97.真冬
今年もミーティア集落に本格的な冬がやってきた。
ハーフリングのアンは元から知識が豊富で計算や書類の読み書きが出来たのもあり、シモンの補佐として常に側について回っていた。
本人も力仕事は苦手だと言っていただけあり、喜んで補佐の仕事を行っている。
冬の始まり頃に一気に増えた獣人系の元奴隷達の取り纏めはサキュバス族のエメがアンに替わり執り行っていた。
エメもアンと同じく読み書きや計算が出来た。
エメは自分に自信がないようで、自分の意見を口に出すのが苦手なようだった。
それでもミーティア集落に来てから何かと気にかけてくれるオスカーが引っ込み思案なエメをフォローする形で元奴隷達や元々の住人達の教育の進捗度合いを随時確認し教育のフォローを執り行っていた。
獣人系種族は基本的に里が奴隷商人にやられて根こそぎ狩られるパターンが大多数だが、アンやエメについては乗り合い馬車で移動している最中に盗賊に襲われて売りさばかれたパターンらしい。
乗り合い馬車も護衛がつくパターンと付かないパターンがあり、付かないパターンの乗り合い馬車は避けるのは当然なのだが、護衛が付くパターンでも盗賊の規模が余りにも多すぎると案外簡単に瓦解してしまうらしい。
護衛と言ってもあくまで魔物相手の冒険者が担う事が普通であり、規模が多い盗賊となると余程の手練れではないと対処しきれないようだ。
特にエルデバルト帝国では盗賊から奴隷商人にそうして捕まえた人達を売りさばくルートがごく普通にあった上、違法性の高い取引を取り締まるべき帝国兵も賄賂を渡せば全然目をつぶるとの事だ。
それどころか帝国兵が盗賊に成りすまして小遣い稼ぎに亜人の集落を襲う者さえ居る始末らしい。
なのでエルデバルト帝国における馬車の護衛はハイリクスハイリターンの場合が多く、運が良ければ手っ取り早く稼げるので無謀な冒険者にとっては金に困ったらエルデバルト帝国内の馬車の護衛は鉄板らしい。
今回の元奴隷達の中にいた単眼族のマリアンは隣の里へ歩いて向かっていたときに姿を誤魔化してもいない帝国兵に捕まったらしい。
その見た目から普段はローブで顔を隠していたらしく、捕まった後にローブを剥がれて顔を見られたら帝国兵の興味がなくなってしまったようで、そのまま奴隷商人に売られてしまったとの事だった。
そもそも里も人族が多い場所で、特に身寄りもなく、もし仮に戻ったとしても良いことはないと言っていた。
ミーティア集落にも本格的に雪が降り積もり、いよいよ行商人や外部からの来訪者は殆ど来なくなった。
しかしイツキやララミーティアの援助がなくても乗り切れる程の備蓄は備えているようで、特に食いっぱぐれるような人が出てくる事態には発展しなかった。
それでも果物等は中々手に入らなくなるので、暇なときはイツキとララミーティアがミカンやリンゴにレーズンなど様々なドライフルーツを召喚して配って回った。
保存性に優れたドライフルーツはこちらの世界でもポピュラーな物だったが、イツキが配る物は品質が桁違いに高く、物珍しい果物が多かったので特に人気が高かった。
そんな地球産ドライフルーツの存在が起爆剤となり、将来的にミーティア集落の魔法技術の高さとイツキのドライフルーツ作成についての中途半端な知識とが相まってドライフルーツ文化を飛躍的に向上させたのはまた別の話だ。
ハウス栽培なんて物はない冬は農作業が無い分、雪が積もるまでに用意していた麻を使って野性的で多少荒々しい麻縄を作る人が多かった。
何だかんだ縄は細いものや太い物など使うシーンが多いため、冬の時期の恒例の作業だ。
作り方が分からない人の家に行って、分かる人が教えながら一緒に作業したりと、ミーティア集落は種族関係なく冬の寒い時期でもワイワイ賑やかに冬を過ごしていた。
集落の男達は木こりのようにして過ごす事が多かった。
魔境の森の浅い部分に入って木が密集してしまっている箇所で間伐のような形で木を切り倒し、そのうち集落で使えるように空きスペースに切り倒した木が集められていた。
専業としての大工は特に居なかったが自分達で木を加工して家具などを作るのは大抵の人は慣れているようで、イツキやララミーティアに頼らずともスプーンやフォークなどちょっとしたものからベッドくらいまでの家具は割と器用に自分達で作っていた。
エメとオスカーはやがて一緒に暮らすようになり、程なくして結婚した。二人三脚で日々の教育の取り纏めを行っているうちにお互いに強く惹かれあったようだ。
エメとオスカーだけでなく、獣人系種族と元々集落に居た人族が惹かれあい結婚するケースが散見されるようになった。
身よりもなくミーティア集落に保護された元奴隷で獣人の娘や、母と子しか居ない獣人の親子など、気にかけてあれやこれやしているうちにくっつく例が多かった。
イツキとララミーティアはその手の話が挙がる度に集落全体でお祝いパーティーを開催して祝福をした。
イツキは何か特別な事が出来ないかと考えた結果、地球に居た頃に何かで聞きかじった文化だが結婚したカップルにはハチミツ酒をプレゼントする事にしていた。
なおハチミツは極稀に森の中で採取する程度でしか馴染みが無く、大変珍しいものとしてハチミツ酒はありがたがられた。
雪深い冬のある日の事、いつものようにイツキとララミーティアが朝集落に行くとシモンとアンが駆け寄ってきた。
こういう時は何かあるなと直感的にピンときた2人は、シモンとアンに先に声をかけた。
「何かあったって感じだね。」
「おはようございます。早速で恐縮なのですが、父上…アーデマン辺境伯から文が届きまして…。詳しくは私の家ででも。」
その後シモンの家にてとりあえずテーブルに着席し、シモンが説明を始めた。
「この集落の規模がなかなかの物になってきたから良い口実が出来たのか、教会の方から是非お話がとアーデマン辺境伯宛てにあったようでして…。」
イツキとしては今まで全く関わったことのない勢力だが、何となくこの手の話はファンタジー物では良からぬ気しかしない。
あちらからすり寄ってくる汚職にまみれた組織、完全に偏見だがイツキは苦々しい顔になる。
「教会ってどんな感じなの?ティア分かる?」
「正直私もそこまでは…。亜人に優しかったかしらって程度の印象くらいしかないわ。」
シモンが2人の反応を見越していたのかように説明を始めた。
「教会はデーメ・テーヌ様とテュケーナ様を信仰していまして、基本的には穏健な団体ではあります。あまり胡散臭いとかそういう印象は無いですね。特定の国を持っている訳ではないので必要以上に権力に固執するわけでもないですしどこかの国に肩入れして実権を握るなどの話も聞かないです。実際に加護を授けてくださる実在の神様を信仰する団体ですので、民からも普通に受け入れられています。」
「ちなみに教会が出来ると、住人一人一人が毎月僅かな一定額を教会へ収めます。そうする事で日頃の説教などは兎も角として、教育の場の提供、ちょっとした治療行為、貧しい者への食事の提供、有事の際に教会の建物を解放…基本的に石造りなので大抵の町では頑丈な部類に位置するんです、教会は。後は町にもよりますがパンづくりを担ったりエール造りを担って、それらを管理することもありすね。最も亜人保護に熱心な面が有りますので、なかなか住人からもお金は集まらないようですが、言わば町の便利屋さんの位置付けですので、細々とやっているようです。」
アンの補足にシモンもうんうんと頷く。
イツキとララミーティアはお互い顔を見合わせて首を傾げる。
「うーん、この集落に教会って必要…?」
「そうよね…。町の便利屋さん…、うちの集落はみんな便利屋さんになっちゃうわね。」
シモンは眉を八の字にして肩をすくめてみせる。
「だから困っているんですよ…。ミーティア集落は戦力も防衛力も十分、教育の質も他の町より何段も上ですし、食うに困る貧しい者なんて居ないです。魔物が一切出てこず、その辺の町の教会より遥かに頑丈な屋根まで石で出来た民家、住人の中でも魔法が使える者が増えたお陰でちょっとした治療行為は自分達でも十分に賄えます。デーメ・テーヌ様やテュケーナ様を蔑ろにするつもりはないのですが、そもそも我々は月夜の聖女様を信仰する為にここに来て居ます。別の信仰対象が居るのに教会を設置させて欲しいと言われても役割が無くて困りますね…。」
シモンは手元の紅茶をクッと飲んで喉を潤して、再び話し出す。
「ミーティア集落としては申し出を断れば良いだけの話なんですけれど、アーデマン辺境伯でもある父上が関係してしまうので、無碍に断るわけにもいかないんです。」
シモンの説明に、イツキとララミーティアはなるほどなと暫く考え込んでしまう。
確かに無碍に断ったがばかりに、アーデマン辺境伯領から教会は撤退だとか、非協力的な貴族だなんだと噂されるのはマズいだろう。
とは言え教会の役割を聞いていると確かにミーティア集落には全く必要のない団体だ。
そんな団体に毎月一定額支払うのは余りにも馬鹿げている。
イツキは腕を組んで唸る。
「意図が良く分からないという訳だな…。野心に溢れたり汚職にまみれてる訳でもない。味方につけて勢力拡大も考えにくい。とは言えお金目当てってほどボロ儲けしてる集団でもないときた。」
「本当に教会を設置したくて言っているのか、月夜の聖女との関わりが持てるチャンスだとでも思っているのか、何にせよ厄介な問題です。我々がどこの領地にも属さない独立した存在であればけんもほろろに突き返すだけなんですけどね…。」
シモンが困った表情で乾いた笑いを漏らす。
アンは困ったような表情でシモンをチラッと見やり、ため息混じりにイツキとララミーティアに向けて喋る。
「私個人の予想としては恐らく『亜人保護活動の協力をお願いします』だとか『月夜の聖女様は神様からお力を授かったのですか』とか、そんな類いの話だと思いますよ。協会を設置したいのであれば始めからそう言えばいいだけですから。シモン様はいつも通り悪い方向に考えすぎているだけかと。」
「いやぁ、ははは…。」
シモンは頭をポリポリかきながら苦笑いを浮かべる。
「確かになぁ。俺達も話し合いの場に出るからさ、シモンさんもそんなクヨクヨ悩まないでよ。」
「そうね。悪意もなく盲信的に良からぬ事を考えているのであれば私達が脅かして追い払えばいいわ。そんな事にはならなそうな予感がするけど。」
イツキとララミーティアの言葉にシモンは力無く笑ってみせる。
教会問題については暫く頭が痛くなりそうだ。
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