10.天啓スキル
『おほん!えーと、私この世界を管理しているデーメ・テーヌ。あー、ええと、あなたたち…誰?』
天啓ウインドウに映っている女神様がイツキとララミーティアに向かってそう言っている。
とりあえず呼び出したのはイツキなので、イツキが前のめりになって応える。
「初めまして。俺、百草一樹といいます。昨日になるのかな?えーと、地球で死んだところをベルヴィアクローネ様っていう神様に拾ってもらって、魔力が枯渇していて大変な事になっている世界があるって事で、俺が魔力補充の為にこの世界に転生する事になって、今こうして無事ここにいるんですけど…。」
『…えっ?ベルヴィアちゃん?あの、魔力は安定しているので、私の管理している世界では救済措置は不要だったのですが…。えっ、あなた本当に地球から来たの?ってステータスが確かに転生者のようだけど私の世界と全然バージョンが違うわ。なんでこれこんなエラーだらけの状態で、えーと…。えぇー…っと?ええとええと…?』
デーメ・テーヌと名乗った女神様が考え込んでしまった。
デーメ・テーヌの横から先程のもう1人の声が聞こえてくる。
『ベルヴィアちゃん連れてきましたぁ。』
『ベルヴィアクローネ、只今参りました。あの、何かありましたでしょうか。』
『テュケーナ、ありがとう。ベルヴィアちゃん、あなた確か女神に昇進して先日初めて救済措置を担当したわね。その時のレポート送ってくれる?』
『えっ…?は、はい!今送ります。デーメ・テーヌ様とテュケーナ様に送りますね。』
画面の向こう側で女神様たちがわたわたとやりとりを始めてしまった。
イツキとララミーティアは、目の前に何だか見てはいけないものが映っているような気がして、向こう側の邪魔にならないように小声やりとりを始めた。
「ねぇ、本当に神様なの?」
「うん、そうみたいだよ。」
「私神様は初めて見た。」
「流石に俺も初めて。俺の居た世界でも神様を見たことある人なんて居なかったよ。」
ララミーティアが耳元でコソコソと耳打ちする。
「…見てもいいのかな?これ。」
「ダメだったら一旦切るんじゃない?」
「それもそうね…。」
イツキが閃いたように顔をパッとララミーティアへと向ける。
「そうそう!そういえばここに来る途中でマコルの実っていう美味しい実を大量に採ってきたんだけど、ティアも食べる?」
イツキの手からポロポロとマコルの実が出てくる。
それを見たララミーティアの目が輝く。
「食べる食べる!これ中々実が生らないから、運がいいときじゃないと食べられないの。よくこんなに見つけたわね。」
マコルの実をもしゃもしゃと食べ始めるララミーティア。
「あれ?これさっき川沿いの木に大量になってたよ。アイテムボックスに大量に入れたんだけど、これでも半分くらいしか採ってないくらい。」
「へんね、普段はそんな事ないわ。」
「魔力が豊富な場所に出来るみたいだし、禍々しい森だったから、まぁそんなもんかなーって思ってたよ。」
「ふぅん、何か気になるわね。」
2人で雑談しながら食べているうちに画面の向こう側からの声が徐々にヒートアップしてきて2人は自然と意識を向けてしまう。
『あのー…、デーメ・テーヌ様ぁ、ここの値…。』
テュケーナが申し訳無さそうにデーメ・テーヌに進言する。
デーメ・テーヌはテュケーナの指摘した内容を見ているうちにどんどん顔の色を青く変えていった。
『…うそ、うそうそっ!ちょっとベルヴィアちゃん!これ世界コードの値が間違えてるわ!一桁少ないのよ。彼に入れたバージョンがうちの世界と全然違うけど、エラー頻発しなかった!?』
『うぅ、はい。でもマニュアルには『エラー出るけど全部無視でOK!』って書いてたので…。そんなもんなんだなって…。』
『救済措置リクエストしてたのはフライアでしょ?あの子は作業中に何してたの!?』
『歪みの修正で忙しいからってマニュアルを渡されました。…シミュレータで慣れてるなら平気平気って…。1人作業なんて良くあることだし、みんなやってるし大丈夫だからって、うぅ…。』
『嘘でしょ…!誰もそんな事やってないわ、ルール違反じゃない!…嘘でしょ…。あなた…!あぁ、これマズいわ…。』
グズグズ泣き出すベルヴィアに、頭をグシャグシャと抱えるデーメ・テーヌ。
『…わ、わたしフライア様呼んでこよっかなぁ~…。』
テュケーナが画面から消えてしまった。逃げ出した。
他部署の新人が起こしたミスが、全く関係ない部署のシステムに影響して、萎縮しきってメソメソ泣く新人と、怒りつつ困り果てた他部署の上司、目の前の修羅場に胸が痛くなるイツキだった。
いたたまれずイツキが発言する。
「あの、デーメ・テーヌ様?失礼を承知で進言させて下さい。」
『ん?あ、ええ。良いわ。』
「ベルヴィアは新人ながらも、こちらを不安にさせないよう自分に声をかけながら必死に対処していました。マニュアルみたいなのも何度も見てたし、何度もどこかに連絡しようとしていました。新人が1人でする対応としては最大限ベストは尽くしているかと思いました。新人がいきなり実地に1人でなんて、ベルヴィアが悪いってよりは、そんな状態に簡単に陥ってしまえる管理体制とか、新人に対するフォローの体制に問題があるように感じました…なんて…。すいません。でもそこのところ考慮してあげて下さい。」
流石に恐れ多かったかなと後悔したが、世話になったベルヴィアが萎縮しきってシクシク泣いているのは放っておけなかった。
画面の向こうのデーメ・テーヌは目を閉じてふーっと息を付いた。
『…そうですね。感情的になってしまいました。ごめんなさいね、ベルヴィアちゃん、それにイツキ。確かにフライアから渡されたっていうマニュアルを見たら、そういう対応になってもおかしくないと思うわ。』
『うぅ、本当にすいませんでした…。』
『ほらほら、涙を拭いて。鼻水もかんでしまいなさい。起こってしまったことはどうしようもないわ。今後については全体で話し合うし、あなた1人のせいにはならないわ。』
『うぅ、ありがとうございます…。イツキもごめんね。』
「いいんだよ、お世話になったし、何か出来ることがあったら何でも言ってくれよ。」
ベルヴィアがズビズビしながらもよくやく泣き止んだ。
デーメ・テーヌが仕切り直すようにしゃんとした姿で再び喋り出す。
『現状を整理すると、イツキは本来行くべき世界ではないところに転生してしまって、魔力が安定している私の世界に来てしまいました。本来魔力の補充が不要なところに大量の魔力が発生してしまったので、徐々に世界のバランスがおかしくなってくると思われます。前例がない出来事なので、私達はこれから緊急で対処方法について議論します。その結果によっては、必要以上の混乱を招かないよう、事情を知っているあなたたちに手伝ってもらう事もあるかと思います。その時はこちらから連絡しますので、よろしくお願いします。もしもそちらの方で何か大きな異変などが発生したときは、天啓スキルで知らせて下さい。』
イツキが控え目に手を挙げる。
「一つ、良いでしょうか?」
『どうぞ。』
「地球の人間を異世界に送るにあたって、バグを利用すると伺いましたが、聞こえてきた話だと私のバージョンがこの世界の物ではなく、元々行く予定だった世界のバージョンだと理解しました。それによる深刻な悪影響みたいなものは何かあるのでしょうか?」
『あー、よく理解出来ているわね。さすが地球の人だわ。あなたのバージョンが違っている事による世界に対しての悪影響はほとんどないわ。ただ、あなたのステータスが正常に表示されないだけで、あなたはこの世界では屈指の強さになってしまったという事くらい。だからその力はあまり悪用はしないでね。』
デーメ・テーヌの懸念に対して、イツキは頬をポリポリとかきつつ即答する。
「それは無いです。折角貰った新しい人生なので、出来ればゆっくりスローライフでもを送ろうかなと思ってますので…。」
『それを聞いて安心したわ。あなたは魔力の量的に相当な長命種になってしまっているけど、早速同じ長命種の素敵な伴侶を見つけたみたいだし、悪いことはしなさそうね。はー安心。ふふ。』
「ま、まだそんな関係ではないです…!」
慌てて否定するイツキと、横では真っ赤な耳をピコピコさせて俯いているララミーティア。
『あらあら、失礼しました。まぁこれから先長い人生になるわ。焦らずゆっくり歩んでいくといいわ。焦らず・ゆっくり、ね。』
デーメ・テーヌは意味ありげにふふふと微笑んでいる。
イツキは早く話を変えようと慌てて言葉を続ける。
「と、とりあえず!状況はわかりました!今後やるべき事など出てきたら教えて下さい。最大限協力させて頂きます。」
『ありがとうございます。こちら側も早急に対策をまとめます。それでは、一旦この辺で失礼しますね。』
「…あのっ、…待って下さい!」
ララミーティアが突然声を上げた。