83.さようなら
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最近は本編のストックを増やしています。
パーティーは終わり、ララハイディとリュカリウスは新婚初夜という事で離れに押し込み、残りはみんな本邸で寝ることにした。
「何だかここに来るのも久しぶりだなぁ。」
「そうだね。帰ってきたって感じ!」
感慨深そうにソファーにどっかり座るガレスを差し置いて、ルーチェはそのままガレスの対面のソファーに飛び込んでうつ伏せのまま横になる。
イツキとララミーティアと聖フィルデスはダイニングテーブルの席について、ララミーティアはアイテムボックスから淹れたてのハーブティーを出す。
「ありがとう、ティアちゃん。」
「はーこれこれ。落ち着くなぁ。」
「ふふ、それにしても愉しいパーティーだったわね。あんなに笑ったのは初めてよ。」
ララミーティアは思い出し笑いを繰り返している。
「ハイジのあのニョロニョロしたあの踊り!本当いつ見ても面白いわ。」
「ふふ、リャムロシカの里に六千年前から伝わる伝統的な踊りなんて言ってましたね。見た目とは裏腹にお調子者者ですから、きっとそういう所が人を惹きつけるのでしょうね。集落でもみんなから慕われてますよ。」
聖フィルデスもクスクス笑いながらもハーブティーを堪能している。
「いつぞやは五千年前って言ってたけどねー、あの変な踊り。はー、楽しかったなぁ…。」
しばらくゆっくりハーブティーを堪能した後に、イツキが妙に静かなソファーの方を見る。
ソファーには腕を組んで座ったまま船をこぐように居眠りしているガレスと、うつ伏せで飛び込んだまますうすうと寝ているルーチェが居た。
「はは、力尽きて寝ちゃってる。」
「あらあら、楽しそうだったものね。」
イツキとララミーティアがゆっくりと子ども達へ近づいていき、ララミーティアが洗浄魔法を寝ている2人にかける。
聖フィルデスが寝室のうちの一部屋の扉を開けたので、イツキはガレスを、ララミーティアはルーチェをそっと横抱きにして寝室のベッドに寝かせる。
2人を並べてベッドに横たえると、まるで指し示したかのように熟睡している筈の2人は指を絡めるようにして手をつないだ。
「寝ても醒めても本当に仲良いよなぁ…。」
「そうね。ずっと変わらないのね。」
イツキとララミーティアは起こさないように小声でそう囁き合うと、ガレスとルーチェと同じ様にして手を繋ぐ。
その様子を聖フィルデスは扉から寝室をのぞき込むようにしてニコニコしながら見守る。
イツキとララミーティアが寝室から出てきて、そっと扉を閉める。
再びダイニングテーブルについた3人。
やがて聖フィルデスが口を開く。
「ハイジちゃんとリュカリウスさんが集落へ行くようですので、私はこの辺で一旦天界に戻ろうかと思います。ベルヴィアちゃんの事も心配ですし、戻ったら報告をしないといけない事なんかもありますので。」
ララハイディとリュカリウスもミーティア集落に住んでガレスとルーチェに稽古を付けると言ってから何となくそんな予感がしていたイツキとララミーティア。
穏やかな表情を浮かべながらゆっくり頷く。
「途中から何となくそんな気はしてました。あっちでも仕事が溜まっているでしょうから引き留める事は出来ません。」
「でもまたそのうち来るんでしょ?いつでも来てね、聖フィルデス様。」
それから集落での日頃の子ども達の様子を2人は聖フィルデスから色々と聞いた。
「ええ。勿論また来ます。ちなみに集落は順調に強固になっています。しっかりした道も順調に出来ていて、区画整理も皆さん協力的で、すんなり進んでいます。一通り区画整理が終わったら、土魔法で強固な石でできた家を造ると言って、最近集落の子ども達用に空いたスペースに小屋を建てて練習してます。」
「何というかとんでもない要塞のような町が出来そうですね…。」
イツキが冷や汗を流しながら呟く。
聖フィルデスはクスクス笑いながら話を続ける。
「最近は日中空いた時間があると集落の中で希望者に魔法や短剣の使い方なんかも教えているんですよ。このままだと武装国家になるかもしれませんね。ふふ。」
「物騒な話だけれど、暇しているよりは本人達が自発的に何かやる方が良いわね。聖女に対する信仰心もずっと高いままよ。」
ララミーティアが胸に手を当てて微笑むと、聖フィルデスはゆっくりと頷く。
「そうですね。毎夜毎晩聖女の力が見れるんですもの。類を見ないほどに安心して暮らせる集落に皆感謝しっぱなしです。それでいて自分たちも何かしたいと自発的に行動を起こす。とてもいい流れです。とても雰囲気も良く、あの集落はきっと自分達でこれからもどんどん発展していきます。向こう何年かは領主から免税措置をうけているようなのですが、申し訳ないから税を納めた方が良いのではないかと言う声さえ出ているんです。」
「そうか、そういや領主から認められたちゃんとした集落なんですもんね。」
「私達がやたら心配する必要ももはや無いわね。こんなに早く手が掛からなくなるなんて思わなかったわ。」
イツキとララミーティアがお互い顔を見合わせて肩をすくませる。
最初はただの突貫工事で作られた集落だったのだ。
よもやあのような集落が大陸屈指の武装国家に成長しそうだなんて恐らくミールの町から移住してきた時は誰一人想像していなかったであろう。
「明日の朝改めて挨拶してから帰ります。ハイジちゃんとリュカリウスさんや後集落の人達には、後で適当に説明してください。私の替わりにたまにはティアちゃんの方から集落の人達の話を聞いてあげてくださいね。」
「ええ、任せて。」
「長い間ガレスとルーチェの面倒を見てくれてありがとうございました。」
ララミーティアは聖フィルデスの手を両手で包み込み、イツキは座ったまま深々と頭を下げて感謝の意を伝えた。
就寝の時間になり、イツキとララミーティアはいつも通り仲良く横になる。
イツキは仰向けになり、ララミーティアはイツキにくっつくように体を横へ向けている。
「下衆な考えなのは分かっているけれど、ハイジ今頃うまく出来ているかしら。」
「そう考えちゃうのは仕方がないよ。まぁ習うより慣れろじゃない?ああいうのは。なるようになるよ。」
案外ララミーティアもそんな風に考えるんだなと少し意外に思ったイツキ。
「前にお風呂で『どうすればいいのか分からない』って私に根掘り葉掘り聞いてきたの。私もなるようになるって言いつつも簡単に説明したけど、やっぱり心配になるわ。耳が動きすぎて失神しちゃってるかも。」
ララミーティアが自分の方耳を手でピコピコ動かしてみせる。
イツキはそれを見て思わず笑ってしまう。
「はは、初日にリュカリウスさんと話してた時も顔を真っ赤にしてたもんなー。有り得るかも。でも明日抱っこされて出てくるかもよ。」
「そうねえ…、二百年ぶりの再会だものね。ハイジは人族だと思って諦めてたし、リュカに至っては二百年間ずっと想い続けてたんだものね。」
ララミーティアは身体を天井に向けるとぼんやりと天井を見上げる。
「二百年…ね。」
「長いよなぁ。きっと吟遊詩人をやりながら、居る訳ないと思いつつもあちこち店先や森の中や、キョロキョロ探してたんだろうなぁ。」
「ハイジは神出鬼没だったみたいだしね。」
イツキはララミーティアを抱き寄せる。
「リュカリウスさんの気持ちを想像しただけで切なくなるよ。ハイジが強い魔物にやられていて、下手したら一生会えないことだってあったかもしれない。ずっと大陸をグルグル回ってすれ違い続けたかもしれない。自分に置き換えて考えたくないね、ちょっと。」
ララミーティアは再び身体の向きをイツキへ向け、ギュッときつく抱きつく。
「あの2人はこれからずっと幸せなのね。本当に良かったわ。こっちまで幸せになる。」
「そうだね、本当に良かった。俺達はこれから先色々な物語を目撃してゆくんだろうね。」
どちらともなく唇を合わせる2人。
幸せな気分に酔いしれながらも夜は更けてゆく。
翌朝、顔を真っ赤にして耳をピコピコさせたララハイディを横抱きにしたリュカリウスが照れ笑いを浮かべながら本邸に入ってきた。
ガレスとルーチェは今一意味が分かっていなかったようで、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていたが、ララミーティアはララハイディにウインクを一つ送り、イツキもリュカリウスに向かってうんうんと頷いてみせた。
聖フィルデスは微笑みを浮かべてその様子を見守っていた。
夜のうちにイツキが人数分のダイニングテーブルと椅子をアイテムボックスから出して用意していたので、それぞれが席につき朝食が始まった。
久しぶりに人数が多いので、とりあえずイツキが籠と大量のクロワッサンを召喚し、ララミーティアが朝から作った畑でとれた葉物野菜を入れたコンソメスープを用意し、それぞれの前に並べていく。
ララハイディは見慣れているが、リュカリウスにとっては見たことのないパンとスープにしばらく興味津々と言った具合に眺めていた。
「昨晩もそうでしたが、本当に凄いですね…。この世界以外の神様の加護ですか。イツキさんの背景もそうですが、最初向こうからイツキさんが歩いてきた時は腰を抜かすかと思いましたよ。」
「私は最初魔力視したときは文字通り本当に腰を抜かした。敵じゃなくて良かったと心から思う。」
クロワッサンを齧っていたガレスが横から口を挟む。
「魔力視いいなぁ。俺達も見れたらもっとルーチェと魔力をあわせやすいのになぁ。」
「ガレスとルーチェはピッタリつっくかないとダメだもんね。でもルーチェ魔力あわせるやつ好きだよ?ガレスはあわせにくい?」
ルーチェもクロワッサンをモグモグ食べながら首を傾げてガレスに告げる。
「そうじゃないよ。いざ戦ってる最中に、ほら…ああやっていちいち出来ないだろ?」
「あはは!途中で『ちょっと待って』って言ってイツキとティアみたいにぎゅってしてたらおかしいね!」
ガレスは顔を真っ赤にしてルーチェの腕をグイグイ引っ張る。
「こらっ、余計な事を…。」
「あはは!本当じゃん!」
子供達のやりとりに一堂は微笑ましくもつい笑ってしまう。
「いやぁ、どんな戦い方を見せてくれるか楽しみです。」
「私もそこまで見たわけではないけれど、この2人の魔法の使い方が独特。今まであんな風に魔法を使う者は見たことがない。師匠がティアとイツキというのもとても厄介。油断出来ない。私もすぐにでも模擬戦をしたくてウズウズしている。」
ララハイディとリュカリウスがウズウズしながら会話をしているが、ララミーティアが心配そうに隣に座っているララハイディに質問をぶつける。
「ねえ、足とか腰は平気なの?今日無理じゃない?」
ララハイディはハッとした表情を浮かべ、リュカリウスをちらっと見てモジモジとして俯いてしまった。
耳が激しくピコピコする。
「…わ、忘れてた…。とてもじゃないけど今日は無理…。」
「ごめんね、ハイジ。今日は見学しててね。」
「うん…。リュカ…。」
ハイジは上目遣いで頬を赤らめながらリュカを見つめる。
これまでの無表情で平坦かララハイディはどこへ行ってしまったんだと言わんばかりの豹変ぶりにイツキとララミーティアは思わず噴き出してしまう。
「ふふ、ごめんなさい。幸せそうで何よりよ。いつかの自分達を見てるみたいよ。」
「そうだなぁ。こっちまで幸せのお裾分けを貰っているようだなー。」
イツキとララミーティアの発言に頬を赤くしながら後頭部をポリポリとかくリュカリウス。
ガレスとルーチェはイマイチよく理解出来ていないようだったが、「イツキとティアみたい」と言い合って彼等なりに納得しているようだった。
朝食のあと、一堂は広場へと出る。
聖フィルデスがすっと前に出る。
「詳しい話は後程イツキくんたちから聞いて下さいね。ハイジちゃん、リュカリウスさん、お二人の未来に幸あらんことを。ガレスくん、ルーチェちゃん、私は一旦帰ります。また遊びに来ますから、集落が立派になっているのを楽しみにしていますよ。」
ルーチェがバッと聖フィルデスに抱きつく。
ガレスも聖フィルデスの前に来て聖フィルデスの顔をじっと見る。
「ルーチェ嫌だよ!まだ一緒に居たいよ!」
「ルーチェ、仕方がないよ。聖フィルデス様は本当は忙しい人なんだ。帰りにくくなっちゃうから、笑顔で送り出そう。な?」
ルーチェがゆっくりと聖フィルデスから離れ、ガレスに横からぎゅっと抱きつく。
「また遊びに来てね。きっともっと立派なミーティア集落にしてみせるからさ。」
「絶対来てね?」
聖フィルデスは2人の頭を優しく撫でて微笑む。
「2人ともお利口さんですね。ええ、約束です。」
リュカリウスにしがみついているララハイディとリュカリウスが口々に挨拶を交わす。
「短い間ですがお世話になりました。これから先ハイジと幸せに暮らします。」
「色々とありがとう。また会える日を楽しみにしている。」
聖フィルデスは後ずさるようにして一同から離れると、胸の前で手を絡ませるように組んで、ふっと目を閉じる。
「それではさようなら。またお会いできる日を楽しみにしています。」
聖フィルデスが微笑みながらそういうと、やがて聖フィルデスの周囲に光の粒子が集まりだし、やがて跡形もなく消え去った。
「転移する魔法ですか…?何だか儚い去り方ですね。」
リュカリウスは空を見上げながら誰に言う出もなくそう呟いた。
空はどこか寂しい気持ちにさせる雲一つ無い快晴でだった。
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