SS-6 秘書は辣腕を振るう
勇者様が故郷へと王都を発ってから早数日。
王都の雰囲気は、相も変わらず良いとは言い難い。
表を歩き耳にするのは、"勇者"や"魔王"といった単語。
後は"魔物"が多かった。
幸いなことに、王城では左程の動揺は無いようだ。
王子を退けてすぐ登城要請があって以降は、王城から特に音沙汰は無い。
もっとも、王子の一件は青天の霹靂だっただろう。
王子の件で忙しいが故に、勇者様への詰問が控え目なのかもしれない。
別段、魔物の目撃情報も無く、雰囲気はともかくとして、王都は平穏と言って差し支えない。
王都の北東に位置する、二階建ての横長の建物。
魔物保全機関の一室にて、成果のでっち上げが行われていた。
「――大体、このぐらいかしら?」
「よくもまぁ、次から次へと魔物の名前やら特徴やらが、何も見ずに出てくるな」
魔法使いさんに対し、戦士さんが驚きと関心が半々といった感想を漏らす。
「そんなの当たり前でしょ。アンタの髪の毛の置き場とは違って、アタシの頭は出来が違うのよ、出来が」
「オレの頭はマネキンじゃねぇ!」
「確かに、マネキンでもそんな悪趣味な髪型はしてないわね。御免なさいね、マネキンが可哀そうだったわね」
「オマエなぁ!」
「はいはい、お二人共、そこまでにして下さいね。王城への提出資料に関しては、今ので十分でしたか?」
「は、はい! 十分過ぎるぐらいです! 大変に貴重な資料になると思います!」
二人の言い争いが激化する寸前、僧侶さんが素早く鎮火してみせた。
学者さんに対し、先程の魔法使いさんからの魔物の情報について確認を取る。
対する学者さんは、若干興奮した様子で返答していた。
そう、王城に対して機関が成果報告を行う為の資料作りの真っ最中なのであった。
当初の予定では、保護していた魔物の日々の生態観察や、王都周辺での魔物の生息情報などを月毎に報告する手筈となっていた。
だが、王子の一件により、予定はご破算となってしまった。
機関からだけでなく、王都周辺からも魔物は居なくなってしまったのだ。
これでは成果報告など上げられよう筈も無い。
――普通であれば。
ここで魔法使いさんが蓄えている知識の出番となった。
十数年にも及ぶ旅路。
その全行程における、魔物の情報を全て記憶しておられた。
凄まじい記憶力である。
元々王城勤めの学者さんに確認を取りつつ、書庫に無い魔物の情報を幾つか見繕って纏めていた。
ともすれば、魔法使いさんの知識だけで、向こう数年分は賄えそうである。
「こんなのでお金貰えるなんて、王都の生活は楽で良いわね。いっそのこと、ここに研究室造って移住しちゃおうかしら」
「オマエの実験台だけは御免だぜ」
「丈夫な実験台を、アタシが逃がす訳無いと思わない? アンタ、何の疑いも無しに飲み物飲んでたみたいだけど?」
「オマエ!? もう一服盛ったってのか!?」
「冗談よ、冗談。"今日は"何もしてないわ」
「オマエなぁ!」
「もぅ、すぐに言い争いし始めるんですから。毎日毎日、良く飽きませんね」
魔法使いさんと戦士さんによる、再びの言い争いを僧侶さんが素早く止めに入る。
見事な手際だ。
勇者様が、僧侶さんを頼る様に仰っていた理由が良く分かる。
ここのところの日常風景の一幕。
そこに変化が齎される事になる。
始まりは、珍しい来客だった。
出迎えた先に居たのは、見知らぬ冒険者風の人物。
手には一通の手紙。
どうやら配達の依頼だったらしい。
お礼を述べて手紙を受け取る。
差出人を確認した私は、急ぎ皆様のおられる一室へと向かった。
「勇者様からお手紙が届きました」
ドアを開け、開口一番告げる。
皆様の視線が集中する。
「まだ出発して数日よ? ホームシックか何かかしら?」
「アホか。故郷に帰ったってのにホームシックは色々とおかしいだろ。大方、何かあったんだろうよ」
「アタシに向かって、アホですって!? ちょっと表出なさい。その鬱陶しい髪ごと、消し炭にしてあげるわ」
「はいはい、いちいち騒がない。手紙を音読して頂いてもよろしいですか?」
最早予定調和とも言える、魔法使いさんと戦士さんの言い合い。
慣れた所作で二人をいなした僧侶さんが、私に向かい声を掛けて来る。
「私で構わないのでしょうか?」
「えぇ、勿論ですとも。勇者様が後を任せられたのは、他ならぬ貴女なのですから」
僧侶さんの言葉に同意を示すかのように、他の皆様方からの異論は出なかった。
手紙の内容を要約すると、以下のようなものだった。
王都近辺の町にて、アンデッドらしき目撃情報あり。
従って、王子が近辺に潜んでいる疑いあり。
遠からず、王都周辺でもアンデッドが出現する懸念あり。
事前の備えを頼む。
大体このような感じか。
アンデッドの襲来。
確か、魔王の御業だっただろうか。
勇者様には使えないと、仰っていたと記憶している。
「アンデッドか。ちと兵士じゃ分が悪いかもな」
「そうね、アンタと同意見なのは癪だけど。兵士の質は下の下よ。まだCランク冒険者の方がマシかもね」
「積極的にレベル上げしてた訳でもないだろうしな。仕方が無い面もあるんだろうが」
「役立たずはゴミと同義よ。居るだけ邪魔だわ。――そうね、どうせなら街道の治安維持かなんかで、王都から追い出したらどうかしらね」
「相変わらず極端な奴だな。王都から兵士追い出してどうすんだよ」
「王子の狙いはこの王都よ。必然的に敵との戦闘の数も規模も激化するでしょう」
「かもな。それがどうしたよ?」
「ここまで言っても察せられないなんて、本当に馬鹿なのね」
「オマエなぁ!」
「要するに、弱い兵士が出張ったんじゃ、アンデッドが数を増すだけでしょ」
「返り討ちに遭うってわけか」
「そうよ。だって弱いんだから。なら、アタシ達では手が回らない街道に手配した方が、無駄が無いんじゃないかしら?」
「だが、その理屈だと、街道にもアンデッドが増えるんじゃないのか? どっちにしろ兵士じゃアンデッドに敵わないんだろ?」
「王都の食料供給を絶たれる方が痛いわ。こればっかりは死守して貰う他無いでしょうね」
「そういや、王都は自給自足してる訳でもなかったか。でもよ? 王都じゃなく街道に敵が集中したらどうするんだ?」
「暇を持て余してる冒険者と聖職者を向かわせれば良いわ」
「あのぅ、司祭様方は、暇をされている訳では無く、日夜皆の幸福の為、祈りを捧げているのですが」
「僧侶は黙ってなさい。祈りなんて、教会の中じゃなくて、道中でも十分出来るでしょ」
「だな。相手がアンデッドなら、聖職者は役に立つ。兵士よりもよっぽどだ」
「せ、せめて高齢の方は避けて頂ければ。行軍にも差し支えるでしょうし」
「道中でぽっくり逝かれても面倒ね。人選は好きにすれば良いわ。但し、各町村に数名常駐させる必要があるのを忘れないようにね」
「それでは、教会にはワタシが掛け合って来ますね」
「オレはギルドに行って来るか」
「じゃあ、王城へは眼鏡、アナタが行ってくるように。諸々の指示はよろしく」
矢継ぎ早に展開される言葉の応酬。
面を食らって、静かに見守り続けていると、いつの間にやら自分にお鉢が回って来たようだ。
「畏まりました。アンデッドの襲撃に備え、街道への兵士の派遣、及び、冒険者と聖職者の手配の旨、陛下に伺って参ります」
「いいえ、頼むだけじゃなく、絶対にやらせなさい。誰の国なのか、改めて教えてやると良いわ」
「び、微力を尽くします」
「全力で臨みなさい。これには大勢の命が懸かってるんだから」
「最善で臨みます」
「まぁいいわ。アタシはこの場所を守ってるから。後はよろしく~」
「ちっ、付いて来れば余計な事を言いかねないしな。まぁ、留守番させるしかねぇか」
「っと、眼鏡、ちょい待ち! 冒険者に関して、言い忘れてた事があったわ」
「あん? 冒険者ギルドにはオレが向かうんだが? 何で秘書さんに言うんだよ」
「アンタはさっさと行け! 眼鏡に用があるのよ!」
「へぃへぃ」
「確か、奉仕活動を命じられてる冒険者達が居たわよね? アレもついでに派遣させなさい」
「――畏まりました」
「最後に一つ。これは例の武闘家に直接伝えて頂戴。"いつまでも途中の町でチンタラしているようなら、急がせろ"」
「もしかしなくとも、今のは勇者様へのご伝言でしょうか?」
「そうよ。どうせすんなり故郷へ何て向かってないのはお見通しよ。発破をかけてやらないと」
「必ず見つけて伝えておきます」
「よろしくね。じゃあ、アタシは昼寝を――いえ、留守を預かっておくわ」
「――よろしくお願いいたします」
言い終えるなり机に突っ伏してしまう魔法使いさん。
明らかに寝入る気満々に見受けられる。
とはいえ、随分と頭脳労働をされたご様子。
本当にお疲れなのかもしれない。
託されたお役目、見事果たしてご覧に入れなくては。
こうして、各自、手配を済ませ、どうにか街道への派遣を漕ぎ着ける事が出来た。
先んじて兵士達の一団が、次いで冒険者と聖職者が随時派遣される手筈だ。
願はくは、これらが勇者様の一助となる事を願うばかりだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




