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勇者は転職して魔王になりました  作者: nauji
第二章 妖精秘境編 中編
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80 元勇者の魔王、変わらぬもの

 母さんに手を引かれ、家の中へと招き入れられる。


 後ろからは、小型犬サイズのブラックドッグが追従する。


 すると、気配を感じたのか、母さんの視線が下方へと向けられる。



「あら? 黒いワンちゃん? 貴方が飼ってるのかしら?」



 今、ブラックドッグの存在に気が付いたらしい。



「とある事情で保護している状態でして」


「こんな小っちゃな子に、首輪もせず放し飼いするなんて、いけません! 一時的な保護だったとしても、生き物を預かるなら、キチンと責任を持って世話なさい!」


「え? えぇ、それは勿論、そのつもりですが」


「抱き上げて良いかしら? 良いわね? 抱き上げちゃう!」



 返答を待たず、俺から手を放し、ブラックドッグの元へと小走りで駆け寄る。


 そばにしゃがみ込み、ふわりと抱き上げた。



「まぁ! 随分と軽いわね? ちゃんとご飯貰ってる?」



 ブラックドッグの顔を覗き込み、尋ねている。


 もっとも、いくら待とうが答えられる筈も無い。



「勿論、ちゃんと食事の世話もしてますよ。但し、この子は他とは違って、色々と特殊でしてね。食事も専用のモノでないと駄目なんですよ」


「随分とデリケートな子なのかしら? あらあら、綺麗な赤い瞳ね。ワンちゃんにしては珍しい色味ね」



 当のブラックドッグはというと、大人しくされるがままとなっていた。


 特に嫌がっていないところを見ると、母さんに敵意は無いらしい。


 だが、未だ本人かは疑わしい。


 偽物か、幻覚か、あるいは本物なのか。


 何をもって見極めれば良いのかは不明ではあるが、油断せずにいこう。



「見る限り元気そうだし、病気って訳ではなさそうね」


「体重が軽いのは、種族特有なんです。その子だけが特別軽い訳ではありません」



 他の個体に会った事は無いので、語尾に多分と付け足す必要はありそうだが。



「こんなに可愛らしいお客様なら大歓迎よ。さぁ、奥へ行きましょう」



 ブラックドッグを腕の中に抱えたまま、家の中へと入って行く。


 とりあえずは、追従することにする。



「お部屋は当時のまま、お掃除は欠かさないようにしてるけど。今の貴方には色々と小さいかもしれないわね」


「いえ、寝れる場所があれば十分ですよ」


「そう? ベッドが小さ過ぎないかしら」


「いつまで居られるか分かりませんし、新調する必要はありませんよ」


「え? 帰って来た訳じゃないの? また何処かに行っちゃうの?」


「えぇ、まだやるべき事が残ってますので。それに、その後もここに戻って来るかは分かりませんし」


「まぁ!? ここは貴方の家なのよ? どうして帰って来れないの?」


「それは――」



 思わず言葉に詰まる。


 この場所を、実家や故郷を懐かしいとは思う。


 だが、帰るべき場所、という感覚にはならなかった。


 この場所ですべき事は無い。


 只、家族の無事と、故郷が平和であれば、それだけで十分だ。


 それ以上など望みはすまい。


 と、そういえば、家人が一人少ない。


 尋ねようとする前に、母さんが部屋の前で立ち止まった。



「詳しい話を聞きたいところだけど、今すぐ出ていくって訳じゃないのよね?」


「えぇ、それは勿論です。ただ、俺の都合でどうこう出来る問題でも無くてですね。いつ出ていく事になるか、正確なところは俺自身にも分からないんです」


「? さっぱり意味が分からないけれども、まぁいいわ。さぁ、ここが貴方の部屋よ。覚えているかしら? 疲れてるなら、少し部屋で休んでなさい」



 成程、随分歩くと思ったら、自室まで案内してくれたのか。


 確かに、家の間取りもうろ覚えだ。


 返事と共に、先程の疑問を口にする。



「左程疲れてはいませんが。それより、父さんは何処に? 今は家には居ないんですか?」


「お父さん? 今は山に出てるわね。夕方には戻ると思うわよ。何か用事でもあった?」


「いえ、用事はありません」


「そうなの? 帰って来たらちゃんと挨拶なさいね?」


「善処します」



 俺の言葉に何かを感じたのか、しばし黙り込む母さん。



「もしかして、まだお父さんが苦手?」



 心臓が跳ねる。


 "まだ"と言う事は、当時から苦手意識は勘づかれていた訳か。


 動揺を抑え、言葉を返す。



「当時はそうですね。今もどうかは、会ってみないと分かりかねます」


「お母さんとしては、親子で仲良くして欲しいけれど。無理強いも出来ないわね」



 上手く言葉を返せない。


 沈黙が耳に痛い。



「お父さんが帰って来るまで、部屋で休んでなさい」



 有無を言わせぬ勢いのままに、自室の中へと追いやられる。


 そのままドアを閉めようとする母さん。


 ドアの隙間から、言葉が差し込まれた。



「――お帰りなさい」



 返事を待たずに閉じられるドア。


 茫然と立ち尽くす。


 "お帰りなさい"


 そうだ。


 我が家に帰って来たのだ。


 その筈だ。


 耳慣れない言葉に、思わず動揺してしまった。


 ――そういえば、ブラックドッグを抱きかかえられたままだったか。


 まぁ、敵意を向けられなければ、大事無いだろう。






 改めて、十数年ぶりの自室を見回してみる。


 見覚えは――ある。


 こんな部屋だったような覚えはある。


 とはいえ、特別記憶が刺激されるという程でもない。


 こんな部屋だったかな、といった程度だ。


 感慨も浮かばない。


 机にベッドに収納棚。


 質素というか簡素というか。


 無駄な物など一切無い。


 捨てられたという訳では無いだろう。


 元々、物が少なかったのだ。


 そもそも、こんな僻地に嗜好品や贅沢品など、出回る筈も無い。


 欲しければ、村や町に買いに出向くか、自作するしかあるまい。


 当時は魔物も狂暴化していた時期だ。


 遠出など、命の危険すら伴う。


 必然的に、不要な物は置かなくなる。


 物の少ない室内に、どこか既視感を覚える。


 極々最近まで見かけていたような光景。


 ――そう、宿屋の部屋だ。


 あの部屋も、物は極めて少なかった。


 理由は金欠によるものだが、原風景はこの場所だったのか。


 よくよく見れば、埃など、僅かも積もっていない。


 母さんの言葉通りに、掃除を欠かさず行っている証拠だ。


 突然家を飛び出し、十数年間、音信不通の子供の部屋。


 戻るかも分からない子供の部屋を、掃除し続けていたと言うのか。


 感謝よりも先に、申し訳なさが胸に去来する。


 窓際まで歩み寄り、開け放つ。


 途端に入り込むのは、清涼な山の空気。


 王都の空気に難があった訳ではないが、この空気を吸った後だと、途端に不味く感じられてしまいそうだ。


 自然が生み出す独特の空気。


 やはり山間部だから雨が良く降るのか、水気を多く含んでいる気がする。


 道中、山に近づくにつれ、雨に見舞われる回数も格段に増えていた。


 自宅で暮らしていた時分には、左程気にも留めなかったが、やはり王都を思い返すと、雨の頻度は段違いだったかもしれない。


 山は緑で覆い尽くされている。


 恐らくは材木として一部伐採してはいる筈だが、見渡す限りの緑の群れ。


 山の地肌など、微塵も見受けられない。


 植生が豊かなのか、樹木の成長が速いのか。


 眼前の山の姿に、時を忘れて見入っていた。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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お読みいただき有難うございます!

『勇者に挑むは無職の少年』 本作の続編も完結!

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