79 元勇者の魔王、帰りて思うは
▼10秒で分かる、これまでのあらすじ
王都を仲間達に任せ、主人公は故郷を目指す
道中、アンデッドの出現、及び、被害の増加を体感
王都から、街道周辺の治安維持の為、兵士、冒険者、聖職者達が派遣された
畑地帯へと到達以降、パッタリと魔物の被害が止んだ
それでは、本編の続きをどうぞ。
スキル名は【】、使用した能力や魔法は≪≫で記載しております。
日が中天からズレ始めた頃。
山裾の小さな集落。
記憶を刺激する景色の数々。
畑地帯に入ってから一週間程が経過しただろうか。
遂に、目的地である故郷へと到着する事が出来た。
道中、やはりアンデッドはおろか、魔物、野生動物、そして、野盗の襲撃にすら遭遇する事は無かった。
いや、姿を見かける事すらも無かった。
只々、田畑の中を進み続けるだけの、穏やかな日々。
結局のところ、このまるで結界のような、脅威の侵入を拒んでいるかのような現象について、終ぞ知る事は叶わなかった。
道中に立ち寄った村々で話を聞いてみたが、誰も詳しい事は知らなかった。
皆、口を揃えて、二言目には先祖代々と言うだけだ。
昔の事が書かれた書物も見つからなかった。
そもそもが、文字を書く習慣が、この辺りの人々には無さそうだった。
日々、田畑を耕し続けるだけの生活。
よもや、支配のような影響下にあるのではないかと、心配になった程だ。
ともあれ、だ。
こうして、懐かしい故郷の地へと降り立った訳だ。
長きに亘りお世話になった御者に、心からのお礼を述べ、別れた。
遠ざかって行く箱馬車を見送る。
行きと同じなら、畑地帯を抜けるまでは安全な筈だ。
それ以降は、兵士や冒険者を護衛に付けないと危険だろう。
その辺りの事は、既に御者とは相談済みだ。
彼なら上手くやるだろう。
次第に小さくなっていく箱馬車に、改めて深く頭を下げた。
荷物を手に、集落へと向き直る。
傍らには小型犬サイズのブラックドッグ。
最近では周囲を見回す事が無くなった代わりに、山の方をジッと見つめる事が多くなっていた。
山に何かあるのだろうか?
首に下げた宝石に触れる。
いつ何時、魔法使いに王都へと転移させられるか分からない。
なるべく早いタイミングで、山を見に行った方が良いかもしれない。
視線を山から下の方へと向ける。
山の麓には、民家がポツポツと建っている。
恐らくは、俺が飛び出してから、全く変わっていないであろう光景。
まるで時が静止したかのような、違和感すら覚える程に、微塵も変化が無いように見受けられる。
いっそのこと、良く描かれた絵画ではないかと疑う程だ。
何と言うか、偽物臭い。
しばしその場から動かず、景色を眺め続ける。
そんな俺に痺れを切らしたのか、ブラックドッグが俺に向かい一鳴きした。
しゃがみ込み、頭を撫でてやる。
いつまでも及び腰になっていても仕方が無い。
意を決して、集落へと一歩を踏み出した。
当時の記憶を頼りに、集落を奥へと進む。
実家があるのは、山に程近い場所だった。
集落の一番奥の民家だ。
余所者が珍しいのか、民家から人の視線を感じる。
だが、誰も外に出て来ようとはしない。
物凄く警戒されている。
余程に、人が訪ねては来ないのだろうか。
居心地の悪さを感じつつ、奥へ奥へと突き進む。
視線は常に感じつつも、誰かに咎められる事も無い。
街道とは違い、舗装などされていない、剥き出しの地面。
道として整備したのか、人の行き来によって踏みしめられて出来たのか。
歩き出してから、20分程だろうか。
ようやく見覚えのある、一軒の民家の前へと辿り着いた。
到着してから、更に10分程が経過しただろうか。
未だ実家と思われる民家の前に佇んでいる。
来てはみたものの、いざとなると、どうしたらいいのか分からなくなったのだ。
実に、十数年ぶりの帰郷。
しかも、実家を飛び出した身の上だ。
まさしく、どの面下げて戻って来た、という立場なのだ。
親の姿は左程変わってはいないかもしれないが、俺は違う。
子供から大人に成長した。
最早別人と言っても良いだろう。
合わせる顔が無い、と言うよりかは、何と言って声を掛けたものか思い付かないというのが、正直なところだった。
すると、屋内から人の動く気配がした。
次いで、玄関が内側から開かれた。
中から現れた人物と目が合う。
「きゃっ!? す、済みません、人が立ってるとは気が付かなくて。どちら様でしょう……か……? あら?」
「ど、どうも。こんにちは」
うっ、非常に気まずい。
現れたのは女性だった。
俺よりも二回り程も身長が低い。
だが、いかに身長差が変わろうとも、勿論、見間違える筈も無い。
母さんだ。
老けた、とは感じられない。
記憶にあるままの姿。
色々な想いが込み上げて来る。
どうにも言葉にならない。
そんな様子の俺を不審に思ったのか、そもそも見慣れぬ余所者を不審がっていたのか、母さんは俺を不思議そうに見つめて来る。
「あらあら、随分と遅い帰宅ね」
「え?」
こちらの予想とは裏腹に、母さんは妙な事を口走る。
「大きくなったのね。あんまりにも見違えたものだから、お母さん、吃驚しちゃったわ」
「ま、まさか、俺の事が誰か分かるんですか?」
何かを悟ったかのように、穏やかな表情で俺を見つめて来る母さん。
思いがけない様子に、つい疑問が口から漏れ出る。
「自分のお腹を痛めて産んだ子供ぐらい、見分けが付かない訳が無いでしょう?」
「そ、そういうものでしょうかね?」
あっさりと俺を受け入れて見せる母さんを前に、驚きやら狼狽えやらで、上手く言葉を返せない。
「それにしても、随分と表情豊かになったのね。昔とは大違いだわ。昔も十分可愛かったけれど、今の方が貴方の気持ちが手に取る様に分かって良いわね」
もしかしなくとも、勇者では無くなった事に起因しているのだろう。
スキル【勇者特性】により抑制されていた感情が、今は表出するようになったのだから。
「あらやだ、いつまでも玄関先に立ってないで、中に入りなさい。ここは貴方の家なんだから」
「流石に、多少は他人の空似とかを、疑った方が良いんじゃないですか?」
「お母さんを信用しなさい!」
「いや、会話として成り立っていませんから」
「こんな辺鄙な場所に、態々《わざわざ》訪ねて来てまで、一体なにを騙すって言うのかしら? 馬鹿なこと言ってないで、さっさと入りなさい」
問答無用とばかりに手を取られ、家の中へと引っ張り込まれる。
どうにも信じられない。
あんまりにも、俺にとって都合が良過ぎやしないか?
十数年ぶりに顔を見せた息子。
それを僅かも疑うことなく受け入れる母親。
拭いきれない違和感がある。
確かに、記憶にある限り、母さんは色々と聡い人だったように思える。
こちらが全てを伝えきらずとも、意思を汲み取ってくれるような人だった。
そんな覚えがある。
とはいえ、だ。
ここまで物分かりが良いものだろうか?
では、目の前の、今なお俺の手を掴んでいる母さんは、偽物だとでも言うのか?
もしくは幻覚?
母さんの温もりを、確かに感じている。
この感覚すらも偽りなのか?
何の為に、こんな手の込んだ真似をする?
可能性があるとすれば、王子の策略だろうか?
違和感と言えば、そもそも畑地帯に踏み入った時点から、周囲の様子はおかしかった。
あの時から、俺は幻覚を見せられているのか?
どこか現実味に欠ける。
違和感はそのままに、しかし、手を振り払えぬまま母さんに追従した。
読み返して思ったのは、母親とのやり取りはもしかしたら、ロト○紋章の蜃気楼の塔での修行が元になっているのかもと感じました。
あの話では、亡き母の幻覚を振り払う試練でしたが、このお話ではどうなのでしょうか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




