76 元勇者の魔王、雨上がり
スキル名は【】、使用した能力や魔法は≪≫で記載しております。
降りしきる雨の中、夜の戦闘は未だ継続していた。
既に何体かのスカルハウンドは倒した。
流石に兵士達は慣れてきたのか、動きも幾分良くなったようだ。
だが、町の住民達は未だ恐怖を拭えないのか、動きはあまり向上したようには見受けられない。
夜中の戦闘だ、睡魔に抗っているのだろう。
加えて、雨に打たれる事で体力や集中力も削られてもいるのだろう。
無理を押し通したところで、かえって被害が拡大してしまいかねない。
経験を積ませる事も大事だが、その為に怪我を負わせたくはない。
せめて、僧侶さんのような、教会の聖職者がこの場に居てくれれば、聖魔法による回復が見込める為、多少の怪我も容認出来るのだが。
更に言えば、聖魔法により、アンデッドの退治も遥かに容易になる。
兵士と共に、王都の聖職者も派遣して欲しかった。
とはいえ、無い物ねだりしていても詮無き事だ。
動きの悪くなった町の住民を下がらせ、控えていた者と交代させる。
未だ土壁と堀は突破されていない。
町の出入口からの襲撃も、防ぎきっている。
スカルハウンドが一体ずつなら、兵士と住民達で対処出来るようにもなってきた。
兵士が両側を槍で殴りつけ、中央から住民が投網を被せる。
動きを封じた後に、兵士がトドメを刺す。
まだまだ兵士が主体の動きだが、今は役割分担を上手くこなす事が重要だろう。
誰がどう動くべきか。
それを覚えていけば、いずれは住民でも兵士と同様の動きもこなせるようになるだろう。
このまま何事も無く済めば良いのだが。
そんな思いを嘲笑うかのように、新たな知らせが頭上から降って来た。
「ボアだ! ボアが来たぞ!」
物見櫓の兵士から、声が発せられたのと時を同じくして、土壁が轟音を伴って破砕された。
遂に土壁が突破されたのだ。
ボアでは飛び越えられない幅の堀だった筈なのだが、どうやってか堀を突破し、土壁に激突してみせたようだ。
音の方向に視線を向けると、相手はスカルボアだった。
まさかとは思うが、白骨化している分、通常のボアに比べて質量が軽くなっているのか!?
いや、そもそも白骨化した状態で、筋肉も無しにどうやって動いているというのだろうか。
アンデットの原理は不明に過ぎる。
だが、今までの経験から言って、アンデッド化の前後で基本的な動作に変化は見受けられない。
生前に行えたことは、死後も行えている印象だ。
身体能力も生前と同じなら、質量が軽くなった分、跳躍力が上がったとしてもおかしくはないのかもしれない。
軽量化分を考慮出来ていなかったか。
土壁を突破し、今にも町に突撃しかけているスカルボア。
流石に他の者に対処を任せる訳にもいかない。
土壁に開いた穴を塞ぐ為にも、文字通り礎にでもなって貰うとしよう。
≪光糸≫
光の中級魔法。
二本の光糸がスカルボアへと迫る。
勢いを殺さず、骨の隙間を通過させる。
通過したのを確認した後、今度は光糸を持ち上げる。
宙づりになるスカルボア。
次いで、土壁の欠損部分へと叩きつける。
仰向けに倒れた相手の足を切断する。
のみならず、全身の骨をバラバラに切断し続ける。
そうして出来上がるのは、骨の残骸の山だ。
あの状態では大した防壁代わりにもならないだろうが、穴が開いたままの壁は、皆の不安を煽る。
そうする間にも、他のスカルボアが突撃して来た。
次々と土壁に穴が開く。
既に町の左右からスカルボアが来ているらしく、壁が見る間に形を変えてゆく。
この場所からでは、全体への視界の確保が困難だ。
光糸を用いて、近くの民家の屋根へと跳び乗る。
左右の手に光糸を発動し、片端からスカルボアの処理に当たる。
先程の手順をなぞる様に、スカルボアを持ち上げ、開いた穴を塞ぐ様に叩き落す。
左右の壁が、土と骨の斑模様となってゆく。
とはいえ、即席の防壁に強度は期待できない。
後続のスカルボアのみならず、スカルハウンドまでもが、土壁を突破し始めた。
更には、町の出入口にも、敵が殺到し始めていた。
兵士や住民らが恐慌状態に陥る。
ここらが潮時か。
もう町の防衛は機能していないに等しい。
このままでは、すぐにでもアンデッド達に蹂躙されてしまうことだろう。
もっとも、この場に俺が居なければ、の話ではあるが。
≪光糸≫
光の中級魔法。
頭上に光糸を放つ。
光糸に魔力を注ぎ込む。
数十、数百、数千、数万と、光糸は数を増してゆく。
そうして生み出される光糸の束は、まるで聳え立つ光の柱のようだ。
柱の頂上付近が崩れ出す。
光糸が放射状に周囲へと展開しているのだ。
瞬く間に、光糸が町を半球状に覆い尽くす。
いざという時に備え、すぐに展開出来るようにしておいて正解だった。
光糸の壁に阻まれ、アンデッド達は只の一体たりとも、町への侵入を果たす事は叶わなかった。
そして、終焉の時を迎える。
光糸が振動し、半球を拡大し始める。
触れたモノを細断してゆく、光糸の網。
後に残るのは、白い骨粉のみだった。
明くる朝、雨は上がっていた。
しかし対照的に、町の雰囲気は沈み切っていた。
二日間かけて造り上げた土壁は、しかし、無残にも壊されてしまった。
堀も現状の幅では跳び越えられる事が分かったので、拡張せざるを得ない。
ほぼ全て、造り直しを余儀なくされた。
果たして、労力に見合った効果はあったのだろうか。
そんな疑念が、皆の間に渦巻いているようにも感じられる。
勿論、無意味などではない。
土壁や堀の備えが無ければ、早々に俺の出番が回って来た事だろう。
ましてや、俺が居なかったならば、この町は昨晩の内に終焉を迎えていた。
だが事実として、昨晩、備えは容易く敵の突破を許してしまった。
どうしたって疑念は湧いてくる。
自分達のしていることは、全て無駄なんじゃないのか。
強い者に守られているのが、良いのではないか。
そんな声すらも聞こえてくる。
士気も上がりきらぬ中、皆は唯々諾々《いいだくだく》と復旧作業に当たっている。
これからどうしたものかと思いあぐねていると、王都側の街道から、馬車が数台、向かってきているのが見えた。
しばらくして、馬車が町へと到着した。
馬車から人が降りて来る。
思わず己が目を疑った。
聖職者の集団だ。
事態を上手く呑み込めずにいると、不意に横合いから周囲に聞こえぬ声量で声を掛けられた。
「――この気配、もしやとは思ったが、勇者殿か?」
「え?」
声を掛けられた方向へと視線を向ける。
すると、そこに居た人物は、目元を布で覆っていた。
長い黒髪をおさげにしたその姿には、見覚えがあった。
「武闘家……さん?」
そう、いつぞやの盲目の武闘家だった。
「さん付けは結構。しかし、未だ王都から左程離れてない距離に居るとは。有難いやら呆れるやら、表現が難しいな」
「どうして此処に? それに、一緒にいらした様子の聖職者の皆さんは?」
「王からの要請だ。より正確には、勇者殿のお仲間からの進言に従った、と言ったところか」
「はぁ?」
いまいち状況が良く理解出来ない。
「何でも、勇者殿からアンデッド襲撃に関する手紙を送られたのだとか。それで、兵士の派遣だけでなく、教会の聖職者も派遣すべきだと、勇者殿のお仲間が王に進言したようだ」
「あの手紙ですか」
確かに、アンデッドらしき目撃例があった為、王都の仲間に向け、手紙を送った覚えがある。
それが巡り巡って、この聖職者の派遣に繋がったという訳か。
「自分や他の冒険者達は、その護衛という訳だ」
その言葉を聞き、改めて馬車の方を注視する。
聖職者とは別の馬車からは、確かに、冒険者達が姿を現していた。
「王都で奉仕活動させるより、街道の警邏に当てる方が、適材適所だろうとも進言があったようだ」
「それで、貴方や冒険者がここに?」
「そういう訳だな。――それはそうと、町の雰囲気から察するに、何かあったのか?」
「昨晩、アンデッド達の襲撃を受けましてね。事前に用意しておいた土壁や堀が、余り役には立たなくて」
「ふむ、気落ちしている故の、この雰囲気か。ちなみに、勇者殿は何時からこの町に滞在を?」
「3・4日程度でしょうかね。それがどうかしましたか?」
「王からの要請とは別に、お仲間からも指示があった。"いつまでも途中の町でチンタラしているようなら急がせろ"とな」
「ははは」
どうやら、仲間達には俺の動向など、お見通しだったらしい。
「自分は、勇者殿が王都を離れられた理由は知らぬ。だが、詮索するつもりもない。この場は自分達に預け、先を急がれるが良かろう」
「そんな無責任な真似は――」
「それはアナタが成すべき事ですかな?」
「え?」
「アナタは、他人より余程多くの、そして、大きな事を成せるのではあるまいか? それを今、この町で時間と労力を無駄使いしてはおられまいか?」
「そんな事は」
「無い、と?」
押し黙る俺。
畳みかける様に、武闘家が言葉を連ねて来る。
「今、王都では、王子の捜索に当たっている冒険者以外を、全て町や村の防衛に当たらせるよう、お触れが出されている。程なく、街道沿いの治安は保たれる事だろう。そう、アナタが居なくとも、だ」
口を挟むよりも先に、武闘家が続ける。
「とはいえ、自分達に出来るのは、所詮対処療法に過ぎない。原因を絶たねば、いずれは被害が出るかもしれない。アナタ一人で王子を捜索しているのかもしれないが――」
不意に言葉を止め、言い直した。
「――おっと、詮索は無しだったな。ともかく、アナタは成すべき事を成すべきだ。些末事に捉われる必要はない」
背を押してくれている。
仲間達が、そして、この場に来てくれた人達が。
町を守る事は出来た。
家屋への被害も無く、誰も怪我を負ったりはしていない。
だが、自分では、上手く事を運べなかった。
このまま意地を通して町に居続けたとしても、援護に来てくれた者達の邪魔にすらなりかねない。
この場はもう大丈夫、か。
言われた通り、先を急いだ方が良いのかもしれない。
王都より遠のくにつれ、救援の手は届き辛い。
この先が危険で無いとは、とても言い切れない。
先を急ぐことで、助けられる命もあるかもしれない。
先だっての宿場の件然り。
間に合わなければ、元も子もない。
頷きを返し、少し遅れて、相手の目が見えない事に気が付いた。
慌てて言葉を返す。
「分かりました。この場はお任せします。後を頼みます」
「任されよう。なに、勘を取り戻すには、うってつけの相手だ」
そう言って、気炎を上げてみせる武闘家。
俺は武闘家と別れ、町長と御者に予定の変更を告げに向かうのだった。
どうにも話が進まなそうな気配だったので、テコ入れを慣行しました。
やっと場所が移ります。
ちなみに、戦闘中、ブラックドッグは非戦闘員の住民達の護衛をしてました。
21/12/03 重複していた表現を削除
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




