87.覚悟と決意
テッシンとキキョウがやってきた翌朝の事。
朝食はミーティア集落で取ろうと予め相談していた通り夜明けとともにミーティア集落へ行くことになった。
道中でも色々説明しておきたいと言うララミーティアの要望により、テッシンとキキョウにも重力魔法をかけ人族の姿で空を飛ぶ練習を軽く行った。
テッシンとキキョウは人族の姿のままで空を飛ぶ事に痛く感動しており、2人で手をつなぎながら風魔法の加減の確認をしていた。
「お二人はいつも空を飛んでるじゃないですか。そんなに感動するものですか?」
そんな2人の様子を見たイツキの質問に興奮した様子で答えるキキョウ。
「だって!この姿のまま飛んでるのよお!不思議な気分!」
「そうですね。この姿のままだとキキョウを近くに感じます。翼がぶつからないよう距離を取らなくてもいいですし、人族の姿の方が複雑な会話が出来ますし、とても良いです。」
一通り飛ぶ感覚を覚えた2人は手をつないだまま一旦地上に降りてくる。
ララミーティアは感心したような表情で降りてきた2人に質問を投げかける。
「へえ、ドラゴンの姿の時にガウガウ言ってたのは特に細かい会話をしていたわけではないの?私てっきり何か会話をしているのかと思っていたわ。ガウって言ったらガウって答えてるじゃないの。」
「あれねえ。あれは簡単な意志疎通しか出来ないわあ。だから長い距離を飛んでいると退屈だしちょっとだけ寂しいわあ。でも人族の姿で飛ぶのは丸腰で飛んでるみたいでそわそわしちゃうけどねえ。ふふ、でもこの人とお喋り出来る方がいいわあ。」
キキョウがテッシンの腕に手を絡ませてララミーティアの質問に答える。
イツキは納得が言ったという顔をする。
「なるほどなぁ、通りでドラゴンの姿の時の言葉が理解出来なかったのか。言語理解のスキルがあるのになんで理解出来ないんだろうって、ちょっとベルヴィアを疑っちゃってたなぁ。」
「はっはっは、確かに言語かと言われるとちょっと違いますね。鳴き声の感じで何となく言わんとしていることをなんとなく理解していると言った感じでしょうか。鳥やその辺の動物と一緒ですよ。」
テッシンの意見にうんうんと腕を組みながら頷くキキョウ。
「そうねえ。じゃあどんな声だとどんな事を言ってるかっていうのは説明出来そうもないんだけれど、種族特性の効果なのかしらねえ。あんまり深く考えたこと無かったわあ。『ああ、お腹空いたのね』とか『そろそろ休みたいのね』って何となくわかるわあ。」
ララミーティアは手をパンパンと叩いて3人に声をかける。
「ガウガウの疑問も解けたところでそろそろ行きましょう。あっちで朝ご飯でも食べながらガレス達を紹介するわ。」
「そうだね、早いところ行きましょうかね。」
そう言って4人は青く澄み渡った空へと高く舞い上がった。
ミーティア集落についた頃には既に人びとが畑仕事や洗濯など動き回っていた。
ガレスとルーチェがまだ外に居ないことを上空から確認したイツキ達は、ガレス達が寝泊まりしている小屋へと足を運んだ。
この頃はイツキやララミーティアが集落へやってきても人々は見慣れたもので、近くにいた人やすれ違った人が挨拶をする程度までになっていた。
ガレス達の小屋へ行くとガレスとルーチェは既に起きており、2人でテーブルについて水を飲みながら話をしていたようだった。
「おはようさん。来たよー。」
イツキが開いていた扉をノックしながら声をかけるとガレスとルーチェは椅子から立ち上がった。
「おはよう。今日は随分早いんだね。」
「イツキもティアもおはよう!私達これから朝食なんだけど、2人は?」
12歳になったガレスと11歳になったルーチェはまだ年齢的には子供ながらも大分大人っぽく成長していた。
日本人の感覚しかなかったイツキにとっては大人びるような歳でも無いだろうと思ったが、こちらの世界の人達からすればガレス達の成長速度は特段珍しい事もない普通のものらしい。
集落の代表のシモン曰わく、ガレスとルーチェは年相応に遊ぶこともなくひたすら都市計画を進めていたので、内面的に同年代の子供より大人びた思考なのが彼等の印象を妙に大人びた風に見せるのでしょうとの事だった。
ルーチェは徐々に自分をルーチェと呼ぶことが恥ずかしくなってきたようで、いつの間にか自分の事を『私』と呼ぶようになってきた。
その事についてルーチェ本人に尋ねると「私もう子供じゃないよ!」と頬を膨らませて抗議してくる。
しかしガレス曰わく、2人だけの時はまだ自分の事をルーチェと呼んでいるらしい。ガレスは照れ臭そうに裏でイツキとララミーティアに話していた。
イツキはそんな2人がいつまでも同じ寝床でくっついて寝ている事について少し心配しており、ガレスに遠回しに尋ねてみたところ、「別々に寝たらルーチェが夜泣きするんだ」と言って肩をすくめていた。
その件についてララハイディもリュカリウスも特段なにも思っていない様子。
地域や種族によって成人の年齢や結婚する年齢はてんでバラバラなので、この世界でそんな細かいことを気にする人はそこまで居ないとの事だった。
ララミーティアも概ね同意見で、ララハイディやリュカリウスと同じく、肉体的な成長がある程度落ち着いたら大人、それまでは別に好きにして良いのではないのかと言っていた。
長命種特有の独特な価値観かと思い、イツキは集落にいた人族の大人に聞いてみたが、人族の町でも大体15歳くらいが成人として扱われるが、そこまで厳格に守るものでもなく、あくまで目安との事らしい。
なので成人していないから結婚をしてはいけないという事も特にないらしい。
ある程度育っていて一人前に稼ぐことが出来れば別に結婚してもいいのではないか?というのがこの辺においてのスタンダードな考え方らしい。
逆にイツキは一体なにをそんなに貴族のように拘っているのかと周囲から笑われ、久し振りに異世界とのギャップを通過するイツキだった。
イツキが何より一番堪えた発言はララハイディからの「未成年のエルフ族と結婚して夜毎あれこれしておいて、その張本人が一体何をそんなに拘るのか」という指摘で、周囲からも笑われ、リュカリウスも噴き出してイツキから顔を背けてしまったのが何よりショックだったイツキ。
そんな顔を真っ赤にして俯くイツキの肩をララミーティアは眉を八の字にしながら抱き寄せて慰めてくれるのだった。
ガレスとルーチェから朝食について聞かれたイツキとララミーティアは後ろにいたテッシンとキキョウが見えるように少し位置を移動してから答える。
「私達もまだなの。今日はずっと前から言ってた行商人の2人が遊びに来たから紹介するわ。」
「こちらがテッシンさん、んでこちらが奥さんのキキョウさん。2人とも龍人族だよ。」
イツキとララミーティアから簡単な紹介を受けた2人はガレスとルーチェに対して挨拶をする。
「どうも始めまして。私達は行商の旅をして大陸を回っている者でして、私はテッシンと申します。こっちは妻のキキョウと申します。お二人ともよろしくお願い致します。」
「2人がミーちゃんの言ってた子ども達ねえ。私はキキョウといいます。2人ともよろしくねえ。」
突然の自己紹介に少し緊張するガレスとルーチェ。
「初めまして。俺はガレス・モグサと言います。」
「私はルーチェ・モグサです。よろしくお願いします。」
緊張しているガレスとルーチェの様子を見てクスクス笑うララミーティア。
「ふふ、私はハイジ達を呼んでくるわ。どうせあの2人はまだ寝てるでしょ?」
「よろしくね。じゃあ俺達はその辺で朝食食べる準備でもするかねー。」
イツキがそういうと、小屋の前にいつものレジャーシートをアイテムボックスから取り出してバサッと広げる。
とりあえずその場にいるみんなを座らせ、適当にパンやコンビニのおにぎりを召喚してゆく。
近頃ガレスとルーチェは腹持ちがいいと言ってパンよりおにぎりを好むようになっていた。
食べ盛りかなと思ったイツキは過剰なまでに大量のおにぎりをガレスとルーチェに渡していた。
なお、包んでいたビニールについては燃やさず渡すようにと言い聞かせていたイツキが都度回収して、アイテムボックスに仕舞っているゴミ袋に纏めていた。
そうやっていつも燃やしてはいけないゴミをいちいち洗浄魔法で綺麗にしてからゴミ袋にせっせと纏めるイツキの姿を見て、ララミーティアは「マメねえ」と感心するのだった。
燃やして発生する有害物質と言う存在がいまいちピンと来ないらしい。
やがて寝ぼけ眼のララハイディとリュカリウスをララミーティアが連れてきて、賑やかな朝食が始まった。
「おお、ご結婚したそうで。2人ともおめでとうございます。」
「その節は魔境の森についてあれこれ教えて頂き感謝しています。お陰でこうしてずっと探していたハイジに会うことが出来ました。」
テッシンとリュカリウスが固い握手をしながら会話をしている横ではキキョウがララハイディを冷やかすようにして話しかける。
「何年ぶりかしらねえハイジちゃん。あんなに強さに拘っていたハズが、なーんだかすっかり色気が漂っちゃってえ、番の匂いがぷんぷんするわあ。」
「だって、ようやく自分より強い男に巡り会えた。しかもリュカは里を飛び出した頃に知り合って気になっていた男だった。こんな運命のイタズラのような事があって結婚までして、何も匂わない方が異常。」
「ねえねえ、一体どんな感じなの?さぞや燃え上がっているんでしょうねえ!」
キキョウがググっとララハイディにすり寄る。
ララハイディものろけたくて仕方がないのか、賺さず反応する。
「勿論燃え上がっている。どんな感じかというと、まず2人きりになった時に私が服を…」
「ちょっと2人とも!子供たちの前で朝から生々しい話で盛り上がらないでちょうだい!夜お酒でも飲みながら盛り上がって!」
時と場所を一切選ばずに盛り上がり始めるキキョウとララハイディを慌てて窘めるララミーティア。
イツキはガレスとルーチェに町づくりの進捗を尋ねる。
「最近は大分町づくりも進んだと思うけど、この先まだ何かやる計画はある?」
ガレスとルーチェは顔を見合わせてしばらく考え込む。
ガレスは指折り数え、やがてガレスが顔を上げてイツキを見る。
「うーん、正直もう特にないかな。むしろやることを探してる。」
「そうね。井戸まで作っちゃったし…。空いた場所に家でも建てるかな?って考えてる感じ。」
2人の意見を聞いて頷くイツキ。
テッシンとキキョウには予め移動中に了承を得ていた話を切り出す。
「2人はさ、暫く行商の旅に同行する気はない?」
「「旅!?」」
想定外の事を切り出してきたイツキに対し、ガレスとルーチェが声を揃えて驚く。
イツキの切り出した話題にララミーティアも賺さず反応する。
「そう、旅よ。2人が加護を貰ったときからずっとイツキと考えてたんだけれどね、せっかく一番信頼できる商人が居るから、同行して商売について経験したり色々な町を見てくるのはどうかなって。」
「テュケーナ様の加護は商売がらみの加護だろ?色々な可能性を伸ばした方がいいかなと思ってさ。たった数年の旅になるとは思うけど、きっと一生モノの良い経験になると思うんだ。」
ガレスは腕を組んで考え込んでしまった。
ルーチェも昔だったら二つ返事で大喜びしただろうが、流石に即決できないようでガレスを見守っている。
「そうですね。大陸中を回れる機会なんて中々ないでしょうし、あちこちの町を巡るのも中々楽しいものですよ。それこそ地域や種族によって特色がありますからね。特産品や町づくりや、この集落を発展させるヒントが獲られるかもしれません。ワクワクしますよ?新しい町へ行くのは。」
リュカリウスがガレスの肩に手を置いて話しかける。
ララハイディも意見を口にする。
「それにこの集落はすでに落ち着いている。今ではちょっとした生活魔法であれば2人の手助けがなくとも集落の人々で回せるようになっているし、イツキとティアは引き続き顔を出す。心配なのは分かるけれど、2人はまだこれから色々経験すべきだと思っている。かく言う私達もそろそろ旅に出ようかと丁度話をしていたところだった。」
ララハイディとリュカリウスが目を合わせて微笑み合う。
そんな様子を見ていたキキョウがルーチェの手に手を乗せて優しく語りかける。
「ミーちゃんの子供は特に大歓迎よお。もうずっと長い間2人で行商の旅をしているから、たまには子供がついて来るような旅があってもいいわあ。ねえあなた。」
「キキョウの言うとおりです。それに私もキキョウも腕に覚えはあります。体術メインですが暇なときは鍛練のお手伝いも出来ますよ。商売についてはキキョウに教えて貰う方が確実ですけどね。」
テッシンがニコニコしながら頭をかく。
ガレスはルーチェと目を合わせ、やがて意を決したようにイツキに向かって口を開く。
「俺達色々な町を見てみたい。」
「うん。せっかくだからね。」
「よし、そうと決まれば後でシモンさんには俺達から言っておくよ。まぁ今日明日で出発する訳じゃないからさ、ゆっくり準備するといいよ。」
イツキがガレスとルーチェを抱き寄せる。
ガレスとルーチェは照れながらも久し振りのイツキの包容に身をゆだねてそっと微笑んだ。
そんな姿を見たララミーティアも表情が緩むが、一同に声をかけた。
「さあ、早く食べちゃいましょう。」
そうして引き続き賑やかな朝食は再開したのだった。
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