11.懸念
途中でやたら登場するレコードだ変換だについては、16進数文字列とかバイナリ値を頭の中でイメージして貰えれば助かります。
「…あのっ、…待って下さい!」
ララミーティアが急に発言をする。
まさかララミーティアが喋り出すと思っていなくて、イツキはララミーティアの方を向く。
『あなたは私の世界の子のララミーティアって子ね。どうしたのかしら。』
「あの、イツキが、その…、この世界から居なくなるような事は、ありますか…?」
『あらあら、ふふ。それはまずないわ。地球からこの世界に来た時点で魔力を持ってしまった以上、これから元々行く予定だった世界に行ったとしても意味がないの。だから安心してね。ティアちゃん?ふふ。』
「いや、そういう…あ、ありがとうございます!」
ララミーティアが照れくさそうに画面の向こうのデーメ・テーヌに御礼を言う。
これは、デーメ・テーヌにからかわれているなぁとイツキはたじたじになってしまう。
デーメ・テーヌの後ろからベルヴィアがひょっこり顔を出す。
『イツキ、まだそんなに経ってないけど大丈夫?』
「おう、元気でやってるよ。どうにかこうにかやっていけそうだよ。」
『そう、それは良かったわ。』
「ところで、俺の持ち物とかステータスの文字化けの件なんだけど、持ち物は固形のお菓子みたいなのと筒状の水みたいなのしか出てこないんだ。装備品は赤黒い水晶みたいなのがはまってる杖だけで…。」
ベルヴィアは「おほん!」と咳払いをして、改まって説明を始めた。
『長くなるけどそれはちゃんと説明するね。まず、ステータス。これは想定内の文字化けね。無理やり魔力って項目が増えているから、本来純粋な数字を表すレコードが綺麗に入るべきなのに、強引にズレた事で当てはめられたレコードが数字を表現出来なくなって表記がおかしくなるの。だから、文字化けを起こしているステータスは表示できる数字以上の値って事。ただ、今回は送る世界を間違えたから、普通魔力に関するステータスだけがおかしくなるはすが、バージョンの食い違いまで重なって、今イツキがいる世界のバージョンには存在していない余計なステータスが悪さをしてしまって、結果全部のステータスがズレてそうなってしまったって事ね。』
「おぉ、エラいことになってるな。バグにバクが重なってるのか、俺…。」
『そう。こういう事態なると厄介だから転生させるのは誰でも良いって訳じゃないの。次に持ち物。っていうか私が天界で用意して持たせた物。これはごめんなさい。元々行く予定だった世界のバージョンに適応している持ち物だったんだけれど、実際に行った今居る世界はバージョンが比較的古めの頃の世界だから、バージョンの食い違いが酷いの。転生させてから持たせた物であれば、こんな事は無かったんだけど、持ち物ウィンドウのどのアイテムも世界同士で各アイテムのレコードサイズがすこしだけ違うから、名前と実物との関連付けがハチャメチャに狂っていて、行く予定だった世界のアイテムの中で仮で関連付けられた同じ物しか出てこないんだと思う。』
ベルヴィアは地球人でもパソコンの知識がある程度あれば理解出来るレベルまで噛み砕いて説明してくれる。新人とは言えど、やっぱりこの人は凄い女神様なのではないかと改めて思うイツキ。
説明された内容から、昔よく遊んだゲームのバグ技が頭に浮かんでくる。
「あーなるほどな。なんか昔のゲームでもそんなバグあったな。バグらせると全身レイピアを装備している、とか…。」
『イメージ的にはそんな感じで合っていると思うわ。最初から装備していたもの達は文字化けしていても確かな品物だし、今の世界ではオーバースペックな物だから心配しないで。悪いようには作用しないわ。ちなみに持ち物リストにあった物の実物を見せてくれる?』
「わかった。まずはこのセット。」
持ち物リストから固形のクッキーのような物と水?を取り出す。
ベルヴィアがイツキの手元の物を食い入るように画面越しで見る。
『ああ、役に立つ物で良かったわ。それは元々行く予定だった世界の物で、昔とある国で開発されて魔導兵向けに配給されていたレーションセットよ。それを食べると周囲から魔力を取り込んで回復出来るわ。』
「確かに魔力回復してたよね?」
イツキが隣にいるララミーティアに問いかける。
ララミーティアはこくこく頭を縦に振る。
「魔力が回復出来るものなんて森エルフくらいしか作れないからびっくりしたわ。」
『そうね、私の世界ではとんでもない代物ね。それは世に出しちゃダメよ。多分あなたを巡って争いが起きるわ。』
デーメ・テーヌが片手を頬に当てて困った表情を浮かべる。
「そう思いますので、これは俺とティアと2人で食べるお菓子としてつかいます。」
2人で食べると聞いて思わず笑みが零れるララミーティア。
『じゃあ次は装備品を見せて。』
「おう、これだよ。」
イツキは先程マコルの実を食べるため座ったときに邪魔で床に転がしていた杖をよいしょと拾い上げて前に出す。
再びベルヴィアは食い入るように画面越しに杖を見る。
『あらら、あまり役に立たない物が出て来たわね。』
「ありゃそうなの?」
『うん、これも行く予定だった世界で、ずっと昔に小国が開発した、周囲の魔力を媒介に誰でも魔法が使えるっていう杖で、一般市民や子ども達の武装として大量に配られていた杖シリーズの中でも、火の魔法が撃てるってやつね。「炎よ!」って言えば誰でも上級の火魔法が連射出来るわ。とは言ってもイツキも隣のティアちゃんも魔法が普通に使えるから、わざわざ使う必要はないと思うわ。その水晶だけ取り外してハンマーかなんかで細かくかち割れば、小さくなった分だけ弱い威力の火魔法が永久に使えるから、料理とかお風呂を沸かすのとかに便利かもね。実際配られた杖は殆どそんな風に使われてたみたい。』
薪以外に使い道があって良かったなとちょっと安堵するイツキだった。
「使用者の魔力を無視して周囲の魔力だけで攻撃できる武器、なんというか凄い技術ですね…。」
ララミーティアが息をのむようにして静かに呟く。
今居るこの世界ではオーバースペックな代物でも、別の世界ではずっと昔の量産品なのだ。
『だから世界が滅びそうになるの。そんな杖でさえ昔のそこら辺の一般人が使っていた量産品。どんどんエスカレートして、最後は魔力を持たない人でも使える大陸を消滅させるほどの魔導兵器や、それを防ぐ結界、一般人も周囲の魔力をどんどん吸い上げて豊かな生活を送る。そんな文明が成り立つわけが無いわ。』
『あれはフライヤが考え無しに次から次へと天啓を出しちゃうからああなっただけよ。普通に見守っていれば心配しなくてもああはならないわ。』
デーメ・テーヌがベルヴィアを窘めるように優しく言った。
ベルヴィアは『すいません』と一言言うとペコッと頭を下げた。
『ところでスキルはどうなってる?』
「あぁ、まだちゃんと見てないけど、こっちは特に文字化けは起きてないよ。」
イツキがスキルウィンドウを出して一覧を改めて見てみる。
『どれどれ、そうね。基本パッケージだから大丈夫そうね…。』
「基本パッケージ?」
『ええ、バージョン共通の転生者向けセット。「天啓」「言語理解」「上級ウィンドウ魔法」「鑑定」「サバイバル」あとはそっちで覚えた「初級火魔法」「初級水魔法」「初級風魔法」「初級土魔法」「初級光魔法」「初級闇魔法」「上級隠蔽魔法」「上級精神魔法」』
「へぇ、さっきティアに教えてもらったやつスキルに入ってるよ。でも光とか闇とか全然心当たりがないんだけど…。」
「隠蔽は光魔法と闇魔法が使えないと出来ないから、一発で覚えられる人なんて珍しいのよ。いきなり隠蔽魔法を使ったから一遍に覚えたのね。」
『地球人は魔法使うのが本当にうまいから、ティアちゃんに色々教えてもらって手数を増やしていくといいと思うよ。よろしくお願いね、ティアちゃん。』
ベルヴィアがララミーティアに向かってウインクをする。
デーメ・テーヌが咳払いをした。
『とりあえず今後については先程申し上げたとおり、こちら側も早急に対策をまとめます。あなたたちには無理のない範疇で協力して頂く事も出てくるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。』
「「はい!」」
イツキとララミーティアの声がそろう。
『イツキ、色々ごめんね。』
「気を落とすなよー、こっちは大丈夫だからさ。」
『うんっ!』
『じゃあいいかしら。それでは。』
デーメ・テーヌがそう告げると天啓は切れた。
結果としてララミーティアを巻き込んでしまった事に責任を感じてしまい、イツキはララミーティアに謝ることにする。
「デーメ・テーヌ様、『あなたたち』って言ってたね…。なんか、会ったばかりなのにとんでもない壮大な事に巻き込んじゃってごめん。」
「ううん、これまでずっと独りぼっちだったから、今とてもワクワクしているわ。」
「はは、そう言って貰えると気が楽になるよ。とりあえずさ、俺としても折角来た世界だし、ずっと残りたいと思っているよ。」
「…イツキがね、いなくなっちゃうかもって思うと、…よくわかんないけど凄く嫌だったの。」
ララミーティアがモジモジしながら消え入りそうな声でイツキに言う。
「なんて言うか…その、嬉しいよ。そんなわけでさ、良かったら色々教えてくれると助かるかな。」
「ええ!明日は狩りとか採集を一緒にやってみましょう。」
パッと顔中に花が咲くような笑顔を浮かべるララミーティア。
その目尻に涙が少したまっている事にイツキは気がついて、たまらなくララミーティアが愛おしく感じた。