80.接近
イツキとララミーティアは本邸の中から良い雰囲気でララハイディとリュカリウスが話をしていそうな様子を見守る。
2人の邪魔はしたくないという気持ちはあった。
しかし何時までも昼食を運ばないのは流石に不自然なので、イツキとララミーティアは何の気なしに広場に行くことにした。
「…水を差したくないわね…。」
「まあ恋は焦らず、だね。行こうか。」
普段無表情なララハイディが遠目から見ても分かるほどに照れて耳が千切れんばかりに動かしているのが見える。
しかもララハイディは顔を赤くして微笑んだり照れたようにはにかんだ横顔を見せており、普段イツキとララミーティアでも中々お目にかかれない乙女な森エルフの姿を惜しみなくリュカリウスに披露していた。
2人とも両手に皿を持ってレジャーシートまで向かう。
「お待たせしましたー。」
「遅くなってごめんなさい。どうぞ遠慮せずに食べてね。」
イツキがレジャーシートの上にサンドイッチを載せた皿をそっと置く。
流石に長年旅をしているリュカリウスでもサンドイッチは見たことがないようで、不思議そうな表情でじっと皿を見ている。
ララハイディはカツサンドをじっと凝視する。
「遠慮なんてするわけ無い。」
「ハイジには言ってないよ!ティアはリュカリウスさんに遠慮しないでって言ったんだよ。」
イツキの突っ込みなど既に聞こえていない様子でチラチラとカツサンドとリュカリウスを交互に盗み見するララハイディ。
ララミーティアは相変わらず不思議そうにサンドイッチを見るリュカリウスに声をかけた。
「リュカリウスさんはこういうのは初めてかしら。白いふわふわのパンに具材を挟んでいるの。そのまま手で持って食べてちょうだい。」
「そうですね。津々浦々の酒場や食堂、貴族のパーティーの余興なども出たことはありますが、このような料理は初めてみました。」
「じゃあどんな物がについてはハイジから説明してあげてね。」
急にララミーティアから話を振られたララハイディが珍しく取り乱す。
「わ、私が?なな、何で?」
「えっ、あー…。だって放浪の旅が長いから、私やイツキよりも感覚や味覚が似ているかなーって。」
ララミーティアは特に気を使ったわけでも無く、普通に話を振っただけなので、自分が変な気を使ったように見えた事に後から気がつく。
しかし表情を崩さずに「ね?」と言ってララハイディに同意を促す。
リュカリウスもララハイディに微笑みかける。
「ハイジ、お願いできますか?」
「わかった。えーとこれは…」
ララハイディが無表情で平坦な口調のまま説明を始める。
イツキとララミーティアはララハイディが緊張気味なのが何となく分かったが、リュカリウスは知ってか知らずかニコニコしながら説明を受けていた。
その後ララハイディから一通り説明を受けたリュカリウスはカツサンドをいたく気に入ったようだった。
ララハイディも同じ物が好きなので、イツキやララミーティアにはララハイディの無表情は今は少し嬉しそうだ。
「私もそのカツサンドが大好物。リュカも好き?実際食べてみてどう?」
「ええ、とても美味しいです。カツサンドですか…、食べ応えがありますね。肉のうまみが凄いです。ハイジと同じ物が好きで光栄ですよ。」
リュカリウスの言葉にモジモジするララハイディ。
食べ終わってララミーティアが用意したハーブティーを飲んでいるとき、意を決したようにララハイディがリュカリウスに身体を向ける。
「ところでリュカは吟遊詩人なのに一人で旅をしている様子。ライカン族に会ったのは初めてだけれど、魔人系の種族は種族によっては一人一人が物凄い強いと聞く。ライカン族は超長命種。もし強いのであれば是非手合わせ願いたい。」
ララハイディか真っ直ぐにリュカリウスを見つめてお願いをする。
イツキとララミーティアは一瞬視線を絡ませ「きた!」と思い合う。
「流石に種族はお見通しでしたか。ええ、結構ですよ。食後に腹ごなしの運動としましょう。」
相変わらずリュカリウスはにこやなまま二つ返事で了承した。
実はイツキもララミーティアもララハイディがどんな戦い方をするのか見たことはなかった。
いつもひたすら鍛錬で、ララミーティアと殆ど実力は変わらなそうだなぁ程度の認識しかなかったのだ。
イツキとララミーティアは邪魔になるならと遠く離れたところから観戦する事にした。
「怪我は勿論治すけれど、即死させるような魔法や攻撃はしない。攻撃も寸止めにする。それで問題ない?」
「ええ、問題ありません。いつでもお好きなタイミングでどうぞ。」
ララハイディの説明に、まるでこれから鬼ごっこでもするかのように二つ返事で返すリュカリウス。
「では石が地面に落ちたら始める。」
そういうとララハイディは地面から適当な石を拾い上げ、グーにした拳に乗せて親指でぴーんとはじく。
「なんだかあの石をピーンとはじくヤツ、決闘!って感じだね…。」
「ふふ、気が抜けちゃう感想ね。」
相変わらず呑気なイツキの感想にクスクス笑うララミーティア。
石が地面に落ちた瞬間、ララハイディは全ての指の腹を見せるようにして両手を前に突き出し、信じられないスピードで口を動かす。
それと同時に両手の全部の指からマシンガンのように石つぶてがリュカリウスめがけて飛んでゆく。
「あれカッコいいな!すげー!」
「森エルフの高速詠唱と、普通の並列思考をアリーから習った多重詠唱とで組み合わせいるのね。無詠唱魔法でいきなり魔力を浪費しないでコストが低い魔法で様子を伺っているあたり、本当に戦い慣れているわ。」
興奮気味のイツキに対し、ララミーティアは冷静に分析していた。
リュカリウスは表情を豹変させて大きく咆哮すると、全ての石つぶてが地面にパラパラと落下する。
一瞬怯んだララハイディだったが、次に風魔法と土魔法を同時に発動させ、石つぶてを含んだ旋風をリュカリウスめがけて放つ。
放つと同時に両手に白い刃を出現させ、足元に風を巻き起こし、まるで旋風の上を滑りながら移動するように一気にリュカリウスへ間合いを詰める。
「あれもカッコいいなぁ。ハイジすげーなぁ。」
「無詠唱魔法を使い出したわね。風魔法で剣を作ったわ。身体強化だけじゃなくて風魔法や結界を足元でうまく使っている…わ…?えっ…?」
ララミーティアの分析が終わる前にリュカリウスが突然姿を消す。
ララハイディはリュカリウスを見失って慌ててキョロキョロとしてしまう。
すると背後にハンカチをもったリュカリウスが出現してララハイディの口元に手を伸ばす。
「パン屑が付いてますよ、ハイジ。」
口元を拭かれているララハイディは顔を赤らめながら惚けたような表情を浮かべている。
「あ、ありがとう。リュカ…。」
口元を拭き終わるとリュカリウスは瞬間的にララハイディの前に手刀を構える形で現れる。
ララハイディの手から白い刃がかき消えた。
「私の勝ちですかね?」
「…うん。凄かった…。あぁ、私手の中で転がされていた…。こんな短時間で…圧倒された…。」
ララハイディは今まで見たこともないような半ば口を開いたような恍惚の表情を浮かべている。
「私…何が何だか全然わからなかったわ…。ただ一瞬魔力が消えたの。多分魔力を消してハイジの意識から外れたのね…。まさか本当に消えた訳ではないでしょうから、後は身体能力の差かしら…。ハイジだってまだまだ攻撃のバリエーションはあるはずよ。」
「身体強化ってあんなに凄いんだって思った。いやぁ、本当に、凄い物を見せて貰ったよ…。リュカリウスさんカッコ良すぎだろ…。」
イツキとララミーティアはすっかり放心してしまい、ぽかんとリュカリウスとララハイディの様子を眺めていた。
「とりあえず行きましょう。」
「…そ、そうだね!行こう!」
イツキとララミーティアはとりあえずリュカリウスとララハイディの元へと駆け足で向かった。
何時までも惚けているララハイディに向かってリュカリウスは優しい表情で微笑む。
「ハイジも強いです。いやぁ懐かしい。200年前より攻撃が洗練されています。初手のストーンバレットも当時より洗練されていて、実力が未知数の相手に牽制するのには良い手ですね。相手の対処次第で実力もある程度計れますし足止めや隙を作るのにも適しています。それにウインドカッター連発という力業だった魔法の刃も風魔法で実現出来たのですね。あれで斬られたら一溜まりもありませんね。あれらがきっとララアルディフルーの技なんですね。その力に慢心しないでいつまでも強さを追い求めるその姿勢、いつまで経ってもあなたは本当にとても高潔です。」
リュカリウスの突然の発言に不思議そうな表情をしてしまうララハイディ。
やっと我に返ってやってきたイツキとララミーティア。
ララミーティアは呆気に取られているララハイディの代わりにリュカリウスに質問をする。
「あら、2人とも知り合いだったの?全然そんな感じはしなかったけれど。」
「わ、私の昔の戦い方を知っている…。なぜ?」
リュカリウスはララハイディに微笑みかける。
「あの頃の私はハイジの中では有象無象の一部だったかと思うので、覚えていなくて当然です。200年前に一度冒険者組合で人族として登録して臨時パーティーを組んだことがあるんです。偶然とは言えここでハイジを見つけた時は運命のいたずらだと思いました。」
リュカリウスが懐かしそうな表情で遠くを見ながら語り出す。
ララハイディは思い当たる節があったようで「あっ」と声を出す。
「…覚えている。私、覚えている!里を飛び出して間もない頃、人族の街で路銀稼ぎをしてた時に1人だけ珍しくやたら強い人族が居たのを覚えている。古龍相手に咆哮にも怯まずに素手で挑んで、必死で私を逃がそうとした男!確かルカ、ルカ…、…ルカリア!そうなのね、ライカン族だったのね。当時は世間知らずで嘘を真に受けて本当に人族だと思ってた。なのでまさかまだ生きているとは思わず、全然分からなかった。それならあの時の強さは納得の強さだった。」
「覚えていてくれたのですね、光栄です。私が強くなりたいと心から願った大切なキッカケなんです。」
「へぇ、是非聞かせて欲しいです。ね?」
「ええ、是非聞きたいわ!」
イツキとララミーティアがワクワクしながら話をせがむ。
リュカリウスはララハイディに微笑みながら過去を話し出した。
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