85.新たな日常
ガレスルーチェペアとリュカリウスによる模擬戦が予想外の結果で終わり、一同はレジャーシートに腰を下ろし昼食としてハンバーガーセットを仲良く食べる。
ララハイディはハンバーガーを食べ事があったがリュカリウスはさすがに初めて口にする物で、ララハイディが終始甲斐甲斐しく食べ方や味をリュカリウスに教えた。
リュカリウスも物珍しい料理に興奮、初めて食べるハンバーガーに舌鼓を打った。
「このハンバーガーですか?この手の食べ物は世間に広めても良い刺激となって食の文化を進化させるキッカケになるかもしれません。屋台などで出せそうですし、片手で気楽に食べられます。パンに肉を挟んで食べるという習慣はこの大陸では意外と無いんですよ。」
「簡単そうなのに不思議だねぇ?」
ルーチェがおかわりのオレンジジュースを手に不思議そうな表情で首を傾げる。
「パンを千切ってスープに浸して食べるスタイルが一般的で、砂漠地帯では硬いパンを皿のようにして料理を乗せて食べ、最後にパンを食べるという文化があります。この文化はハンバーガーの先祖のような存在かもしれませんね。」
リュカリウスはさらに話を続ける。
「しかしこれらの魔力回復する水やそのクッキーのような物については全く見たことがありません。これは決して世間に流通させてはいけませんね。魔力回復は大陸のバランスを壊す道具になりそうです。私も決して他言しません。」
食後にリュカリウスがイツキがアイテムボックスから出した例のクッキーを頬張りながら深刻な表情で独り言のように言う。
「リュカの言うとおり。ハンバーガーは真似すればそれなりの物は作れるかもしれない。でも魔力回復については再現は無理。ガレスとルーチェは自ら率先して強くなっているけれど、短命種の種族が無理矢理同じ鍛え方をしてしまえば、世の中のバランスは滅茶苦茶な事になる。」
「そんなに滅茶苦茶になるのー?」
深刻な顔をしているララハイディにルーチェがオレンジジュースを飲みながら呑気に質問する。
「なる。人族は兎に角圧倒的に数が多い。考えてみて欲しい。ガレスとルーチェみたいな人族が千人とか二千人とかいる魔法師団を。二千人規模の魔法師団だとして単純にステータスだけで考えたら、私やティアが何百人も居る魔法師団と言う事になる。もしならず者国家エルデバルト帝国がそんな武力を持ったら何を考えるだろうか?少なくとも世界平和のために使わない事は確実。」
さすがにガレスもルーチェも深刻な表情になる。
「エルデバルト帝国ってルーチェたちが居たとこ?」
「ああ、本当にロクな国じゃない。エルデバルト帝国が如何にも企みそうな事だよ。心底嫌な国さ。」
そんな子ども達にイツキとララミーティアが笑いかける。
「ま、何かあったら何とかしてやるさ。心配すんな!」
「そうね、本当にまずいことになったら手を出すわ。」
ガレスとルーチェは微笑みながら「うんっ!」と頷いた。
それからミーティア集落に暫くララハイディとリュカリウスが滞在してガレスとルーチェに稽古を付けつつ面倒を見る役を買って出てくれた。
イツキとララミーティアは定期的に顔を出してはいつも通りガレスとルーチェに食糧の補充、イツキがララハイディとリュカリウスの稽古の相手をする事もあった。
イツキは基本的にどんな攻撃を受けても大袈裟に反応するが、総じてケロッとしているので気兼ねなく攻撃出来ると好評で、ララハイディとリュカリウスが鍛錬をする際は常時重力で身体に負荷をかけるようにもしていた。
リュカリウスもララハイディもガレスとルーチェの戦いを見てから搦め手にすっかり凝っており、あの手この手でイツキを攻撃してはああでもないこうでもないと反省会をしていた。
次第にイツキも戦いのセンスが磨かれ、2人の攻撃をヒラヒラとかわすのが次第に快感になっていた。
ララハイディとリュカリウスも当てる練習にもなるので「出来れば避けてほしい」とイツキに依頼していた。
初めのうちは住人から「イツキさんが死んでしまうのではないか」と不安の声が上がったが、やがてよくある光景として誰も気にとめなくなった。
外からやってくる行商人や旅人へは住人が「しっかり訓練している方が攻撃を受けているので大丈夫です」と説明する羽目になっていた。
そうして3人が鍛錬している時、ララミーティアは集落の中で人々の話を聞いてあげたり治療して回ったりと、聖フィルデスとルーチェの替わりをこなしていた。
ララミーティアの聖女の力による治療は通常の治癒魔法とは違い、大抵の病気にも効果があったので、治して貰った人やその家族から泣きながら御礼を言われ、ララミーティア信仰は益々高まっていく結果となった。
ガレスとルーチェについてはずっと無詠唱魔法ばかりで、詠唱魔法が殆ど使えないという何とも歪な育ち方をしていたので、ララハイディが徹底的に魔法の基礎である詠唱魔法を教え込んでいった。
種族的な問題でどうしても一人が持つ魔力量が劣る分、シーンによって詠唱魔法と無詠唱魔法を使い分けるようララハイディから手ほどきを受け、多重詠唱で更にガレスとルーチェが連携し、詠唱魔法の組み合わせで様々な攻撃のバリエーションを会得していった。
リュカリウスからは体術においての基本的な立ち回りを中心に学んだ。
ガレスとルーチェは自分達で身体強化についても常時発動ではなく、発動させるタイミングや動きに合わせて最適な強化ポイントなど、兎に角ガレスとルーチェにとって不利な魔力量をカバーする為の立ち回りを会得するのに専念していった。
常に全身に身体強化をかけるかかけないかしか無かった選択肢に、部分的にかけるという新たな選択肢が生まれた。
ガレスとルーチェの魔力量については、空にしてから回復させても成長率が段々と低下していった。
ララミーティア曰く、種族的な成長の天井まで来てしまっているかもしれないとの事で、後は年齢に合わせて徐々に延びる程度だろうとのいう見解だった。
ララハイディやリュカリウスも同意見で、イツキも「そうなのかぁ」とガレスやルーチェと同じスタンスで意見を聞いていた。
それでもガレスとルーチェは限界突破という無茶な身体強化による魔力消費はしなくなったが、寝る前の魔力を空にする日課は決して欠かさなかったのでイツキの魔纏岩集めは終わることはなかった。
替わりにララハイディとリュカリウスが効率的な限界突破の研究に魅せられ、徐々にのめり込んでゆくのだった。
ミーティア集落を覆う壁は既に完成。
塀の上を巡回し更に上から外に向けて弓矢で攻撃できような立派なものになっていた。
今後の発展のためにかなり広めに覆われている。
集落の中の道もイツキが雨が貯まらない道とはどんなものか説明。
全てガレスとルーチェにより強固で平坦な道が規則的に敷かれていた。
シモンを始め、集落の大人達と相談し、今後の発展計画に合わせて道は少し広めに敷かれていた。
家についてもガレスとルーチェによる石で出来た家に切り替わっており、備蓄庫や集会場などの居住と直接関係のない大きめの建物まで既に手が回っていた。
もはや集落と呼べるような規模では無くなっており、あちこちが石造りで出来ているので、ぱっと見は砂漠にあるちょっとした町のような様相を醸し出していた。
ガレスとルーチェの相手をしていない間暇になるララハイディとリュカリウス。
ララハイディはガレスやルーチェのように鍛えてほしいという住人達の声に応え、熱心に稽古をつけるのが日課になっていた。
リュカリウスはというと吟遊詩人としてそこそこ名の知れた存在だった為、住人達から歌のリクエストをされたり楽器を教えたりして過ごしていた。
リュカリウスは長年吟遊詩人をやっていただけあり、歌だけでなく大陸のあらゆる場所についての知識も豊富で、様々な文化や体験を語ったりもしていた。
住人達はそんなリュカリウスの口から語られる遠い異国に思いを馳せるのが楽しみの一つになっていた。
ミーティア集落は特に大きな事件もなく順調に発展を続け5年がたった春。
いつものように朝からイツキとララミーティアが本邸で2人仲むつまじくイチャイチャしている所に、空から大きな影が2つゆっくりと近付いてくるのが見えた。
「あっ!テッシンさんとキキョウさん!」
「今回は長かったわね。やっと来たみたい。」
2人が顔を見合わせ、本邸から飛び出してテッシンとキキョウを迎える準備をする。
2匹の巨体が翼をゆっくりとバサバサさせながら広場に降りている。
やがて人型に変化し、イツキとララミーティアに声をかけた。
「どうもご無沙汰してます。お元気そうで何よりです。」
「2人とも仲良くしてたぁ?」
ララミーティアはキキョウに抱きつき、イツキはテッシンとがっしりと握手をする。
「お二人もお変わりないようで何よりです。」
「こっちは相変わらずよ。でもあれから色んな事があったの!そろそろお昼ご飯を食べようと思っていたんだけど、良かったら一緒に食べながら話しましょう?」
ララミーティアの意見にテッシンとキキョウが同意したので、早速イツキとララミーティアは広場で昼食を取るべく手際よく準備を始める。
喋りながら摘まめようにとサンドイッチを大量に召喚し、久し振りの再開を祝し昼食会は始まった。
イツキとララミーティアは2人が居なくなってからの出来事を順を追って説明した。
亡命してきたガレスとルーチェを育てることにした事。
魔境の森の外のランブルク王国に隣接する側にミーティア集落が出来た事。
ガレスとルーチェがひたすらミーティア集落を発展させ続けている事。
テッシンとキキョウに教えられて吟遊詩人のリュカリウスがやってきた事。
ララアルディフルーの弟子ララハイディもやってきた事。
リュカリウスとララハイディが運命的な再開を果たして結婚した事。
その2人がミーティア集落でガレスとルーチェを鍛えながら楽しく生活している事。
この5年間に起きた出来事はとても多く、説明が終わった頃にはそろそろ日が傾き始めそうな頃合いになっていた。
「ハイジちゃんはここで何度か会ったことあるわあ!懐かしいわあ。歳も近いしねえ、あの子って見た目と違ってお喋りで面白い子なのよねえ!」
「吟遊詩人のリュカリウスさん、確かに旅先で何度かお話した記憶があります。明らかに人族でもないし、ただ者ではなかったですからね。物腰も柔らかくて紳士的な方でした。へえ…、意外な組み合わせですが、そうですか…。あの2人にそんな過去があったのですね。世の中狭いですね。」
テッシンとキキョウはしみじみとしながら、後から召喚した東京土産のバナナケーキを頬張る。
キキョウはふと思ったことを口にする。
「そういえばそのミーティア集落まではどうやって往き来しているのお?森を抜けるとなるとなかなか大変だと思うけれど…。」
「あぁ、そうか!えーと、俺だけ使える魔法がありまして、重力魔法って言うんですけど、それで飛べるようになったんです。」
そう言ってイツキはさっそく空を飛んでみせる。
軽い風を巻き起こしながらふわりと舞い上がるイツキにテッシンとキキョウは驚いた表情でその光景を見ていた。
「イツキは転生者でしょ?よく分かんないけれど、元々違う世界に行く予定だったから私達より使える魔法の種類が多いらしいわ。とは言ってもまだ重力魔法しかわかってないんだけれどね。私にも仕組みがよく分からないんだけれど、この大地が私達を引っ張っている事で私達は地面に立っていられるらしいの。重力魔法はその引っ張る力に干渉出来るみたいで、空を飛ぶには引っ張る力の干渉を少なくして風魔法で進んでいるの。」
ララミーティアは右手で日差しを遮って上空のイツキを眺めながらテッシンとキキョウに簡単に説明する。
「案外龍の姿で飛ぶときと仕組みは似ているかもしれません。あれも種族固有のスキルですし、いくら翼があるからと言ってもあの巨体をあんな翼だけで空に舞い上がらせるなんて我ながら不思議だなとは思っていました。」
「そうねえ。鳥や虫がすごい早さで羽ばたいているのを見ていて思うけれど、あんなに大きくて重い身体なのに、龍はゆっくりバサバサするだけで飛べるなんて変な話だもんねぇ。ロックバードなんかとは違って身体の何倍も翼が大きいわけでもないし…。」
龍人族の2人には思うところがあったようで案外すんなり納得したというか、今までの疑問が少しだけ腑に落ちたといった感じだった。
「龍人族のスキルが重力魔法の源流かもしれませんよ。この世界は割と古くからある世界のようなのでね。」
イツキが話しかけながらも空からゆっくりと降りてきた。
テッシンとキキョウは前回と同じく広場に自分達の小屋を設置し、とりあえず今日のところはゆっくりと過ごすことになった。
テッシンやキキョウから聞いた話によると、今回の行商の旅では月夜の聖女の話を様々な吟遊詩人に伝えたり、結婚指輪について商人仲間に広めたりしているうちにいつもより時間がかかってしまったようだった。
テッシンやキキョウが広めた月夜の聖女の話にはまだミーティア集落は登場していないが、立場の弱い亜人や奴隷たちの耳に少しずつ入り、希望になりつつあるようだった。
今はまだ月夜の聖女の詩と言えばこれという決まった物は存在していないが、長い年月が経てばやがて有名な詩が出来上がるだろうとテッシンとキキョウは踏んでいた。
自身の話があちこちの吟遊詩人により詠われていると聞いたララミーティアは「恥ずかしいから辞めてちょうだい」と照れていた。
しかし自分と同じ様な境遇に居る物達の希望の光になるかもしれないという点を考えてると、そこまで悪いことでもないのかなとも考えるようになっていた。
「私達が暗闇を彷徨う人達の希望の光になるかもしれないのね。責任重大よ!シャンとして生きないといけないわ。」
「はは、今のままで大丈夫だよ。親しみやすさだって必要だと思うなー。」
今日のところはのんびりすると言って自分達の小屋にひっこんだテッシンとキキョウ。
イツキとララミーティアは本邸のソファーでピッタリくっつきながら吟遊詩人達に詠われている事について話していた。
座ったまま背筋をピンとさせるララミーティアの脇をくすぐるイツキ。
ララミーティアは凛とさせた表情をふにゃっとさせてイツキの唇を乱暴に奪う。
「まぁそうね。人前でずっとイツキにくっつけないのは寂しいわ。」
ララミーティアは妖艶な微笑みを浮かべた。
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