98.聖護教会
シモンから教会の話を聞いてから数日後、ミールの町の方からローブを羽織った数人の人影がミーティア集落へとやってきた。
いずれも雪の中で保護色のようになっている真っ白なローブだったので、偶然集落の外をぼんやり眺めていたイツキやララミーティアは旅人か長命種の手練れでも来たのかと思っていたが、後からやってきたシモンが口を開いた。
「あのローブの色は恐らく教会関係者ですね。教会関係者が羽織る色のローブです。随分早かったですね…。」
「そうか、冬だから馬車は使えないのかぁ。」
「こんな雪深い時期に歩いてまで来るなんて、教会を設置しませんか?なんて単純な理由ではなさそうね。」
やがて段々とミーティア集落に近づいてきて、集団は5名である事が確認出来た。
ララミーティアが久しぶりに看破魔法を使ってみたが、青く光ったので少なくとも敵意がある訳ではない事は確認できた。
「今関係ないけど、看破魔法ってめっちゃ久しぶりに見たね。」
「そうね。『城塞の守護者』があるからいちいち使わないし、何よりイツキがいつも側にいるから安心してるっていう理由もあるかも。」
イツキの関係ない感想にララミーティアは微笑んで応える。
そして集団がミーティア集落に到着した。
集団はローブのフードを後ろへやり顔を見せる。
先頭にいた三十代くらいの男が口を開く。
「私達はアーデマン辺境伯様へ案内を出しておりました聖護教会の者です。私はこの辺り一帯の教区を委ねられております司教のアダン・エマールと申します。」
「お初にお目にかかります。私はミールの町で司祭をやっておりますサーラ・ミシリエと申します。」
アダンの隣に控えていた20代後半くらいと見受けられる女性はサーラといい、どうやら最寄りのミールの町のいわゆる牧師のようだ。
後ろにいた三名についてはいずれもあどけなさの残る男女で、恐らく見習いのような立場なのだろうとイツキは感じた。
特に口を開でもなく微笑みを浮かべながら立っている。
「初めまして、私はミーティア集落の代表を勤めさせていただいておりますアーデマン辺境伯家が五男、シモン・ド・アーデマンと申します。」
シモンが見事なボウ・アンド・スクレープを決める。
普段見ることのない貴族モードに思わず吹き出しそうになるイツキとララミーティア。
シモンはそんな2人を牽制するように話を降る。
「そしてこちらが…」
「初めまして。私はララミーティア・モグサ・リャムロシカよ。よろしくね。」
「初めまして。俺はララミーティアの夫のイツキ・モグサです。」
アダンが深々と頭を下げながらイツキとララミーティアに向けて喋る。
「承知しております。月夜の聖女様、黒髪の守護者様。今回、お二人に折り入って話があって参上致しました。」
「とりあえずここではなんですから移動しましょう。」
そうしてシモンはとりあえず集会所へ向かう。
イツキとララミーティアは集団の後ろの方で小声でボソボソ喋る。
(俺達に話だってさ)
(何かしらね)
集会所では既にアンや手の空いた住人たちが部屋のセッティングを終わらせて待っていた。
シモンを先頭に教会関係者、後ろにイツキとララミーティアが順番に入る。
「ありがと、後でみんなで食べてね。」
ララミーティアは住人たちにウインクをしてこっそり召喚していた鳥型のサブレをアイテムボックスから取り出してみんなに纏めて渡した。
集会所の中はいつもの勉強モードの机の並びではなく、長机を向かい合わせるようにして並べてあった。
いつも勉強の場として使われているハズが、住人たちのセッティングのお陰が部屋の中はまるっきり勉強のべの字もない程に小綺麗になっていた。
ちょっとした会議室だ。
シモンとアン、イツキとララミーティアが横に並んで座り、向かい合うようにして教会関係者が並んで座る。
住人たちが予めイツキとララミーティアが集落に配っていた召喚した茶葉で淹れた紅茶を出す。
茶葉はテッシンとキキョウから買った茶葉をいたく気に入ったララミーティアが、ズルい事と知りつつもじゃんじゃか茶器ごと召喚しては集落中に『美味しいから飲んで』といっては配り歩いていた。
ハーブティーや紅茶は心にゆとりや余裕を与えてくれると考えたララミーティアなりの心遣いだ。
「それで、今回のお話しというのは…?」
シモンが恐る恐る教会関係者側に尋ねると司教のアダンが口を開いた。
「私達は大陸の各地で活動をしておりまして、ララミーティア様とイツキ様の事も耳にしております。それでですね、ある噂を耳にしまして…。」
アダンが紅茶を一口飲む。
イツキとララミーティアはどんな話が出てくるのか緊張する。
「お二人は天啓をお持ちだと。」
「…はい。」
「…そうね…。」
天啓について特に隠し立てしている訳では無かった。
ベルヴィアも遊びに来ているし聖フィルデスに至っては一時ガレスやルーチェの保護者代わりに集落に住んで人々の懺悔を聞くような教会紛いな事さえしている。
見せびらかした訳ではないが、住人が側にいる状態で天啓が発動した事もある。
何よりベルヴィアは兎も角として聖フィルデスの醸し出す雰囲気は高位の教会関係者と言わんばかりに慈愛に満ちているのだ。
そんな神聖な雰囲気の女性を聖フィルデス様なんて呼んでいたのだから『実は神様だったんです』と説明しても納得してしまう程に聖フィルデスは神様らしい神様だった。
ミールの町からやってきた初期の住人たちは、イツキやララミーティアが穏やかに暮らしたいことをよく知っているので騒ぎ立てたりする事は決してしないが、集落に来る行商人や旅人から噂が広がっていてもおかしくはない。
教会関係者がその噂を耳にしてノーリアクションは流石に考えられないが、強い2人からすれば何かあってもはねのければ良いと思っていた。
しかし集落に関係してしまう事まで考えていなかったイツキとララミーティアは自身の浅はかさを後悔した。
「どうぞ構えないで下さい。お二人を囲い込んでどうにかしようとは微塵も考えておりません。神から啓示を受けることができると言われている天啓スキルは数百年前に確認されたのを最後に全く確認出来なかったのです。」
「確かに天啓スキルはずっと与えてないって、そういや最初の頃に言ってたね。」
「懐かしいわ、一番最初にそんな世間話が聞こえてきたわね。」
イツキとララミーティアはすぐにピンと来たようで懐かしそうに当時を思い出している。
それを見たアダンは興奮気味に2人に話をふる。
「やはり噂は本当だったのですね!?私達はデーメ・テーヌ様とテュケーナ様を信仰しております。しかし直接声を聞いたりお姿を見たりしたことがないのです。誠に手前勝手なお願いなのですが、天啓を通してそのお姿を是非拝見したいと…。」
教会関係者たちが深々と頭を下げる。
イツキとララミーティアは困惑してしまい、ついシモンに目をやる。
シモンは改めてイツキとララミーティアに説明をする。
「説明しましたが、聖護教会は穏健な団体です。過激な思想を持つような目立った話も耳にしたことがありませんし、当然武力なども持っていません。自分たちが信仰する神のお姿を見たい、そのチャンスがあるらしいと分かれば今回のようにわざわざ足を運んでまでお二人にお願いに来るのは仕方のない事と言いますか、極当然の流れかと…。」
ミーティア集落だって今でこそ普通に受け入れられているが、ファーストコンタクトの時の熱狂ぶりは確かに凄かった。
そう考えると何百年も二柱を信仰してきた聖護教会の願いというのも仕方のないことだとイツキとララミーティアは考えた。
「とりあえず本人達に聞いてみましょうか?」
「そうだね、天啓は別に何かを消費したりするもんじゃないし、忙しかったら応答してくれないだけなんで…。」
ララミーティアとイツキの提案にアダンをはじめ教会関係者は机に頭をぶつけるのではないかと思うくらいに深く頭を下げる。
「是非お願いします!」
イツキとララミーティアが頷いて、イツキがつなげている机の誰も座っていないお誕生日席に手をかざし「天啓!」と唱える。
すると何もなかった空間に大型のウィンドウ画面が表れる。
画面が切り替わるとテュケーナが映った。
『あれぇ、イツキちゃんにティアちゃん。そっちから天啓なんて珍しいですねぇ。どうしたんですかぁ?』
テュケーナは堅いビーフジャーキーを難しい顔をしながら引きちぎるようにして齧っている。
おやつがてらイツキとララミーティアはビーフジャーキーを召喚する機会が割と多いので、恐らくその時のついで召喚の代物だろう。
「テュケーナ様、お久しぶりです。実はデーメ・テーヌ様とテュケーナ様を信仰している聖護教会って団体の方々が、天啓スキルの噂を聞きつけてわざわざ集落まで来たんですよ、ほら。」
イツキが手をかざして教会関係者を指し示すと、教会関係者は椅子からガタッと立ち上がり、その場で片膝をついて頭を下げた。
『わっ!そ、そうだったんですねぇ!こんなもの食べたままで失礼しましたぁ!デーメ・テーヌ様ーっ!!ねえねえ早く早く!』
『ふぁ~、もう何ですか?折角寝てたのに…、欠伸が止まら…あら天啓じゃないの!もうっ!何で先に言わないの!?ふふふ、ごめんなさいね。ってあら、今日は随分多いわね。』
髪がボサボサのままのデーメ・テーヌがのっそりと現れたが、イツキとララミーティアだけではない状況を見て慌てて手櫛で髪型を整える。
「デーメ・テーヌ様もお久しぶりです。デーメ・テーヌ様とテュケーナ様を信仰している聖護教会って団体の方々が、俺達の天啓スキルの噂を聞きつけて、わざわざ集落まで来たんですよ。何百年も天啓スキルを付与されなかったらしいじゃないですか。だから是非お姿を!って。」
『あー、成る程ね…。別に意地悪で付与しなかった訳ではなくて、大きな大戦もなく自分達の力で過ごしていたから天啓は付与しなかったの。ほらほら、みんな顔を上げてちょうだい。』
デーメ・テーヌの声に教会関係者が片膝をついたまま顔を上げる。
その場にいた教会関係者の殆どが涙と鼻水で顔をグシャグシャにしていて、その光景を見た教会関係者以外全員が少し引いてしまう。
『うっ…!そ、そんなに泣かないでちょうだい。私達はいつだって見守っていますよ。』
『そうですよぉ。大袈裟ですよぉ…。』
「そうは言っても信仰している対象の声や姿に接することか出来たらそうもなるわ。私ですら集落に初めて来たときは凄かったのよ?何百年も顕現しなかったのなら、そりゃ大袈裟にもなるわ。」
ララミーティアが二柱に向かって意見をする。
「俺達を経由して天啓を定期的にってなるとちょっと面倒なので何とかなりませんか?まさか我慢しろとは言えませんし…。忙しいのであれば天界発信のみで定期的に声を聞かせるとか…。」
今後定期的に大規模なミサ的な物に駆り出されて天啓スキル係になったり、巡礼者のような人々に付きまとわれるのを恐れたイツキが提案をする。
その手の人達は恐らく悪意がないと思われるので、天啓目当てで家までついてこられては弱ってしまう。
デーメ・テーヌが少し考えるような素振りを見せる。
『一方通行なら確かにいいかもしれないわ。じゃあ私達の愛しい子らよ、それでいいかしら?』
「ははぁ!有り難き幸せ!」
『じゃあそこに居る5人に機能制限された天啓スキルを付与するわ。そちらでいう数年に一度くらいになるかもしれないけれど、前もって『そろそろ天啓する』って案内して、何か挨拶するみたいな感じでいいかしら。』
「承知しました!うう…、ううう…。」
教会関係者が頭を下げる。
感激しっぱなしで涙と鼻水が止まらない。
『どうしても何か伝えたい事があったらイツキちゃんとティアちゃん経由で天啓スキルを使って貰うって形でいいですかぁ?』
「その程度なら全然問題ないわ。ねぇイツキ?」
「そうだね、じゃあそういう形でお願いします。」
そんな形で教会がらみの一件はあっけなく片が付いた。
『聖護教会の子らよ。あなた達がその身をけずってまで亜人達に手を差し伸べ続けている事は知っています。これまで何百年もの間よく頑張りましたね。』
『亜人達に手を差し伸べてるってぇ、ミーティア集落と同じですねぇ。』
『こら!横から勝手にペラペラ!んんっ!!兎に角、これからも見守っていますよ。』
デーメ・テーヌは一方的にそう言って天啓を切ってしまった。
残された聖護教会の面々はしばらくの間嗚咽を漏らし続けた。
後で集落に教会を設置したいという話で来たのかと思ったと伝えたところ、やはりこのミーティア集落の亜人保護の姿勢、助け合いの姿勢は教会も把握しているらしく、月夜の聖女でもあるララミーティアを信仰している集落なので、あえて聖護教会の施設は特に必要ないだろうという見解との事だった。
今回来た教会関係者5名には本当に限定付きの天啓スキルが付与されたらしく、直ぐに上層部に報告して今後の体制について検討しなければならないとの事だったので、すぐにミールの町へ向けて帰ってしまった。
恐らく5人は大陸のあちこちに散って天啓係として出世するんだろうなぁと呑気に考えるイツキだった。
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