77 元勇者の魔王、景色は変わり
後の事は武闘家達に任せ、箱馬車で次の町へと出立した。
揺られながらに思うのは、次の町の事では無く、今まで居た町の事だ。
何とも後味が悪い。
町にも住民にも被害は無かったのだが、それでも心苦しい。
もっと上手く立ち回れたのではないか。
そう思えてならない。
何がいけなかったのか。
兵士や住民達の戦力を見誤った?
それとも戦意の問題か?
いや、戦況が悪化したのは、スカルの登場からだった。
では、スカルの脅威度を見誤ったのか。
ゾンビならば、肉体をある程度は保持している。
故に、身体能力には生前との差異はほぼ無い。
強いて違いを挙げるならば、耐久性の高さ、だろうか。
四肢を失おうが、頭部を失おうが、動き続ける。
全身を粉々にするか、焼却するか、聖魔法で浄化するか。
その事に関しては、スカルも同様である。
アンデットとしての特性は、ゾンビと左程変わらない。
只、元々の肉体を失っており、残っているのは骨のみ、という事だけだ。
そう思っていた。
しかし実際には、肉体分の重量を失ったことにより、主に俊敏性や機動力が向上しているようだった。
王都での、王子の襲撃の際、スカルドラゴンを伴っていた。
あの時、スカルドラゴンが動き回っていたならば、生前との身体能力の差を実感出来たかもしれなかった。
そういえば、ゾンビ相手には燃やせばよいと思っていたが、アレも間違いなのだろうか。
よくよく考えてみれば、生半な火力では、骨まで消し炭には出来ない。
であれば、ゾンビを燃やしても、スカルになるだけだ。
もしも燃やすのであれば、スカルを相手にする際の火力が必要となるのでは?
こうして考えてみると、結構アンデッドとはややこしいものだな。
例えば、肉体を元々持っていない、ブギーマンなどの場合だと、アンデッド化は出来ないだろう。
肉も骨も、元より無いのだ。
スライムなども、どうなのだろうか。
倒すと液体化したような状態になった筈だ。
あの状態からアンデッド化出来るのだろうか?
何となくではあるが、今まで遭遇した相手から推察するに、肉体を有したモノのみが、アンデッド化していると考えられる。
そうなると、妖精もアンデッド化はしないのだろうか。
ブラックドッグは元より、かつて遭遇したピクシーもまた、質量を伴ってはいないようだった。
全ての妖精が肉体を有していないのだとすれば、アンデッド化はしなさそうではある。
そうそう、スカルと言えば、最近遭遇したばかりの巨大なスカルボアが居た。
複数のスカルボアの集合体のような相手だった。
あれもまた、スカル独自の特性なのだろうか。
同種、もしくは、別種とも合体し、巨大化出来るとするなら、かなりの脅威だ。
一定以上の大きさがあれば、並みの冒険者では歯が立つまい。
聖魔法ですら、上級ぐらいでしか対処出来ないかもしれない。
光炎を使用した際は、分裂する事で炎を掻き消していたようだった。
巨大な魔物と言うよりかは、魔物の群れと言った手合いか。
やはりそう考えると、厄介そうなのはスカルか。
次の遭遇を前に、少しでも多く、対策を考えておくとしよう。
その日は野営をして一晩を明かした。
アンデッドの襲撃は幸いにも無かった。
翌日、遠くに薄っすらと山の尾根が見え始めた。
周囲の風景もまた、変わり始めていた。
平野とは明らかに違う、人の手で整えられたと見られる植物の群れ。
畑だ。
ようやく農家に辿り着けたらしい。
となると、俺の故郷は、あの薄っすらと見える山のどれかだろうか。
見覚えの無い風景。
当時、故郷を飛び出した俺は、後ろを振り返る事すらもしなかったのだろうか。
そういえば、田畑を抜けるまでは、魔物に襲われたような覚えがない。
あれはどうしてだったのだろうか。
とはいえ、子供の頃の記憶だ。
余り正確とは言えないか。
しかし、改めて窓の外、畑の様子を窺ってみる。
平和で長閑な光景が続く。
別段、襲撃を受けたような様子も見受けられない。
アンデッドはこの辺りには出ていない?
もしくは、畑に侵入される前に、誰かが迎撃したのだろうか。
箱馬車が進むにつれ、畑の間にポツポツと民家が散見されるようになってきた。
どうやら、この辺りは家を一か所には纏めず、恐らくは畑の管理がしやすいように分散しているようだ。
町ではなく、村か集落といった規模だろうか。
幾つかの畑や民家を通り過ぎた頃、窓から覗く正面側に、周囲よりも幾分大きい建物が見えて来た。
近くには兵士の姿も見て取れた。
箱馬車が緩やかに速度を落とす。
大きな建物の前で停車した。
御者が兵士に何やら尋ねているようだ。
何度か会話を重ねた後、馬車のドアが外から開けられた。
顔を覗かせたのは、御者だった。
どうやら御者の話によると、この大きな建物は、この村唯一の宿屋らしい。
この先もまだかなりの距離があるようだし、今日の所はこの宿屋で一泊しようとの話だった。
兵士にこの辺りの事について尋ねたいし、提案に快く同意した。
箱馬車を降り、早速兵士に話を聞く事にする。
傍らには、小型犬サイズのブラックドッグを伴っている。
ブラックドッグは、しきりに周囲を見回している。
何か気になる事でもあるのだろうか。
ともかく、まずは兵士と話をしよう。
「どうも、お疲れ様です」
「こりゃご丁寧にどうも。お兄さんは旅の人かな? 道中、無事で何よりだったね」
声や喋りから察するに、見た目よりも幾分か年齢が上のようだ。
「いえ、何度かアンデッドに襲われはしました。この周辺は被害はないのですか?」
「おや、それは災難だったね。この周辺では見かけて無いね。一応、念の為にと、隊長からこの村に残る様に言い付けられてるが、特にする事も無いって有様さ」
先だって王都から兵士達が来ていたが、その内の一人だったのか。
残りの兵士達は、更に街道を奥へと進んだらしい。
「全く見掛けないのでしょうか? 誰かが撃退している訳ではなく?」
「見掛けないねぇ。この村には農作業してる人しか居ないみたいだし、冒険者を雇っている風でもないねぇ」
「そうですか」
「その言い様じゃあ、道中、そんなにアンデッドが増えてたのかい?」
「一つ前の町で二度、襲撃に遭いました。ただ、王都から冒険者と聖職者が派遣されて来たので、町の防衛は問題ないと思います」
「ほぅ? 援軍とはありがたい。とはいえ、この村はご覧の通り、平和そのものだ。戦力は他にあてがった方が良さそうだな」
「この辺りにアンデッドが現れない理由について、何かお気づきになられませんか?」
「理由かい? さてね。アンデッドってのは死骸が元になってるんだろ? なら、この辺りには、元となる死骸が無いんじゃないかね」
「ふむ」
元となる死骸が無い、か。
在り得ない話では無いのかもしれない。
だが、この場で調達出来ずとも、他で調達すれば良いだけの話だ。
この場所が襲われていない理由としては、弱過ぎるような気はする。
とはいえ、この兵士を問い詰めても仕方が無いか。
何か他に理由が無いか、自分の目で確かめてみれば良いだろう。
「いきなり色々と尋ねてしまい、申し訳ありませんでした。それでは、俺はこれで失礼しますね」
「なに、構わんさ。平和な村の警備なんて、暇と同義だしな。――この辺りを見て回るなら、間違っても畑には足を踏み入れるなよ? 農家の人が怒り狂うからな、ハハハッ」
「はい、気を付けて歩きます」
兵士と別れ、街道を少し戻る様にして歩いてみる。
追従するブラックドッグ。
やはりどこか様子がおかしい。
しきりに周囲を気にしているような様子だ。
こういう時、意思疎通が出来ない事がもどかしい。
しゃがみ込み、抱き上げてやる。
ふむ、何かを恐れているという風ではないのか。
震えている訳でもない。
只、しきりに周囲を見回しているだけだ。
警戒している?
にしては、唸り声を上げる訳でもない。
一体、どうしたというのだろうか?
周囲を見回してみる。
別段、変わったところは見受けられない。
いや、むしろ、アンデッドの襲撃を受けていないというのが、変わったところと言えなくもないのだが。
アンデッドが寄り付かない村。
妖精が妙な反応の見せる村。
そうさせる何かが、この村にはあるのだろうか。
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