることではないですよ。」
「そうね。このミーティア集落を切り盛りしているんですものね。集落の運営なんて簡単に出来るものではないんじゃないの?それにシモンの悪口を言う人なんて見たことがないわ。そんな貴族はシモンだけじゃない?」
ララミーティアの問い掛けに照れ笑いを浮かべるシモン。
「はは、武の方がからっきしでしたので何となく負い目がありまして、貴族のように偉ぶるのは苦手なんですよ。私個人としてはそんな性格の自分は嫌いではないですけど。」
「そこもシモンさんの魅力だと思うな。」
イツキは腕を組みながらしみじみと言う。
外からは子ども達のはしゃぎ回る声が聞こえてくる。
「シモンさんの言ってた通り、誇り高きアーデマン辺境伯領の真なる民の姿を実現出来たじゃないですか。シモンさんは立派に誇り高いアーデマン辺境伯家の一員ですよ。」
「そうですね。シモン様、ここには人族も亜人もありません。シモン様は成し遂げたんですよ。きっとまだ夢の途中でしょうけれど、それでも先頭に立って成し遂げたんです。」
オスカーとアンの言葉にニコニコするシモン。
自分の弱さにコンプレックスを抱えていたシモンは暫く遠い目をして物思いに耽っていた。
シモンが一歩踏み出して灯した希望の光はミーティア集落に煌々と輝き続けている。
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