閑話.暖かい糸
ミールの町経由で紡ぎ車が届き、ミーティア集落にちょっとした木綿糸ブームが起きて間もない頃の話です。
子どもってクルクル回す物大好きですよね。キティちゃんのポップコーンのやつとか。
「一面真っ白だねー、雪が溶けたらまた一面麦畑か。」
「次の春からは小麦だけではないわ。綿の栽培も始まるから、きっと綺麗な花畑になるんでしょうね。」
「綿は白い花だったかな。暖かくなったらみんなで種まき。賑やかになるんだろうな。」
「今は畑は雪の布団を被って静かに寝ている時なのね。」
イツキとララミーティアはぼんやりと雪に覆われた畑を見渡す。
畑があるはずの場所は一面雪に覆われており、もう少し時が経って暖かくなれば畑は住人達で溢れかえって賑やかになるが、今は根雪の下で畑はジッと静かに春を待っている。
2人がそんな賑やかな様子をぼんやり思い浮かべていると、やがて遠くから子供の元気な声が聞こえてくる。
「イツキたま、テアたま!」
「おーい!イツキ様にティア様ー!」
ララミーティアが畑へ『豊穣の大地』の加護を与え終え、ミーティア集落を2人でブラブラしようとしていたのだが、いつぞやイツキが名前を付けた山羊人族の女の子のハウラとチョコレート色をした犬人族のボルダーがフワフワの毛をなびかせながら雪の中を息を切らせてトテトテと走ってきた。
「おっとっと危ない!大丈夫ですか?お姫様。」
「えへへ、だいじょぶ!」
雪に足を取られて転びそうになったハウラをイツキが慌てて抱き止める。
ハウラもボルダーも笑顔で溢れている。
ハウラは保護されたばかりの頃は殆ど喋ることが出来なかったが、子供達と遊んでいるうちに段々と言葉を話せるようになっていた。
それでも舌っ足らずなところが可愛らしかった。
「あら、2人ともそんなに楽しそうにどうしたの?何か良いことでもあった?」
「えっとね!えっとね!これ見て!」
「はうらも!はうらも!みてみて!」
そう言ってハウラとボルダーは手のひらに木綿糸を乗せてイツキとララミーティアに見せる。
見た感じ拙い出来の木綿糸で、恐らく2人が初めて作ったのが嬉しくて自慢しに来たようだ。
ハウラもボルダーも満面の笑みを浮かべ、まるで撫でられるのを待っているようでとても愛くるしい。
溜まらずイツキとララミーティアはしゃがんで木綿糸を眺めて大袈裟に驚いてみせる。
そしてイツキが一瞬ニヤリとしたのを見逃さなかったララミーティアは「またイツキ大袈裟劇場が始まる」と思って心の中で準備を始める。
「おー!随分立派な木綿糸だ事!いやぁ…驚いたな、こんなに上手に糸を紡げる人が居るのっ!?ねえ?ティア。」
「そうねぇ…。見たところ相当品質が良いわね。これはきっと良い品物よ。ここで紡いだんじゃなくて、きっと名の知れた名人が作ったに違いないわ!」
「だよねー、ところでこれどうしたんだい?買って貰ったの?」
イツキとララミーティアのやり取りを見て溢れる喜びを押さえ切れないと言った様子のハウラとボルダー。
2人はお互いに見つめ合うとニコニコ笑いながらその場でピョンピョン飛び跳ねる。
「ふふふ、違う違う!これね!買ったんじゃないの!実は僕達が作ったんだよ!クルクルって回る奴で作ったの!」
「はうらもくるくるしたよ!くるくるー!くるくるーって!つくったのよ!」
えっへんと言わんばかりに胸を張ってネタばらしをするハウラとボルダー。
イツキとララミーティアはわざとらしく驚いてみせる。
イツキに至っては地面に尻餅をついてみせる。
「ええっ!?こ、こ、これを…?つつつ作ったの!?えっ!?えっ!?ハウラとボルダーが!?すごい!信じられない!!」
「まぁ!随分綺麗に出来たわね!凄いわ!2人ともとっても上手なのね!!」
ララミーティアがしゃがんだまま両手を広げると、待ってましたと言わんばかりにララミーティアに飛び込むハウラとボルダー。
イツキも後ろからハウラとボルダーの頭をわしわしと撫でる。
ハウラとボルダーは目を細めて気持ちよさそうにしている。
ハウラがララミーティアを見上げながら嬉しそうにして尋ねる。
「ねえねえ、はうら、すごい?」
「ええ、凄いわ。ふふ、頑張って作ったのね。」
ララミーティアがハウラに頬ずりするとボルダーも負けじと主張を始める。
「僕のも凄い?ねえ、僕のは?」
「ええ、ボルダーのも凄いわ。驚いちゃった!」
「ああ、2人とも凄いよ!偉いんだねぇ本当。」
イツキはララミーティアごと抱き締める。
ハウラとボルダーはキャッキャ良いながら腕の中で暴れ出した。
やがてハウラの母親のセレナとボルダーの母親のアンバーが苦笑いを浮かべながら歩いてきた。
母親に気がついたハウラとボルダーはパッとイツキとララミーティアから離れて、声を弾ませながら駆け出す。
「まま!イツキたま、テアたま、すごいすごいってね?びっくりしたよ!はうらのつくったね?いとね?きれいって!いっぱいいっぱいいーっぱい!ほめてくれたよ!」
「お母さん!僕のくるくる作った糸も凄く立派だって!」
ハウラとボルダーはそれぞれの母親に体当たりするように抱きつく。
2人の幸せそうな姿を見てニコニコしているイツキとララミーティア。
以前ガレスとルーチェが魔纏岩で作った砥石を宝物のように大事にしていたのを思い出して少し涙ぐんでしまう。
ガレスとルーチェも弾けるようにして喜んで、枕元に並べて置いたりもしていた。
きっと2人にとっても掛け替えのない大切な宝物になるのだろう。
いつか初めて作った木綿糸を眺めた時に、この集落へきて良かったと心から思って貰えるだろうか、そんな事を考え出すと目がウルウルとしてしまうイツキ。
ララミーティアも目元を拭っている。
セレナとアンバーはイツキとララミーティアに軽く頭を下げる。
「ありがとう、ござます。ハウラ、よかったね。」
「ボルダーも良かったわね。ほらほら、2人ともそれをどうするんだっけ?」
アンバーの言葉にハウラとボルダーはハッとしてイツキとララミーティアの前に並び、はにかむようにしながら手作りの木綿糸を差し出してみせる。
「イツキたま、テアたま、あげる!」
「僕も!イツキ様とティア様にあげる!」
初めて紡いだ糸は大切な宝物になるんだろうなと思っていたイツキとララミーティアは思わず驚いてしまう。
「えっ!?初めて作った糸なんでしょ?大切な糸を俺達にあげちゃっていいの?」
「そうよ。2人が一生懸命作った大事な糸じゃない。私達が貰ってもいいの?」
イツキとララミーティアの言葉にニコニコしながらハウラとボルダーは答える。
「一生懸命作った大切な物だからイツキ様とティア様にあげるんだよ!僕も大切な名前貰ったしね、毎日幸せだからね、大切なイツキ様とティア様にあげたいの!」
「はうらも!イツキたま、テアたまがね、よろこぶってね、おもってね?ボルダーとがんばってね、つくったの!」
イツキはハウラから、ララミーティアはボルダーから木綿糸を渡される。
よく見てみると太さはまちまちで、お世辞にも綺麗な仕上がりとは言えなかった。
ハウラとボルダーはニコニコしながらイツキとララミーティアを見つめる。
アンバーが固まっているイツキとララミーティアに向かって口を開く。
「この子達、イツキ様とティア様に何かプレゼントしたいって言って頑張って糸を紡いだんです。どうか受け取ってあげて下さい。」
「ふたり、うまくできないって、なきながら、つくった、です。」
セレナの言葉にハウラとボルダーはセレナに抱き付いて「しーっ!」と言って抗議をする。
イツキもララミーティアも泣きながら必死で木綿糸を紡いでいるハウラとボルダーの姿を手渡された木綿糸に見て、思わず涙が溢れてしまう。
木綿糸を撫でてみると、糸はとても暖かい気がした。
「2人とも、ありがとう。2人の気持ちがいっぱい詰まっていてとても暖かい糸だよ。見ていると幸せな気持ちになるな。宝物にするね?本当にありがとう。」
「ええ、2人の気持ちがいっぱい籠もっててとても幸せな気分になるわ。こんなに素敵なプレゼントを貰えて私幸せよ。ずっと大切にする。」
泣きながらニコニコしているイツキとララミーティアを見て雪の中をはしゃぎ回るハウラとボルダー。
「やった!やった!凄い喜んで貰えた!やったねハウラ!」
「うん!ボルダーもよかったね!はうらも、しあわせ!」
子供達から貰った拙い木綿糸はイツキとララミーティアの宝物としてアイテムボックスの中に収められた。
いくつ時を重ねようと2人は時折アイテムボックスから木綿糸を出し、自分達の為に一生懸命作った宝物を眺めては思い出話で心を暖めるのだった。
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