81 元勇者の魔王、拒絶
ふと気が付けば、いつの間にか、外の色が茜色へと変わっていた。
もう夕方か?
自室に入ってから、どれぐらいの時間が経過していたのか。
その間、ずっと窓から山を見続けていたのか?
妙な行動を取っている気がする。
道中、近づく山の風景ぐらい、何度も見かけていた筈だ。
今更ながらに、見入るほどの光景とは思えない。
にも拘わらず、日が暮れるまで見続けていたとは。
すると、玄関付近から、誰かの話し声がする事に気が付いた。
父さんが帰って来たのか?
知らず、緊張が走る。
途端、大声が家中に響き渡った。
「――何だその犬は!?」
男の声だ。
犬と言えば、ブラックドッグを母さんに預けた――正確には勝手に抱き上げられた――ままだったか。
父さんに見咎められたのだろうか。
急ぎ、自室を出て玄関へと向かう。
「黒色に赤目、コイツはブラックドッグじゃないか? どこで拾ってきたんだ?」
「お父さん、黒犬なんて、見たままじゃないですか」
「いや、そういう種族名なんだ。この辺りに居るなんて聞いた事も無いが」
玄関に近づくにつれ、会話がハッキリと聞こえて来た。
どうやら、大声の主は父さんで間違いないようだ。
しかも、ブラックドッグを知っているらしい。
「そうそう、それより聞いて下さい。実は――」
「危険だから渡しなさい。どこか適当な場所へ放してやろう。山にやっては、他の人間に危害が及ぶかもしれんしな」
「――その必要はありません。ブラックドッグは俺が連れて来たんです」
玄関に到着すると、割り込むように声を掛ける。
すぐさま、鋭い視線がこちらへと向けられる。
懐かしい顔、とは言っても、ブギーマンのお蔭で最近まで目にしていたようなものだ。
何とも妙な感覚だった。
「誰だ? 何故家の中に居る?」
「お父さん。あの子が帰って来たんですよ」
「――何だと? 馬鹿な、ありえん」
目が見開かれ、探るような視線を向けられる。
「一目で気が付きましたわ。随分と立派になって、お母さん嬉しくて」
目を瞑り、かぶりを振りながら、父さんは尚も言い募る。
「いや、本物だろうが偽物だろうが関係ない。即刻出て行って貰おうか」
「お父さん!?」
「お前は黙ってなさい。君、今すぐ家から出て行ってくれ。迷惑だ」
母さんが父さんへと詰め寄る。
「どうしてそんな事言うんですか!? 正真正銘、私達の息子ですよ!?」
「さぁ、早く出ていきたまえ」
問答無用らしい。
妙な話だが、警戒心や猜疑心といったものは見て取れない。
いまいち、父さんの感情を理解出来ない。
だが、歓迎されていない事だけは、間違いないようだ。
「自室に荷物を置いて来たままなので、取って来ます」
「いや、荷物なら私が取りに行こう。君は家の外で待って居なさい」
「お父さん! どうして実の息子に、冷たく当たるんですか! 折角帰って来たっていうのに!」
「お前も何時までも、ブラックドッグを抱えてるんじゃない。君、コイツも忘れずに連れて行ってくれ」
母さんの腕の中からブラックドッグを掴み上げ、俺に手渡して来た。
ブラックドッグは、一連の騒動の最中にあっても、大人しくしたままだ。
どうやら、父さんは敵意を抱いていないらしい。
騒動を起こす事は、俺の本意ではない。
我が家とはいえ、十数年ぶりの帰宅だ。
歓迎されると思っていた訳でも無い。
促されるままに、大人しく家の外へと出ていく。
家の中からは、母さんが尚も父さんに詰め寄っている声が漏れ聞こえてくる。
二人共、余り見違えてはいなかった。
だが、父さんへの印象は少し変わったか。
父さんから、俺への忌避感や嫌悪感といったものは感じ取れなかった。
もっとも、今は退去を命じられてしまった訳ではあるのだが。
当時は厄介者扱いされているように感じたのだが、あれは俺の勘違いだったのだろうか。
おおよそ半生をここで過ごした筈だが、当時の記憶はどこか遠くあやふやだ。
のんびり滞在出来なかったのは残念だが、両親の無事は確認出来た。
差し当たって、脅威があるようにも見受けられない。
次に会いに来る機会があるかは不明だが、息災であればそれで良い。
家の中から足音が近づいて来る。
玄関から少し離れて待つ。
程なく内側からドアが開かれた。
顔を覗かせたのは、母さんだった。
バッグを両腕に抱えている。
「ごめんなさい。本当にごめんね。お父さんたら、どうしても言う事を聞いてくれなくて」
「いえ、何の前触れも無く、突然押し掛けた俺が悪いんです。どうか気に病まないで下さい」
手渡されたバッグを受け取る。
と、次の瞬間には抱きしめられていた。
「沢山お話ししたかった。今まで何をしていたのかとか、辛かった事、楽しかった事、ちゃんと聞いてあげたかった」
「母さん……」
「ちゃんと、貴方はここに居る。無事に帰って来てくれた。お母さん、嬉しいわ。ホントよ?」
「えぇ、ちゃんと伝わっていますよ。ありがとうございます」
母さんからの愛情を確かに感じる。
今の今まで、偽物か幻覚かとも疑っていた。
だが、本物だ。
上手く言葉では言い表せないが、そう感じる。
抱きしめ返すのは少し躊躇われたが、軽く抱きしめ返した。
母さんは、力強く抱きしめ返してくる。
「――いつまでそうしている気だ? さっさと集落から出て行け」
「お父さん! どうしてそんな事を言うの!?」
「いいか、くれぐれも山には踏み入るなよ? 余計な寄り道などせず、真っ直ぐ集落から出ていくんだ」
「お父さん!!!」
「母さん、いいんですよ。俺は気にしてませんから。ご忠告に従い、大人しく集落から出て行きます」
「そうしろ」
「では、母さん。どうかお元気で。――父さんも」
「また顔を見せに来てね? 絶対よ? 何かあったらすぐにでも戻って来なさい? いつでも帰りを待ってるからね!」
「はい、それでは」
母さんに見送られながら、実家を後にする。
背に視線を感じる。
視線は二人分だ。
母さんはともかく、父さんは俺の動向を監視しているのだろうか?
脇目も振らず、ちゃんと集落を出て行くかが心配なのか?
すると、腕の中で動きがあった。
ブラックドッグだ。
そういえば、父さんから受け取って、腕に抱えたまま、母さんからバッグを同じく腕に受け取ってしまっていた。
押し潰されて苦しかったのだろう。
胸とバッグの隙間から跳び出して来た。
腕から抜け出し、地面へと降り立つ。
挙動を見るに、大事はなかったようだ。
と思ったのも束の間、ブラックドッグが駆け出した。
突然の事態に反応が遅れる。
「――っ!? 待ちなさい! どこに行くんですか!?」
言葉が通じないと知りながらも、たまらず声をかけてしまう。
しかし、ブラックドッグは振り返る事無く、駆け続けている。
向かう先は、集落の更に奥側。
聳え立つ山だ。
慌てて俺も追いかける。
背に大声が掛けられる。
「――おい! 聞いてなかったのか! 山へは立ち入るな! 戻れ!」
声の主は父さんか。
だが、今は言う事を聞いてはいられない。
ブラックドッグは俺の支配下にあるとは言え、絶対に人を襲わないように指示を与えてはいない。
今の状態では、敵意を向けられれば迎撃してしまう。
父さんがブラックドッグを知っていたように、他の集落の住民達も、知らないとは限らない。
いや、知らずともブラックドッグを間違えて襲ったりするかもしれない。
ブラックドッグが怪我を負う可能性よりかは、ブラックドッグが怪我を負わせる可能性の方が高いだろう。
いずれは然るべき場所へと帰してやりたいが、この山がそれに相応しい場所かも不明だ。
どちらにせよ、放置は出来ない。
小型犬サイズとは思えない脚力を見せるブラックドッグに、俺は全力で追い縋っていく。
そうして、一人と一体は、山の中へと入って行った。
22/02/24 誤字修正
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