82.結婚パーティー
リュカリウスとララハイディの衝撃的な再会があった日の夜。
ミーティア集落から大急ぎでイツキはガレスとルーチェと聖フィルデスを連れてきてささやかな食事会を開催する事にした。
料理からテーブルや椅子はとりあえず召喚で全て何とか用意し、本邸の前の広場でパーティーを開催する事にした。
ララミーティアは自分が持っている数多くの服の中から良さそうな物をピックアップ。
聖フィルデスとルーチェと一緒になってララハイディを着飾った。
ミーティア集落で貰った服ではなく、イツキに召喚で貰った真っ白なロングのワンピースだ。
ララハイディは無表情な表情を忘れたかのように控え目にニコニコしながら着飾られる自分を鏡越しに見ていた。
「私、女の子だという事を忘れていたかもしれない。第二夫人で妥協しなくて心から良かった。」
「ふふ、本当ね。ほら、見た目なんて全然関係なかったでしょ?」
ララハイディの長い髪をお洒落にアレンジしながら鏡越しにララミーティアがウインクしてみせると、ララハイディの顔に大輪の華が咲いた。
「ねえねえ、聖フィルデス様。ハイジ、あんなにニコニコしてるよ!ルーチェも早く結婚、したいなー。」
「ふふ、ハイジちゃんをニコニコさせる程に素敵なんでしょうね、想っている人と結婚するというのは。ルーチェちゃんの時は必ずお祝いしに来ますからね。」
聖フィルデスはルーチェの頭を撫でる。
ルーチェは子猫のように甘えながら聖フィルデスに抱きつく。
「長ったらしい挨拶はやめて簡潔に。ハイジ、リュカリウスさん。結婚おめでとう!2人の未来が明るい物になりますように!」
イツキの挨拶で賑やかなパーティーが始まった。
食事会が始まると、ララミーティア以外の大人はイツキが用意した様々な酒を嗜んだ。
ララハイディもリュカリウスも酒には滅法強いようで、美味しい美味しいと目の色を変えて喜んでいたので、イツキは思いつく限りに様々な酒を召喚してララハイディとリュカリウスに持たせた。
聖フィルデスもお酒には強いようで、まるで水でも飲むようにニコニコしながら飲んではみんなの会話に相槌を打っていた。
料理についてはイツキが以前会社の会議室で開催した懇親会の時に、よく会社付近の弁当屋で注文していた揚げ物などのオーソドックスなオードブルを、今の世界に来て初めて召喚した。
後はララミーティアがこれまで食べた物から良さげな物をピックアップして召喚し、都度都度大皿に盛りつけていった。
ガレスとルーチェからはプレゼント出来そうな物が無いと言って、自分達が鍛錬で毎日作っている砥石の中から、申しわけなさそうに会心の出来の物をそれぞれ出してララハイディとリュカリウスに渡した。
「これは…2人が作ったものですか?凄い…、正確に四角く形成されていますね。…まるで職人が手間暇かけて作った渾身の逸品じゃないですか…。」
「7歳や6歳の長命種でもない子供が数時間でホイホイ作れる物ではない。ララアルディフルーもこの手の物は器用に作っていた方だけれど、既に師匠の師匠を越えている。」
あまりにも味気なくて申し訳ないと萎縮していたガレスとルーチェだったが、2人が想像以上に興奮してくれた様子を見てホッとして顔を見合わせていた。
ララハイディやリュカリウスだけでなく、イツキとララミーティアも身を乗り出してガレスたちの自信作を見せて貰う。
「こんな精巧な砥石、私も作れないわ。あっと言う間に師匠を越えてしまったわね。2人とも凄いわ。」
「いやー凄い。これを子供が魔法だけで作ったなんて信じられないよ。魔纏岩拾いを頑張った甲斐があったなぁ!これからも子供達の為にドンドン魔纏岩拾いに精を出さないとな!」
イツキ以外のみんなが笑い出す。
イツキはムキになって話を続ける。
「最近じゃ感覚でさ、森をウロウロしてても『あっ、ここ地中に魔纏岩ありそうだな』って分かるようになってきたんだよ?俺のサバイバルスキル凄くない?」
「ふふ、サバイバルスキルが関係しているかわからないけれど、地中からも魔纏岩をほじくり出しているのなら大した物よ。あれ自体微量の魔力しか出していないから、流石に地面に埋まっているのは分からないわ。まるで学者ねー。」
ララミーティアが笑いながらイツキの肩に手をおく。
「俺達手が空いてるときはずっと砥石を造ってるからさ、最近2人合わせてとんでもない数になっちゃったんだ。さすがに集落に配り歩いても使いきれないし、これを売って集落発展の足しにしたいと思ってるんだけど、いいかな?」
ガレスがイツキとララミーティアに聞くが、イツキもララミーティアもニコニコしながら二つ返事で快く了承する。
「そのうち私の馴染みの信頼できる行商人が来るから、その時相談しましょう。足元を見られることも絶対ないから安心よ。」
「そうだなぁ、テッシンさんやキキョウさんに任せれば安心かな。」
砥石の件については一旦収まり、ララハイディとリュカリウスの興味はガレスとルーチェに注がれる。
「そもそも2人はどういう経緯でイツキとティアの子供になったの?」
「確かにイツキさんもララミーティアさんもあちこち放浪しなさそうですし、子供2人で魔境の森の奥までやってくるというシチュエーションも中々に考えにくいですね。」
ガレスは切なそうな表情を浮かべて軽く笑う。
隣に座っていたルーチェがガレスの手の上に手をそっと乗せてガレスの目を見て頷いてみせる。
それからいつかイツキとララミーティアに話したようにルーチェとの出会いからここに辿り着いてここまで強くなった理由までの全てをガレスは淡々と話した。
途中イツキとララミーティアも補足を入れ、聖フィルデスも集落での様子を語った。
「と言うわけで今に至ってる。あんまり子供の愉快な冒険譚って訳じゃないんだ。おめでたい席でごめん。」
「いえいえ、私は吟遊詩人の端くれなので、とても良い話が聞けて嬉しいです。ガレスくん、今の話ですが是非歌にしてもいいですか?」
ガレスは驚いた表情をするが、隣に居たルーチェは弾けるように喜んだ。
「ガレスの歌!ルーチェ聞きたい!聞きたい!」
「ルーチェがそういうなら…、俺なんかで良ければいいですよ。」
ルーチェが喜んで座っているガレスに飛び付く。
「ただひたすら愛する者を守るためだけに強さを追い求めて努力を重ねる。ガレスは尊敬に値する。私と同じ人種。いくら魔力を回復出来たとしても1日に何度もあの魔力欠乏の苦痛は味わいたくない筈。短命種なら尚更キツい症状だと聞く。私で良ければ是非鍛錬の相手になりたい。詠唱魔法と無詠唱魔法の効果的な使い分けが教えられると思う。」
「それならば私も教えられますよ。体術と補助魔法中心の戦い方になりますが。」
ララハイディとリュカリウスの想わぬ提案に無邪気に喜ぶガレス。
リュカリウスが鍛錬して貰えると大喜びの2人をみて苦笑いを浮かべる。
「それにしても魔力を回復出来る手段があるという事にも驚きましたが、人族のそれも子供が日に何度も魔力を空にしてまで鍛練をするとは、本当に恐れ入ってしまいます。ちょっとやそっとの決意では到底出来ることではないです。私は回復出来なかったので中々苦労しましたが、もう一度あの鍛練をやれと言われたら少々躊躇ってしまいますよ。」
ララハイディとリュカリウスにべた褒めされて照れるガレス。
ルーチェも誇らしげに胸を張っている。
「MPってやつがいっぱいになっちゃったけど、最近簡単に減るのを見つけたんだよ!」
ルーチェが「どんなものなの?」と聞いてほしそうにピョンピョン跳ねながらそう言う。
ガレスが眉を八の字にしてルーチェを諫めようとするが、ララアルディフルー式鍛練の経験者でもあるララミーティアとララハイディがガレスよりも先に前のめりになってルーチェに詰め寄る。
「ねえねえ!どうやるの!?私知りたいわ!」
「とても興味がある!上級の魔法を使い続けるだけではなかなか時間がかかる。」
ララミーティアとララハイディの鼻息を荒くしたのに気を良くしたルーチェは胸を張りながら後方へ跳躍してみんなから離れる。
「ルーチェ…、程々にな…!」
「いくよ!身体強化するの!イツキが前に教えてくれた『あにめ』ってやつを参考にしたの!」
一同の視線がイツキへ向く。
イツキは悟った。
綺麗なオレンジ色のガラス玉のような物を複数個集めて龍を召喚する『あの作品』だ。
「イツキが言ってたんだけどね、人の体って本当の力のちょっとしか使えないように出来てるって言ってたから、まずそこから身体強化でウワーッとするの!」
「あー、あれかぁ…。出来るようになったんだ?平気?」
イツキの心配をよそにルーチェが身体強化を始める。
リュカリウスはその様子を見ていて首を傾げる。
「一般的な身体強化ですね…。」
「いや、ここからなんだ…。」
ガレスがそう呟く。
身体強化は通常発動すると一瞬淡く全身が光るだけで、筋力・防御力・敏捷性が2から3割程上がる。
「今だっ!気を解放しろーっ!」
ルーチェの身体を包む淡い光はやがて強い光となり全身を包み続ける。
やがて治癒魔法の光の流出もルーチェの周りを漂い始める。
「ん??解放?ティア、ルーチェのステータスが見たい。」
「そうね。ちょっと見てみましょうか。何が今なのかしら…何これ!!」
「凄い!凄い!」
ララハイディとララミーティアが語彙領を失って興奮している様子を見てイツキもララミーティアと同じく『城塞の守護者』によるルーチェのステータス画面を開いてガレスとリュカリウスに見せる。
「これは凄い!ただの補助でしか無いはずの身体強化で本来の値の数倍になっているではないですか!でも治癒魔法は何のためにやっているのでしょうか?」
「俺は限界突破って呼んでいるけれどね、あれやると化け物みたいな強さになるけど、全身が強化されすぎて身体が悲鳴をあげるんだ。それを相殺するためにずっと回復し続けてるってカラクリ。あの状態を維持する消費がとんでもないから凄く強い敵と対峙する事になったときの時間限定の切り札って感じかなー。」
ガレスが説明しながらルーチェの方を見守る。
「はぁ…はぁ…!…ああぁぁぁっ!あーーーっ!あ、おしまい。ガレスお水…!」
やがてその場でへなへなと座り込んでしまうルーチェ。
ガレスが賺さずルーチェの元へ行って魔力回復の水を飲ませる。
「あっと言う間に消費しきった。これは凄い!少しの間だけでも私達と同じくらいのステータスになった。」
「凄いです!身体が壊れそうになるのを治癒魔法でカバーしているなんて!私達があれをやったらとんでもない事になってしまいそうですよ!」
特にララハイディとリュカリウスはルーチェの限界突破に興味深々で、こりゃ練習しそうだなと心の中で苦笑いを浮かべるイツキだった。
「話は変わるけど、ハイジとリュカリウスはこれからどうするの?住むところが決まっていなければここなりミーティア集落なり住むといいわ。」
ララミーティアの問い掛けに顔を見合わせるララハイディとリュカリウス。
「うーん、まだ何も考えていないというのが正直なところです。なんせハイジを探す為に何百年も生きてきたので…。吟遊詩人もハイジを探すために選んだ手段の一つだったので、目的を達成してしまって、さてどうしようかなと決めかねています。」
「私は継続して強くなりたいという気持ちは一応あるにはある。でも正直なところリュカとこうして再開して結婚して、これまでのような突き詰めたような強さを求める旅への情熱は少なくなってしまっている自分も居る。とは言え他にやることと言われても何も浮かばない。」
2人は微笑みあい、やがてララハイディが口を開いた。
「ミーティア集落にはララアルディフルーの小屋が大量に余っている。だから暫くあそこに身を置いてみるのもいいかもしれない。ガレスやルーチェを鍛えるという生活もいい刺激になるかもしれない。」
「私もそう思います。どこか一拠点に定住するという事をしたことがないので、それも良いかなと。今更里に帰ったところでする事もありませんしね。」
ガレスとルーチェはその話を聞いて無邪気に喜び合った。
イツキがせっかくだからと言ってアイテムボックスからアコースティックギターを取り出し、何曲か日本の曲を披露する。
みんな楽しそうに歌を聴いている中、リュカリウスだけは興味津々といった格好で身を乗り出して聴き入っていた。
歌が終わると興奮さめやらぬといった様子でイツキに駆け寄るリュカリウス。
「凄いです!吟遊詩人の端くれとしてとても衝撃を受けました!全く新しい音楽です!いやぁ、私にも是非後程教えてください!」
「あーははは、こんなんで良ければいつでも。後でギターと替えの弦をプレゼントしますよ。」
その後イツキの音楽に触発されたリュカリウスがアイテムボックスからリュートによく似た楽器を取り出し、語りのない明るいアップテンポな曲を披露した。
イツキは地球の楽器である箱型の打楽器カホンを召喚し、見様見真似で適当に演奏に合わせてカホンを叩いた。
ララハイディはリャムロシカの里の踊りだと嘘か本当かよく分からない言って無理やりララミーティアを誘い出し、ララミーティアを振り回す形で踊り出す。
ガレスとルーチェも短剣術の練習の時のようにヒラヒラクルクルと辺りを回りだした。
聖フィルデスはクスクス笑いながら座ったまま手拍子を叩いていた。
やがてイツキはタンバリンやカスタネットを召喚し、いつぞやに渡した気もしたがガレスとルーチェに渡した。
演奏にどう合わせたらいいのかと聞く2人にイツキは、
「思いのまま情熱で叩くもんだ!」
と適当な事を言って2人を唆した。
ガレスとルーチェも加わった演奏はとても賑やかで、デタラメに踊っているララミーティアも、普段無表情のララハイディも、聖フィルデスでさえも、みんな弾けんばかりの笑顔でパーティーは夜遅くまで続いた。
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